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冬季の目標


「すいません、ヒグマ討伐の依頼を受けていた血盟旅団の者ですが」


 依頼書をカウンターに置き、クラリスに抱っこしてもらいながらそう言うと、カウンターのところで書類にペンを走らせていた受付嬢が顔を上げた。


 毎度思うが、ノヴォシアにある建物はどれもこれも大き過ぎると思う。ノヴォシア人やイライナ人、ベラシア人は他国の獣人と比較すると体格に恵まれている者が多く、男性であれば平均身長は175~180㎝、人によっては2mに達する巨人みたいな奴もいる。女性もそれより一回り小さいくらいなのだから、この国の人間がどれだけ大きい人ばかりなのかは想像がつくだろう。


 そういうわけで、この国の建物はそういう人たちに合わせて作られている。扉も、テーブルも、椅子だってそうだ。だからミカエル君みたいなミニマムサイズの人だとかなり不便だったりする。


「ああ、確認しています。血盟旅団のミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフさんとクラリスさんの2名ですね?」


「はい、そうです」


 冒険者バッジを提示すると、それを照合した受付嬢はニッコリと笑みを浮かべながら、カウンターの奥にある引き出しから封筒を取り出した。


「寒い中お疲れ様でした。こちら、報酬の6万ライブルです」


 封筒を受け取り、中身を確認した。


 1、2、3、4、5……6。ちゃんと1万ライブル紙幣が6枚入っている。


「どうも」


「それにしても、リガロフさんってあの”雷獣ライジュウ”のリガロフさんですよね?」


「え? あ、ああ、はい」


 報酬を貰って帰ろうとしていると、受付嬢が話を続けた。


 まあ、別に今は冒険者が混雑しているというわけでもない。管理局の中も、そして併設されている食堂の方も人影はまばらで、少しくらい受付嬢と雑談に花を咲かせても迷惑はかけないだろう。


 ちょっとくらいいいか、と思いながら、話に付き合う事にした。


「噂は聞いてますよ。冒険者として活動してから1年足らずで、破竹の快進撃を続けているって」


「あはは……照れますね」


「本当にすごいことですよ、活動開始から1年足らずで異名付き(ネームド)の仲間入りをするなんて。普通なら異名なんて付かないで中堅になっちゃう人が殆どなんですよ」


 異名付き(ネームド)とは、その名の通り特定の冒険者に与えられる異名だ。これは正式な認定とかそんなもので決まるのではなく、打ち立てた戦果と知名度から界隈に浸透させていくものだ。


 そんな非公式の概念ではあるものの、一種の実力を推し量る指標として冒険者界隈に定着している。


「ところで、リガロフさんってイライナ出身なんです?」


「ええ、キリウから」


「ああ、やっぱり。話し方が何というか、イライナ訛りがあるものですから」


 やっぱりバレるよね、とは思う。


 ノヴォシア帝国は一応は(、、、)1つの帝国という事になっている。が、その版図は侵略や強引な併合で拡大させてきたものであり、複数の民族や文化を内包する多民族国家の側面もある。


 地域によって文化や言語に差異があるのはそのためだ。


 そして戦争に敗北して併合されたイライナもまた、そうして帝国の版図として組み込まれ、服従させられてきた歴史を持つ。併合から100年以上経過しているが、未だにかつての”イライナ公国”の復活、そして何よりノヴォシア帝国からの独立を望むイライナ人は多い。


 そういう歴史的経緯があるものだから、ノヴォシア人、ベラシア人と比較すると、イライナ人は彼らとやや距離を置いている……バチバチに睨み合いながら、だ。


 ノヴォシア人はイライナ人を『土いじりが趣味の田舎者』、対するイライナ人はノヴォシア人を『穀潰し』だの『ニート』だの呼んで、互いに蔑み合っている。


 やだねぇ……仲良くしようよとは思うが、ミカエル君もイライナ人として自国の歴史を学んできた身なのでその……。


 ごめん、話が脱線した。


 イライナでも標準ノヴォシア語が公用語という事になっているが、依然として国内にイライナ語を話す人が多い事、そういう人たちから言葉を教わる機会が多い事から、どうしても標準ノヴォシア語に訛りが出来てしまうのだ。


 だから話をするだけで、どこの出身なのかがバレてしまう。


 日本人で言うならば地方出身の人間が話す日本語に方言特有の訛りが含まれ、そこから出身地が絞られてしまうような、そんな感じだ。


 一応言っておくが、ノヴォシア人はイライナ語を『ノヴォシア語の方言』と見做しているという。あくまでも地方で変化した言語であり、大本は自分たちだと言いたいのだろうが、最近の研究では『同じ語族に属し、起源を同じくするが、長い歴史の中で枝分かれしていった兄弟のような言語』というのが通説だ。ノヴォシア人はそれを必死に否定しているようだが……。


「あー、やっぱりわかりますか」


「ええ。あ、でも気にしないでくださいね。とっても素敵な発音だと思いますよ」


「ありがとうございます」


「ご主人様、そろそろ」


「ああ、もうそんな時間か……それでは、また」


「はい、お疲れ様でした。ごゆっくりお休みください」


 クラリスに下ろしてもらい、報酬金の入った封筒を彼女に預けた。とりあえずこの中から2割をギルドの運営資金としてパヴェルに提出し、残った金は俺とクラリスで山分けする事になる。


 それにしても、今回の依頼は楽勝だった。


 目標は『ヒグマ1頭の討伐』、依頼主はマズコフ・ラ・ドヌー郊外のとある農家。冬眠に失敗したヒグマが家畜を食い荒らしており、最近では人里にほど近い場所でも目撃例が多発していたのだそうだ。このままではいつ村人が襲われるかも分からないという事で、駆除が依頼されたのである。


 冒険者の敵は魔物だけではない、という事だ。こういった獣害対策にも冒険者は駆り出される。


 結局、討伐対象のヒグマはモシンナガンの7.62×54R弾を1ダースほど叩き込まれた後、クラリスが放った本気の右ストレートで頭蓋を砕かれ即死。管理局の職員に確認してもらったが、写真撮影の直後にスノーワームの来軍が襲来。1分足らずでヒグマの死体は雪の中へと消えていった。


 残念なもんだ。今夜はクマ鍋かな、と思ってニコニコしていたのだが。


 いずれにせよ、冬眠に失敗し空腹の状態で人里に降りてくる熊ほど危険なものはないのだ。特にそれが、熊の中でも最強クラスとされているヒグマとなればなおさらだ。


 それにしてもすごい迫力だったな、と討伐時の事を思い出しながらクラリスと話をしつつ歩いていると、入口の方からやってきた3名の冒険者のグループに舌打ちされた。


「チッ」


「おい、こんなところにイライナ人(田舎者)がいるぞ」


 随分とガラが悪い。


 何だ、最近のノヴォシアでは礼儀も教えていないのか?


 とりあえず喧嘩になると面倒なので、今にも襲い掛かりそうなクラリスを宥めつつ、礼儀を弁えない駄犬共に中指を立てておいた。


 向こうも3人のうち1人が目つきを鋭くしながら飛びかかろうとする素振りを見せたが、まだパーティーメンバー2名の方が常識人だったのだろう。慌てて2人に抑え込まれ、そのままずるずるとカウンターの方へ。


「クラリス」


「はい」


「覚えとけ、こういう時は先に手を出した方が負けだ」


「かしこまりました」


「それともし仮に手を出すなら後悔しないよう徹底的に」


「心得ております」


 怖いわ。


 肩をすくめながら、駐車場に停めておいたヴェロキラプター6×6の助手席に乗り込んだ。左側にある運転席に乗り込んだクラリスがキーを回してエンジンをかけ、ピックアップトラックを走らせ始める。


 まあいい、今日の分の仕事は終わりだ。


 しばらくはこんな日が続くんだろうな……平穏に乗り切れればいいのだが。













「そーいやお前らさ、なんか忘れてない?」


 ザリガニの殻を剥き、エビとカニの中間みたいな感じの身を口へと運んでいた俺たちに、カウンターの向こうで同じようにザリガニの殻を剥いていたパヴェルが問いかけてくる。


 なんか忘れてるって……何が?


 隣で口の中いっぱいにザリガニを押し込み、まるでドングリを口の中に押し込んだリスみたいになってるクラリスと顔を見合わせる。けれどもお互いに思い当たる節がないものだから、そこからすぐに2人同時に首を傾げる事になった。


 なんかあったっけ?


「ヒント、車」


「車検?」


「ブッブー。はいクラリス」


「……戦車の車検!?」


「ぶー! 2人ともぶー!」


「えー、じゃあ何だよ?」


「ヒントその2。シスター・イルゼは持っててミカとクラリスとモニカ、あとリーファと範三は持っていないものです」


「「???」」


 じーっ、とシスター・イルゼの胸を凝視していたモニカが素早く手を挙げた。


「残念、外れだ」


「まだ何も言ってないわよ!?」


「大体何を言うつもりか分かるわ」


 俺も分かる。どうせ巨乳とか爆乳とか、胸に関する答えを頭の中で用意していたのだろう。


 なんかモニカとの付き合いも長くなってきたからなのだろうか、段々と彼女の”クセ”が分かるようになってきた。コイツ、何かやらかす時は必ず面白いイタズラを思いついた悪ガキみたいに笑うのだ。


「じゃあ次ワタシ」


「はいリーファ」


「グライセン国籍」


「おーおー俺がグライセン人に見えるかコノヤロー」


「む、では次は某が」


「……期待してないけどはい範三」


「―――すなわち良心」


「テメー上等だ表出ろオラ」


 ちょっと勝ち誇った顔で言うのが本当に草生える。


 にしても何だろ、と思ったところで、窓際の席でノンナのためにザリガニの殻を剥いていたカーチャが溜息をついてから言った。


「……普通に運転免許なんじゃないの?」


「「「「「え? ……あぁ~」」」」」


 あー、運転免許。


 そういやそうだ、色々あり過ぎたもんだからすっかり忘れてた……。


 俺もクラリスも、モニカも、そして異国から入国してきたリーファと範三も運転免許を持っていない。もちろん無免許運転は犯罪で、そんなところを憲兵さんに停められたら色々と大問題になる。


 今勢いのある冒険者ギルドと言われている血盟旅団の団員が道路交通法違反で逮捕、なんて事になったらギルドの名に傷がつくというものだ。


 うん、特にクラリスにはぜひ習得してほしい。そして同乗者を思いやる優しい運転ができるような、そんな素敵なドライバーに成長してほしい。彼女の主人として正直にそう思う。


 忘れないからな、クラリスの運転……というより暴走。キリウからボリストポリまでの峠道ではカーブの度にドリフトをキめ、ベラシア地方ではすぐ近くに橋があるのにまさかの川を渡って強引なショートカット。一歩水深を読み違えればエンジンが水浸しになりそのまま浸水してしまう危険運転である。


 それにまあ、俺も運転免許は欲しいところだ……今まで無免許運転してたのは内緒だゾ☆


「む、ミカエル殿。”うんてんめんきょ”とは?」


「あー……車あるでしょ、車」


「うむ」


「あれ運転するために必要な資格なの。教習所で座学と実技をやって、卒業試験に合格したら憲兵隊から運転免許証がもらえるのよ」


 この辺の仕組みは日本と同じだ。一応カリキュラムに関する情報も事前に調査していたが、出てくる問題もだいたい日本のやつと同じらしい。


 転生前ミカエル君も運転免許持ってたので、まあ何とかなるだろう。


「ふむ、つまりは寺子屋のようなところで学問を学び、車を運転するための鍛錬を重ねるというわけか」


「まあそんな感じ」


「なるほど……しかし、某は学問が苦手でな……最低限の読み書きと簡単な算学を学んだ程度にござる」


「安心しろ、そこは免許取得済みトリオが何とかする」


 なっ、と視線をシスター・イルゼとカーチャに向けウインクするパヴェル。シスター・イルゼはあはは、と笑みを浮かべているが、カーチャは何も聞いていなかったようで「え、なにこれ私も?」と困惑気味だ。


 さて、そんなカーチャについてだが分かった事がある。


 カーチャなんだが―――この人、血盟旅団では数少ない”まともな人”だ。


 基本的に全力でふざけに行く事が多い血盟旅団の団員の中では稀少な常識人で、周囲にいる奇人変人に常識的な観点から冷静なツッコミを入れてくれる。


 彼女には相当な苦労が予想されるだろうが……まあ、うまくやって欲しいものだ。


 ともあれ、これで冬季の間は車の免許を取る事に専念できそうだ。


 いい加減、免許を取るべきだとは前々からおもっていたのだが……如何せん色々あり過ぎた。この前の転生者殺しの一件だって、そして共産党の件だってそうだ。怒涛の如く次から次へとトラブル続きで、大事な事を忘れていた。


「教習所での学習費はギルドの運営費から出すから、お前らは一銭も出さなくていいぞ」


「おー! 気が利くじゃんパヴェル!」


「フッフッフッ……モニカよ、今の時代福利厚生は大事なんだぞ」


「フクリコーセー? よく分からないけど凄いわね!!!!!!!!!」


 おい馬鹿やめろ窓割れる。


 モニカのクソデカボイスに耳を塞ぎながらも、とりあえずこうして俺たちの冬季の目標が決まった。


 この冬の間に運転免許を取る、という平和な目標が。





 

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― 新着の感想 ―
[一言] やるなら徹底的に…俺もやられた時は徹底的にやりました。Flak41全弾叩き込みました、え?相手はどうなったかって?起こさない方がいい。死ぬほど疲れたみたいだ。 この世界ってカーレースとかっ…
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