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会場準備


 NTRビデオレター作戦が無事に終了し、ドーランを洗い落としてから義手と義足を交換するために自室を訪れた。


 ミカにはよく「生活感があまりない部屋」と言われるが、それも仕方のない事だ……”前の職場”に居た頃からこうだった。趣味とか私物を自室に置くようになったのは結婚してから……というより、セシリアの奴を異性として、一人の女として意識するようになってからの事で、それまでは復讐しか頭になかったもんだから、最低限必要なもの以外は何も置いていなかった。


 そこからラノベが増え、漫画が増え、パソコンやゲーム機が増え……段々とタクティカルなオタクの部屋になったのは今ではいい思い出である。


 そんな”人間らしい”部屋から回帰しているように見えるのも、気のせいではないだろう。


 椅子に腰を下ろし、義足を外して戦闘用の義足に交換する。シリコン製の人工皮膚で覆われた”極力人間に寄せた機械の脚”が、そういった人間らしさを一切かなぐり捨てた、防弾性の装甲に覆われた義足に交換されていく。


 結局、戦闘における効率を突き詰めていくと”人間らしさ”という要素はごっそりと削られていくのだ。極論ではあるが、軍隊において最も”高価な部品”である人間の兵士に依存する事自体が非合理的である。


 それでも人間の兵士が戦場から姿を消す事がないのは、まだそういった兵士を代替しうる無人兵器が発展途上にあるためだ。より高性能で歩兵を代替できる戦闘用ロボットが開発されれば、人間もいよいよお役御免という事なのだろう。


「……」


 こうして手足を交換していると、果たして自分は人間と呼べるのか、という疑問がどこからともなく顔を出してくる。


 手足が破損しても予備スペアがあれば交換できる。それだけじゃない、この肉体の7割は既に機械部品に置き換えられている。脳の一部や肺の半分、心臓の4分の3に顔の右半分、そして仲間たちを見つめるこの両目だって機械だ。他にも細かいパーツがいくつも埋め込まれていて、本来ならばとっくの昔に死に絶えている筈だった俺の肉体を生かし続けている。


 7割が機械で出来ている人間なんて、ロボットと変わらないのではないか。自我を持つ、ちょっと高級なロボット―――そんな奴が戦場で家族の仇を追い求め、家庭を作って子をもうけ、家族の真似事をしていたなど何の冗談か。


 そうやって自虐的になる事が多々あるが―――それでもミカは、アイツは俺の事を人間だと肯定してくれた。


 だからなのだろう、アイツのために色々と尽くそうと思えるのは。


 いつものように戦闘用の義手へと取り換えたところで、机の上に見慣れない封筒が置いてあることに気が付いた。


 ミカが持ち帰った、例の”写真家”が写真を入れていたのと同じものだ。まさかな、と思いながら中身をチェックしてみると、中から5枚ほどのカラー写真が出てきた。


 アングルは異なるが、いずれも廃墟を写したもの―――いや、正確には廃墟を目指して集合する兵士やトラックを写したものだった。


 HK416などで武装した防弾装備の兵士たちに加え人員輸送用のトラック、それから……何の冗談か、兵士を乗せたT-72らしき戦車の姿まで収めた写真が合計5枚、そのうち2枚はドローンか何かを使って撮影したと思われる空中からの写真だった。


 そしてその写真と共に、1枚のメモ用紙が顔を出す。


【主力編成まであと2日】


「……」


 猶予はあと2日、か。


 3日程度と見込んでいたが、思ったより時間がないな……まあ仕方がない。突貫工事で色々と”仕込み”をしなければならない。


 机の上にあるメモ用紙を取り、鉛筆を走らせた。


 リークさせてほしい情報を記載し、部屋の中にある金庫の中から札束を取り出す。


 ミカに情報を渡してくれた時に確信したが、例の写真家はおそらく敵ではない。何かの思惑で独自に動く第三勢力だ。そして最初の襲撃があった夜、狙撃で支援してくれた謎の人物というのもおそらくはその”写真家”なのだろう。


 諜報に関してはあっちの方が上だ。正確で、何より素早い。


 ならば今回の情報のリークは時間短縮のために”外注”してもいいかもしれない。そう思い、報酬(チップ込み)として札束をメモ用紙と一緒に封筒に収めておいた。


 さて……んじゃあやりますかね。








 次に部屋を訪れた際、報酬入りの封筒が消えていたのは言うまでもないだろう。














「本気か、カーチャ?」


 出撃前、武器の準備をしているところにやってきたカーチャに向かってそう言うと、彼女は何一つ躊躇していないような表情で首を縦に振った。


「ミカエル、私も戦う」


「しかし……」


 難色を示しているのは俺だけではない。隣でM60E4を担ぎ徹甲弾入りの弾薬箱を抱えていたクラリスも、その申し出に反対するような表情で彼女を睨みつけている。


 それはそうだろう、今ではもうすっかり大人しくなったとはいえ、元々カーチャはあっち側(敵側)の人間だ。いくらパヴェルの説得で俺の暗殺を断念した(……のか?)としても、そんな彼女に銃を与えて戦線に加えるなんて事は、いくら何でも許容できない。


「どうしていきなり?」


「……アイツらを止めるためよ」


 そう言うと、カーチャは話を始めた。


「襲撃があった夜、ノンナが巻き込まれたのを見てからずっと心が揺らいでた……”こんなやり方でいいのか”、って。確かにパヴェルやミカエルの言う通り、自分から全てを奪った相手そのものに復讐するなら筋が通るわ。でも転生者って一括りにして復讐の対象にするなんて違うんじゃないか、無関係の人にぶつける復讐心なんてただの理不尽なんじゃないか……ずっと、ずっとそう思ってた」


「その罪滅ぼしのために戦うと?」


 クラリスが厳しい声で問いかけると、カーチャは頷いた。


「……こんなので、許してもらえるとは思ってはいない。けれどもこれが本心よ。今の私にできる事をやりたいの」


 ―――嘘をついているようには、思えない。


 おそらく本心だろう。瞳に迷いはなく、視線も真っ直ぐに俺を見つめたままだ。目を逸らす様子も、泳がせる様子もない。嘘をついている人間がこんな目で話をするだろうか?


 しかし、そう簡単に銃を渡すわけにもいかないし、仮に渡したとしてたった2日間で扱えるレベルになるだろうか? 銃の訓練は難しく、ただ単に安全装置セーフティの解除と発砲ができればいい、というものではないのだ。


 そんなので戦力になるのかよ、と思いながら丁重に断ろうと思ったところで、後ろから伸びてきたでっかい義手がぽん、と俺の頭の上に置かれた。


「いいじゃねえか、やらせてみようぜ」


「パヴェル……」


「パヴェルさん、良いんですの?」


「彼女と話をして色々と聞いたが、彼女”転生者殺し”に参加した時から銃の訓練を受けているらしい」


「……そうなのか」


「ええ。とはいっても、実際に人に向けて撃った事はないけど」


 そう言いながら、カーチャは肩をすくめる。初めて出会った時の豹変ぶりにはびっくりしたものだ―――ナイフを取り出して突き刺そうとしてきた時の彼女の殺気は本物で、既に何人か転生者を手にかけていたのではないか、と思ってしまったほどである。


「けれどもパヴェルさん、クラリスは反対ですわ。説得に応じたとはいえカーチャさんは敵だった方、銃を渡してご主人様を狙うつもりかもしれません」


 彼女に対する疑念を口にすると、カーチャの顔には微かに落胆の色が浮かんだ。やっぱり信じてもらえない、受け入れてもらえなかった……そういう類の表情だ。固めた決意をにべもなく跳ね除けられた落胆が、彼女の表情から窺い知れた。


 しかしそこで、パヴェルが助け舟を出す。


「そうだったらとっくにミカをってたさ。チャンスはいくらでもあった」


 それは確かにそうだ。


 食事はさすがに別々だったが、彼女の部屋は俺たちの寝室からそう遠くないし、カーチャを収容していた寝室に鍵はかけていなかった。それに寝室に俺1人だけ、という事も多かった。


 彼女が本当に暗殺を断念したのか確かめるために、パヴェルの指示でわざと俺とクラリスを引き離していたのである。


 これで彼女がまだ復讐心を捨てていなければ俺がケジメをつける事になっていたし、考えを改めていたならばそれで良し……という事である。


 結果として、カーチャは俺を殺しに来ることはなかった。部屋の中では与えられた小説や漫画を読んだり、与えられた食事を残す事なく口にしていたし、時折彼女の部屋をルカやノンナが訪れていて、あの2人にかなり懐かれていた事が覗えた。


 殺すチャンスはいくらでもあったのに、しなかった。


 それだけでも答えと呼べるのではないだろうか……?


「俺はアリだと思うね。ミカは?」


「……」


 じっ、とカーチャの目を見た。


「……自分の仲間を撃ち殺す事になる。それでもいいか?」


「……覚悟は決めたわ。見くびらないで」


 確かに、その蒼い瞳には覚悟が宿っている。


 腹を括った人間の目だ―――そう判断するや、パヴェルに向かって首を縦に振った。


「彼女に銃を」


「ご主人様!」


 真っ先に反対したのは、やはりというかクラリスだった。


「よろしいのですか!?」


「構わんさ。彼女は本気だ、迷いがない」


 正確には迷いを断ち切った、というべきか。


「ありがとう、ミカエル」


「いいって。パヴェル、彼女の訓練は……」


「任せろ、2日でみっちり仕込む。ミカ達は”会場準備”を頼んだ」


「了解。いくぞクラリス」


「は、はあ……」


 まだ納得しきれていないクラリスを連れ、格納庫へと向かう。


 パヴェルが入手した情報によると、連中が兵力の編成にかかる猶予は2日のみ。その間に作戦地域として設定した廃ホテル周辺にトラップの設置、そしてBTMP-84-120が隠れるための戦車壕の用意、それから機銃などの設置を行わなければならない。


 おもてなしの準備期間に余裕はないのだ。


 第4格納庫へと向かい、BTMP-84-120へと乗り込む。クラリスは装備品を俺に預けてから操縦手の座席へ、俺はクラリスから受け取ったクッソ重い装備をえっほえっほと抱えながら車体後部の兵員室へと乗り込む。


「彼女も作戦に参加するのですか?」


 兵員室の向かいの席で回復アイテムのチェックをしながら、シスター・イルゼが問いかけてくる。


 彼女は今回、衛生兵メディックとしての参加だ。とはいえ銃撃戦を行う可能性も十分高く、敵は防弾装備で攻撃してくるのが濃厚という事もあり、彼女にはドットサイト付きのAK-308を装備してもらっている。


 いつもはSMGやPDWなどで軽装で済ませている彼女にしては、珍しく重装備だった。


「ああ。向こうにいた頃に銃は使った事があるみたい。あと2日間、パヴェルが仕込むって」


「そうですか……カーチャさん、無理をなさらないと良いのですが」


 しばらくして壁越しにパワーパックの振動が伝わり、BTMP-84-120が動き始める。


 兵員室のハッチを開けて後方を見てみると、既に格納庫を飛び出した後のようだった。やがて軽車両用の第1格納庫から、セロ、マルガレーテ、しゃもじ、おもちの4人を乗せたウラル-4320が、荷台に装備をどっさりと乗せながら俺たちの後に続く。


 作戦は始まった。


 転生者殺しとの、雌雄を決する最終決戦。


 俺たちにとっての、初の戦争だった。













 そのホテルは、リュハンシク市の郊外にひっそりと佇んでいる。


 名前はそのまんま『ホテル・リュハンシク』。20年前に開業し、リュハンシクを訪れる観光客や労働者、貴族を問わず幅広く迎え入れていたホテルであったが、10年前から業績が悪化し赤字を続け、回復のためにあれこれと手を尽くしていたところにノヴォシア共産党によるリュハンシク市実効支配を受け、廃業に追い込まれた経緯を持つ。


 その景観はさながら貴族の屋敷を思わせる。敷地をぐるりと取り囲む塀の内側には庭が広がっているが、しかし廃業から一切手をつけられていないが故に見事に荒れ果てている。割れた窓や剥がれかけの壁などが目立つホテルの建物もあって、さながら人類が滅亡した後の世界を垣間見ているかのようにも思える。


 ホテルは7階建て、個室にはベランダがある。


 閉ざされていた正門の鉄格子を豪快に踏み潰して突入したBTMP-84-120から降りて、車体後部に備え付けてあるスコップを手に取った。スコップを担いでどの辺に戦車壕を掘ろうかな、と見渡しているうちに後続のセロやしゃもじ達も到着、全員がトラックから降り作業前のミーティングが始まる。


「戦車壕はあの辺が良いんじゃないか? 左側の植え込みがあった辺り。あの辺なら土も柔らかそうだ」


「じゃあ私とお嬢は爆薬と地雷の敷設を行おう。一応この辺に設置するつもりだ」


 そう言いながらセロがホテルの見取り図(パヴェルが事前に用意してくれたものだ)を広げた。爆薬を設置する位置に赤いペンで印をつけていく彼女に「じゃあ頼む、俺たちは戦車壕を」と告げ、作業に取り掛かった。


 こんな時、マカールおにーたまがいてくれればな……土属性の魔術師が居れば陣地構築が一瞬で終わるので、本当に大助かりなのだが(このような理由で騎士団の工兵隊には土属性魔術師が多いらしい)。


 戦車壕の用意が終わった後は武器の設置だ。機関銃に迫撃砲、”歓迎会”を盛り上げるためのパーティーグッズはたくさん用意してある。


 飽きさせはしないさ、クソッタレ共。




 

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに全面衝突か… カーチャさんが使う銃ってなんですかね?新兵でも扱いやすいM4かM16シリーズ、血盟旅団主力のAKシリーズ。弾薬、マガジンを共有する点で言ったらAKですね… そういえば思…
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