ビデオレターで始まる最終決戦
「セーフハウスはあらかた潰したな」
列車の1号車にある、薄暗いブリーフィングルーム。
ホワイトボードに貼り付けられたリュハンシク市の地図にはセーフハウスのある場所の印が描かれており、そのほとんどが赤いバツ印で上書きされている。既に市内に点在する転生者殺したちのセーフハウスや拠点は全て潰してある、という事だ。
これで転生者殺しの連中は、少なくともリュハンシク市における”目”と”耳”を失った。
「パヴェル、次の一手は?」
円卓の席につき、クラリスが持ってきてくれた湯呑みで緑茶を飲んでいたしゃもじが問いかけた。その隣ではおもちがヴォジャノーイの缶詰をパクついているが、何で彼女はいつも食べ物を口にしているのだろうか。
「ちょいと連中を挑発して、主力を引き摺り出す」
「つまりは決戦か」
腕を組みながらセロが言うと、パヴェルは葉巻に火をつけながら頷いた。
セーフハウスの全滅は、さすがに転生者殺したちも想定していなかっただろう。捕虜から得た情報を元にセーフハウスや拠点を全て潰され、連中は諜報作戦における目と耳の全てを喪失した。
転生者殺したちは世界中で活動していると思われているが、これにより少なくともイライナ地方、リュハンシク市における俺たちの脅威度は急激に高まったといえるだろう。これだけ力を見せつけ、現状の戦力での対処が不可能と知れば、総統閣下は投入可能な全戦力をかき集め、俺たちを潰しにかかる筈だ。
つまりそこで抽出される戦力が、連中の実質的な主力。
そいつらを叩き潰せば転生者殺しは精鋭を喪失、実質的に組織は瓦解するだろう。
しかし―――そこで終わりではない。
前世の世界でのテロがその良い例だ。頭を潰しても末端の戦闘員は転生者の襲撃を続けるだろうし、またいずれ新しい”頭”が姿を現す。転生者殺しは既に、この世界を蝕む種火となったのだ。
でも、ここで終わらない事が分かっていても俺たちはやらなければならない。ここで連中を潰しておかなければ、この世界に住むすべての転生者に危害が及ぶ。
話が通じる相手ではない以上、武力でNOを突きつけるしかないのだ。悲しいが、対話による解決が不可能な相手とはこうするしかない。拳で、暴力で、相手をボコボコにして屈服させる事しかできないのだ。
ギルドという組織間の時点でこうなのだ、これが国家間ともなれば、世界平和がどれだけ困難であるかがよく分かるというものである。
「でも、挑発するってどうやって?」
「手は考えてある」
そう言うと、パヴェルはごそごそとポーチの中から何かを取り出した。小さな容器のようだ。女性が化粧品を入れておく容器の類にも見えるそれの蓋を開けるや、茶色い何かをいきなり自分の顔に塗りたくり始めた。
ドーランだ。兵士がカモフラージュのために施すフェイスペイントにも利用されるアレである。
チョコレートみたいな色合いのそれを塗りたくりながら、パヴェルは鍵を俺に渡した。
「悪い、俺の部屋からこれと同じ色の義手と義足持ってきてくれ」
「お、おう」
「それとカーチャを連れてきてくれ、彼女の協力が必要だ」
「何故にカーチャ?」
「総統閣下の脳を破壊する」
「???」
何を言ってるのかよく分からんが……まあパヴェルの事だ、考えがあるのだろう。
言われた通りに彼の部屋に向かった。パヴェルの部屋は俺たちとは違い、1号車の1階にある。ブリーフィングルーム自体が客室をぶち抜いて改装、作戦立案を行うための会議室として用意されたものだが、その片隅には客室が1部屋だけ残されていて、そこをパヴェルは寝室として使っているのだ。
中に入ると、オイルの臭いがした。
壁にはAKや予備の義手に義足がすらりと並んでいる。人の手足にそっくりな人工皮膚(表皮はシリコン製か?)で覆われた手足もあれば、骨組みだけの簡易的なもの、騎士の鎧を思わせる戦闘を想定した重装甲タイプなど多岐に渡る。中には腕自体が銃器と一体化していたり、ブレードを仕込んだ義足なんかもあった。
ちょっと男の子心がくすぐられる。
その義手と義足の中から浅黒い皮膚で覆われたものを選び、一式手に取った。
やはり人工筋肉とか金属製のフレームが収まっているからなのだろう、ずっしりと重い。
「ん」
机の上には白黒の写真が大切そうに飾られていた。写っているのは黒い制服に身を包んだパヴェルらしき男性で、肩にはAK-15を担いでいる。戦地で撮影したものらしく、大破した戦車と塹壕を背景に、彼と戦友数名が肩を組んで写っている。
そのうちの1人は、クラリスに瓜二つだった。彼女もホムンクルス兵なのだろうか?
そしてその隣にある写真。
パヴェルと一緒に2人の女性と子供が立っている。女性の1人はセミロングくらいの黒髪に片眼鏡という堅苦しそうな容姿だけど、浮かべている笑みは母親のように優しいものだ。そしてその女性が手を繋いでいる子供もまた、彼女にそっくりである。
しかしその子の目元にパヴェルの面影があるのは……きっと気のせいではないだろう。娘だろうか? そういやアイツ、既婚者って言ってたよな……。
問題は、もう1人の女性だった。
左目を覆う大きな眼帯に、黒い軍服。マントの代わりにボロボロになった黒いコートを羽織っていて、腰には日本刀を下げている。女傑、という言葉がよく似合いそうな凛とした女性だが、俺は彼女に見覚えがあった。
俺がこの世界に転生した際、能力を授けてくれた謎の存在……そう、”自称魔王”その人である。
「……」
前にもこの写真は見た事があるが、パヴェルとあの自称魔王に何か関係があるのだろうか?
まさかな、と思いながら、とりあえずブリーフィングルームに戻ってパヴェルに義手と義足を渡した。
「お、サンキュ」
「……お前それ何してんのマジで」
義手と義足を受け取ったパヴェルの顔から首元まで、ドーランで浅黒くなっていた。まるでいい感じに日焼けした感じになっており、真夏の浜辺とサーフボードが似合いそうな感じになっているが、生憎今のイライナは冬である。
ついには髪を黒から金色に染め始めたパヴェル。一通り髪を染めた後、セロに手伝ってもらいながら義手と義足を交換し始めた。
「あーそうそう、そこのコネクターを合わせて……」
「これか」
「そう、後はそのまま押し込―――ん゛!」
ガギュ、って変な音がしたんだが???
コネクターがちゃんと噛み込んだ音だと思いたいね……。
苦笑いしながら、今度はカーチャを迎えに行く。1号車の2階に上がり、一番機関車側にある部屋のドアをノックすると、小さなストーブの置かれた部屋の中でカーチャは黒パンを食べているところだった。
「何か用?」
「パヴェルが呼んでる」
「あの熊みたいな人?」
「ああ。協力してほしい事があるらしい」
「???」
そんな顔をされても、俺だってアイツが何をするつもりなのか分からない。いきなり髪を染め始めるわ、肌が浅黒くなるようドーランを塗り始めるわ、「総統の脳を破壊する」とか言い出し始めるわで先が読めないのだ。
カーチャを連れてブリーフィングルームに戻ると、そこには随分と変わり果てた姿のパヴェルがいた。
「おう、来たか」
「何してんのお前」
私服姿なのはまだいい。が、ドーランを塗りたくって浅黒くなった肌とそれに色を合わせた義手に義足(待て、なんでそんなものが用意してあるんだ?)、そして金色に染めた頭髪。首にはどこから持ってきたのだろうか、ゴテゴテとしたチェーンがかけてあり、ええと、その……。
これは確かに、アレだわ……うん。
NTR系の薄い本で散々目にしてきた間男っぽい感じになってるのほんと草。
「見て分からんか、間男だ」
「いやいやそういう事じゃなくて……お前”いちゃラブ原理主義者”って言ってなかったっけ?」
「ああそうだ、自分の性癖に相反する性癖だからとても辛い」
「じゃあなんで」
「すべては総統の脳を破壊するため」
この男、身体を張りすぎである。
「いやぁ懐かしいな。昔、騎士団にいた女の子を許婚から奪った事があってな」
「NTRは罪」
「確かにNTRは罪だがNTRるのはセーフだろ」
「このダブスタクソ親父!」
お前それでいいのか。
その後許婚にビデオレターとか送ってないだろうな……と思ったところで、しゃもじが何故かウッキウキでビデオカメラの準備を始めているのを見て全てを察した。
パヴェルお前……お前お前まさかお前。
脳を破壊するってそういう事か。
「カーチャ、この椅子に座ってくれ」
「え? え???」
「座ったらちょっと恥ずかしそうな顔をしてくれ」
「待って、恥ずかしそうってどんな?」
「なんというかこう……恋人とかパートナーを裏切ってしまった感じの罪悪感を滲ませたような、こう……」
「あっ……」
察したのか。
察したのかカーチャお前。それでいいのかカーチャ。
さて、ここでパヴェルが冒頭に言った発言を思い返してみよう。
”連中を挑発して主力を引き摺り出す”―――そのための挑発がNTRじみたビデオレターってお前、これでいいのか本当に。
カーチャも何故かちょっと楽しそうに注文通りの表情を作り、しゃもじが持つカメラの前でリハーサルが始まる。
「……ねえミカ」
「はい」
隣にやってきたマルガレーテが、ちょっと引いたような顔で訪ねてきた。
「あなたたち、いつもこんなノリ?」
「うん、そうだよ」
NTRビデオレターで宣戦布告なんて、歴史に残してほしくないものだ。
ミカエル君の切実な願いである。
『イェーイ総統閣下見てるゥ~? 君が信じて送り出したカーチャはァ、今俺のところに居まーす♪』
『ごめんなさい総統……私、もうあなたのところに帰れなくなっちゃいました……♪』
『というわけで、幸薄い彼女はこれから俺が幸せにするねェ~? バイバーイ☆』
思わず拳を振り上げ、円卓の上に思い切り叩きつけていた。
何だ、このふざけたビデオレターは。
怒りだけが沸々と湧いてくる。俺から全てを奪った憎たらしい怨敵が、こちらの捕虜にこんな仕打ちをして、それだけにとどまらずNTRを題材にした薄い本じみたビデオレターを送ってくるとは。
人の仲間の命を踏み躙り、何でこんな真似ができるのか理解に苦しむし、その事に対して怒りしか沸いて来ない。何なのだこの男は。コイツの頭の中はどうなっている?
「ふざけやがって……!」
「閣下……申し訳ありません、その……」
ビデオレターを届けてくれた部下が、ビクビクしながらそう弁明する。
小太りの彼は、リュハンシク市に展開していたセーフハウス、そこに配置していた諜報員の唯一の生き残りだ。血盟旅団に連れ去られ拷問を受けた後、このビデオレターを持たされ解放されたというが……。
一応、本人は「情報は何もしゃべっていない」と必死に弁明しているが、疑わしいところである。
「イワン、主力部隊の抽出はまだか?」
「はっ、各方面から精鋭を集めておりますがもう少しかかるかと……あと2日、猶予をください」
「分かった……部隊の編成が終了次第直ちに攻撃を開始する」
「はっ!」
こんな低俗な連中を生かしておくものか。
絶対、絶対に……絶対に皆殺しにしてやる……!
「さて、次の手だが」
「ああ」
ドーランを洗い落とし、金髪に染めていた髪も黒に戻したパヴェルは、サーロをつまみにウォッカの酒瓶を豪快に呷った。
「……次は情報をリークさせよう」
「リーク?」
「そう、俺たち血盟旅団、セロ、しゃもじが主導で各地の転生者の保護に動いてる……という情報を連中に流すんだ」
サーロを一切れ分けてもらい、もぐもぐしながら話を聞いた。
セーフハウスを全部潰し、挑発のビデオレターまで送り付けられた転生者殺しの連中は、まさに怒髪天を衝く勢いで怒り狂っているだろう。準備が完了次第、すぐにでも襲い掛かってくる筈だ。
それはいい、決戦はこっちだって望むところだが、しかし駅の構内で戦うのはさすがに周辺への被害がデカすぎる。できる事ならば他人を巻き込まずに済むような、思い切り戦えるような場所が良い。
そんな考えを見透かしたのか、パヴェルは地図アプリを開いたスマホをカウンターのテーブルに置いた。
「リュハンシク市の郊外に廃ホテルがある。そこで保護した転生者を相手に会合を開くという情報を連中にリークさせるんだ」
「リークって、どうやって?」
「そこは俺に任せろ、こう見えても諜報戦は慣れてる」
「お前ホントなんでも出来るよな」
「そうだろう、もっと褒めろ」
「よしよし」
「わはー」
熊みたいな巨漢をなでなでするミニマムサイズハクビシン獣人の図。なんだこれ。
そしてそれを後ろに控えていたクラリスが連写で撮影するいつものやつ。なんかもう慣れてきた。
「んで、もちろんそれは罠だ。NTRビデオレターでブチギレた転生者殺しの連中は間違いなく主力を投入してくるだろう……それを待ち伏せし、全力で迎え撃つ」
「……最高だな、乗った」
転生者殺しとの最終決戦。
しかし―――それがNTRビデオレターで始まるってのも、なんだか脱力する話である。
こんなんでいいのか、マジで。




