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セーフハウス襲撃 後編


 さて、やりますか。


 義手を鳴らしながら、ミカから敵兵の殺害許可が下りたという事で持ってきた、”殺し”のための銃を手にする。


 今回のメインアームはASh-12.7。12.7×55mm弾という、ロシアの独自規格の弾薬を使用するブルパップ式のアサルトライフルだ。口径こそ重機関銃並みだが薬莢は短く、その分装薬も少ないので射程距離は長くはない。


 近距離において相手のボディアーマーを確実に貫通、あるいは遮蔽物ごと撃ち抜き確実に死に至らしめるというコンセプトの、殺意の塊みたいな銃である。


 サイドアームはそれと同じ弾薬を使用する5連発リボルバー、RSh-12。


 周辺への被害を考慮し手榴弾の類は持ってきていない。他にあるとすれば投げナイフと愛用のカランビットナイフくらいのものか。


 まあ、武器が足りなきゃ自作すればいい。それなりに手先は器用だし、”前の職場”でも即席の武器の造り方は学んだ。その気になれば飯盒と洗剤、釘で即席の対人地雷も用意できる。


 解錠しようと思ったところで、既にドアの鍵は開いている事に気付いた。部外者以外は中に入れないよう徹底するような、そういうセーフハウスじみた(実際そうなのだろうが)使い方をしている拠点にしては不注意が過ぎる―――そこで、獣人として生まれたミカたちの身体がちょっとだけ羨ましいと思った。


 獣人たちは嗅覚が特に発達している。人間のそれを遥かに上回る獣人たちの五感は索敵において優位に作用するのだ。しかし残念なことに、ここにいるパヴェルさんはれっきとした人間。なので各種身体能力はどれだけ研鑽を続けても、人間の域を出ないのが実情である。


 何が言いたいかというと、部屋の中から香ってくる血の臭いに気付くのにちょっと遅れた。多分これミカ達だったら先に気付いてたんだろうなぁ、と獣人たちの身体を羨ましく思いながらもそっとドアを開け、ライフルを構えながら突入する。


「……」


 中からは、人の気配がしなかった。


 いや、その言い方には語弊があるか。


 人の気配はある。ラジオの音がここにまで流れてくるし、コーヒーの香りも漂ってくる。しかしそれよりもずっと濃密な血の臭いが、もう既にここに生存者がいない事を何よりも雄弁に物語っていた。


 そっと部屋の中に入るや、予想は見事に的中した。


 リビングに倒れている男たちの死体。いずれも急所を的確に撃ち抜かれている。


 死体の数は3つ。いずれもボディアーマーなどの防具は着用しておらず、私服姿だ。デスクの近くで椅子に座ったまま事切れている男は後頭部を、仲間の死を察知して驚いている間にやられたのだろう、コーヒーカップを片手にコーヒーまみれになっている死体は胸を、そして応戦を試みようとして返り討ちに遭ったと思われる男は腹に1発、心臓付近に2発……かなり素早く片付けていった事が分かる。


「……なるほど、強いな」


 こいつはプロだ、間違いない。


 ”殺し”に躊躇がない。それにこいつら3人がまともな抵抗も出来ないうちに殺されたところを考えるに、かなり素早いCQBの技術を身に着けた奴だった事が分かる。


 何となくだが……この殺戮の現場を見渡してみて、何となくだがあの襲撃を受けた夜の事を思い出した。


 あの時、機関車へノンナ救出へと向かったルカとミカは敵に包囲され、いつ爆発するかもわからない機関車の中に雪隠詰め状態になったそうだが、どこからか現れた謎の狙撃手に支援され、窮地を脱する事が出来たという。


 どこからか狙撃してる奴がいるとは思っていたが、具体的にどの位置からなのかというのは俺でも察知できなかった。時間をかけてじっくり探れば分かるだろうが、ソイツもかなりのプロなのだろう、そうそう解析する時間を与えてくれるとは思えない。


 あの時の感覚はあれだ、あれにも似ている。そう、幽霊だ。何も見えないのに確かにそこに人の気配があるとか、視線を感じるとか、あるいは空気がいやにひんやりとしているあの嫌な感覚。


 ”そこにいるはずなのに何もいない”、この世のものとは思えない感覚。


 ここを潰したのはもしかしてソイツか?


 死体を調べ、ブービートラップの類が無い事を確認してから、とりあえず情報だけでも持ち帰るかとデスクの上を物色し始める。写真とか命令書とか、とりあえず奴らの大好きな”総統閣下フューラー”とやらに関する情報を片っ端からダッフルバッグの中にぶち込んでいった。


「ん」


 電話の脇にあるメモ用紙に、短く殴り書きがあった。


総統フューラーはお前を狙っている】


「……」


 まさかな、と思いダッフルバッグの中にぶち込んだ書類の中で、ここにいる3人が書いたであろう書類を確認した。筆跡はいずれも、このメモ用紙の殴り書きとは異なるもので、ここで死んでいる3人以外の誰かが書き残していったものと思われる。


「……気味が悪いな」


 このセーフハウスを俺が潰しに来ることも予測済みだった、という事だろう。


 だがまあ、こんなプチ情報を残しておいてくれるとは、ここを潰した謎の幽霊とやらは少なくとも敵ではないらしい。


 死体の様子とコルクボードにある情報をスマホで撮影し、パンパンになったダッフルバッグを抱えて部屋を出た。


 外に停めてあるバイク(ウクライナ製のK750Mだ)のサイドカーにダッフルバッグを積み込み、エンジンをかけた。


 とりあえず、敵兵を殺す手間が省けた。できれば1人くらいは生け捕りにして情報を吐かせたかったんだが、まあそれは仕方がない。資料はごっそり手に入ったし、ここからも十分に有用な情報が得られるだろう。


 リュハンシクの市街地をバイクで走り、そろそろ駅前に差し掛かるというところで、そっとブレーキをかけてバイクを停めた。


「……」


 血のように紅い夕陽の中、車道のど真ん中に人影が見える。


 駅に向かう大通りの途中、交差点の真ん中に設置された剣を掲げる英雄のモニュメントの根元に、その人影は佇んでいた。


 黒と赤を基調としたドレスにフードをかぶり、背中には身の丈以上もある巨大な鎌を背負っている。さながらゴスロリ系のコスプレでもした女の子と言ったところだが、しかしそいつが発する殺気は決して、単なるコスプレなどでは済まないほどの鋭さがある。


 何人も人を殺していなければ発する事が出来ない―――血の味を知った人間特有の殺気だった。


「―――あなたね、”ウェーダンの悪魔”って」


 懐かしい二つ名だ。


 ウェーダンの悪魔……昔は確かに、その異名を戦場に轟かせ、多くの敵兵を震え上がらせてきたものだ。


 しかし……。


「人違いじゃあないか?」


 ゴキッ、と首を鳴らしながら返事を返した。


「ウェルダンだかミディアムの悪魔だか知らんが……死んだよ、ソイツは」


 そう、悪魔は既に死んでいるのだ。


 最愛の妻と、その妻のお腹に宿った小さな命(俺たちの未来)……そして傷ついた数万人の同志たちを逃がすため、最期まで最前線に留まり続けた大馬鹿野郎。


 セシリアの奴、泣いたかな……などと、今ではもう会う事も叶わぬ妻の顔を思い出しながら、アイツ今頃何やってるかな、と思いを馳せている間に、その鎌を背負った人影は静かにフードを取り、鎌を手にした。


「―――私は”カレン”、総統閣下フューラーの忠実な僕」


 ケモミミの形状から見るに、イタチ系の獣人だろう。フェレットだろうか。


「ウェーダンの悪魔……あなたが総統閣下フューラーと戦うに相応しい相手か、この私が試してあげる」


 バイクを路肩に停め、葉巻を取り出す。


 周囲には霧が立ち込めており、通行人の姿はない―――何かしらの結界を展開したのだろう。今この空間は、おそらくだが外界と切り離されている。


 それはつまり、術者たるあのメスガキをぶち殺さないと出られないという事だ。


 お手製のトレンチライター(12.7mm弾の薬莢で作った。オイルがたくさん入るのでお得である)で葉巻に火をつけ、煙を吐き出してから、左手で頭を掻く。


「やめとけやめとけ」


 実力の差が分からんわけでもあるまいに……。


 







「―――死ぬぞ、お前」













「ほぁたァ!!」


 バギャッ、とリーファの強烈な掌底が、鍵のかかったドアを一撃で粉砕した。


 内側へと倒れたドアを踏み越え、刀を抜いた範三が我先にと突撃。中から悲鳴やら銃声が響いてくるけど、範三の悲鳴は聞こえてこないところを見るに、多分範三が一方的にバッサバッサと斬り捨てているんでしょう、きっと。


 MP5Kのフォアグリップを握りながら、遅れてあたしも踏み込んだ。とはいっても既に片っ端から範三が刀で仕留めた相手ばっかりで、部屋の中は血の海と言ってもいい状態。あたしにできる事といったらMP5Kを構えながら死体に銃口を向け、本当にそれが死体か、まだ生きていないかを確認する事しかできなかった。


 ちょっと吐きそうになるけれど、こうなるのも覚悟はしていた事―――冒険者になると決めたあの日から。


 冒険者同士の戦闘で殺し合いになる、という事例は意外と多いの。特に管理局の監視の目が届かないダンジョン内では猶更で、相手の持つスクラップや魔物の素材を目当てに他の冒険者パーティと殺し合いになり、結果として多数の死者が出る……なんて事は日常茶飯事なのよ。


 法令で冒険者同士の戦闘は禁じられているとはいえ、ダンジョン内は実質的な治外法権。監視の目は届かず、故に今日も冒険者同士の殺し合いは続いている。


 だからいつかは誰かを手にかけるかもしれない、という覚悟は決めていた。


 でも―――実際に死体を見るのは、なかなか精神的に来るわね、これは……。


「範三……大丈夫?」


「うむ、怪我はない」


「そうじゃなくて……」


「ん、ではなんだというのだモニカ殿?」


「人、殺したのよね?」


「ああ、それがしが斬り捨てた」


「……罪悪感とか、ないの?」


 リーファが証拠品を漁り始めている隣で、あたしは思い切って範三に疑問をぶつけてみた。


 だって、範三には躊躇が無かった。一番先に飛び込んで、無防備な敵の諜報員をあっという間に斬り捨ててしまった。部屋の中を血の海に変えてしまうなんて、よほどの覚悟が無ければできる事ではないもの。


 すると範三は、顔についていた返り血を手の甲で乱暴に握りながらさらりと答えた。


「む、おかしな事を聞くものだ。武士もののふたるもの、戦場で武勇を轟かせる事こそ最高の栄誉。戦の中で生き、戦の中で死ぬ。それこそ侍の本懐よ。……それに、相手とて覚悟を決めて戦場に立つ身。こちらも全力でぶつからねば相手に失礼でござろう」


 ああ、聞く相手を間違えたかもしれない。


 正直、そう思った。


 範三は……というより、倭国のサムライたちはそもそもあたしたちとメンタリティが根本的なところから違うのだ。覚悟が出来ている、出来ていない以前の問題で、殺さなければ殺されるというか、戦場での殺し合いを武術か何かの延長線上に捉えているというか……。


 ありがとう、と答えを返し、あたしも証拠品をダッフルバッグに収めていく。


「……何よコレ」


 壁にあるコルクボードには、白黒写真が何枚も貼り付けられていた。


 知らない人の写真ばかりで、殆どがその上から赤いバツ印をつけられている。けれどもバツ印をつけられていない顔写真の中には見知った顔があった。いつも一緒にご飯を食べたり、仕事をしたり、一緒に生活したかけがえのない仲間の顔があった。


 ミカ……それにパヴェルまで。


 という事は、もしかしてこのバツ印をつけられている人は今までに殺されてきた人たち……?


 そう思うと、胃の奥から何かが込み上げてくる感じがした。


 相手は本当に、殺しに来ている。


 覚悟を決めないと―――相手を殺さなければ、自分が殺される。


 ああ、そうだ。


 これは戦争なんだ。


 水面下で繰り広げられる、小さな戦争。


 ここまで来て、相手の殺意が可視化されてやっと、あたしの中で錠前が外れる音がした。


 きっとそれが、覚悟の決まる音なんだと、今ばかりはそう思った。


 一通り証拠品や情報を集めたところで、ポケットからスマホを取り出した。連絡先の中からパヴェルを選択して、彼に電話をかける。


 向こうもそろそろ終わったかな、と思いながら待っていると、パヴェルの声が聞こえてきた。


《もしもし?》


「こっちは終わったわ。そっちは?」


《ああ、こっちも全部終わった。後は列車で落ち合おう》


「ええ、それじゃ」


 連絡を終え、ダッフルバッグを抱えて外に出る。


 こんな時に限って、空は血のように紅い夕日に染まっていた。













 モニカも腹を括ったか、と思いながらパヴェルはスマホをポケットに戻した。


 声音で何となく分かるのだ。かつて彼がまだ、”ウェーダンの悪魔”の異名を欲しいがままにしていた頃、教育中の新兵たちが一人前の兵士になった際に、その声音が変化している事に彼は気付いていた。


 モニカにも同じ声音の変化が見られた。声そのものの変化というよりは、声に宿る意志の変化と言うべきか。ともあれこれで、実際に前線で戦う仲間たち全員が腹を括った事になる。


 良い兆候だ、と思いながら、パヴェルはバイクに跨った。お気に入りのウクライナ製バイクのエンジンをかけ、誰もいない大通りを駅へと向けて走り去っていく。


 



 血のように紅い夕陽に照らされた、剣を掲げる英雄のモニュメント。





 その掲げられた剣に、鎌を手にしたフェレットの少女が串刺しにされている事に民衆が気付くのは、それから30分後の事だった。







 


 

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― 新着の感想 ―
[一言] さらっとジュテームしてますね、流石は元ヴェーダンの悪魔にしてAKにヤンデレな野獣兄貴。コメント欄を拝見して思い出しましたが、ここのところの極めて鮮やかな。パヴェルからしても手際の良さを発揮し…
[良い点] パヴェルさん、戦闘シーン無しの余裕で瞬殺ですか…流石です。 せリシア…?あれ、テンプル騎士団の団長では…?おや、こんな時間に誰だろう。AAー12持ってこ。 [一言] ついにモニカも…範三は…
[一言] うわ…流石パヴェルさん…さらっとジュテりましたね… しかし、こうしてみると、なんだかんだ今まで平和だったんですねぇ~ あのヴォジャノーイの煮凝りがどうのなんて言っているのが昔のことのように感…
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