セーフハウス襲撃 中編
情報は戦闘において、極めて重要な要素である。
情報が正確であれば余計な犠牲を出さなくて済むし、情報の入手が素早ければそれだけ相手に先んじる事ができる。
そういう意味では、パヴェルのもたらした情報はその両者を兼ね備えていた。素早く正確……だからほら、連中の情報収集用の拠点とされている雑居ビルの3階にある一室には、今のところ大きな変化はない。
ブラインダーの降りた窓から中は覗えないが、しかし人の気配は感じる。日の当たらない薄暗い部屋の中でいったい何をしているのか、ちょっとばかり覗いてみるのもいいだろう。
ランドクルーザーから降り、雑居ビルの3階へと伸びる階段を静かに上った。後ろには相変わらずMG42を抱えたお嬢が居るが、室内戦でそんなものを振り回すつもりなのだろうか。
アーマーから生えたアームでMG42を吊り下げ、それを両手で保持しながら階段を上がってくるお嬢。とにかくやる気満々という事が分かったところで、私もMC51SDの銃口に装着されているサプレッサーをチェック、安全装置を解除し”仕事”に備える。
「パヴェルの情報、合ってると思う?」
連中の拠点と思われる部屋のドアが見えてきたところで、お嬢が唐突にそんな事を言い出した。
「ああ、合ってるだろうよ」
見たところ、アイツも相当なやり手だ。舞台裏で動いてきたかのような貫禄が感じられた……おそらくだが、こういう情報を扱いながら汚れ仕事をこなしてきた、そういう人種なのだろう。
さて、それはさておきどうやって突入するか。
C4で爆破して突入してもいいが、ここは雑居ビルの一室だ。変に爆破すれば他の階にいる無関係な人々まで巻き込んでしまいかねないので、周辺への影響を考慮して突入と制圧を行わなければならない。
となるとまあ、こうなるか。
やってくれ、とお嬢に目配せすると、お嬢は腰だめでMG42をぶっ放してくれた。
7.92mmマウザー弾の弾雨がドアの蝶番を吹き飛ばし、そのまま下へと薙ぎ払っていく。”ヒトラーの電動ノコギリ”とはよく言ったもので、その様子はさながらチェーンソーで木材を両断するかの如くだった。
ドアの蝶番が吹き飛んだところで、全体重を乗せてドアに蹴りを叩き込む。蝶番を失ったドアはあっさりと内側に倒れ、薄暗い通路の奥で驚愕しながらもUSPを手にする諜報員たちの姿を私の目の前に晒してくれた。
上出来だ、とお嬢に言い残し、私が先に室内へ足を踏み入れた。MC51SDを構えるなり、無防備に銃を構え応戦しようとしていた馬鹿を手始めにヘッドショット。7.62×51mmNATO弾で撃ち抜かれた諜報員の頭の右半分が割れ、ピンク色の破片が部屋の中に飛び散った。
『Cum an vels!(くそ、敵だ!)』
どこの言語なのだろうか。
そう言えば最初に私を襲ってきた敵もそうだった。どこの言語かも分からぬ言葉を口にしていたところを見るに、少なくともイライナ人ではないのだろう(そしてハンガリア人でもない模様だ)。
随分と国際色豊か、多様性に富んだ集団である事が分かるが、今はそんな事はどうでもいい。
敵か、味方か。それさえハッキリしていればいいのだ。そこから派生して殺すか、殺さないかという選択も出来るのだから。
1人目を殺したところで、相手も物陰に隠れたようだ。部屋の入口のところからピストルだけを突き出して滅茶苦茶に乱射してくるが、しかし照準を合わせずに当てずっぽうで適当に撃っているだけだから、当たる筈もない。
ヒュン、と傍らを通過していく9×19mmパラベラム弾に怯みすらせず、淡々とその突き出されているピストルだけを狙い撃った。ガッ、と7.62×51mmNATO弾がUSP拳銃を打ち据え、敵から反撃の手段を奪う。
照準もつけずに弾丸をばら撒く無作法な敵から反撃手段を奪ったところで、私はそっと後ろにいるお嬢のために道を空けた。
彼女とは長い付き合いだ。だから彼女が何をしようとしているのか、どうしたいのか、言葉を交わさなくても何となくだが分かる。
私が道を空けるなり、お嬢のMG42が腰だめで火を噴いた。
かつて連合国軍とソ連軍の兵士たちが恐怖した、ヒトラーの電動ノコギリ。それはその凄まじい連射速度ゆえに歩兵の肉体を容易く引き裂き、豪雨の如き弾幕は多くの兵士の進撃を阻み続けた、かつてのドイツ製機関銃の最高傑作。それは今も使用弾薬を変え、MG3の名で採用が続いている事からも窺い知れる。
そんなものを室内でぶちまけられれば、敵もたまったものではない。フルサイズのライフル弾が土砂降りみたいな速度で連射されるのだ。ちょっとしたビジネスホテルの部屋のような壁が瞬く間に蜂の巣に変わり、薄い壁を頼りに身を隠していた敵の諜報員の呻き声が微かにだが聞こえた。
ああ、壁越しに殺られたな……そう思っている間に、お嬢の連射がぴたりと止まった。
連射速度が速いという事は、それだけ弾切れも早いという事だ。しかしお嬢の場合、MG42とセットで数千発ものマウザー弾をぎっしりと詰め込んだ給弾パックを背中に背負っているので、弾切れというのはまずありえない(経験上、それが弾切れになる前に決着がついているからだ)。
では何かというと、銃身が赤熱化してしまったのだ。
バクン、と右側面のカバーを解放し耐熱手袋をはめた手で銃身を引っ張り出すお嬢。そのまま赤々と焼けた銃身を床に落とし、腰のホルダーから予備の銃身を引っ張り出して差し込んでいく。
その間に、私は踏み込んだ。
敵の殺気の振る舞いを見て、ここにいる連中は素人同然、銃の扱いを覚えたばかりの民兵とそう大差ない事は見抜いていた。
機関銃の制圧射撃に晒されれば、どんなベテランの兵士でも士気はへし折られる。ここは駄目だ、とか、いったん後退するべきかと後ろ向きな想いが頭を過るものだ(私だってそうだ)。長年戦場を渡り歩いてきたベテランの兵士ですらそうなのだから、まともな実戦経験も無く、戦死の危険が極めて少ない後方任務に就いていた連中が同じ状況に晒されればどうなるか、言うまでもあるまい。
通路を突破し部屋の中へと踏み込むや、物陰で身体を丸めていた諜報員と目が合った。そいつは私の姿を見るなり銃を向けてきて、まだ戦う意志があると判断できたので、躊躇なくMC51SDで撃ち殺してやった。
胸に2発、頭に1発。心臓付近に風穴が2つ開き、頭が半分割れた死体がそのまま動かなくなる。
「ひぃぃぃぃっ! ま、待て、待ってくれ!」
「ん」
クローゼットの陰に隠れていた小太りの獣人男性(パグの獣人だろうか)が、拳銃を投げ捨て両手を上げながらゆっくりと出てきた。
仲間の死と苛烈極まる弾幕に完全に心を折られたのだろう、薄汚れたメガネのレンズの向こうは涙でぐしょぐしょだった。
「こ、降参する! 殺さないでくれ、た、頼む……!」
「……」
「頼むよ……頼む、家族がいるんだ」
家族がいる、か。
確かに彼の薬指には結婚指輪がある。家に帰れば嫁さんと子供がパパの帰りを待っているのだと思うと、何とも言えない気持ちになる。
だが。
こいつらが今までやってきた仕打ちを見ても、同じ思いは抱けるだろうか?
こいつらだってそうだ。帰りを待つ家族がいるかもしれない転生者や、他の無関係な人々を手にかけてきたような連中だ。散々殺してきて、いざ殺されそうになって「家族がいるんだ」なんて、そんな都合のいい話があってなるものか。
殺してやろうか、という私の感情を、しかし理性が冷静に止める。
コイツは諜報員だ。情報と共に生け捕りにして持ち帰れば、更なる情報が得られるかもしれない。
現時点ではただでさえ敵に対する情報が不足しているのだ。コイツは紛れもなく、擁護のしようもないクソッタレで直ちに地獄に落ちるべきだが、生け捕りにする事で得られる成果も確かにある。それは事実だ。
だからコイツは、生かしてやることにした。
顎に左のアッパーカットを叩き込むと、「ひゅ……」なんて小さな声を発しながら男は崩れ落ちた。顎の骨に亀裂は入っただろうが、とりあえずコイツは生きている。
気を失った男の両腕を結束バンドで縛り、ついでに両足も縛っておく。小太りである事もあってさながら服を着たハムみたいになった男を部屋の隅に転がしておき、持ってきたダッフルバッグの中に部屋中の書類やら何やらを詰め込み始めた。
ブーッ、とポケットの中でパヴェルから貰ったスマホが振動する。何かと思い取り出して画面を見てみると、『ミカ達としゃもじ達が拠点を1つ制圧』という短いメッセージがあった。
なるほど、ミカとしゃもじもやったか。
私も負けていられないな。
捕虜を1人確保した旨のメッセージを返信し、資料でパンパンになったダッフルバッグを背負う。ハムみたいになった捕虜を肩に担ぎ、入り口で待っていたお嬢と一緒に階段を駆け下りた。
早いところ離れよう。憲兵が集まってきたらシャレにならない。
新幹線って速いわよね?
だって今の時点で300㎞/hで線路を走行して、最終的には東京駅にタッチダウンしてるのよ? 一説によるとさらに速度をアップさせるためのテストをやってるみたいだから、将来的には350km/hくらいは出るようになるんじゃないかしら?
凄いわよね新幹線。
だからそんな速度で公道を突っ走ってる私たちも凄いわよねおもち?
「ん、きっとそう」
助手席でサーロの缶詰(気に入ったのかしら)をもぐもぐしながら返事を返すおもち。その傍らの窓では、夕焼けに染まる街並みが凄まじい速度で後方へと流れていた。
それもそのはず、私がハンドルを握るこのプロドライブ・ハンターは既にトップスピードに達していて、リュハンシクの街中を300㎞/hで突っ切っているところなんですもの。
ついさっきなんか、スピード違反の取り締まりをしていたパトカーの目の前を堂々と最高速度で通過、慌ててサイレンを鳴らしながら追ってきたパトカーを置き去りにしてぶっちぎるというとんでもねえ事をやらかしたんですもの。
まあ、ウォーミングアップはその辺にしておきましょ。
パヴェルがくれたスマホのナビによると、標的となる敵の拠点はこの大通りの奥、ちょうど突き当たりにあるバーみたい。バーなんだから無関係な人が飲みに来てるんじゃないのかしらって不安になったけど、パヴェル曰く「完全会員制で部外者お断りな営業体制」らしいわ。まあそれなら心配はいらないわね。
とにかく敵は全部ぶっ殺す。そして情報は全部持ち帰る。
作戦は単純であればあるほどいい。現場が混乱しないから。
サーロをもぐもぐしていたおもちもM6A2をスタンバイしたところで、フロントガラスの向こう側に例のバーが見えてきた。
イライナ語(なんて書いてあるか読めないわ!!!!!!!!)で書かれた看板を掲げるその店に、適度にブレーキを踏んで減速させた状態のプロドライブ・ハンターが正面から突っ込んだ。
最初から突っ込む事を想定して装備していた、スパイク付きのグリルガードが壁を木っ端微塵に粉砕する。それでもなお殺し切れない運動エネルギーは車体を前へ前へと進ませ、バーのカウンターのところでカクテルを作っていたマスターを撥ね飛ばすと、カウンター奥の壁に激突。ずらりと並んでいた名酒の数々を木っ端微塵に粉砕してやっと止まった。
エアバッグに押し付けていた顔を上げ、ドアを開けて車外へと出る。パラパラと天井から埃が落ち、バーの中にいた従業員や客が一斉に私たちの方を睨んだ。
「な、なんだテメエら!?」
「事故ったわ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
だいたい300dBくらいの声量で名乗りを挙げ、スレッジハンマーを担いで前に出た。
従業員はクロだとして、客もクロかしら……クロね、間違いないわ。従業員らしき男性と写真を見せ合いながら何やらやり取りをしていたもの、クロに決まってるわ。
懐からピストルを引き抜こうとした従業員の顔面をスレッジハンマーでぶん殴り、タックルで力の抜けた男性従業員を吹き飛ばしながら前に出る。そのまま床にスレッジハンマーの、血塗れになった打撃部を擦りながら思い切り振り上げ、浅黒い肌の客の顎へとフルスイング。顎を砕かれた客が口から血と白い破片(うん、歯が砕けたみたいね)を吐き出しながら天井へと舞い上がるや、そのままファンの回る天井にバウンドしてテーブルの上に落下してきた。
2人仕留めたところで、私はテーブルの陰に転がり込んだ。その直後に、ガガガガガッ、と機関短銃の掃射が頭上を薙いだ。
MP5を構えたスーツ姿の従業員が、ついに本性を現したみたいで私に向かって銃をぶっ放してるところみたい。
人気者は辛いわね。
でもまあ、私だけ見てていいのかしら?
私、1人で入店した覚えは無いんだけど?
次の瞬間、景気良く撃ちまくっていたせいで弾切れを起こした敵の片割れの頭に5.56mm弾が叩き込まれた。
突然の仲間の死に驚愕するもう1人の店員の頭にも、同じく5.56mm弾が叩き込まれる。
撃ったのはもちろんおもち……なんだけど、なんであの子頑なにサーロをもぐもぐしてるのかしら。気に入ったの? 豚の脂身の塩漬け気に入ったの? それおいしい?
血まみれのスレッジハンマーを手に、カウンターを乗り越えて店の従業員スペースへ。ドアを蹴破って中に入ると、奥に隠れていた店員が約1名、ナイフを手に襲い掛かってきた。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ああ、そう」
スレッジハンマーを投げ捨て、片手でナイフを持った手を受け流す。
ぐらり、と相手が攻撃を空振りして体勢を立て直したところで、男の顔面を右手で鷲掴みにした。そのまま彼の頭の中に魔力を放出、血管の中を炎属性の魔力で一気に過熱していく。
500℃くらいに頭を過熱され、ぶくり、と一瞬だけ彼の頭が膨らんだ。目や鼻、耳から変な汁を垂れ流した彼は、頭の中で茹で上がった脳味噌と一緒に崩れ落ちていった。
さて、敵はこれで全部かしら。
「……敵、もういない。臭いしない」
「よくやったわおもち。情報に関する物は全部持って帰るわよ」
「ん」
ダッフルバッグを開け、店の奥にあった従業員スペース、そこのテーブルの上にある写真や書類、命令書と思われる物は全部その中へとぶち込んでいく。
この襲撃は複数の敵の拠点に、同時多発的に行われている。敵の諜報能力を削ぎ、敵の持つ機密性の高い情報を得られて、しかも予想外の反撃で敵を”挑発”できる……そう、パヴェルが立案したこの作戦には、3つの目的がある。
隠れ潜んでいたつもりが、拠点を一気に潰されたとなれば相手の面子も丸潰れでしょう。
それが憎んでいる転生者相手ともなれば、猶更よ。
とりあえず今は、その復讐心を逆手にとらせてもらおうかしら。




