転生者集結
1888年 10月16日
ノヴォシア帝国南方
イライナ地方のどこか
三日月を見上げていると、よく死神の鎌を連想する。
魂を狩る死神が掲げる鎌。戦場で数多の命を奪い、我が物としてきた死神の象徴だ。どんな英雄豪傑であろうとその鎌から逃れる事は叶わず、故に死神は戦場の恐怖そのものだった。
どれだけ神に祈ろうと、その祈りは決して届かない―――。
だから、憎しみは自分の手で終わらせることにした。
神に縋るのは、もうやめた。
神が裁きを下さないというならば、ヒトの手で裁きを下さなければならない。
忌々しい転生者たち―――本来、この世界にあるべき存在ではない異物共に。
コンコン、と扉を叩く音が聞こえ、「入れ」と短く返事を返す。中に入ってきたのは黒のコンバットシャツにコンバットパンツ、その上にボディアーマーを身に着けた兵士だった。作戦を終えてそのままやってきたようで、スリングにはまだHK416が繋がっている。
プロテクターも傷だらけで、兵士の頬には血の痕があった。弾丸が頬を掠めたのだろう、傷口の真ん中あたりは血液が凝固して、瘡蓋になっている。
「報告します、我が総統。血盟旅団の襲撃作戦は失敗……我が方は7名の兵士を失い撤退に追い込まれました」
「……ほう」
奴らを潰すのに十分な戦力を用意したつもりだったが、それでも叶わなかったか。少々、血盟旅団を甘く見ていたようだ。
所詮はガキの率いる新興ギルド、その頭目であるミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフは転生者―――どうせ前世は引きこもりとかニートで、自らの殻を打ち破る事も出来ず、ある日突然トラックに撥ねられ異世界転生したような、典型的な転生者なのだろう。
そんな連中に、訓練を受けた兵士たちの攻撃が防げるわけがない―――そう思っていたのだが、どうやら過小評価していたようだ。
なるほどそうだったか、と自分なりに考えていると、その沈黙が私の不興を買ったと思ったのか、兵士は必死に弁明を始めた。
「奇襲攻撃は成功しました……しかし機関車を破壊したところで、謎の狙撃手の奇襲を受け戦線は崩壊。その間に血盟旅団も息を吹き返し、戦闘は長期化の様相を呈し始めました。そこに憲兵隊も駆けつけ始め、これ以上の戦闘は不可能と判断し撤退を選択いたしました」
「そうか」
「こちらがボディカメラの映像です。ご確認を」
受け取ったカメラを、ケーブルで円卓に繋いだ。円卓の中央に埋め込まれた立体映像投影装置が起動するや、音声と共に円卓の上に戦闘の様子が映し出される。
銃声と怒声、周囲に銃弾が着弾する音。まさしくこれこそが”戦場の音”だ。
列車の銃座からの激しい銃撃に阻まれる兵士たちがいる一方、機関車の方へと攻撃をかける兵士たちの一団が、何の前触れもなく頭を撃ち抜かれ、ばたばたと倒れていく姿が映し出されている。
《くそ、狙撃手だ!》
《どこだ、どこに―――》
《ヴァレリーがやられた!》
《クソッタレ、血盟旅団に狙撃手は居ないんじゃ―――》
《頭を下げろ、狙われるぞ!》
機関車の中にはミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフと思われる人影が見えた。小柄で、少女のような容姿で、とてもじゃないがAKを手に戦うようには思えない。しかしその動作は訓練を受けた兵士のそれと言っても過言ではなく、執拗な制圧射撃で兵士たちに頭を上げさせない。
そうして停滞している間に、兵士たちは次々に狙撃手に頭を撃ち抜かれて倒れていった。
映像が切り替わり、銃座を攻略しようとしていた兵士たちの様子が映し出される。ブローニングM2重機関銃、しかも連装で装備されたそれの圧倒的火力が、突如として一気に厚みを増した。
客車の扉のところに搭載されていたのだろう、MG3を展開した巨漢が弾幕を張り始めたのである。12.7mm弾の嵐に加え7.62mm弾の集中豪雨ともなれば、どんなに訓練を積んだ勇敢な兵士でも進撃は不可能であろう。
「……止めろ」
「はっ」
兵士に命じ、映像を一時停止させた。
円卓にあるリモコンを操作し、映像をズームアップしていく。
ドアガンであるMG3を連射している巨漢の顔が鮮明に映し出されると、そこになって初めて、私の胸に火が燈った。
―――ああ、見つけた。
こんなところに居たのか……”ウェーダンの悪魔”。
俺から全てを奪った男―――■■■■。
「総統閣下?」
「……いや、懐かしい男を見たものでな」
アイツの事だ、組織のナンバー1になるつもりもないのだろう。
俺が見るに、あの男は上について全軍を指揮するよりも、勇猛な指揮官の下について初めて破壊力を発揮するタイプの男だ。だから奴もテンプル騎士団時代はあの女……”セシリア”の下についていたのだろう。
またしても異世界転生を果たし、今度は害獣の庶子の下につくか。なんともまあ、あの男らしい。
「とにかく、ご苦労だった」
「はっ」
「血盟旅団に関しては部隊の再編成後、再度の襲撃をかける」
「了解しました。それと敵の手に落ちたチェブレンコですが……」
「構わん、次は諸共に滅ぼせ」
「はっ」
敬礼してから、その兵士は去っていった。
それにしても、兵士を7名も失ったか……血盟旅団もそうだが、最近は転生者の抹殺に差し向けた兵士が返り討ちに遭う事例が増えている。
アルミヤで襲わせたセロ・ウォルフラムの時も、そしてベルリアンで襲撃したしゃもじとかいう変わった名前の転生者(多分コレ本名じゃないな)の時もそうだ。転生者といえば前世は引きこもりorニート、身体能力皆無で何でこんな奴が選ばれたんだと思うレベルの底辺連中がチート能力を手に好き勝手やってる、という認識だが、最近はハイスペック転生者がやたらと多い。
こいつらもきっとそうなのだろう。ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフの場合は……よく分からん。コイツは典型的な転生者だろうと思うが、奴の場合は仲間に恵まれたようだ。まあ、仲間を惹きつけるのも才能の内なのだろうが……まあいい。
奴もいずれは刈り取る命だ。ウェーダンの悪魔諸共な。
「―――いいの、総統?」
薄暗い部屋の中、影の中から唐突に姿を現しながらそう言ったのは、小柄な獣人の少女だった。頭からはフェレットのケモミミが伸びており、背中には柄を折り畳んだ巨大な鎌を背負っている。
戦場の恐怖として君臨していた死神がこんな可憐な少女であったなら、少しは恐怖も薄れるだろうか。そんな事を考えながら、飼い主に甘える仔犬のようにすり寄ってきた彼女の頭を撫でた。
「アイツら、負けて帰ってきたざこざこ兵士だよ?」
「それでも我々には必要な存在だ」
「ふーん」
迂闊に粛清は出来ない。今の我々は、慢性的な兵力不足に喘いでいる。
「それに、転生者に恨みを抱いているのは皆同じ……そうだろう、カレン?」
「……うん」
フェレットの獣人の少女―――カレンは目を細くしながら、静かに唸り声を発した。
転生者に全てを奪われたのは、皆同じ。
だからみんなで復讐しよう。
そうすればきっと、この怒りや悲しみは癒えるはずだ。
「くちゅんっ!」
眠気を覚ますためにちょっと窓を開けた結果がこれだ。アルミヤ半島から法に接触しない範囲で爆走し、何とか辿り着いたイライナ最東端の街”リュハンシク”。まだ10月中旬、それも日中だというのに気温は既に-2℃とはどういうことか。
窓をちょっと開けただけで流れ込んでくる寒気。眠気を覚ますどころかそのまま氷漬けになってしまいそうだ。
気温バグってないかこれ? アプデでの修正が待たれる。
「セロ、寒いわ。窓閉めて」
「はいはい」
まるで液体窒素でも流し込まれているかのようだ。これ本当に-2℃かと疑いたくなるような気温の低さに戦慄しつつ、街の様子を眺めながらゆっくりとランドクルーザーを走らせる。
リュハンシクはついこの前まで、ノヴォシア共産党を名乗る連中の実効支配下にあったのだそうだ。帝国の守護者たる騎士団は武力をちらつかせて圧力をかければ退散するだろうと高を括り、具体的な奪還作戦に打って出る事はなく、その弱気な姿勢が奴らの増長を招いた。
最終的にミカがガリヴポリ奪還作戦を敢行したのに呼応し、ミカの実家の長女『アナスタシア・ステファノヴァ・リガロヴァ』少将が指揮する特殊部隊ストレリツィと、第七大隊の混成部隊がリュハンシクを襲撃。共産党の部隊を撃破しノヴォシア地方への放逐を成功させた。
その戦闘の爪痕は、まだ街の中に生々しく刻まれている。
半壊した建物や壁面にめり込んだ大砲の弾、乗り捨てられた車には弾痕が幾重にも刻まれ、街中には共産党の連中が残していったと思われるバリケードの一部が今もなお残っている。
子供たちは大人と一緒にそういったバリケードの撤去や、壁に貼り付けられた共産党のプロパガンダポスターを剝がして回っている。どうやらこの国には、まだ共産主義は早すぎたらしい。
それは良い事だ。実に良い事だ。共産主義者は好かないからな。
リュハンシク駅付近の駐車場に車を停め、見張り員から駐車券を受け取る。1時間200ライブルという良心的な値段なので非常にありがたい。
厚着のお嬢と一緒に車を降り、駅へと向かった。
リュハンシク駅の周辺にはやけに憲兵の姿が多い。冬季用のコートとウシャンカに身を包んだ憲兵たちが、背中に単発式のライフルを背負い道行く人々を監視している。
「すいません、何かあったんですか?」
「デッッッッッッッッッ」
話しかけると、直立不動で監視をしていた憲兵が私の胸を見ながらショタみたいな反応をしやがった。
「ええと、襲撃事件です」
「襲撃?」
「はい。レンタルホームに停車している冒険者の列車を正体不明のテロ集団が襲撃する事件が昨晩ありまして……」
「レンタルホームに居るのは血盟旅団の?」
「ええ、よくご存じで」
「……ありがとう憲兵さん」
嫌な予感が見事に的中しやがった。
早足になりながら駅に入り、窓口で入場料を支払いレンタルホームへ。あんな事件があったからなのだろう、駅の中は随分とピリピリしていた。そこかしこにペッパーボックス・ピストルや後装式の単発拳銃を手にした憲兵が立っていて、駅構内に立ち入る客の一人一人をねめつけるように監視している。
ホームを跨ぐ連絡通路の窓から、列車が見えた。
見覚えのある列車だ。2階建ての客車を3両、それから格納庫を何両も連結した血盟旅団の列車。客車には大きな窓があり、下半分が蒼、真ん中に黄色のラインが引かれていて、上が白という一昔前の2階建ての新幹線みたいな塗装になっている。
その先頭に連結されている機関車は大破しているようだ。対戦車ミサイルでも撃ち込まれたのだろうか。
ツナギ姿の巨漢と小柄な少年が溶接作業をしているようで、先ほどから火花がちらちらと見える。
随分手酷くやられたものだ。
「セロ、ちょっと速いわよ」
「ああ、すまん」
「友達が心配なのはわかるけど……」
お嬢に怒られながらも階段を駆け下りた。ホームに降りると、客車の上にある銃座で警備をしていた小柄なハクビシンの獣人と目が合う。
「セロ!」
「ミカ、無事だったか」
良かった、コイツ生きてた。
まあそれもそうか、あのミカエルだ。そう簡単にくたばるわけがない。
銃座から飛び降りて(オイオイ高さ明らかに7~8mあるだろ)ホームに着地したミカは、よく来てくれた、といわんばかりの笑みを浮かべながらハクビシン特有の長い尻尾をぶんぶん振って出迎えてくれた。
獣人はケモミミと尻尾に自分の本心が現れるので、人間よりも実に感情豊かである。
「最近、転生者が襲撃される事件が頻発しててな。お前は大丈夫かと思って駆けつけたんだが……」
「ああ……ありがとう、セロの方は?」
「私も襲われた。まあ、全部返り討ちにしたがな」
「さすが」
「そっちは? みんな無事か?」
「あ、ああ……ノンナがちょっとケガしたけど、今は何とか」
「ノンナ……ああ、あのパームシベットのお嬢ちゃんか」
ともあれ、みんな生き延びてくれたようで安心した。
みんなに何かあったら……と思っていたその時、すぐ隣の線路の方からエンジン音が聞こえてきた。
列車の通過……ではない、と思う。でもこの音は何だと思いながらミカとお嬢と私の3人は視線を隣のホーム(隣は在来線のホームだぞ?)へと向ける。
《間もなく、4番線を列車が通過します。危険ですのでホームの白線の内側へお下がりください》
遅れて響いたアナウンス。しかし、この世界の列車って蒸気機関車が主流なはずだ。聞こえてくるのは明らかなガソリンエンジンの音で、蒸気機関車が間違っても発する事がない音である。
しばらくすると、線路の方から2階建ての客車を何両も連結したクソデカ蒸気機関車が見えた。通過する列車とはアレの事なのだろうが、問題なのはその爆走するクソデカ蒸気機関車のすぐ目の前を走っている赤いマシンだった。
オフロードタイヤを装着した、いかにもオフロードレース用の車両ですよと言わんばかりのデザインの車が線路を爆走、これからノヴォシア地方へと向かうであろう特急をじわじわと引き離しながら加速するや、在来線のホームを冗談抜きで新幹線みたいな速度で通過。突風とエンジンの残響だけを残して走り去っていった。
「なあにあれは」
「さあ……?」
しばらくすると、そのオフロード新幹線は駅からちょっと離れたところで華麗なドリフトをキメた。駅員さんブチギレ案件だろこれはと思いながら見守っていると、真っ赤なオフロードマシンはそのままこっちに戻ってきて、血盟旅団の列車の近くで停車した。
オフロードマシンの正体はイギリス生まれの『プロドライブ・ハンター』。300㎞/hという驚異的な速度を叩き出す英国が生み出した変態である。
そしてその変態的なマシンを運転していたのもまた、やべえ奴だった。
「行き過ぎたわ!!!!!!!!!!」
おおよそ300dBくらいの咆哮と共に顔を出したのは、いつぞやのエゾクロテンの獣人だった。
「しゃもじお前……何してんのさ?」
「いやー、ミカが襲われてないかって心配になって。でもこの様子じゃ遅かったみたいね!!!!!!!!!!!!」
今度は370dB。コイツの声帯どうなってんだ。
まあ、でもこれで転生者3人が集結したわけだ。
最近の襲撃者連中に、いつまでもやられっぱなしじゃあいられないよな。




