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到着、リュハンシク


 1888年 10月15日


 ノヴォシア帝国南方 イライナ地方


 リュハンシク近郊




 乾いた音と火薬の臭い。そして的を打ち据える金属音。


 イヤーマフ越しにも聞こえてくる9×19mmパラベラム弾の咆哮。その度に手の中にある長銃身の拳銃のスライドが軽快に後退、9mm弾の空薬莢が飛び出しては、射撃訓練場の床へと落下していく。


 何度も述べたけれど、拳銃は一般的に小銃よりも扱いが難しい。


 射程距離はずっと短く、命中精度も小銃より低く、貫通力も殺傷力も小銃のそれを下回る。更にはストックもないので小銃と比較し安定せず、反動制御にもコツが要る。


 それでも廃れなかったのは、きっとそのコンパクトさ故だろう。嵩張らず、携行に便利で、メインアームの隙を埋めたり、あるいはメインアームを喪失した際の反撃手段としてはうってつけなのだ。


 とにかく、そういう事もあって拳銃の訓練は念入りにやる事にしている。これが俺たちにとっての最後の砦になるかもしれないのだから。


 後退したスライドがそのままの状態になり、手の中にあるオーストリア製の拳銃―――『グロック17L』がホールドオープン、すなわち弾切れになる。


 訓練用に持ってきた弾丸を全て撃ち尽くしたので、俺はそれで射撃訓練を終える事にした。レーン近くの台の上に転がっている15個の空のマガジンをかき集めてダンプポーチに収め、足元に転がっている空薬莢も回収。他の仲間の邪魔にならないよう注意してすべての薬莢を拾い集め、薬莢の回収ボックス(訓練場の出入り口付近に備え付けてある)にダンクシュートしておく。


 さて、他の仲間たちが使っている銃はというと。


 クラリスはグロック17。グロックシリーズの基本モデル。


 隣でフルオート射撃をかまし気持ちよくなっているモニカはグロック18C。フルオート射撃が可能なマシンピストルだが、如何せん連射速度が異様に早く弾切れもまた早い。


 そしてもっふもふの髪をもふもふさせながら射撃訓練に参加しているルカは、クラリスと同じくグロック17を携行していた。


 その隣にいるリーファは何を使ってんのかなと思って見てみるが、彼女もどうやらグロック17を使っているらしい。


 グロック族増えたなぁ……俺もだけど。


 バリエーション豊富で使用弾薬の種類に富み、更には弾数も多く命中精度も優秀。おまけにカスタムパーツも豊富ときているから、世界中の特殊部隊や軍隊、警察組織の多くがこれを相棒に選んでいるというのも頷ける話である。


 後でブレースとか組み込んでピストルカービン化しよう、と思いながら射撃訓練場を後にした。そのまま1階へと移動しパヴェルの工房と研究室ラボを通過、機甲鎧パワードメイルの格納庫へと向かう。


 金属と油の臭いが充満する格納庫の中には、ラジオから流れる陽気な曲が響いている。よく聞くとその歌詞はイライナ語でも標準ノヴォシア語でもなく、英語である事が分かる。


 確か『ジョージア行進曲』だったか。南北戦争時代に生まれ、その後も世界中で流行った名曲だ。


 転生者が持ち込んだものなのだろうか。そう思いながら作業用のキャットウォークを歩く俺の目に飛び込んできたのは、すっかりと様変わりした機甲鎧パワードメイルたちの姿だった。


 格納庫の機関車側から初号機、2号機、3号機、4号機の順番で並んでおり、一番手前にあるのがミカエル君専用の初号機なのだが、その姿はすっかり変わり果てている。


 この前まではレトロフューチャー映画に出てきそうな、どこか古臭い感じのパワードスーツといった感じの見た目をしていた。しかし今はどうかというと、現代の技術でパワードスーツを造ったらこうなるよ、といった感じの見た目になっている。


 丸みを帯びた胴体はさながらウクライナの戦車”オプロート”のような見た目になっていて、しかし幅は戦車のそれよりも狭く上下に厚みがある。パイロットが乗り込むためだろう。


 戦車の砲塔のように見える胴体には、しかし戦車砲は搭載されていない。代わりに搭載されているのは、防塵カバーで覆われた状態の複合センサーだった。


 ”頭”にあたるパーツは見当たらないが、代わりに胴体の上には遠隔操作が可能な機銃『プロテクターRWS』が搭載されている。射手が車外に身を晒さず銃撃できる装備として、西側諸国で配備が進んでいる代物だ。


 戦車っぽくなったなぁ、と思いながら、しかし一番の異形とも言える初号機の下半身に目を向ける。


 本来そこには2本の脚がある筈だったのだが―――巨体を支える巨人の脚は、どういうわけか4本に増えていた。


 装甲で覆われた巨大な4つの脚。それにはそれぞれ防弾タイヤらしきものが取り付けられていて、車のように走行する事が出来るような設計となっていた。事前にパヴェルから受けた説明では、路上では120㎞/hで走行でき、悪路ではタイヤをロックして脚を動かし歩行して移動する事も出来る……という事らしい。


 すっかり変わってしまった愛機を眺めていると、胴体上部にあったハッチが開いた。戦車の砲塔にあるハッチにそっくりだ、と思いながらそっちに視線を向けると、ツナギ姿のパヴェルが初号機の中から出てきてこっちに手を振った。


 タラップを手慣れた動作で滑り降りてきたパヴェルが「とりあえず初号機は終わったぞ」と言いながら隣へとやってくる。お疲れさん、と彼を労い、ポケットの中にあった棒付きのキャンディを1つ手渡した。


 こんな感じにデザインが大きく変わってしまったのは、機甲鎧パワードメイルの操縦機構などを極力共通化する事だ。


 今までは初号機のみ特殊な操縦機構を組み込み、他の機体は服のように身に纏う事で操縦してきた。この操縦機構の違いのせいで『初号機はミカエル君専用、他はミカエル君以外なら操縦OK』といった感じにパイロットを制限して運用せざるを得ず、また整備の面でも部品規格が違うなどの問題が発生し、以前から悩みの種だったのだそうだ。


 そこで操縦機構を統一し、より柔軟な運用と効率的な整備ができるように改修を行う事となった。


 本当ならばもっと後、マズコフ・ラ・ドヌーに到着した後に改修作業を行う予定だったそうだが、ガリヴポリの戦闘で初号機が擱座した事により「じゃあやっちまうか!」という事で予定を前倒しして行っている。


 まあ、当初は「操縦機構の統一と整備の効率化」を目的とした改修だったんだが……パヴェルの奴、整備計画にはない改修を盛り込んだようで、だいぶ見た目が変わってしまっている。


 レトロフューチャーっぽさがあった機甲鎧パワードメイルが、今ではミリタリーチックな感じの機体になっているのはそのためだろう。オプロートの砲塔みたいな感じの胴体にはごてごてと追加装甲が搭載されていて、東側の兵器っぽさが全開である。


「中、見てみるか」


「いいのか」


「どうぞこちらへ。足元には気を付けて」


 彼に案内され、整備用のタラップを上がった。胴体の上によじ登ると、確かに戦車の砲塔の上に居るように思えてしまう。まあ、戦車の装甲にしては随分と幅は狭いし、やはりというかなんというか、装甲は戦車よりはるかに薄いように思えたけれど。


 上部にあるハッチを開けて中を覗き込むと、4本脚の上にオプロートの砲塔と腕を乗っけたような見た目の機体の中には見慣れた操縦システムがあった。


 ハンドルに3つのフットペダル、そして腕を動かすためのグローブ型コントローラー。しかし初号機のコクピットと比較すると広々としていて、これならば座席を倒して眠る事も出来そうだ。


「はぇー、広い」


「他の機体もこの仕様に改める予定さ」


「完了はいつ頃?」


「マズコフ・ラ・ドヌーについてからだな。まあ、3日もあれば終わる」


 仕事が早い。


 エンジン動かしてもいいか、と問いかけるとOKを貰えたので、遠慮なくキーを捻ってエンジンを始動させた。パワーパックには手を加えていない……という話だったが、ハンドルの近くにあるタコメータの針が明らかにおかしい。今は1200rpmで安定しているが、しかしそのタコメータにはあろうことか10000rpmまでの目盛りがある。前のは8000rpmまでだったのに。


 やったのか、と彼の方を見ると、パヴェルは苦笑いしながらキャンディを噛み砕いていた。


 各計器類をチェック。色々と様変わりしたが、コクピット内のレイアウトに変化はなかった。座席の近くには緊急脱出時に携行するためのライフルを入れておくケースがあるし、食料パックもある。違くなった事と言えばコクピットが広くなった事と、乗り降りするためのハッチが正面ではなく胴体上面の戦車みたいなハッチに変わった事だ。


 生まれ変わった愛機の事について色々とチェックしていると、やがて開け放たれたハッチの向こうから機関車に居るノンナのアナウンスが聴こえてきた。


《間もなくリュハンシクです。キリウ行き、マルキウ行きはお乗り換えです。リュハンシクの次はマズコフ・ラ・ドヌーに停車いたします》


 おお、そろそろか。


 キーを捻ってエンジンを切り、外に出た。タラップを滑り降りてキャットウォークを歩き、客車まで向かう。


 食堂車に差し掛かったところで、寒々とした平原の向こうに街が見えてくる。イライナ東部にある大きな都市、リュハンシクだ。ついこの前まで共産党が実効支配する地域だったが、姉上が指揮する特殊部隊『ストレリツィ』及び第七大隊の突入によって1時間足らずで戦線が崩壊、都市は解放された……そう聞いている。


 ガリヴポリみたいなお祭りムードなのかなと思っているうちに、列車が6番のレンタルホームへ滑り込んでいった。ゆっくりと停車するのを待ってから一旦部屋に戻り、グロック17Lに手を伸ばす。


 メニュー画面を開き、召喚したパーツをすぐに組み込んだ。


 まずは『FLUX BRACE』。一見すると伸縮式のストックのように見えるが、肩に押し当てて銃を安定させるのではなく、腕を添えて安定させるための”ブレース”と呼ばれるパーツだ。


 あとは予備のマガジンを1つ収めることができ、フラッシュライトも搭載可能な『フラッシュマグ』。フォアグリップのように保持するのにも使えるが、あくまでも予備マガジンのためのホルダーでついでにライトも収納可能という程度である(フォアグリップ扱いすると法律上めんどくさいのだそうだ)。


 ドットサイトを装着してから軽く構え、感触を確かめる。レイアウトがMP17に近い恩恵なのだろう、特に違和感は感じなかった。向こうとの違いはこっちのほうが銃身とスライドが長い事か。


 専用のホルスターに収め、予備のマガジンを3つポーチに収めてから部屋の外に出た。外では射撃訓練を終えたクラリスが待っていて、腰にはグロック17の収まったホルスターがある。


 出たなグロック族。


「参りましょう、ご主人様」


「ああ」


 とはいえ、ゆっくり散策する時間はない。機関車の点検と水の補給を済ませたら、後はもうノンストップでマズコフ・ラ・ドヌーに滑り込みだ。


 とはいえ、日用品の買い足しには十分な時間があるので、そのついでに散策するくらいの余裕はあるだろう。


「んっふふー♪ ミカ、先に行ってるわね!」


「ダンチョさんも急ぐネー♪」


 スキップしながらホームに飛び出すモニカとリーファ。そういや新しいシャンプーが欲しいって言ってたっけな。それを買いに行くのだろう。


 冬になると食料や燃料だけでなく、日用品もなかなか手に入り辛くなる。圧倒的な量の積雪で各地との往来が完全に遮断するからそれも当たり前か。


 俺らも急ごう。


 窓際でモニカとリーファの後ろ姿を眺めながら「まったく、落ち着きが無いんですから」と呆れていたシスター・イルゼも連れて、3人でホームに出た。


 やはり降雪の時期が間近に迫っているからなのだろう、外はアホみたいに寒い。防寒対策をバッチリやっていかないと氷漬けになってしまいそうなほどだ。寒いのが苦手なハクビシンのミカエル君的にはなかなか生き辛い季節になってきた。


 改札口を通り抜け、外に出る。


 リュハンシクの街は復興で大忙しだった。リュハンシク解放作戦の際に半壊したと思われるホテルの瓦礫は大型のトラックが運んで撤去しているし、そこかしこで重機や工業用の戦闘人形オートマタがせわしなく”仕事”を続けている。


 人々も少し痩せているが、しかし彼らの目には希望があった。いつまで続くかもしれぬ圧政が終わり、やっと本当の意味での自由が戻ってきたのだと、そんな希望を抱いた綺麗な瞳をしている。


 それでいい、それでいいのだ。


 安堵しながら、とりあえず日用品でも買いに行くかと商店街を目指す。


 ところどころが剥がれ落ち、ガタガタと音の鳴る石畳を歩いていたその時だった。


「もしかして……すみません、あなたってもしかして……!?」


「え」


 いきなり声をかけられたかと思いきや、向こうから黒猫の獣人のお姉さんがこっちに向かって駆け寄ってきた。剥がれかけの石畳で躓いて転びそうになりながらもこっちにやってきたそのお姉さんは、ミカエル君のほっぺたをもちもちしながら人の顔を覗き込む。


「やっぱり……あなた、あの”雷獣ライジュウ”のミカエルですよね!? 冒険者の!!」


「え、ああ、はい……そうですが」


 突然そんな事を言われて困惑する俺の隣では、クラリスが部外者をつまみ出すか穏便に済ませるか、物騒な方向で葛藤しているような冷めた目をしていた。


 落ち着け、ステイステイ。


「あの、私ファンなんです!」


「え」


 こんな事もあるのか。


 冒険者は有名になるとファンがつく、なんて事も聞いた事がある。中には大規模なファンクラブまで結成され、グッズまで販売される事もあるというのだから驚きだ。とはいえ、そういうのもイケメンだったり美少女だったりに限られる話だそうだが。


 困惑しながらイルゼの方に視線を向けて助けを求めると、良かったじゃないですか、みたいな感じでウインクを返されドキリとした。でも梯子は外された。何故ですか神よ。


 とはいえ、ファンの人が出来たというのは素直に嬉しいもんである。困惑しながら「あ、ありがとうございます」とかつての陰キャ丸出しの返事をすると、黒猫のお姉さんは自分の鞄の中をゴソゴソと漁り始めた。


「待ってくださいね、今ペンを……あの、サインをお願いしてもいいですか?」


「は、はあ。構いませんよ」


「やったぁ!」


 笑みを浮かべ、鞄の中からペンらしきものを掴み取るお姉さん。


 










 鞄の中から出てきたのは、ナイフだった。














「―――」


 お姉さんの、猫のような瞳。


 いつの間にか、そこに浮かんでいたのは憎しみだった。


 まるで復讐者が、家族の仇を目にしたような―――そんな、怒りの滲んだ目。


「―――死ね、転生者」


 怨念の詰まった言葉と共に、ナイフが振るわれ―――。







 白銀の一閃が、薙いだ。






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― 新着の感想 ―
[一言] ファンを装って至近距離からブスリですか。 全く物騒な世の中になったものです… が、生憎、近くには素手で戦車の装甲を貫けそうなメイドさんが居るんだよなぁ… やるならそこら辺をもっとリサーチして…
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