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”天使”は舞い降りた


 教会の中は随分と静かだった。床に降り注ぐステンドグラスの砕ける音くらいしか聞こえてこないほどだ。


 唐突に礼拝堂へ突入してきた乱入者の来訪に、ここに新たな門出を祝うべく集まった客や関係者たちの頭が追い付いていない。まるで大容量のデータ通信で”重く”なったPCみたくフリーズしている。目の前で起こっている事態を、ありのままに読み込めていない。


 そう思うと人間とコンピュータは案外似ているのかもな、と思いながら、足に力を込めた。悪路を走破するためのごついブーツが、めりっ、と踏みつけている男の頬に更にめり込んで、足元から随分と苦しそうな呻き声が聞こえてくる。


「動かないで」


 決して俺には発する事の無いであろう、ゾッとするほど冷たいクラリスの声。感情も何もない、まるでロボットが人間の言葉だけを真似たような無機質な声で、淡々と神父に銃口を突きつけるクラリス。JS9mmの銃口を突きつけられた神父はというと、驚愕しながらも何とか自分の立場を理解しているようで、なんだお前たちは、などと問いかけてくることも無く、黙って両手を挙げて後ずさりする。


 それが合図だったかのように、礼拝堂でフリーズしていた客たちがざわつき始めた。なんだなんだ、と口々に呟き始める貴族たち。中にはこれも結婚式の余興なのかと、随分と呑気な事を言い出す年老いた貴族の男まで居て、思わず頭を抱えたくなった。


 あまりにも警戒心が無さすぎる。天敵のいない、ぬるま湯みたいな環境で育てばこうもなるか。幼少の頃から何の不自由もなく、親が敷いたレールの上を黙って進む人生を送ってきた思考停止野郎共にはお似合いかもしれない。


 強盗がやってきた、という自覚すらないのか。そう思った俺はクラリスの方に目配せすると、右手で持ったMP5を天井へと向け、引き金を引いた。ドパパパパッ、と9mmパラベラム弾の銃声が幾重にも弾け、礼拝堂の中で雷鳴のように反響を繰り返す。


 それはぬるま湯につかり切った貴族たちに冷水を浴びせるが如く、冷淡に、単刀直入に、ありのままの現実を突きつけた。


「―――騒ぐな」


 それなりに大きな、けれども怒鳴り声でもない程度の声量で、彼らに告げる。


「クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァ……彼女の身柄は我々が預かる」


「な……っ!?」


 それを聞いて真っ先に座席から立ち上がったのは、最前列で娘の結婚式を見守っていた中年の女性だった。真っ白な頭髪と、そこから伸びた猫の耳。それと顔つきを考慮すると、モニカ―――いや、クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァ、彼女の母親なのだろう。


 結婚式を祝う……どこがだ。


 結局、自分の娘を人身御供にして権力を得ようとしているだけではないか。貴族としての矜持プライドまで捨てたか、なんと嘆かわしい。リガロフ家も他人事じゃあないが、一族没落の理由を垣間見たような気がする。


 全てを捨て、這い上がろうとするその気概は良し。だが―――貴族がそれをやっちゃあ御終おしまいだ。


 それをやるのは復讐を誓った復讐者。全てを投げ打ち、ヒトである事すら否定して、徹底的に悪の道に堕ちる事を誓った者だけだ。


「ま、待って……あなた、私の娘に何を―――」


 一歩前に出ようとした彼女の足元で、銃弾が弾けた。


 9mmパラベラム弾―――とはいっても、低致死使用のゴム弾だ。被弾しても死にはしない。もっとも、頭に当たりゃあ死ぬ可能性だってあるし、運よく生き延びても後遺症は残る。一瞬で命を刈り取るよりもエグい末路が待っているのだ、俺にそんな事をさせるな。


 びくり、と身体を震わせ、モニカの母親は動かなくなった。震えながら足元を見下ろし、綺麗に磨き抜かれたペレノフ教会の礼拝堂、その床に穿たれた5つの弾痕を見て目を見開く。


 これでいい、恐怖は刻みつけた。こちらの邪魔をすれば、それが次に弾痕を穿つのは床じゃあない。言わなくても分かるだろう?


 銃口を足元で呻くエフィム・ザハーロヴィッチ・スレンコフの醜く太った身体へと向けながらも、俺は観衆の中にいる”ヤツ”への警戒を怠らない。


 セルゲイ―――モニカが「私たちでは勝てない」と断言した、グリズリーの第一世代型獣人。身長2mを超える巨漢で、第一世代型特有の獣に近い容姿だから、彼の姿はすぐに見つける事が出来た。闇のように黒いスーツに紅いネクタイ、まるでマフィアの幹部みたいな服装で、こちらをじっと睨みつけている。


 迂闊には動かない……か。良く分かっている。


 こちらの人数と武装、人質の人数に彼らの状況、それらを観察している。情報をしっかりと把握するまでは動かない、基本中の基本だ。一つでも不確定要素を残していると、計画はそこからほころんでいく。


 ならばこちらが打つべき手は、このまま人質を取って立て籠もる事じゃあない。それははっきり言って愚策である。


 相手に観察する時間を与えてはならない。こちらが僅か2人、脅威となるのは携行しているSMGのみと断じれば、少なくともセルゲイという男はすぐさま反撃に転じる筈だ。


 だから状況を把握する隙を与えない、それがベストである。


 とはいえ―――。


「……」


『強行突破、難しそうだな』


 ヘッドセットから聞こえてくるパヴェル(フィクサー)の声が指摘する通りだ。観衆はまだパニックにはなっていないが……正面の出入り口方面に警備兵が4名、加えて最大の脅威となるセルゲイ。


 こっちは駄目だ。となると逃走経路として採用すべきは1つ。


「……止むを得ん、プランBで行く」


「了解、プランB」


「え、えっ?」


 プランB―――裏口からの脱出。


 頭に叩き込んでいた作戦をいち早く実行に移したのは、後ろで神父に銃口を向けていたクラリスだった。唐突に俺の足元にいるエフィムの足を掴んだかと思いきや、そのままズルズルと教会の裏口の方へと引き摺っていったのである。


 何かアレだ、水揚げされたマグロみたいだ……鍛え上げられた屈強な猟師さんが、脂をぎっしりと溜め込んだマグロを水揚げしている光景が目に浮かぶ。何アレ。


 まあいい、まあいいや……うん、マグロは忘れよう。


 銃口を観衆へと向けつつ、威嚇のために天井へ発砲。ここで結婚式に招待された客たちが一斉に悲鳴を上げ、パニックに陥った。


「きゃああああああああああ!!」


「し、侵入者! 侵入者だ!!」


「なんてことだ、新郎新婦が攫われる!!」


 礼拝堂の中で静止していた時間が一気に流れ出したかのように、パニックになった観衆たちが一斉に正面玄関へと殺到したのである。最初から礼拝堂の内部を警備していた兵士たちにはあまり影響はなかったが、おかげで我先にと逃げようとする観衆たちが正面玄関を見事に塞ぐ形になり、外を警備していた兵士たちと建物内の警備兵たちを分断する結果となった。


 各個撃破の絶好のチャンス―――と言いたいが、そうはならない。俺たちは戦いに来たわけじゃない、彼女を連れ戻しに来ただけなのである。


「きゃっ!?」


「お嬢様!」


 モニカの手を引き、裏口へ。ちょっと強引だったかなと思いつつ彼女を連れて走り、礼拝堂の出口へと滑り込んでから後ろを振り向いた。


 人質が居るというのは大きな優位性アドバンテージである。向こうには厄介なペッパーボックス・ピストルがあるが、こっちには人質が2人も居る。モニカ―――クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァと、その結婚相手であるエフィム・ザハーロヴィッチ・スレンコフ。もし迂闊に発砲し、その流れ弾がどちらかに命中しようものならばどんなことになるか、言うまでもないだろう。


 だから実質的に、敵の飛び道具は封じることにも成功している。この状況を打破するためには肉薄してサーベルでの白兵戦を挑む他ないのだが、そうなると今度はこっちのSMGの餌食になるわけで。


 振り向くと、こちらを追撃しようとサーベルを抜き、突っ走ってくる警備兵たちが目についた。やはりピストルを使うという愚策は犯さない。冷静で正確な判断ができるあたり、向こうも素人じゃないという事が分かる。


 そんな彼らに、俺は容赦なくゴム弾を叩き込んだ。MP5を構え、レシーバー上にマウントしたPK-120のレティクルを素早く合わせて引き金(トリガー)を引く。パパパンッ、とアサルトライフルと比較すると軽く、破裂するかのような銃声が響いた。


「うっ―――」


「ぐあっ!?」


 狙ったのは太腿や腹、膝。


 殺傷力の低いゴム弾とはいえ、被弾すれば金槌でぶん殴られるような衝撃がある。だからヘッドショットは原則として厳禁、狙うならば後遺症を残しにくく、尚且つ相手の動きを止めて無力化できる部位が理想的。


 太腿や膝を押さえ、追手の警備兵たちが次々に崩れ落ちていった。さすがは機関短銃(SMG)、弾丸をばら撒いて近距離の敵を撃滅する事に長けた火器である。G3譲りの命中精度もあって、制圧にはそれほど困らなかった。


 足を押さえて悶絶する警備兵たち。そんな彼らの後方から、人間とは思えぬ迫力で迫る巨躯が1つ。


「セルゲイ―――!」


 びくり、とモニカの手が震えた。


 ヒグマと遭遇したら多分こんな感じなのだろう―――元岩手県民のミカエル君として言わせてもらうが、クマはヤバい。小型に見えてもそのパワーは尋常ではなく、人体なんぞ簡単に捻り潰されてしまう。


 岩手でも時折クマが現れて騒ぎになっていたのだ―――岩手でそれである。北海道のヒグマとか、もっとヤバいであろうグリズリーがそれ以上である事を考慮すると、死を悟らずにはいられない。


 ライオンは百獣の王なんて言われているが、ありゃあ見た目だけの話だ。絶対クマの方が強いってコレ。


 半ばビビりながらも、訓練通りの射撃体勢でMP5を掃射。ドラムマガジンの中身を使い切る勢いで、大盤振る舞いのフルオート射撃。


 こちらの射撃を見切ったか、セルゲイは巨人みたいな剛腕を前面に展開して頭を覆った。ゴム弾がその剛腕を次々に打ち据えるが、はっきり言って聞いている様子はない。投げつけられた小石を意に介さぬように、セルゲイの突撃の勢いは衰えない。


「フィクサー、やれ!」


『待ってました!』


 次の瞬間、パパパンッ、とクラッカーが弾けるかのような銃声とも異質な音が礼拝堂に響いた。椅子の下や柱の影、いたるところにある装飾の影から水色の煙が凄まじい勢いで溢れ出し、瞬く間に礼拝堂の中を包み込んでしまう。


 パヴェル特性の睡眠ガスグレネード。麻酔に使われるジギタリスと、イライナ地方で薬草として重宝されるイライナハーブを調合、それから生成した麻酔薬をベースに造り上げた睡眠ガスだ。なかなか即効性があるようで、睡眠ガスに覆われた部屋の中を突っ切ろうとしていたセルゲイの巨体がぐらりと揺れ―――。


 ズンッ、と重々しい音を響かせ、グリズリーの獣人が崩れ落ちた。


「……死んだの?」


「寝てるだけさ」


 ボルトハンドルを引き、少し捻って後部で引っかける。ドラムマガジンを取り外してダンプポーチへ放り込み、チェストリグに突っ込んである予備のドラムマガジンを引っ張り出す。それを装着してから左手でボルトハンドルを叩き落し、薬室へ初弾を装填。


「ほら、行こう」


「あっ」


 ウエディングドレス姿のモニカの手を引いて、一緒に教会の裏口から飛び出した。


 裏口の外には既に警備兵が倒れていて、顔面には強烈な右ストレートを叩き込まれた痛々しい痕が……いや、殺すなって命令を厳命してくれているのはありがたいんだけど、もうちょっとこう、優しくね? とりあえず手加減って言葉の意味を辞書で調べてくれませんかねクラリスさん。


『グオツリー、グオツリー、そちらは今どこに?』


「教会を出た。そっちは?」


『こちらは裏口のすぐ外です……今そちらを確認しました』


 裏口から出て狭い道路を挟んだ向こう側、街中を流れる用水路の縁に屹立する手摺の傍らにクラリスが居た。左肩にはエフィムを担いでいるのが見えるが、重くないのだろうか。一応さっきの声音から判断するに特に重いと感じている様子は無いのだが……。


 モニカの手を握ったまま走り出しつつ、彼女はこのペースで大丈夫だろうかと思いながら後ろを振り向く。真っ白なウエディングドレスのベール越しに、どういうわけかモニカが顔を赤くしているのが見え、ちょっぴりどきりとしてしまう。


 とりあえず大丈夫そうだ……スカートの長いウエディングドレスだが、裾を地面に引き摺るほどの長さではない。走る分には支障は無さそうだが、さすがにパルクールで逃げるのはハードルが高そうだ。


『フィクサーより各員、憲兵が異常事態に気付いた。駐屯地より3個分隊の出動を確認』


「想定より早いな」


『貴族の名誉がかかってるんだ、向こうも本気だろ』


 名誉……名誉ねぇ。そういう外面ばかり気にする風潮、俺は嫌いだ。外面だけを綺麗に飾り立てる事ばかりに夢中になるから、肝心な内面の腐敗が止まらんのではないか?


 呆れながらも予定通りのコースを進み、目印の雑貨店の前を通過。数名の通行人に姿を見られたが、彼らは俺たちが何をしているのかよく理解していない様子だった。顔を隠した2名の強盗と拉致された新郎新婦、果たしてこれは一体どういう状況なのか。何も知らない第三者からしたら、情報量が多すぎて理解が追い付かないに違いない。


 雑貨店の脇を通過し、路地の向こうの空地へ。真っ白に塗り替えられたセダンは、期待通りに俺たちを待ってくれていた。車上荒らしとかその辺のごろつきに荒らされた形跡もない、ここに置いていった時のままの状態のセダン。助手席を開けてモニカを乗せ、シートベルトを着用させる。


 言っておくが、シートベルトが有るか無いかで生存率に大きくかかわってくるからな。めんどくさいとか、そんなつまらん理由でシートベルト未着用での運転は止めろよマジで。


「もうちょっとだ、安全な所に連れて行ってやる」


「あ……ありが、と……」


 困惑しながらも顔を赤くし、礼を言うモニカ。出会ったばかりの頃の強気な彼女とは打って変わって、随分と素直だった。多分こっちが彼女の本来の姿……あの時のは、少しでも強がってみせようという彼女なりの虚勢だったのだろう。


 助手席のドアを閉め、後部座席に乗り込んだ。隣にはよりによって、クラリスが拉致してきたエフィムが乗っている。両手は腰の前で番線でぎっちり縛られており、煮崩れしないよう縛り付けられたチャーシューを彷彿とさせる。


 あーそうですか、白猫獣人の美少女じゃなく、豚みたいな奴とセットですか。


「おいお前ら、これは何の真似だ!? 僕を誰だと思ってるんだ、エフィム・ザハーロヴィッチ・スレンコフだ! スレンコフ家の長男だぞ!? 僕に何かあったら父上が黙ってないんだからな!?」


「まずお前が黙れ、な?」


 左手を電撃でバチバチさせながら、隣にいるエフィム氏にお願いするミカエル君。次騒いだらバチバチすんよ、と脅すと、彼はぶるぶる震えながら大人しくなった。


「よーし、出してくれ」


「了解」


 セダンがエンジンを唸らせ、狭い道を突っ切って大通りへ。


 計画通りならば、後はこのまま城郭都市を出て列車まで行くだけだが……。


「……ねえ、何でそいつも連れてきたのよ?」


「保険だ」


 助手席から疑問を投げかけてくるモニカに、短く簡潔に理由を述べる。もし憲兵やら警備兵、あるいは睡眠ガスから復活したセルゲイが追撃してきた時に、エフィム(この豚ちゃん)は使える。盾に。


 まあ、人質だ。その必要が無くなったら適当なところで降ろせばいい。大丈夫、命までは奪わんさ。


 さて……最大の関門は、これからかもしれない。






 



 

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