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死なぬなら 死ぬまで撃とう ホトトギス


 ブレンダンブルク門から少し離れたところに、その廃アパートはあった。


 おそらくは労働者向けの格安アパートだったのでしょう。装飾のない簡素な作りで、限られたスペースには少しでも居住者を増やすため、許容量の許す限り部屋が詰め込まれている。


 その部屋というのもシンプルで、リビングと簡易キッチン、トイレにクッソ狭いシャワールームがあるだけの簡素極まりない部屋。これで家賃いくらなのかしらね、なーんて考えながら、召喚したばかりのカービン―――”L119A2”の安全装置セーフティを解除、セレクターレバーをセミオートへ。


 ドットサイトにブースター、ライトにサプレッサーと特殊部隊御用達のライフルのようにゴテゴテと盛り付けられたカービンを構えながら、私とおもちは気配を殺しながら”獲物”がやって来るのを待ち続ける。


 よく『平和のために対話で解決しよう』なんて言う人いるじゃない? 争うのではなく対話で解決するべき、なーんて理想論を語る平和主義者が。


 ああいうの耳にすると、つくづく思うのよ。その手の人種って、いわゆる”話の通じない相手”を見た事がないんじゃあないか、って。


 だってそうじゃない。今まさにこっちを殺そうとしているような連中に「待ってくれ、話せばわかる」って語り掛けたところで射殺されるのがオチよ。第一、対話で全部解決できたのならば人類史から戦争の二文字はとっくに消え去ってる筈だもの。


 まあこれが答え合わせよね。


 これからここにやって来るであろうチンピラ連中もそういう類の相手。ナンパで始まった戦争なのよ、これは。ボスのバカ息子がナンパして始めたせいで、大勢の手下が血を流したプチ戦争。


 まあいいわ、戦うのは嫌いじゃない。その気になったら犬と車を発端とした戦闘にも飛び込んで行ってやるわよ。


 などと戦意を高めたところで、沈黙に包まれていた視界に変化が生じた。


 アパートの正面、エントランスの扉が微かに開いたかと思いきや、そこにスプレー缶みたいなものがいくつか投げ込まれた。カランッ、と硬質な、しかし軽めの音を響かせながら床に落ちたそれは、瞬く間に白煙を吐き出すや、居住者がいなくなって久しい廃アパートのエントランスを霧のような白煙で満たしてしまう。


 一気に視界の悪くなったエントランス。霧が立ち込めているかのようなそこから姿を現したのは、しかし先ほどのチンピラ連中とは明らかに感じが違う戦闘員たちだった。


「……?」


 足音が、しない。


 さっきまでのチンピラ連中はというと、まあ多少気配を消すのが得意、程度の連中だった。泥棒が気配を消して家の中に忍び込むような、そんな卑しい目的が透けて見えるゲスな連中。気配は消えているけれど中途半端で素人感が隠し切れていない、そんなレベルだった。


 けれども、今この瞬間、私たちの眼下にいる連中はどうかしら。


 傷だらけの床を踏み締める足からは何も音を発しない。まるで幽霊が現世に迷い込んだかのようで、本当に同じ人類なのか、という底知れない不気味さがそいつらからは感じられる。


 異質なのはそれだけではない。


 私たちを追って廃アパートにまでやってきた連中の装備は、明らかに別物だった。


 チンピラ連中ではペッパーボックス・ピストルがせいぜいだったはずだけど―――彼らの手の中にあるのは、そんな発展途上の粗末な代物などではない。


 現代の戦闘に必要な要素だけを抽出し、それを形にしたような短銃身ショートバレルのSMG、MPX。


 サプレッサーにドットサイト、フォアグリップを装着(中にはハイドラマウントを使ってる奴もいるわ)を手にしたその姿は、さながら特殊部隊のそれだった。


 身に着けているのも私服ではなく、黒服の上にボディアーマーやヘルメット。顔をバラクラバ帽で隠し、その上からフェイスガードやらゴーグルを装着、おかげで素顔が分からない。


 ここでやっと、私は悟った。


 ―――コイツらはチンピラ連中の仲間なんかじゃあない。


 第三勢力―――まさかさっきの連中とは別の勢力に狙われているなんてね。


 ここまでやって来る最中に目にした、壁に貼られた連続殺人事件の記事。転生者を狙った連続殺人事件、それを思い出す。もしかして犯人はコイツらなのではないか、と。


 まあでも、いま必要なのは名探偵の如く推理する事ではない。目の前まで迫った火の粉を振り払う、そのために武力を振るう事、それが大事だった。


 こうなってしまった以上は純粋な力で何とかするしかない。本来、戦いに言葉は不要なのだから。


 仕掛けるわよ、とM6A2を構えるおもちに目配せしてから、私はエントランスを一望できる吹き抜けの上から銃弾を見舞った。パスパスパスッ、と5.56mm弾を射かけ、周囲を重点的に警戒していた先頭の兵士に叩き込む。


 私の本職は刀を用いた白兵戦と魔術を用いた中距離戦闘。けれども銃の扱い方もそれなりに学んでいるし、特殊部隊並みとはいかないけれど、兵役で銃の扱い方を学んだ兵士くらいの動きは出来る。


 マガツノヅチの一件以降、射撃訓練を3割くらい増やして習得した技術は、有事の際にも機能する私の力となっていた。弾丸は3発とも先頭の兵士に吸い込まれ、肩、胸板、頭を直撃する。MPXを構えながら警戒していた敵兵は短い悲鳴を上げながらよろめき、そのまま崩れ落












 ―――体勢を立て直し、撃ち返してきた。














「!!」


 咄嗟にその場を離れた。


 その直後、無数の9×19mmパラベラム弾が吹き抜けの手摺を食い破った。まるで木材が腐敗し風化、分解されていく過程を早送りで見せられているかのように、手摺があっという間に蜂の巣にされていく。


 ―――防弾装備。


 厄介ね、と歯を食いしばる。


 今の距離、今の狙いだったら、確実に1人はれていた。


 相手が、普通の装備だったら。


 けれども廃アパートの玄関から、呼び鈴も押さずに入ってきた礼儀知らずの連中はそんな生半可な連中ではなかった。防弾装備に室内戦向きのSMG、そして足音すら立てぬあの練度。それは明らかに、この世界で生まれた存在などではない。


 連中も私やミカ達と同じ転生者―――あるいは、その転生者から武器の供与を受けた仲間なのか。


 転生者から力を与えられた連中が、転生者を狙った連続殺人事件を起こす―――これは笑うところなのかしら、と思ったところで、音もなく階段から接近していた敵兵2人と階段の踊り場で出くわした。


 咄嗟にライフルを前に突き出しマズルアタック。銃剣はないけれど、それでもいきなり銃口で突き飛ばされて敵兵の片割れは大きく体勢を崩した。


 その隙に追撃―――はしない。敵が1人ならばいいけれど、こいつらはそんな馬鹿な事はしなかった。よりにもよって二人一組ツーマンセルで私の射撃位置を潰しにやってきた。


 片割れが体勢を崩し反撃の機会を失っている間に、もう片方に至近距離で射撃を見舞う。胸板と肩口に銃弾を叩き込まれた敵兵は呻き声のようなものを漏らしながらよろめいたけれど、やはりそれまでだった。致命傷を与えるには至らず、すぐに体勢を立て直してくる。


 最初のマズルアタックからやっと立ち直った黒服の兵士がMPXを向けてくる。指の動きを一瞬だけ見て発砲のタイミングを推し量り、頭の位置を銃口の前からずらした。ヒュン、と頬の辺りを9×19mm弾が駆け抜け、私の雪のように白い頬に微かな切り傷を刻む。


 その間に左手でハンドガードを横からがっちりと握り、銃剣を斜め下から突き上げるかのような格好で、L119A2を敵兵の喉笛まで突き上げた。ガッ、とサプレッサー付きの銃口が防弾装備の隙間、銃弾すら防ぐ現代の防具に覆われていない喉元に密着したところで、引き金を引く。


 さすがにそんな距離から銃弾を撃ち込まれて無事でいられるわけがない。交戦開始から僅か2分、されど血の一滴すら流す事のなかった敵兵の中から、今になってやっと1人目の犠牲者が出た。


 喉を撃ち抜かれ、人形のように力の抜けた敵兵が踊り場から下へと転げ落ちていく。もう1人の敵兵は武器をナイフに持ち替え、逆手に持ったそれを突き立てようとしてくるけれど、姿勢を低くしながら紙一重でそれを回避、代わりにグリップから離した右手を敵兵の心臓に突きつける。


 そのまま魔術を発動―――相手の心臓へと流れ込む血液に対して炎属性の魔力を放射すると、敵の身体がぶくりと一瞬だけ膨らんだ。


 心臓の中の血液を、炎属性の魔力を使って900℃まで加熱させた。急激に沸騰した血液が血管を食い破り、心臓も瞬く間に焼けた事により、防弾装備の敵兵はゴーグルとフェイスガードで覆われた無機質な”顔”をそのままに、糸の切れた人形のように動かなくなる。


「はぁっ、はぁっ」


 ―――厄介ね、これは。


 呼吸を整えながらそう思った。


 こっちは5.56mm弾、それもソフトターゲットへの殺傷力を重視して、装填していたのはいわゆるソフトポイント弾。だからソフトターゲットをより効率的に排除できる分、防弾装備で来られると手も足も出なくなってしまう。


 れない事はないけれど、今みたいに防弾装備の隙間を撃ち抜くか、魔術を併用するかしなければ勝ち目はない。


 こうなったら―――防弾装備が意味を為さないような、そんな化け物じみた代物で応戦する他ない。


 階段を駆け上がってくる敵兵にフルオートで銃弾をぶちまけ牽制しながら、2階まで一気に駆け上がった。反対側の階段で応戦していたおもちも同じ結論に至ったみたいで、断続的なセミオート射撃で敵兵の追撃を挫きながらこっちにやってきた。


「しゃもじ、こいつら撃っても死なない」


「防弾……厄介だわ」


「ん」


 さーてこういう時に何が有効かしら……考えを巡らせ、脳内の二頭身しゃもじちゃんズが満場一致でショットガンを推し始めたところで、私はメニュー画面を召喚しショットガンを2丁召喚していた。


 『ベレッタA300ウルティマパトロール』、イタリアの老舗メーカー、ベレッタ社が設計したセミオートマチック式ショットガン。


 それとショットシェルのホルダーもセットで召喚し、おもちにも素早く支給した。


 最初の1発を薬室チャンバーへと装填、残った分はローディング・ゲートから素早く押し込んだ。チューブマガジンにまず3発、あとはホルダーからショットシェルを4発取り出し、いわゆるクアッドリロードでチューブマガジンへと押し込んでいく。


 装填したショットシェルは、通常の散弾ではない。


 相手が防弾装備だろうと何だろうと、お構いなしにぶち抜いてくれる力の化身―――。


 戦闘準備を終えたおもちと別れたところで、今度はこっちから打って出た。階段を駆け下り、さっき釘付けにしていた敵兵と至近距離で出くわすや、構えたベレッタA300ウルティマパトロールを胸板にぶちまける。


 5.56mmソフトポイント弾の貫通を許さなかった敵兵の黒いボディアーマー。しかし今度は、それに大きな風穴が開いた。まるで大砲のような豪快な銃声を轟かせたショットガンが相手の防御をぶち破り、相方の死を目の当たりにした敵兵の片割れが驚愕したのが分かった。


 装填したのは散弾ではなく―――いわゆるスラッグ弾。拡散はせず、大口径の弾丸を1発のみ発射するタイプの弾丸だった。


 それもただのスラッグ弾ではない。


 3インチ、タングステンコアのAPスラッグ。防弾装備だろうと何だろうと、近距離戦闘である限りは、これの前では紙切れ同然だった。


 予想外の火力を前に、やっと敵兵に”怯え”が見えた。


 防弾装備によって担保されていた、自分たちの高い生存性。死の可能性が遠ざかるだけでヒトとは大きな安心感を得るものだけれど、担保されていたそれが遠ざかり、再び死の気配が眼前まで迫ってしまえばそれまでよ。一度根付いた恐怖は、そう簡単には消え失せない。


 半ばヤケクソになってMPXを構える敵兵のどてっ腹に、再びスラッグ弾を叩き込んだ。被弾した相手は血飛沫をぶちまけ、身体を大きく”く”の字に折り曲げながら階段から落下していくや、エントランスに飾られていた女神の銅像―――ちょうど両手を前にそっと出し、赤子を抱き抱えて慈愛に満ちた笑みを浮かべていた女神像の腕の上に、血塗れの死体が落下した。


 それを目の当たりにしたエントランスの敵兵連中が目を見開く。


 けれども、容赦はしない。


 今この瞬間―――私たちこそが奴らの恐怖だった。


 階段からジャンプして飛び降りつつ、凍り付いていた敵兵の側頭部にスラッグ弾を1発。パキャッ、と骨やヘルメットが砕け散るような硬質な音と共に、被弾した敵兵の上顎から上が吹き飛んだ。


 ついでにもう1発、仲間の死に驚いた別の兵士にもスラッグ弾を叩き込む。


 ジャンプ中に敵兵を2人無力化、そのまま銅像の陰に転がり込むや、ホルダーから取り出したショットシェルを4発、クアッドリロードでローディングゲートへと押し込んでいく。


 金縛りが解けた敵兵がやっと我に返り、MPXで応戦してくる。死体を抱き抱えた格好の女神の銅像が9mm弾のスコールで欠けていく中、今度はエントランスの上からスラッグ弾が射かけられる。


 おもちの射撃だった。


 予想外の角度からの攻撃に敵が浮足立つ。


 射撃の数が減ったところで身を乗り出し、魔術を放った。


 火球の術―――初歩的な魔術だけど、今はこれで十分だった。


 意識をおもちに向けていた敵兵が炎の塊に被弾、防弾装備もろともあっという間に炎上を始める。悲痛な叫びを上げながら銃を投げ捨て逃げ出す敵兵の背中をスラッグ弾で撃ち抜いてやると、炎上し火達磨になった敵兵はそのまま玄関のドアを突き破って、アパートの外で焼肉になった。


 予想外の反撃に加え、ついに火の手まで上がった―――ここまで派手にやれば、王都郊外の廃アパートとはいえ憲兵隊も黙っていない。周辺住民の通報を受けた憲兵隊がすぐにやって来るでしょう。


 連中もそれは望んではいないようで、すぐに「退け、退け!」という声が聴こえてきた。


 おもちの吹き抜けからの射撃に追い立てられるように、黒服の特殊部隊みたいな連中が玄関から退散していく。


 火薬の臭いが充満するエントランスに遺されたのは、いくつかの死体と空薬莢。そして玄関先で燃え盛る、1人分の焼死体だけだった。


「しゃもじ」


 吹き抜けから飛び降りたおもちが、戦いを終えて一息つく私の近くに駆け寄ってきた。


「アイツら、何」


「分からないけど……でも」


 もしあれが転生者を狙った連続殺人事件の犯人なのだとしたら。


 そして転生者を見境なく、本当に狙っているのだとしたら。


 つい最近、ガリヴポリを共産党から解放した英雄として大々的に報じられている血盟旅団―――そう、ミカたちも狙われているかもしれない。


 ベラシアから南下してキリウを通過、アレーサ経由でガリヴポリという事は、今頃はリュハンシク付近かしら。


 いずれにせよ、ミカも危ないわね。


「―――おもち、次の目的地は決まったわ」


「ん」


 馳せ参じましょう。


 ”戦友”を守るために。






「行くわよ、イライナに」




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― 新着の感想 ―
[一言] あら、これはガノっち討伐以来の全員集合かな? しかし、これはしゃもじ殿もセロさんも全面抗争の構えですね。 こりゃイライナが騒がしくなりそうです。
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