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”猟犬”は放たれた


 平和って尊いものだと思う。


 飛んできた弾丸を紙一重で躱し、手下の懐に潜り込みながらそう思った。


 だって平和って最高じゃない? 炬燵コタツに潜り込んで安っぽいスナック菓子を頬張る事が出来るのも平和の証。朝から夜までインターネットのオンラインゲームに興じるのも、ラノベを読み漁るのも平和だからこそできる事。


 ラブアンドピース、と心の中で世界平和を叫びながら、飛び上がる勢いを乗せて左のアッパーを手下の顎に思い切り叩き込んだ。パキュ、と何かが砕ける手応えがして、ああこれアゴ逝ったわね、と直感しながら次の標的へ。


 折り畳みナイフを突き刺そうとしてきたソイツの刺突を躱しつつ、逆手に持った脇差で地を這うように振り払う。ヒュパッ、と繊維状の何かを断つような手応えと吹き出す鮮血。がくん、と体勢を崩した手下が悲鳴を上げながら石畳の上に崩れ落ち、地獄のような叫び声を上げる。


 アキレス腱をぶった切ってやった。回復薬エリクサーでも飲むか、魔術師に泣きつくか、それとも病院のお世話になるか、好きな治療法を選ぶといいわ。


 とりあえず殺しはしない、出来る限りは。


 まあでも、そっちから武器を抜いたんだもの。


 相手が始めた地獄なら、焼かれる覚悟は出来てるわよね?


「このメスガキ!」


「―――アンタ今、《こいつショタ喰ってそうな顔してんな》って思ったわね?」


「は?」


殺す(Kill)わよ」


 くるりと脇差を手の中で回し、そのままペッパーボックス・ピストル片手にこっちを狙う手下の太腿目掛けて脇差をぶん投げた。


 倭国で手に入れた脇差、しかもこれはただの脇差ではない。立派な妖刀なのよ。そんな曰く付きの代物を、異国の地でカジュアルにぶん投げるのがどれだけの冒涜なのかは定かではないけど、まあ勝てば官軍負けなきゃ官軍、要は勝てばいいのよ。勝って結果を叩きつけてやれば、相手が徳川家の将軍だろうと何だろうと口を噤むわ。


 ドッ、とダーツの矢が的にぶっ刺さるような音を立て、回転しながら飛んでいった脇差が手下の太腿、というか膝のちょっと上をぶち抜いた。がくっ、と体勢を崩し苦痛の叫びをあげるその手下に素早く接近するや、両手で襟を掴んでそのまま巴投げ。身長2mオーバーの巨漢が、放り投げられたボールよろしく宙を舞う。


 石畳に思い切り叩きつけてやってから、力の限り顎を踏みつけてやった。バキャッ、と顎の骨が砕ける感触を靴越しに感じながら脇差を引っこ抜き、背後から飛んできたピストルの弾丸を振り向く事なく弾き飛ばす。


「―――は?」


 戦いながら、私は相手の力量を推し量っていた。


 少なくともこいつらは全員格下だ、という事は確か。どうせまともに喧嘩も出来ない一般人相手にナイフやらピストルをちらつかせ、この辺で幅を利かせてきたその辺のゴロツキ共と何も変わらない。


 それが増長、背伸びをして他人に喧嘩を売った結果返り討ちに遭うというのはなかなかに草が生えるわね。草が覆い茂って地球温暖化対策に使えそうなレベルよ。


 さて、おもちのほうはどうなってるのかな……と思ったけど、彼女の戦いぶりは私よりも遥かに熾烈だった。はっきり言って、今の私が慈悲深い女神(え、見えない? 殺す(Kill)わよ?)に見えるレベル。


 私はさっきからこうやって脇差と体術で何とか相手を極力、気持ち程度に死なないよう雀の涙くらいの配慮をしながら戦っている。けれども隣にいるおもちはというと、銃口を向けてくる相手に向かってピストルカービンをバカスカ撃ちまくるものだから、さっきから私の視界の外では銃声と悲鳴が絶えない。


 ”USW-320”と呼ばれるピストルカービンを縦横無尽に操り、とにかく発砲するタイミングが近い敵から順番に足やら肩やらをぶち抜いていくおもち。コヨーテブラウンカラーのプロカットスライドが発砲の度に後退して、サプレッサーの装着を考慮した延長バレルを見せつけてくる。


 まるで機械のような精密さだった。腰から上だけ、動作に必要な部位だけをとにかく素早く、なおかつ精密に動かしての射撃。とはいえ近接武器ならばまだ手加減は出来るけれど、銃撃ともなるとそれは非常に難しくなる。


 おもちが狙っている部位は太腿や肩などの、致命傷には比較的繋がりにくい部位。けれども適切な処置をしなければ当然ながら死に至るし、弱者を相手に威圧する事しかできない、脳味噌の代わりに発泡スチロールでも入ってそうな連中だからそんな応急処置ファーストエイドの心得もあるかどうかすら怪しい。


 とにかくまあ、死んだら死んだで仕方ないわね。自己責任よ。


「お、お前ら、何やってんだ! 相手は立った2人だぞ!?」


「ボス、こいつら強いですぜ!」


「俺たちじゃあ無理だ!!」


 力の差がやっと理解できたのかしら。


 おもちに背後から接近しようとした手下が、咄嗟に出たおもちのマズルアタックで顎をぶん殴られ、こっちによろめいてくる。レディにもたれかかろうなんて失礼ね、とプチ憤慨しながらソイツのアキレス腱を蹴り潰し、がくんと膝を折ったところで後頭部に左の回し蹴りを叩き込んでやった。


 まるで土下座をするかのように石畳に額を叩きつけたみたいで、ごちゅ、と何かが割れるような音が……。


 さて、まだやるのかしら?


 エゾクロテンは可愛い見た目の動物だけど、その実態は獰猛な雪原の捕食者。可愛いからって近寄ると餌食になるのよ。


 手下どもを睨むと、既に彼らのピストルは弾切れになってしまったようだった。


 役立たずになったピストルを投げ捨て、懐から折り畳みナイフを取り出す手下たち。それを手に、あるいは投擲して攻撃してくる手下どもに、私は猛然と襲い掛かった。


 まだ戦うというならば受けて立つ。


 飛来してきたナイフを3本まとめて脇差を薙ぎ払って叩き落し、足元に落下したそれを左手でキャッチ。折り畳みナイフを突き刺そうと接近してくる虎の獣人に向かって、1本ずつ投げつけてやった。


 足、腹、肩。ドス、ドス、ドス、と肉に包丁が突き刺さるような音を立てながら、その辺で買ったか密造したと思われる安物のナイフが相手の身体に突き刺さっていく。


 悲鳴を上げながら転がったソイツの身体から2本くらいナイフを引き抜き、戦闘中にピストルの再装填を試みていた手下に2本まとめて投擲。肩と鳩尾の辺りにぶっ刺さり、新たな悲鳴が生まれる。


 さて……。


 あまり喧嘩を長引かせるのもよろしくないわね。憲兵隊が飛んで来たらお縄につくのは私たちの方だし、そろそろ”王”を獲りに行きますかね。


 相手の親分に向かって突っ走った。頭を潰すつもりか、と悟った数名の手下が律儀にも前に立ち塞がる。


 なるほど、忠誠心はあるみたいね。ただ……主君に仇なす相手を食い止めるには、哀しいくらい実力が伴ってないけれど。


 ナイフを振り回して前に立ち塞がった相手の手首へと脇差を振り上げる。血を吸う事に悦びを感じているのかは定かじゃあないけれど、気のせいか、相手に斬りかかる寸前、まるで引っ張られるように妖刀が加速したように思えた。


 皮膚を裂き、肉を断ち、骨を寸断した鋭利な一撃は、返り血に塗れる間もなく振り払われる。夜のブレンダンブルク門にナイフを握ったままの人間の手が血飛沫と共に舞い、なんかちょっと申し訳なくなった。


「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 右手の手首から先をばっさりやられた手下を蹴飛ばし、他の部下もアキレス腱を切って無力化、あるいは背負い投げでどこかへぶっ飛ばすなりして突破口を確保。血の臭いが立ち込め始めた石畳の上で、冷や汗を流す相手の親分と3mの距離を置いて睨み合う。


「ほ、ほはひ……(お、親父……)」


「ば、馬鹿な……何だ、何なんだお前は!?」


「ただの旅の者よ」


 エゾの海産物問屋の娘だけど。


 親分は歯を食いしばりながら、ペッパーボックス・ピストルをこっちに向けてきた。弱者から巻き上げた金で成金にのし上がった奴にありがちな、金メッキでゴテゴテと装飾した3連発型のペッパーボックス・ピストル。その彫刻エングレービングには何の戦術的タクティカル優位性アドバンテージも無いって知ってた? 実用と観賞用は違うのよ。


 ゴーン、とどこかの時計の鐘の音が鳴る。


 それを合図に、私は頭一つ分重心を落とした。腰を低く構えて石畳を蹴るや、さっきの鐘の音で我に返ったのか、親分が引き金を引いた。


 ドパッ、と現代の銃と比較すると異質な銃声が響き、頭の数センチ上をパチンコ玉みたいな鉛の弾丸が通過していく。被弾したら怖いけれど、こんな素人の銃撃なんて当たりたくても当たらない。目線でどこを狙っているのか、それだけで分かってしまうもの。


 踏み込んだ勢いを乗せ、脇差を左上から右下へと力いっぱい振り下ろす。ヂュッ、とグラインダーを鉄板に押し付けたような音がしたかと思いきや、親分の手の中にあった黄金のペッパーボックス・ピストルが、グリップに添えていた親指と一緒にずるりと斜めにズレて……そのまま、石畳の上に落下する。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ピストルもろとも切断された親指を必死に抑え、脂汗を浮かべながら絶叫する親分。石畳の上に膝をつきながら苦痛の叫びを上げる彼の元へ、石畳の上に落ちた右手の親指を蹴り飛ばしてやりながら、冷たい声で告げる。


「さて……私はまだまだやれるけど、どうするつもりかしら?」


「ぐ、ぐ……ぅ……!!」


「このまま、二度と指で数を数えられなくしてあげてもいいのだけれど」


 続行か、退散か。


 屈辱的な二者択一を叩きつけてやったところで、しかし意外なタイミングで水を差される事になる。


「ボス、憲兵隊サツだ!!」


「……命拾いしたわね」


 呻き声を発するばかりで人語を発する事も出来なくなった親分にそう吐き捨て、脇差を鞘に収めた。


 確かに遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。それはまあ、世界遺産でもあるブレンダンブルク門の広場で異国の少女×2と地元のチンピラの一団がドンパチ始めれば、よっぽど腐敗でもしていない限り憲兵隊はすっ飛んできて当たり前。むしろ今までの動きが遅かった、とでも言うべきかしら。


 とにかく、こうなった以上は退散あるのみ。いくわよ、とおもちに目配せすると、彼女もUSW-320をホルスターに収めて後をついてきた。


 とりあえず遠くへ、いらん容疑をかけられる前にできるだけ遠くへ。


 ブレンダンブルク門から少し離れたところで、パトカーが3台ほどブレンダンブルク門の方へとすっ飛んでいった。丸みを帯びた、テントウムシみたいな可愛らしい形状の4人乗りのパトカーたち。けれどもたぶん、広場に残っているのはドンパチやり合った形跡だけだと思うけれど。


 まあいいわ、長居は無用よ。早いとこ出国するなり何なりしましょ、と足早に歩いていると、壁に貼られたある新聞に視線が釘付けになった。


「……しゃもじ?」


「これ……」


《連続殺人事件、犯人は複数か?》


 訝しみながら、標準ドルツ語で書かれている記事に視線を這わせた。


 それによると、どうやらドルツ諸国では連続殺人事件が起きているみたい。犠牲になっているのは医者に魔術師、錬金術師に教師、学生、貴族の子供、ごく普通の労働者……犠牲者には一貫性がない。


 年齢もバラバラだったけれど、犠牲者の大半は未成年者。それも17歳前後が多い印象で、成人済みの犠牲者は僅か2名のみだった。


 あらやだわ、無差別殺人かしら。


 なーんて思ってたけど、事件が発生している地域もバラバラ。中にはほぼ同時刻に発生した事件もあったみたいで、新聞記事には犯人は複数存在しているのでは、との推論が掲載されている。


「……」


 それと、もう一つ。


 犠牲者には1つだけ、共通している事がある。


 それは若くして、何かしらの才能を開花させていたり、若年とは思えないほど豊富な知識や技術力、まるで”未来を見てきたような”言動で凄まじい結果を叩き出している者たちばかりだった。


 これはもしかして……。


 犠牲になってるのは―――私と同じ転生者?


 ありえない事ではない。転生者には前世の世界で生きていた頃の記憶がある。オーバーテクノロジーがあるとはいえ、全体的な技術水準が低く、経済や思想、国家の体制の面でも未成熟なこの世界に、2020年代の進んだ技術や知識を持った人間をぶち込めばどうなるか。


 それこそ”未来を見てきたかのような”結果や成果を叩き出し、世間の注目を浴びる事は想像に難くないわ。


 おそらく、いえ、きっとそう。この事件で犠牲になっているのは私やミカの同類……異世界転生を果たした、転生者たち。


 物騒ねえ、私も戸締りしておくべきかしら。


 あーやだやだ、と肩をすくめながら歩き出したその時だったわ。


「……」


「しゃもじ」


「ええ」


 ―――後方に3人……いえ、4人。


 それと建物の屋根の上にも何人か居るわ。気配の消し方が旨いからちょっと正確には分からないけれど、こいつらはさっきの連中とは比べ物にならない程の手練れね。


 まさか、あんなゴロツキ連中がこんな隠し玉を持っていたなんて。


「……」


 さて、と。どうするべきか。


 今の得物は脇差と拳銃のみ。こんな軽装で、相手が放った本気の精鋭部隊とドンパチやり合うのはいくら何でも心許ない。


「どうするの」


「迎え撃つわ。郊外の廃アパートにでも行きましょう」


「ん、分かった」


 そこならば憲兵の横槍も入らない。


 いいわ、あくまでも戦闘継続がお望みだというならば―――それを叶えてあげるまで。





 


 

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― 新着の感想 ―
[一言] あー、こっちもかぁ… しかし、相手が素人なら何人居ようが物の数ではないでしょうけれど、手練れが複数となると、流石に厳しいのでは…? こうなったらおもちとしゃもじ殿がパヴェルさん並みに覚醒する…
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