転生者たち
「で、何? さっきの爆発はセロが狙われてた時のやつ……って事?」
「……まあ、そうなるな」
ぶーん、とランドクルーザー70を走らせながら旧市街地を離れ、アルムトポリから少し離れたところにある宿を目指す。高台から黒海を一望できて、静かな場所がいいというお嬢のリクエスト通りに宿を予約していたのだが、今はそれが本当にありがたかった。
私を襲った連中―――奴らは複数で襲ってきた。
あの3人で全員、という可能性もあるが、逆にまだ仲間が残っているという可能性も排除できない。というか、むしろその可能性の方が高いだろう。敵兵は1人見かけたら一個大隊くらいはその辺の塹壕に潜んでると思え、ってこの前読んだラノベに書いてあったし。
そういう事もあって、今は人込みを避けたいというのが本音だった。できるならば他人との接触をなるべく避け、安全を確認しておきたい。
私1人ならば別に構わないが、今はお嬢も守らなければならない。いや、お嬢が足手まといというわけでは決してないし、むしろお嬢も腕利きの冒険者(という名の弾幕愛好家)だから安心して背中を預けられるんだが、万が一という事もある。
リスクは徹底して避ける―――臆病になる事も、時には重要という事だ。
《―――それでは次のニュースです。エルソン市で3日前に殺害された獣人の男性は冒険者の”キリル・ロブチェンコ”氏であると判明しました》
カーラジオから物騒なニュースが流れてくる。エルソンってここから近いじゃないか。
チャンネル変えようか、とバックミラー越しにお嬢の方を見るが、お嬢は優雅にティーカップ片手に首を横に振る。そのまま続けて、という彼女の意思を尊重しチャンネルは変えずそのままに。とりあえず、早いとこ宿を見つけてチェックインしよう……今夜寝れるかな? 夜通し警戒してた方が良いかな、とハンドルを握りながら考えていると、カーラジオから続く音声が予想外の言葉を紡いだ。
《ロブチェンコ氏は珍しい連発式の小銃を保有している事で知られており、今回の殺人はそれの強奪を意図したものであるとして、エルソン憲兵隊は捜査にあたっています》
「連発式の銃?」
「私たちみたいな?」
いやまさか、と思う。
一応、この世界にも連発式の銃というのは存在している。ペッパーボックス・ピストルがその最たる例だが、はるか太平洋の向こうに広がるアメリア合衆国ではシングルアクション式のリボルバーやレバーアクションライフルがダンジョンや遺跡から発掘されており、極めて希少価値の高い武器として高値で取引されていると聞く。
ノヴォシアにもごく稀に流入しているのを目にするが、持っているのはだいたい貴族だ。こんな高価な武器を買う財力があるのだ、というステータスシンボル扱いであって、本来の用途で使われているところを見た事はないのだが。
冒険者の手にそれが渡るとは考えにくい。
となるとやはり、ソイツも私たちと同じ転生者だった可能性は高いといえるだろう。
宿がある筈の丘へと車を走らせていると、新聞がどっさり入ったカバンを抱えた少年が街へと歩いているのが見えた。これから新聞を売りに行くところなのだろう。
路肩にランドクルーザー70を停車させ、窓を開けて少年に向かって手を振った。
「すまない、新聞を買いたいのだが」
「デッッッッッッッッッッッッッッッ」
案の定、私の胸に少年の視線は釘付けだった。
いや、分からんでもない。こんなソシャゲのキャラみたいな、ラノベのキャラでもそうそういないレベルの、映像化されたら減量されそうなサイズの乳テントを見せつけられたらそうもなるだろう。
「ええと、500ライブルでひゅ」
「ん」
600ライブル少年に握らせ、ウインクしておいた。少しだけだが懐に入れておけ、という意図で放ったウインクだが、まだ思春期にもなっていない……というか異性という存在を意識した事もない少年の性癖を破壊するには十分だったらしい。
少年は顔を赤くしながら私の事を10秒ほど凝視するや、ハッとしたように街の方へ走っていった。
「ねえセロ」
「ん」
「アンタ、いいかげん男の子を誘惑するのやめたら?」
「してない」
「あらそう」
違う、違うんだお嬢。
新聞とか雑貨とか食料品とか、その時に必要なものを買おうとすると、そういう時に限って欲しい物品を扱っている商人や店員が思春期前の男の子だったりするのだ。体感だが、店に行くと7割がた少年に対応され、その度に彼らの性癖をぶち壊している気がする。
また1人、性癖を壊してしまったか―――そんなどうでもいい事を考えながら、新聞紙を開いた。
新聞記事にはエルソン市での殺人事件以外にも、複数の事件が取り上げられていた。被害者は冒険者だったり、実業家だったり、商人だったりと一貫性がないが、被害者についての情報を見ているとこの一連の殺人事件に”明確な指向性”がある事が分かってくる。
「これは……」
「なあに、何か分かったの?」
「今週だけで殺人事件が17件。被害者の職業はバラバラだが、殺されたのはいずれも”豊富な知識や先進的な技術力”で名の知れた人物ばかりだ」
これが例えば、40代や50代であれば若いうちに努力したり、才能を開花させた天才だったのだろう、というだけで話がつく。
しかし被害者の年齢層はいずれも未成年……最年長でも22歳である。
この被害者たち……まさかとは思うが、全員転生者なのではないか?
”豊富な知識や先進的な技術力で名の知れた人物”、そして”大半が未成年”という条件であればその可能性は高くなってくる。
ミカやパヴェル、しゃもじのように、この世界には私以外にも転生者がいるという事は既に明らかになっている。そして彼らは転生前の記憶や経験を活かし、こっちの世界で活躍しているのだ。
この17人の被害者たちも同じように、前世の世界の記憶や知識を生かして知識チートをかましながら異世界スローライフを満喫していたところを狙われた……そう考える事も出来るだろう。
もしかしてこれは、転生者をターゲットにした連続殺人事件なのではないか?
「……」
新聞紙をめくると、次の記事にはガリヴポリが共産主義者の魔の手から解放された、という内容の記事が掲載されていた。イライナ公国時代の国旗を振るう住民たちの姿が写った写真の隣には、レンタルホームらしき場所で記念撮影をしている血盟旅団のメンバーの姿を収めた写真が掲載されている。
記事にもミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ率いる血盟旅団が街を解放した、とド直球で記載されており、これでミカの率いる血盟旅団の知名度は爆発的に上がるであろう事は想像に難くない。
が、私が危惧しているのはそこじゃあない。
お嬢がティーカップの中身を飲み終えたところで、私はランドクルーザー70を急発進させた。ハンドルを切り方向転換、進路をリュハンシク方面にとる。
「ちょ、ちょっとセロ? 宿は?」
「すまんがキャンセルだ、お嬢。拙い事になった」
「拙いって何が?」
ミカたちの進路を考慮すると、アイツらはベラシアからキリウを経由、アレーサまで南下してからノヴォシア地方を目指しているのだろう。
この新聞の記事は最新でも昨日のものだ。つまり今頃、ミカ達は既にガリヴポリを出発しリュハンシク方面へ向かっている可能性が高い。
果たして、今から飛ばして合流できるかどうか……。
「お嬢」
「何よ」
「もし、もし―――私の見立てが当たっていたのだとしたら」
嫌な予感というものは、こういう時に限って的中する―――。
「―――ミカ達が危ない」
1888年 10月14日
ドルツ諸国 グライセン王国
王都『ベルリアン』
本当、女を”そういう目”で見てくる男っていうのが害悪というのは万国共通みたいね。
決して後ろを振り向かず、気付いていない様子を装いながら私は黙々と道を歩き続ける。道中、黒ビールやらドルツ名産のソーセージ(”ヴルスト”っていうのよね確か)を売ってる屋台が視界に入ってきて、その暴力的なまでに食欲をそそる香りで誘惑してきたけれど、私の鋼の意思はそんなものには屈しないわ。じゅるり。
とまあ、ふざけるのは程々にしておいて。
「……しつこいわね、アイツら」
「ん」
隣を歩きながらヴルストをもぐもぐしているおもちに言うけれど、相変わらず彼女は2時間ほど前に購入した山のようなヴルストを食べるのに夢中だった。
時折、彼女が何を考えているのか分からなくなる。何も考えていない、というのが最も近いのかもしれないわ。何をどうするべきかは身体が覚えてるタイプ……こういうのは、いざ戦いになると馬鹿みたいに強い。
さて、一体何が起きてるのか分からない人のために説明しておくけれど、私たち2人は今、現在進行形で尾行されている。
何でそんな事になったかって?
話せば長くなるわ。それは私たち2人が、旅の途中で訪れたドルツ諸国の国歌の1つ、このグライセン王国(血盟旅団のイルゼの祖国でもあるわね)の王都『ベルリアン』を訪れてから僅か3分後の出来事だったの。
お湯を入れればいい感じにラーメンができるくらいの時間しか経過していないというのに、街角でいきなり男にナンパされたのよね。
胸元を大きく開いた上着を身に纏い、全体的に着崩した感じのチャラそうな男。私たちを見るなり開口一番「お嬢ちゃんたちベルリアンは初めて?」とか、「おすすめのビールがあるんだ。もしよかったらどう?」とか、それこそ使い古したキッチンの油汚れの如きしつこさで付き纏ってきたのよね。
でもまあ私もホイホイついていくようなおバカじゃないわ。転生前、インターネットとかいう文明の利器で鍛え上げたスルースキルを最大限に発揮したんだけど、無視され続けた事に逆上したみたいで、ソイツ私に殴りかかってきたの。
そりゃあ私もこんな生活しているし、背後から攻撃の意思を感じれば身体が勝手に動くというもの。あっヤバ、と理性で理解した頃には、足を踏み込み腰を捻って肩を入れた、プロボクサーが見ても百点満点な右のストレートがナンパ男の顔面にめり込んでたの。
悶絶しながらもソイツ折り畳み式のナイフなんて危ないものを取り出してきたから、私も対処した。
とりあえず因縁つけられるのは嫌だし、頭を殴ってればいつか記憶も消えるわよね、と定かではない可能性にかけて馬乗りになるや、ひたすらナンパ男の顔面を殴打殴打。試合後のボクサーみたいになるまで殴り続けた後、こうして何食わぬ顔でおもちの分のヴルストを購入して現場を離れたわけなんだけど……。
「うんこれバチクソ恨まれてるわね」
「ん、きっとそう」
「アレ何が最適解だったと思う?」
「背負い投げ」
「いや打撃か投げ技かの話じゃなくて」
「ん、ヴルストおいしい」
尾行しているのはナンパ男だけじゃないみたい。
敵意を向けてる男共が7人くらい……そこから距離を置いて3人、こっちは気配の消し方が旨いわね。気を抜いたら見失ってしまいそうだけど、とりあえずこの10人が私たちを尾行しているようだった。
さてどうしたものかしら。列車にでも飛び乗って逃げようかしら、なんて思いながらおもちから分けてもらったヴルストを1本もぐもぐしているうちに、王都ベルリアンが誇る巨大な世界遺産が見えてくる。
ベルリアンが要塞都市から今の形に移行する際に建設された、巨大な門。石畳で覆われた広場の向こうに見えるそれは荘厳な雰囲気と同時に要塞の如き威圧感を放っていて、門の上には石を作って造られたクアドリガと、それに乗りながら剣を掲げる武神の石像がある。
『ブレンダンブルク門』―――ベルリアンのシンボル。
まだ環境活動家の魔の手が及んでいない綺麗な門。悪趣味な理想と塗料とは未だ無縁な世界遺産の姿を拝むなら、できるなら尾行されていない、安心できる状態でゆっくり眺めたかったんだけど。
「ん」
ぴくり、とおもちのケモミミが立った。
ブレンダンブルク門の向こう―――まるで私たちの到着を見越していたように、スーツ姿の獣人男性がゆっくりと姿を現す。
がっちりとした熊みたいな体格、というかグリズリーの獣人のようで、老いたが故に真っ白に染まった髭と頭髪には組織を束ねる責任者としての風格が滲んでいる。
単なる通りすがりの貴族……というわけではなさそうね。
「やあ、お嬢さん」
男がそう言うと、彼の後に続いて門の陰から潰れたアンパンみたいな顔……じゃなかった、ボッコボコに殴られて腫れまくった、例のナンパ男とゆかいな仲間たちが姿を現した。
「私の息子が随分と世話になったようだね」
「こいふはほひゃひ! こいふがおへほはほほ!!(コイツだ親父! コイツが俺の顔を!!)」
「あー」
あらやだ、お父様でしたのね。
「まあ、こんなバカ息子だがそれでも血を分けた家族だ―――この落とし前、つけてもらおうか」
熊のパパが言うなり、周囲に立つ子分たちが一斉に懐から拳銃を取り出した。
6連発のペッパーボックス・ピストル。どうせ騎士団とか憲兵隊から横流しされたか密造したやつなんでしょうね、と思いながら、私は溜息をついた。
本当にやれやれだわ。
「―――ねえ、そこのアンパン頭」
「だへはは!!(誰がだ!!)」
「―――あなた、ナンパする相手を間違えたわね。割とガチで」
相手がその気なら……。
隣でヴルストを平らげたおもちが指を鳴らし、戦闘態勢に入る。
私もそっと、脇差を引き抜いた。
殺し……はしないけど、まあ……そうね。
銃を抜いたなら、覚悟はしてもらおうかしら。




