慈悲の剣、救いの右手
なんか今、エグいミニガンの掃射音が聞こえたような気がするが気のせいか。
電撃榴弾の炸裂で感電、気を失っている兵士たちを照準器越しに一瞥し、自動装填装置を操作して次弾装填しながら、とりあえず聞かなかったことにしておく。別に敵がミカの悪口を散々言ってアイツを貶し、クラリスの逆鱗に触れてミニガンでお仕置きされたとかそんなんじゃないだろう、違うはずだ。なんかわかるけど知らん、パヴェルさんそんな事知らん。
砲塔上に追加で装備された銃塔が火を噴き、銃塔内に連装で搭載した74式車載機関銃が唸る。
ウクライナの試作重歩兵戦闘車、BTMP-84にヤタガンの120mm砲を砲塔ごと移植、後は弾薬庫と兵員室のハッチとの干渉を避けるために車体を延長した魔改造BTMP-84ことBTMP-84-120。他にもいろいろ機能を追加しているが、こうやって定点に陣取ってトーチカと化した時に操縦手も暇そうだという事で、せっかくだし追加した銃塔が良い感じに役に立っている。
砲塔上部、砲手のハッチ前方に追加装備した銃塔は操縦手が操作できるようになっている。進撃する際に適当にばら撒くもよし、こうやって定点に居座り固定砲台化する際に戦闘に参加してもよし、というわけだ。せっかくなので装備を盛ってみた。
というわけで砲塔上で必死に火を噴いている銃塔は、操縦席にいるシスター・イルゼが操作している。銃身が分厚い車載型の機関銃の利点を生かし、ちょい長めの連射で継続的な掃射を敢行。砲塔の向いている別の方向から接近しようと試みる不届き者を制圧、遮蔽物から飛び出したり、頭を上げさせる事すら許さない。
そうしている間にこっちも敵の位置を把握、電撃榴弾の空中炸裂モードで頭上から電撃をお見舞いする。
「発射」
発射スイッチを踏み込んだ。
ドムンッ、とウクライナ製120mm滑腔砲が火を噴いた。戦車の装甲すら穿つ一撃ではなく、歩兵の集団を生きたまま無力化するための電撃榴弾は敵兵に逃げ場を与えない。
乗り捨てられた車や横転したトラックの残骸を盾にして射撃を敢行する敵兵には、まあ……敢闘賞くらいはあげてもいいだろう。こっちの世界じゃあ未だ影も形もない戦車という未知の兵器に対し、臆することなく銃撃を敢行できる度胸はなかなかのものだ。ノヴォシア共産党の掲げる理念にうっかり従ってしまう能無しにもそれくらいの度胸はあるらしい。
しかし無慈悲にも、彼らの頭上に迫った電撃榴弾の炸裂により、その意識は強制的に遮断されてしまうだけだが。
電撃榴弾、空中炸裂モード。
ウォッカをキメてべろんべろんになりながら、迎え酒にテキーラをちびちびやりながら追加した機能だ。戦車に搭載されているレンジファインダーで目標との距離を計測、それを砲弾の信管にインプットし、炸裂させたい距離で炸裂させる。
こうする事で遮蔽物の陰から反撃してくる敵の頭上で起爆させ、その爆風と破片を敵に浴びせかける事も可能となったわけだ。理屈としては米軍で試験運用されていたエアバーストグレネードランチャー、”XM25”と同じである。
それを戦車砲でやったらどうなるの、というのを現実にしたのがこれだ。
しかし如何せん酔っぱらった状態で基礎設計から開発までを1人でやってたもんだから、酔いが覚めた時「あれ、俺こんなん作ったっけ?」ってなったのはミカエル君には内緒だ。禁酒命令なんて出たら生きていけない。
金、酒、妻。パヴェルさんが生きていくにはこの3つが必要なのである。
《パヴェル、弾もうないの?》
ハッチから顔を出して後方を確認すると、BTMP-84-120の車体後部右側に増設したウェポンラックから、最後の弾薬箱を手にしながらモニカが言った。彼女の機甲鎧が保持している弾薬箱はウェポンラックにあった2つが最後のようだ。
あちゃー、弾切れか。もうちょい戦いが長引きそうな気配があるんだけどな、とは思ったが、無い物ねだりをしても仕方がない。
「あー……うん、うまくやれ」
《言ってくれるわね。いいわよ、その代わり今夜はラーメンね》
「OK」
今夜もまた食堂車の窓が割れそうだ……勘弁してくれ、窓の張替えするの俺なんだぞ?
さてさて、範三さんは何をしているのかなと仲間の様子を確認してみると、彼にしては珍しく射撃に徹しているようだった。BTMP-84-120の車体を上手いこと盾にしながら、九九式歩兵銃で正確に狙いをつけ、遮蔽物から飛び出した敵兵を正確に狙撃している。
いつも刀を持って突っ込んでるイメージしかなかったが、これで彼も単なる猪武者ではないという事が証明された。
飛び出そうとした敵兵の脚を7.7mmゴム弾で正確に狙撃する範三。非殺傷型のゴム弾とはいえ、こっちのベースになってるのはフルサイズのライフル弾だ。命中すれば骨折は確実という、非殺傷弾の中でも殺傷力高めな代物である。
一発必中、とはまさにこの事か。
さっきから見ていたが、範三の九九式歩兵銃が火を噴く度に敵兵が足を抱えて悲鳴を上げ、次々に倒れているようだ。まさかとは思うが、まだ一発も外していない……?
なるほど、魅せてくれる。
秋田犬は猟犬として活躍した事もある犬種。その遺伝子を宿しているからなのだろう、銃を構える範三の眼光は鋭い。ありゃあ獲物を仕留めにかかる時の目だ。
仲間の特技を把握したところで、俺もまた車内に引っ込んだ。次弾装填は完了、さて次はどこにぶち込んでやろうか。とりあえずは大通り正面、トラックの残骸を盾に応戦している一団を黙らせるか、と照準を合わせた俺の耳に、戦場には不似合いな歌声が届いた。
「……?」
―――イライナは滅びぬ、同胞たちの団結の限り。
どこか悲壮感が滲む、しかし勇ましい歌詞。歌声は1人のものではない。大人数での合唱のようだ。
これは確か……国歌だ。
イライナがかつて、”イライナ公国”だった頃の国歌。ノヴォシアに戦争で敗北し、半ば強引に併合される以前の古い歌だ。
こんな戦地と化した街中で誰がそんな古い歌を歌っているというのか。訝しみながら再び砲塔から身を乗り出し、首に下げた双眼鏡を覗き込む。
「……待て、撃ち方止め、撃ち方止め!」
ぎょっとしながら、無線機に向かって叫んだ。
連続的に、しかし銃身の過度の過熱を防ぐため適度に間隔を開ける教科書通りの射撃を続けていた銃塔が沈黙、遅れてモニカと範三も発砲をやめる。
それにつられるように、共産党の兵士たちも銃撃をやめた。
歌声が聴こえてくるのは、共産党の兵士たちの後方―――大通りの奥の方からだ。
「あれは……」
黒色火薬の白煙が濛々と立ち昇る大通りの向こう。段々と薄れていく煙の向こうではためくのは―――旗だ。
黄色と蒼の二色を背景に、黄金の三又槍が描かれた旗―――ノヴォシア帝国の国旗ではなく、イライナ公国時代の国旗だった。
そしてそれを持っているのは、痩せ細った老人たち。
彼らに続くのは女性や子供たち、そしてどこかの戦場で負傷して帰ってきたと思われる、身体に包帯を巻いた傷痍軍人たちだった。
『パヴェルさん、あれはいったい……?』
「民衆が立ち上がったんだ」
正直言って予想外だった。
まさかとは思ったが―――俺たちの戦闘で共産党が劣勢に立たされている事を知り、立ち向かうために決起したとでも言うのだろうか?
単なるデモ行進ではない事は明白だった。旗を持つ老人たちの後ろに続く民衆の手には、即席の武器があった。
ナイフに棍棒、角材の先にナイフをテープで巻きつけた即席の槍。レンチやスパナを持っているのは工業関係者なのだろうか。中には密造したか、はたまたどこからか盗んできたのか、旧式のマスケットや火縄銃で武装している民衆までいる。
『抑圧されてた市民が……』
「……破綻したイデオロギーの、妥当な末路だ」
何たる皮肉か。
革命を信条とする共産党が―――よりにもよって、その抑圧に耐えかねた民衆の革命で倒れようとしているとは。
イライナ公国は、大昔はモーゴル帝国、その後もノヴォシア帝国に複数回にかけて併合され、それぞれ先人たちの犠牲と抑圧の果てに独立を勝ち取ってきた経緯がある。だから彼らは、虐げられ、搾取される苦しみを知っているのだ。そして自由を勝ち取るためには何をするべきか、それを知っているのだ。
抑圧からの解放―――それはもう、イライナ人の遺伝子に刻まれた宿願と言ってもいいだろう。
何度踏み躙られても、決して屈しない。
イライナの大地を埋め尽くす麦の如き強靭な精神力には、敬意を抱かずにはいられなかった。
「―――パヴェルより各員、血盟旅団全員に次ぐ」
無線機に向かって、命じる。
あの革命の炎を潰えさせてはならない。
共産党による圧政の中、やっと燈った希望の光だ。
「民衆を守れ、是が非でもだ。彼らをやらせるな」
「くそっ、くそっ、害獣め―――ぶ!」
蜂の巣にされた愛機から引っ張り出され、両手と両足を番線でぐるぐる巻きにされてもなお罵声を発するニコライの顔面にクラリスのローキックが吸い込まれ、おいおいその辺にしてあげなよ、とマジで思った。
しかも脛で蹴っている。ミカエル君、転生前に空手やってたんだけど、ローキックは脛で蹴るとかなり効くのだ。鍛錬に鍛錬を重ねて硬くなった脛であると特に強烈で、そんなのを太腿に叩き込まれようものならば致命傷である。
鼻血をブーしながら呻き声を発するニコライの顔をそっとハンカチで吹いてあげながら、鬼の形相で彼を見下ろすクラリスを視線で窘める。
「その辺にしておきなよ」
「しかしご主人様……!」
「コイツはもう戦えない」
「くそ、くそっ! 害獣……殺してやる、殺してやるぞ! そのクソメイド共々地獄に落としてやる。次に会ったらその薄汚い手足を切り落とし、頭の皮を剥いでやる!」
「はいはい、ざーこざーこ」
ロリボイスで受け流しながら、ちらりと下を見た。
大通りはいつの間にかすっかり騒がしくなっていた。いつの間にやってきたのか、大通りを埋め尽くさんばかりの民衆がそこにはいて、声高にイライナ公国時代の国歌を歌っている。
抑圧からの解放を望む強い願いが込められた、そんな国歌だ。
ノヴォシア人に中指を立てるかの如き所業だが、これがイライナ人の本音なのだ。汗水垂らして働くイライナ人を田舎者呼ばわりし、農作物を搾取できるだけ搾取するノヴォシア人は、特に帝国への併合、そしてイライナ公国の消滅を目にしてきた老人たちにとっては親の仇のようなものなのであろう。
そこに共産主義による抑圧まで加わり、以前から溜まりに溜まった不満がついに爆発したのだ。
そのきっかけを作ったのは―――俺たちだ。
こうして真っ向から共産党に喧嘩を売り、彼らを劣勢に立たせたからこそ、民衆が立ち上がった―――そういう事だろう。
『―――止まれ、止まるんだ!』
『今すぐ家に戻れ! 聞いているのか!』
トラックの残骸の陰に隠れ、食糧保管庫を奪還せんとしていた共産党の兵士たちが、民衆にマスケットを向けながら制止を試みる。しかし怒りに火がついた民衆は歩みを止める事はなく、イライナ国歌の合唱も止まらない。
やがて、その中に別の声が混じり始めた。
パンを寄越せ。
薪を寄越せ。
共産党はいらない。
抑圧はいらない。
侵略者は帰れ。
そんな言葉を、今まで暴力で屈服させていた民衆の本音をそのままぶつけられた共産党の兵士たちはかなり困惑しているようだった。中には指示を求めて上官らしき人物に視線を向ける兵士すらいる。
『止まれ、さもないと撃つぞ! 構え!』
拙い。
ご主人様、と制止をかけるクラリスの声を振り解き、アパートの屋上から身を躍らせた。
「ご主人様!」
ロシアの歴史を語る上で欠かせない事件は数多くあるが、その中でも今目の前で繰り広げられている光景は”血の日曜日事件”を想起させた。
奇しくも今日は日曜日―――歴史は繰り返される、というわけか。
そんな事はさせない。
全身から魔力を全力展開。周囲に磁界を発生させるや、腰の鞘に収まっていた魔術の触媒―――慈悲の剣が、磁力によって抜き払われた。
さながら不可視の手に握られているかのように宙を舞ったそれにありったけの魔力を込め―――右手を前に突き出し、立ち上がった民衆と兵士たちの隊列を隔てるように、大通りへと向けて撃ち放つ。
本来、魔力は物体に流れる事はあっても”留まる事はない”。留めようとどれだけ魔力を流し込んでも、それは魔力抵抗を受けながら反対側から流れ出てしまうためだ。
だから俺は、ありったけの魔力を慈悲の剣に流し込んだ。
全身に激痛が走る。
鼻から、耳から、そして目から血が溢れ出る。
魔力欠乏症の症状―――体内の魔力、生命エネルギーの一部たる魔力を過剰に使った結果だ。身の丈に合わぬ魔力消費、その代償だった。
頭の中にちらつくのは、今は亡き友人ヴァシリーの後ろ姿。
救おうとして救えなかった、友人の姿。
あんなことは、もう二度と御免だ。
救える命を失わせてたまるものか。
そのための対価が何だ。
こんな痛みが何だ。
俺はミカエル―――この手は、この意志は、この魂は、救いの手を差し伸べるためにある!
「―――届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
迸る叫び。
身体中がはち切れそうな激痛と、早くも霞み始める視界の向こう―――慈悲の剣が石畳に突き刺さる音に続き、無数の銃声が轟いた。




