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弾雨を越えて

有人型戦闘人形

本来無人運用される戦闘人形オートマタに手を加え、有人型としたもの。自立制御を前提とした機体を強引に有人仕様に改造しているため性能は低下しているが、プログラムによる単調な動きではなく人間の思考による柔軟な対応が可能。

また、純正パーツを取り外しサードパーティー製のアタッチメントを搭載するなどのカスタムを施している場合が多く、基本的に原形を留めていない。


「う……ぁ……」


 クソッタレ、喰らったか。


 警報音と警告音声が機体の被弾を告げるコクピットの中で、頭を振りながらメインモニターを見た。ノイズが生じている画面には損傷部位が表示されており、それによるとどこからか飛来した攻撃は俺の乗る機甲鎧パワードメイル初号機の左腕を直撃、あろうことか左腕を肩から深々と捥ぎ取って、後方の食糧保管庫の外にある物置を直撃したらしい。


 損害は左半身に集中していたが、よりにもよって電気系統の一部にも不具合が生じているようだった。グローブ型のコントローラーを動かそうとしても、右腕はピクリとも動かない。


 まさか、とアクセルを踏み込んだが同じだった。いつもならば聞こえてくるパワーパックの唸り声も聞こえてこない。


 燃料計に目を向けると、燃料の残量が凄まじい勢いで減っているのが分かった。燃料漏れだ。コイツに使っている燃料は車に使っているものと同じガソリンだ。だから背面のパワーパックへの被弾、あるいは火炎瓶や炎属性魔術の被弾は大破、炎上にそのまま直結する。


 大慌てでコクピット内の装備品に手を伸ばした。機体が撃破された際に備えて積み込んでおいたAK-19入りのケースと食料パックを手に取り、コクピットのハッチ開放を試みる。


 一般的に、西側の戦車に限った話ではあるが、万一弾薬庫に被弾し火災が発生してしまった場合は、即座に車外に退避するのではなく車内に留まっていた方が安全である、とされている。何故かというと弾薬庫の上部にはブローオフ・パネルと呼ばれるハッチがボルトで固定されていて、万一弾薬庫で誘爆が発生しても真っ先にそれが吹き飛んで、乗員のいる区画まで爆風が流れ込んでくる事がないような設計になっているからだ。


 しかし機甲鎧パワードメイルにそんな機能はない。一応、燃料漏れが発生した際の緊急閉鎖弁はあるし、軽度の炎上であれば自動消火装置も備えているから万全ではあるが、さっきの被弾はよりにもよって左腕をもぎ取り、そのままパワーパックの一部も抉って後方へと抜けていったらしい。緊急閉鎖弁の許容量を超えている損傷である以上、とっとと離脱した方が良いのだ。


《ミカ、大丈夫!?》


「なんとか! 被弾した、脱出ベイルアウトする!」


 コクピット内にある、ハッチの緊急排除レバーを引いた。ボボンッ、と爆裂ボルトの炸裂音が聴こえたかと思うと、接合部を排除されたハッチが外れ、外の冷たい空気とガソリンの臭いが流れ込んでくる。


 大慌てで外に飛び出し、初号機から十分に距離をとった。


 愛機の周囲はオレンジの海になっていた。オレンジ色に着色されたガソリンが、さながら水道の蛇口から流れ出る水のように漏れ出ている。スパークが発生していないのがせめてもの救いだが、いつ炎上してもおかしくはない。


 ケースを開けて中からAK-19を取り出した。一緒に入っていた予備のマガジンを5つ、チェストリグに押し込んで安全装置セーフティを解除する。装填されているのはゴム弾がマガジン2つに、残りは実弾だ。


《どこよ、どこから撃たれたの!?》


「分からない。機甲鎧パワードメイルをあんなに損傷させるなんて……どんな徹甲弾(AP)だ……?」


 もう一度述べておくけれど、機甲鎧パワードメイルの防御力は7.62×51mmNATO弾クラスから完全に防護できる程度だ。被弾率の一番高い胴体は12.7mm弾クラスにも耐えるよう設計されているけれど、それでも12.7mm弾の近距離射撃では貫通を許す恐れもある。


 あくまでも機甲鎧パワードメイルは生身の人間では携行が困難な重火器を搭載し、その圧倒的火力で敵を制圧する”デカい歩兵”といった位置付けの兵器だ。断じて”歩く戦車”等ではなく、これだけで機甲部隊の代替とはなり得ないという事は明記しておく。


 とにかく物陰へ、と姿勢を低くした次の瞬間だった。


 ヒュオッ、と風を切る音にやや遅れ、食糧保管庫の正門を塞ぐ形で布陣しているBTMP-84-120の後方数メートルのところを1発の砲弾が直撃したのである。


 即座に時間停止を発動、僅か1秒の間だけではあるが、弾道を確認しようと試みる。


 砲弾が飛来したのは遥か向こう……おそらくだが、500mくらいは先にあるであろう労働者向けのアパートの屋上だ。目を凝らして見てみると、確かにそこには屋上に設置するにしては物騒な対戦車砲らしきものがあるようで、長い砲身がうっすらとだが見える。


 時間停止の効果時間が終わり、無線機からシスター・イルゼの驚くような声が聞こえてきた。


《きゃあっ!?》


《ちょ、何今の!? 砲撃!?》


《落ち着け》


 予想外の反撃に慌てふためくモニカを制したのは、やはり経験豊富なパヴェルだった。機甲鎧パワードメイルに致命傷を与えるほどの威力の兵器を前にしても、その声音に焦りは見られない。


《さっきの砲撃はヤバかったが、今の砲撃は俺たちを狙った。だが外した……つまりは敵の砲手の練度がクソか、それとも……》


「……敵の照準調整は完全じゃあない」


《その通りだ》


 確かにそれはあり得る。


 最初の攻撃はモニカを狙ったものだった。それを俺が庇ったせいで彼女を仕留める事は出来ず、初号機の左腕をもぎ取り、パワーパックの一部を損傷させるにとどまった。それはいい。


 しかし二発目はどうか?


 狙ったのはBTMP-84-120。正門を塞ぐ形で停車しており、敵からすればもっとも狙いやすい静止目標だった筈だ。しかしそれを狙って車体後方に着弾、つまり照準が上に逸れたという事は、少なくとも敵の照準調整は完全ではない可能性がある。


「―――俺が打って出る。援護を」


《ちょ、本気!?》


「本気も何も、このまま悠長に構えて敵が誤差を修正したら終わりだ。タコ殴りにされるぞ」


《無茶なようだがミカの言う通りだ。だが気をつけろ》


「あいよ」


《リーファ、大通りの右側からミカを支援。範三はモニカと一緒にここに残れ、敵の第三波を迎え撃つ》


(了解)


《うむ、承知した》


 呼吸を整えつつメニュー画面を召喚。兵器の中からみんな大好きRPG-7を召喚し、発射機を背中に背負う。予備の弾頭も3つほどポーチの中に無理くり押し込んで、ずっしりと重くなった身体に鞭を打ちながら走り出した。


 BTMP-84-120の車体の上を滑るように乗り越え、大通りへと打って出る。


 パヴェルの読み通り、そこら中に残骸が転がる大通りの向こう側からはトラックのエンジン音が聞こえてきた。敵兵を乗せたトラックが大通りの向こうから押し寄せてくるのだ。


 ドドドドッ、とBTMP-84-120の機銃が吼える。先頭のトラックがエンジンをぶっ壊されて擱座、後続の車両も巻き込んで……といった具合に、また見た事のある光景が繰り広げられる。


 『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』とはよく言ったものだが、共産党の兵士たちはそもそも何も学習していないようだ。こんなんでいいのか、と思いながら擱座したトラックの陰に滑り込み、エンジンを破壊されたトラックから大慌てで降りてくる敵兵に銃撃を加える。


「うぁ!?」


「ぎゃっ!?」


「い゛っ!?」


 5.56mmゴム弾に被弾し、荷台から降りようとしていた兵士たちが次々に足やら肩を押さえて悶絶、石畳の上に転がり始める。


 トラック1台分の兵士たちが早くも負傷し戦闘不能に追いやられたところで、やっと俺の存在に気付いたらしい。俺と目の合った兵士が「あそこだ、あそこにいる!」とこっちを指差してきたので、人を指差すとは何事か、と説教の意味も込めてその指にゴム弾を叩き込んでやった。


 ペキョ、と骨の折れる音がして、兵士の絶叫が響き渡る。


 すぐさま身を隠すと、報復とばかりにマスケットの一斉射撃が俺の隠れていたトラックの残骸を打ち据えた。


 が、どこを狙っているのやら。20mもない超至近距離での銃撃戦だというのに、放たれた一部の弾丸はトラックではなく、ミカエル君の頭上にある洋服店の看板を直撃しているようだった。


 うん、こりゃあ酷い。


 相手が再装填に入ったタイミングで飛び出した。スライディングしながらゴム弾を連射、敵兵の脚やら腕やらをゴム弾で打ち据え戦闘不能にしていく。


 弾切れになり、AK-19が沈黙。即座にハードボーラーに持ち替え、今度はヘッドショットを狙っていった。


 こっちに装填されているのは9mm麻酔弾。眉間に撃ち込まれたダーツ状の麻酔弾から麻酔薬を注入され、被弾した兵士たちが次々に崩れ落ちていく。


「このガキ!」


 銃剣付きのマスケットで突っ込んでくる兵士。そのまま俺を串刺しにする算段だろうが、もし本当にそうならば見立てが甘い。


 時間停止を発動し立ち上がる。そのまま接近して左手を突き出し、とん、と敵兵の腹に手のひらを押し当てた。


 ここで時間停止の効果が切れ、いきなり目の前に現れたキュートなミカエル君の姿に敵兵が目を丸くする。


 にっ、と思い切り良い笑顔を返答としながら、ゼロ距離で魔術を放った。


 雷球―――本来なら電撃の塊を球体状にして放つ魔術だが、至近距離でやったもんだから直接電撃をお見舞いしたような感じになってしまった。


「ギャアッ……!!」


 バヂン、と電撃が弾け、空気の焦げる臭いが一瞬だけ香る。


 感電し崩れ落ちていく敵兵の脇を通り過ぎ、そのまま大通りを突破。後ろから「追え、逃がすな!」という声が聞こえたので、振り向き際に雷爪を放ち牽制しておく。


 バヂヂッ、とスパークするような音と共に悲鳴が聞こえたので、たぶんなんか当たったのではないだろうか。


 ヒュオッ、と大通りの真上を砲弾が通過していく。


 今度は確かに見えた。


 いったいクソ野郎は、どこから俺たちを狙っているのか。


「見えた! 10時方向、蒼いアパートが見えるか」


《見えた、屋上か!》


 やはりそうだ、そこに敵がいる。


 アパートへと向かう俺の前に、さっきの有人型戦闘人形の同型機が壁をぶち破って姿を現した。SF映画に出てくるロボットみたく、首にある紅いセンサー部をぎらりと輝かせながら、まるで鎌を振り上げ威嚇するカマキリの如く両腕のチェーンソーを回転させ始める。


 ドルルン、とバイクのエンジンみたいな音が響き、さてどうするか、と息を呑んだ次の瞬間だった。


 一体どこからやってきたのか―――近くの建物の屋根を伝ってジャンプしたリーファが敵機の頭部、コクピットのあるガラス球に向かって落下するや、その勢いを乗せた本気のパンチを叩き込み、おそらくは防弾ガラスでできているであろうそれを一撃で叩き割ったのである。


 パンダとて猛獣、可愛いところが本質ではないのだ。だってあれ熊の仲間だし……。


「ダンチョさん、先に!」


「分かった!」


 無理すんなよ、と祈りながら、アパートに向かって突っ走った。走りながらマガジンを交換、ゴム弾ではなく実弾を装填したマガジンをAK-19に装着する。合わせてハードボーラーのマガジンも抜き、9mmパラベラム弾が収まったマガジンを装着。スライドを引いて麻酔弾を排出しておく。


 穏便に済めばいいのだが……もう、そうもいかないか。


 ライフルの保持をスリングに任せ、そのまま壁に向かってジャンプ。窓の縁や雨樋、ベランダの柵に手や足をかけて素早くよじ登っていく。こういう時にハクビシンの獣人として生まれた事に感謝したくなる。手のひらにある肉球は滑り止めの役目も持っていて、こういう壁面を上る時にたいへん助かっているのだ。


 錆だらけの柵に手を引っかけてよじ登る。もう少しで屋上だ……というところで、バムンッ、と砲声が響いた。


 敵の砲撃だ。


 クソが、と悪態をつきながら柵に手をかけて一番上まで上ると、すぐ目の前に巨大な長砲身の対戦車砲らしきものを背負った蜘蛛のような姿の兵器が居座っていた。


 閉鎖機が解放され、やけに小さな薬莢が排出される。おそらくだが37mmクラスなのだろう。現代の戦車にはどうあっても通用しない口径だが、しかしあれだけの長砲身で放たれれば脅威となる。


 敵のパイロットはまだこっちに気付いていないようなので、俺は遠慮なくRPGを構えた。


 本来、RPGの弾頭には安全装置がある。一定以上の距離を飛行しなければ起爆しない、という類の安全装置だ。射手の安全を確保するためのものだが、血盟旅団仕様のRPG-7からは敢えてその機能は省かれている。至近距離での砲撃の機会が圧倒的に多く、この機能が戦闘に於いて足を引っ張る事が予想されるためだ。


 マニュアル通りに発射機を肩に担ぎ、フォアグリップをしっかりと握り込んだ。目標は対戦車砲の閉鎖機と、今大絶賛駆動中の装填装置。


 その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる!


 引き金を引いた。


 ボシュ、と放たれた弾頭がロケットモーターに点火。本来であればそのままぐんぐん加速していくところだが、しかし至近距離での射撃だったため弾頭はすぐさま着弾。これだけの距離であれば外しようもなく、見事に閉鎖機へとめり込んだ。


 爆発が連鎖し、砲弾が次々に誘爆していく。


 あっという間に背中が火達磨になった敵の有人型戦闘人形。これであとはパイロットが脱出すれば終わり……と思っていたのだが、どうやらそんなに甘くはないらしい。


 対戦車砲をマウントしていた金具が外れ、炎上する対戦車砲が背中から滑り落ちる。それはずるりと滑るようにアパートの屋上から落下するや、道路に乗り捨てられていた黄色いクーペをものの見事にぺしゃんこにしてしまった。


 装備をパージした有人型戦闘人形が、ゆっくりとこっちを振り向く。


「お前……」


『ミカエル……ステファノヴィッチ・リガロフ……!』


 蜘蛛のような姿の、有人型戦闘人形。


 その頭部に搭載されたガラス球、その中のコクピットで俺を憎たらしそうに睨んでいるのは、見覚えのある男だった。


 ニコライ・ヴォロチェンコ。


 駅で俺たちに徴収を迫り、スターリンの元へミカエル君を案内した、あの男だった。




37mmライフル砲(異世界版)

旧人類の遺跡から発掘された、黒色火薬を使用するライフル砲。滑腔銃身や滑腔砲身が当たり前だった獣人たちにライフリングの優位性を知らしめた。

長砲身で弾速に優れ、貫通力では他の追随を許さないが、獣人たちの技術で完全な復元は困難であり、遺跡やダンジョンからの発掘に依存しているのが現状である。

黒色火薬によるライフリングの詰まりを防止するため小型のコンプレッサーを供えており、高圧空気の噴射で清掃を行う事が可能。

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