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鋼鉄のヒメイ

ウェポンラック(BTMP-84)

BTMP-84-120の車体後部右上に搭載されたウェポンラック。機甲鎧パワードメイル用の予備の武器屋弾薬を積載する事ができ、味方との連携を想定した装備だが、重量が増える事により速度は落ち、また砲塔の旋回にも制限が生まれる欠点がある。


 ”敵性勢力”は既に、食糧保管庫を占拠しているようだった。


 大通りにはトラックの残骸が並び、彼らには荷が重すぎたのだろう、歩兵部隊は気を失った同志たちを引き摺って後方へと下がっている。あれだけの数で挑んでおいてこうもあっさりやられるとは。鎧袖一触、とはよく言ったものだ。


 何と情けない―――有人型戦闘人形を操りながら、逃げ帰っていく同志たちを見下ろしそう思う。


 先頭を進む隊長機から発光信号が発せられる。紅い光と独特の発光パターンで命令の内容を瞬時に理解し、アクセルを踏み込んで機体を加速させた。


 ―――『各機前進、攻撃を開始せよ』。


 武装の使用も許可されたところで、右手を右上にあるレバーに伸ばした。レバーを引くや側面に折り畳まれていたコントローラーが伸び、カバーが開いて発射スイッチが姿を現す。それと同時に機体の首の付け根、その右側にマウントされていた水冷式重機関銃が展開、アクティブになる。


 敵は例の大型トラクター。戦艦の主砲みたいな砲塔をゆっくりと旋回させ、こっちを狙おうとしている。


 その巨大な車体を盾にするように展開しているのは、報告にあった”機械の騎士”だろうか。傍から見れば確かに、最新技術を使って造り上げた騎士の甲冑のようにも見えるが、しかしそのサイズは人間が身に纏うにしては少々大きい。中に獣人のパイロットでも乗っているのか、それとも戦闘人形オートマタみたく自立制御の無人機なのか。


 まあいい、コイツのチェーンソーでその腹を掻っ捌いてやれば分かる事だ。


 アクセルを一際強く踏み込んだ次の瞬間、擱座したトラックを踏み台にして大きく跳躍していた隊長機が煙を噴き上げ、機体のいたるところに穿たれた風穴から火花を散らしながら落下してきた。


「……は?」


 隊長機は派手に石畳に背中を叩きつけ、そのまま動かなくなる。コクピットのある頭部は切り離され、やがてガラス球のようなコクピットの中から、血塗れになった隊長が姿を現した。右手で左手を押さえながら足を引き摺り、後方へと逃げていく。


 隊長は生きているようだが……待て待て、何だ、何が起きた?


 まだこっちは武装の有効射程にすら入っていない。まさかもう敵機の有効射程内だというのか?


 指揮を引き継ぐ、と発光信号を送った次の瞬間、今度は左隣を進んでいた味方機の胴体で無数の火花が踊った。ガガガガッ、と金属を殴打する音が乱舞したかと思いきや、ガギュギュ、と鉄板に穴が開くような甲高い音がして、被弾した味方機の頭部にあるコクピットから光が消える。


「馬鹿な」


 早くも2機やられたところで、俺以外の仲間たちにも焦りが見えた。


 まだ射程距離外だというのに、一方的な射程外からの(アウトレンジ)攻撃に対抗しようと、機体に備え付けられた機銃で応戦する味方たち。俺はコクピットの中で「無駄弾を撃つな!」と叫んだが、その声は仲間には届かない。


 次の瞬間、こっちに砲塔を向けていた大型トラクターの大砲が火を噴いた。拙い、と操縦桿を倒して機体を左へと回避させた直後、右隣を進んでいた味方の有人型戦闘人形の胴体を、凄まじい速度で迫ってきた砲弾が食い破った。


 上半身と下半身に寸断された有人型戦闘人形。コクピットがあるのは頭部なのでパイロットは生きているだろうが……。


 撃破された味方機からパイロットが脱出したのを確認して安堵するが、しかし相変わらず生きた心地はしない。


 なるほど、良く分かった。


 なぜ血盟旅団などという新興ギルドが、旗挙げから僅か1年でこれほどまでの功績を残す事が出来たのか。


 保有する兵器の性能が、現行の技術力よりも明らかに高いのだ。詳しい事は分からないが、少なくとも半世紀以上は先の技術水準で製造されたであろう兵器を使っている。


 そしてそれの使い手たる冒険者たちの練度も、ケタ違いだ。


 まるで歴戦の兵士が戦い方を教え、鍛え上げたかのような……。


 こんなのに勝てるわけがない。


 俺たちが今まで駄犬だと思っていた相手は―――数多の猛獣を食い殺してきた、とんでもない猛犬だったのだ。


 その事を理解した直後だった。


 ガガガッ、と立て続けに何かがぶち当たる音。ああ、被弾してるな、と思った次の瞬間には、機体のパワーパックを破壊されていた。動力が完全にダウンし機体が動かなくなる。


 コクピットの照明も完全に落ち、防弾ガラスの前には雨でうっすらと濡れた石畳があった。


 脱出レバーを引き、コクピットに貼り付けていた家族の写真を引き剥がしてから機外へと退避。すぐ近くで気を失っていた同志を引き摺って路地裏へと逃げ込んだ直後、油漏れを起こしていた俺の機体がそのまま炎上し、やがて爆発を起こした。


 あれだけの性能の兵器を保有しておきながら、連中は俺たちを1人も殺していない。


 その事に気付き、ゾッとする。


 相手を確実に殺すのと、殺さずに無力化するのでは後者の方がハードルが高い。どこを狙えば致命傷にならないか、どうすれば相手から戦闘力を奪えるか。それを瞬時に判断し、戦闘中という極限状況でも冷静にそれをやってのけるだけの技量があるという事だ。


 こっちに死人が出ていない時点で気付くべきだったのだ。


 相手は手加減している、と。


 それでこの一方的な戦闘なのだ、と。













 曳光弾を含んだ7.62×51mmNATO弾が、接近してくる敵機の胸板へと吸い込まれていった。


 マスケットの掃射には耐えられても、それ以上の威力で放たれる弾丸には耐えられないようだ。そりゃあ、あんな骸骨みたいに細いフレームに申し訳程度の装甲を施しただけなのだからそんなもんだろう。


 74式車載機関銃のカバーを開き、腰にある弾薬ラックから予備の弾薬箱を引っ張り出す。金具に引っ掛けてマウント、箱の中から銃弾の連なるベルトを引っ張り出して薬室へと差し込みコッキングレバーを引いた。


 以前まではこういうベルト式の給弾方式では、機甲鎧パワードメイルの移動する際の振動でベルトが捻れてしまい、給弾不良の原因となってしまう恐れが指摘されていて、一時期はマガジン式に改めたブローニングM2を使用していた。けれども度重なる試行錯誤の中で金属製のガイドを追加すれば問題なく運用できることが判明し、それ以降は金属製のガイドとピストルグリップ、それと引き金を追加した機甲鎧パワードメイル専用の武器をこうして運用している。


 グローブ型コントローラーをはめ込んだ両手を動かし、左手でフォアグリップを握る。機関銃を安定させてから引き金を引き、接近してくる有人型戦闘人形を狙った。


 やはりというか、無人型の戦闘人形オートマタと比較すると相手の反応速度は鈍い。パイロットの練度不足もあるのだろうが、無人機であればもっと判断も素早い。それがまるで教習所に通いたての仮免ドライバーみたいなよろよろ運転で真っ直ぐ突っ込んでくるのだから、こっちとしてはやりやすいのだ。


 しかも相手が突っ込んでくるのはガリヴポリ市街地の大通り。左右に回避しようにも建物が邪魔で、進路は限られる。


《カバーに入ります》


「頼む」


 ババババッ、とキラーエッグが再び降下。メインローターの回転音を高らかに響かせ、急降下する猛禽類さながらに高度を下げたキラーエッグのスタブウイングにマウントされた2門のミニガンが火を噴き、なおも進撃を試みる有人型戦闘人形の背中に無数の風穴を穿つ。


 回避も反撃もままならぬまま、大通りにはトラックの残骸に加えて大破した有人型戦闘人形の残骸も連なり始めた。


 擱座し動けなくなった敵機のうちの1機にズームアップ。頭にあるガラス球のハッチが開き、中から制服姿のパイロットが大慌てで逃げていくのが見えた。やはりあそこがコクピットらしい。制御ユニットが収まる頭部をオミットし、ユニット丸ごとコクピットに置き換えたってわけか。


 本当は頭に叩き込めば早いのだが、そうすればパイロットまで死んでしまう。


《残弾僅か。補給に戻りますわ》


「了解、気を付けて」


 機銃掃射を終えたキラーエッグが再び高度を上げ、銃声の轟く市街地を後にする。あっという間に遠ざかっていくキラーエッグだが、やはりその飛行は安定しておらずふらついていた。機体の操縦が難しいのか、それともクラリスの腕がちょっとアレなのか。でも攻撃は的確だったし、きっと機体の操縦が難しいのだろう。俺は操縦桿を握った事がないので分からないけれど。


 さて、一時的にとはいえこれで頭上ががら空きになる。


 地上からの火力で何とかしなければならない。ちょっと心細いな、と思いながらモニカと一緒に74式車載機関銃を連射、なおも前進を試みる敵に制圧射撃をかける。


「負けちゃえ、負けちゃえ☆」


《ねえミカ、最近メスガキ流行ってんの?》


「俺の新しいアイデンティティ」


《アイデンティティ》


 ごめんねフリスチェンコ博士。


『退避、退避ぃ!』


『無理だろあんなの! 勝てるわけねえよ!』


 頭部に搭載された収音マイクが敵兵の会話を拾った。今の機銃掃射で心を折られたようで、最後まで踏ん張っていた歩兵も銃を投げ捨てて踵を返すや、そのまま一目散に逃げだし始めた。


 逃げる敵は狙わない。戦う意志がないというのであれば好きなだけ逃げるといい。俺たちが牙を剥くのは戦う意志のある者だけだ。


 昆虫の群れみたいに大挙して押し寄せていた有人型の戦闘人形オートマタもすっかり数が減り、最後の1機もモニカの機銃掃射を受けて擱座、コクピットからパイロットが脱出した後に爆発、炎上した。


 とりあえずこれで第二波は撃退したか……?


《敵影無し……補給は今のうちに済ませておけ》


「了解」


 ふう、と息を吐いた。湿った額を拭い去るとじわりと汗をかいていたようで、手の甲には不快な湿った感触だけがあった。


 やはり、相手を殺さないように戦うのは本当に神経を使う。ちょっとでも狙いを外して致命傷を与えるわけにもいかないので、一発一発の射撃で、まるで大金を賭けたポーカーのような緊張感を感じている。


 呼吸を整えて水を飲み、食料パックに入っているサーロを一つ口へと運んだ。塩気と豚肉の油気が身体に染み渡っていくのを感じながら、それにしても呆気なかったな、と少し拍子抜けする。


 いくら共産党の兵士が士気も練度も低いとはいえ、こんなにも簡単に撃退できるものだろうか? というか、たったこれだけの軍事力でガリヴポリを実効支配なんてできるのか?


 俺たちが現代兵器とオーバーテクノロジーを使っているとはいえ、こうもワンサイドゲームになるとは考えられない。まだリュハンシクから本格的な武力支援を受けていないから、という理由ならば思いつくが……。


 ふと、敵が退いていく姿を海に重ねた。海の波は浜辺へと押し寄せ、そして引いていく。その後は決まって少し大きな波がやってくるものだ。


 波状攻撃もそうだろう―――そんな不吉な予感を思い浮かべていたからこそ、その”声”ははっきりと聞こえた。


 人間の耳にするような声ではない。


 頭の奥に、背骨に、全身の神経に奔る悪寒。こういう理由だから、というロジックはないが、しかし直感的に感じてしまう自身や仲間の危機。きっとこれが第六感というやつなのだろう。


 気が付いたら、俺はフットペダルを思い切り踏み込んでいた。両腕で保持していた74式車載機関銃を投げ捨て、隣にいるモニカの機甲鎧パワードメイル目掛けて全力で走るや、彼女の機体をあらん限りの力を込めて突き飛ばしていた。


《きゃあっ!?》


 ちょっと何よ―――モニカの抗議の声が無線越しに聴こえたが、しかしすぐに何かが飛来する風を切るような音と共に、金属がひしゃげ、潰れ、穿たれる鋼鉄の悲鳴がそれを遮った。


 機内に響く警報と電子音。猛烈な振動に揺さぶられ、コクピットの中がガソリン燃料の悪臭で満たされ始める。


 被弾した―――今の俺に分かるのは、それだけだった。













「すべて……すべて貴様のせいだ。ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ……!」


 長距離用のレンズの向こうには37mmライフル砲の砲撃を受け、左腕をもぎ取られて中破した機械の騎士の姿があった。マスケットの銃弾から身を守る事は出来ても、この騎士団から鹵獲した37mmライフル砲の前には手も足も出ないらしい。


 新兵器の威力に満足しながらも、しかし私の胸中には怒りだけがあった。


 この私のキャリアを台無しにした、リガロフ家の庶子(害獣)への怒り。あんな年端もいかないメスガキに、この私の党内でのキャリアを、出世の足掛かりを打ち崩されたのだ。全てアイツのせいだ。あの害獣がこの街に来てからだ。


 レバーを操作し、ライフル砲に次弾を装填。組み込まれた自動装填装置が回転し、2発目の徹甲弾がライフル砲の砲身へと装填されていく。


 私のために用意された有人型戦闘人形には、半ば強引に37mmライフル砲が搭載されている。移動砲台のような運用が基本となるが、しかし威力は折り紙付きだ。これで撃破できない目標など存在しない。


 その記念すべき最初の餌食となるのはお前だ、リガロフ家の害獣!


 苛立つのは奴だけではない。スターリンの野郎に対してもだ。


 この私を、あんな目で見下すあの男が気に入らない。ヒトをヒトとも思っていない、冷血動物のような目だ。あんな男の下で働く羽目になっている現状が、兎にも角にも許せない。


 どいつもこいつも私をコケにする……!


 



「―――貴様も! 党の連中も!! 私の邪魔をする者は、皆死ねばいい!!!!!」




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