食糧保管庫防衛戦
「随分と騒がしいな、同志ヴォロチェンコ?」
心臓を締め付けられる想い、とはまさにこの事か。
スターリンの声を耳にしただけで、ニコライの額には脂汗が浮かんでいた。ただでさえ失態を叱責され、辛うじて首の皮一枚で繋がっている状態であるというのに、これ以上失態に失態を重ねればどうなるか分かったものではない。良くて炭鉱送り、悪くて粛清……いずれにしても地獄を味わうのは火を見るよりも明らかだ。
ゆっくりと振り向くと、そこには鞄を手にウシャンカを被ったスターリンが、付き添いの兵士と共に立っていた。
「は……お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。すぐに反乱分子を鎮圧してご覧に入れます」
「是非そうしてくれたまえ。私は本部に戻る」
「はっ」
行くぞ、と付き添いの兵士と共に踵を返すスターリン。扉の閉まる音と共に、ニコライは胸をなでおろす。
スターリンと同じ部屋に居るのが、彼はどうしても苦手だった。一緒にいるだけで息が詰まりそうになる。彼の前で変なところを見せればどうなるか分かったものではなく、生きた心地が全くしない。
あの付き添いの兵士も大変だな、と思う一方で、ニコライは苛立ちも静かに滾らせていた。
(一体どこの馬鹿だ、こんな騒ぎを起こしたのは……!?)
無論、その苛立ちは―――いや、瞬く間に小火程度の火種から烈火へと成長した怒りの矛先は、この騒ぎを起こした張本人へと向けられていた。
よりにもよってスターリンという党の重役が視察にやってきたタイミングで、このような騒ぎが起こるとは何というタイミングの悪さであろうか。
「何事だ? 一体何が起きている」
部下に問いただすと、軍服を身に纏った共産党の兵士は敬礼しながら報告した。
「はっ! 何者かが食糧保管庫を襲撃したとの事です」
「何者か、だと? 他には」
「はっ、それが……見た事のない兵器で武装した冒険者ギルドだそうです。大砲を乗せたトラクターのような……それと、巨大な機械の騎士も確認されています」
立ち眩みがした。
大砲を乗せたトラクターはまだ分かる。以前に鉄板を貼り付け、ガトリング砲を据え付けた簡易武装車両が共産党の秘密工廠で製造されたという話をニコライも耳にしていた。結局はエンジンの馬力不足で、増加した分の重量を満足に動かせず不採用となったと聞いているが。
それはいい、自分たちの組織も同じことを考えていたからだ。
しかし―――巨大な機械の騎士、とは何の事か。
部下たちはSF小説の読み過ぎではないのか。そう思い部下を睨むと、部下は慌てて報告を続けた。
「そ、それと、敵勢力には”翼を広げる飛竜”のエンブレムがあったそうです」
「なに?」
翼を広げた飛竜のエンブレム。
思い出したくもない記憶が、頭の中で顔を上げた。
レンタルホームへとやってきた冒険者ギルドの列車。結局は物資や資金の”徴収”を行う事無く賄賂を受け取って事を済ませた相手―――その列車にも、確かにそのエンブレムはあった。
勇ましいそれは、今となってはニコライの憎悪を叩きつけるべき相手の象徴である。
「血盟旅団……やりやがったな、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ!」
「……は?」
「敵は血盟旅団、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ率いる冒険者ギルドだ!」
頭の中に、あの小柄な少女の姿が浮かんでくる。
前髪の一部だけが白く小柄で、尾の長いハクビシンの獣人。リガロフ家の庶子として生まれて”しまった”、卑しい害獣の子。
スターリンからの申し出を面と向かって断り、共産党を敵に回した冒険者ギルドの頭目が、仲間を連れて逆襲に戻ってきた……そうとしか思えない。
血盟旅団の活躍は、ニコライも知っていた。
アルミヤ半島の解放にガノンバルド討伐、そして極東から飛来したという未知のエンシェントドラゴン。マガツノヅチの討伐。ミカエル単独の戦果ではないのだろうが、しかしそれはつまりギルド全体の練度の高さを指し示している。
結成後、僅か1年でここまでの戦果を挙げ、一気にBランクにまで躍り出た新興ギルド―――それがよりにもよって、共産党に牙を剥いたのだ。
「投入可能な全戦力を投入しろ! 完全武装の兵士たちをかき集め、有人型戦闘人形も全て投入するんだ! 私の専用機も準備しろ!」
「は、はっ!」
踵を揃えて敬礼し、部下は大慌てで部屋を飛び出していく。
遠くから砲声や銃声が響く、殺風景なガリヴポリの街並みを窓から眺めながら、ニコライは憎たらしそうに呟いた。
害獣め、と。
第一波殲滅、という報告が上空のクラリスから聞こえてきて、俺は息を吐いた。
冒険者としてあるまじき事と言われても仕方のない事だが、魔物相手ではなく、獣人同士の戦いというのは心拍数が上がる。特に相手が殺意剥き出しで、武器をこちらに向けている時なんかは動悸を起こしそうな勢いだ。
やはり、平和な日本で生まれ育ち、戦争とは無縁の生活を送っていればそうなのだろう。命の危険に対する免疫があまりにも無さすぎる。こっちの世界に転生して18年、少しは殺し合いの空気に慣れてきたのではないか、なんて期待を抱いていたけれど、多少マシになっただけで本質はこれだ。何も変わっちゃあいない。
《各員、弾薬の補給は今のうちに!》
パヴェルの指示を聞くまでもなく、アクセルを踏み込んで機甲鎧を前進させた。食糧保管庫の正門を塞ぐ形で居座っているBTMP-84-120の車体後部に積み込まれたコンテナへと手を伸ばし、中に収まっている弾薬箱を予備の弾薬ラックへと収めておく。モニカにも予備の弾薬箱を手渡したところで、機体の両腕を動かすのに必要なグローブ型のコントローラーから手を放した。
他の機甲鎧は服のように身に纏って動かす、正統派のパワードスーツといった感じの兵器だ。けれども俺の場合、ミニマムサイズのミカエル君では体格が合わず動かせないので、初号機のみパヴェルの手によって特殊な操縦システムを組み込まれている。
前進や後進はMT車みたくシフトレバーで切り替えし、足元にはアクセル、ブレーキ、クラッチのフットペダルが仲良く並んでいる。機体を旋回させるためのハンドルも目の前にあり、さながらMT車の運転席みたいな感じとなっている。
腕を動かす際はグローブ型のコントローラーを握って動かせばいい。そうすれば機甲鎧の両腕は、コクピット内で動かす俺の腕の動きをトレースする形で動いてくれる。
こんな操縦機構を組み込んでいるせいで初号機のみ他の機甲鎧よりもやや大型となっていて、動きは機械的だ。一応は座席からパイロットの電気信号を拾う事で細かい動きを補正しているらしいが、それでも人間的と言うよりはまさしくロボットのような、柔軟性のない動きとなっている。
コクピット内に持ち込んだ水筒を手に取り、水分を補給。ついでに缶詰を開けてサーロ(豚の白身の塩漬けだ。イライナの伝統的な保存食である)を口へと運び、塩分も補給。呼吸を整えて第二ラウンドに備える。
「憲兵隊の動きは?」
《作戦開始前には既にエルソン市を通過していたそうですわ》
という事は到着まであと少なくとも1時間から2時間……それまでの間、ここで共産党の軍勢を食い止めなければならない、という事か。
何ともまあ苛酷なもんだ。これで無報酬(一応これでガリヴポリ市民に貸しができるから食料やら物資を分けてもらえるだろうという算段ではある)というのだから、まあなかなかブラックである。サービス残業なんて御免被りたいところだが、しかし敵はヒトの嫌がる事を積極的に狙ってくるもので、もう一切れサーロを食べておこうか、と食料パックに手を伸ばしたところで通信が入った。
《12時方向、車列が接近中》
クラリスの報告を聞き、慌てて手に付着した油を舐め取ってからグローブ型のコントローラーへと手を伸ばす。手を握ったり開いたりして異常がないか確かめ、武器をスタンバイ。
96式自動擲弾銃を用意していると、BTMP-84-120の砲塔が火を噴いた。主砲ではない、同軸に搭載された7.62mm機関銃(74式車載機関銃に換装されている)による機銃掃射だ。
身を乗り出すと、標的は正面の大通りから向かってくる車列の先頭のトラックのようだった。運転席の下から大きく突き出たボンネットやグリル目掛けて、7.62×51mmNATO弾を射かけているのだ。
満足な防弾装備もなく、ただ単に民間から徴用したトラックだったのだろう。フルサイズライフル弾の弾雨は容赦なくグリルを穿ち、ボンネットを風穴だらけにしていった。瞬く間に穴だらけになったエンジンブロックから、ガギュゥン、と高速回転する機械に何かが噛み込んだような音を発したトラックは、濛々と白煙を吹き上げながら徐々に減速。回避しようと横に飛び出した後続のトラックを巻き込んで玉突き事故を引き起こしながら横転。荷台から転がり落ちていく兵士たちを置き去りにして、横転したトラックは火花を散らしながらやっと止まった。
《クラリス、やれ!》
《了解ですわ!》
バババババ、とヘリのメインローターの音が近付いてくる。
猛禽類が地上を進む哀れな獲物に狙いを定めたかのように、天を舞い地上を監視するばかりだったキラーエッグがここにきて動いた。急速に高度を下げるや、スタブウイングにぶら下げたロケットポッドから一斉にロケット弾を発射し始める。
玉突き事故を起こして立ち往生するトラックと、そこから離れようとする共産党の兵士たちに向かって降り注いだのは、弾頭を電撃榴弾に換装された”ハイドラ70ロケット弾”だった。本来であれば地上を瞬く間に蹂躙し全てを焼き払う代物だが、非殺傷用の電撃榴弾に弾頭を換装されたそれは、標的の頭上で立て続けに炸裂して放電、加害範囲内にいた敵兵たちを次々に感電させ、その意識を奪っていった。
焦げ臭さの立ち込める空気の中、迷彩塗装のキラーエッグが頭上を通過。大混乱に陥った大通りの上を悠然と通り抜け、大きく旋回して再び俺たちの頭上に戻ってくる。
『ば、化け物だぁぁぁぁぁぁ!』
『あ、こら! 逃げるな貴様ら!』
『敵前逃亡は銃殺刑だぞ!』
『あんな化け物に勝てるかよ! 俺は降りるぞ!』
機甲鎧の外部マイクが敵兵たちの会話を拾う。
案の定、といったところか。共産党の兵士たちの士気はやはり低いようだ。もしこれが祖国防衛とか、故郷を侵略者から守るために戦う兵士であったならばその士気は段違いだっただろう。士気が低ければ些細な事で挫かれてしまうが、士気が高ければどんな逆境にも打ち勝つ戦士となる。
残念ながら、共産党の兵士たちはそうじゃなかったらしい。まあ、その方がこっちはありがたいのだが。
逃げる兵士に銃を向ける指揮官に狙いを定め、96式自動擲弾銃の引き金を引いた。ポンッ、と間の抜けた砲声と共に1発の40mmグレネード弾が放たれるや、今まさに逃亡する兵士の背中を撃とうと古めかしいフリントロック式ピストルを構えていた指揮官の頭上で、40mm電撃榴弾が起爆する。
バヂンッ、と蒼い閃光が弾け、飢えた蛇の群れの如く蒼い電撃が彼の身体に絡みついた。身体中の筋肉を硬直させ、痺れさせたその一撃によって、指揮官は見事に意識を刈り取られ崩れ落ちていく。
「交戦を継続する敵に的を絞って撃て!」
《了解!》
モニカからの返答を聞きながら、まだ交戦の意思がある敵にだけ攻撃を加えていった。
『くそ、この化け物め!』
悪態をつきながら敵兵がマスケットで攻撃してくる。
大半は悲惨な命中精度であらぬ方向へと逸れていく。それはそうだろう、マスケットの銃身にライフリングはなく、銃身の内側と弾丸が密着していないので弾道がとにかく安定しない。
しかしそれでも、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとはよく言ったもので、ごく稀に機甲鎧の装甲を直撃しては甲高い跳弾の音を響かせるライフルマンもいた。
機甲鎧はあくまでも”デカい歩兵”という位置付けであって、”歩く戦車”ではない。装甲は7.62mm弾から完全防護される程度、胴体など一番被弾率が高いところでも12.7mm弾の中距離射撃を辛うじて防ぐ程度の防御力しかないのだ。
とはいえ相手は黒色火薬を使ったマスケット、貫通される道理もない。
少し前に出て96式自動擲弾銃を連続発射。大通りの向こう側に蒼い閃光が生じ、悲鳴を上げながら兵士たちが次々に気絶していく。
こりゃ第二波も撃退成功だな、と思ったその時だった。
無邪気な子供が積み上げた積み木よろしく、大通りを塞き止めるように山を成していたトラックが唐突に火花を吹き上げた。血飛沫のように噴き上がったそれは瞬く間に冷却されて消え失せ、両断されたトラックの向こう側からは異形の機影が姿を現す。
「……なんだありゃあ」
《戦闘人形……?》
昆虫じみたフォルムの機械が、姿を現した。
全体的にすらりとしていて、脚は細く先端部が尖っている。転生前、親戚から貰った毛蟹を家族みんなで食べたが、あの時見た毛蟹の脚みたいだ。あんなので踏みつけられたら風穴を開けられちまいそうだと思ったが、それよりも更に恐ろしい得物がその両腕に取り付けられている。
通常、戦闘人形の両腕には近接戦闘用のブレードが搭載されている。騎士を防具諸共両断してしまう恐ろしい装備だが、しかし俺たちの前に姿を現した戦闘人形の腕にはブレードではなく―――殺意剥き出しリョナ感満載のチェーンソーが片腕に2基ずつ、並んだ状態で搭載されているのである。
それだけではない。
アリクイみたいな頭部はガラス球のようなパーツに換装されており、よく見るとその中にパイロットが乗り込んで操縦しているのが見える。
有人型の戦闘人形。
以前に相手にした盗賊連中が似たようなものを運用していたが、なにゆえ無人運用が前提の兵器を仕様変更して有人機にしてしまうのか。本当にマジで理解に苦しむ。
《有人機……?》
「無人運用を前提とした兵器を無理に有人機に改造してるんだ。性能も落ちてるさ」
《その通りだ、強気に攻めるぞ!》
逃げ帰り、あるいは感電して戦闘不能になった兵士たちに代わって前に出てくる有人型の戦闘人形たち。
BTMP-84-120の後部にあるコンテナに96式自動擲弾銃を返却、腰回りの弾薬箱も全て外し、代わりに手持ち式に改造した74式車載機関銃をウェポンラックから引っ張り出す。
予備の弾薬箱も腰のラックに装着し、74式車載機関銃のコッキングレバーを引いた。
かかってきやがれ、クソ野郎。
第二ラウンド開始だ。




