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共産主義者の追撃


「……逃げられただと?」


「は、はっ……申し訳ありません、同志スターリン」


 怒髪天を衝く、とはまさにこの事だろう。


 共産党の面目を潰され、しかも顔に泥を塗るような真似をした卑しい害獣(ハクビシン)の獣人には無傷で逃げおおせられ、差し向けた追手は全て返り討ち。もしこの事が党本部へ知られようものならばガリヴポリのノヴォシア共産党支部の信用は、文字通り地に落ちる。


 スターリンは怒り狂った手を握り締めるや、それをデスクの上に叩きつけた。衝撃でデスクが軋み、飾られていたマトリョーシカ人形がぐらぐらと揺れる。


「同志ヴォロチェンコ……何としても血盟旅団を血祭りに上げろ」


「は……はっ。既に追手の装甲列車を差し向けております」


「よろしい」


 軍帽をかぶり、呼吸を整えながら立ち上がったスターリンは、執務室の壁にある地図に視線を向けた。


 イライナ東部に焦点を当てた精密な地図には路線図も描かれている。ガリヴポリから西に向かえば港町アレーサが、北東にはイライナにおける共産党の最大の拠点”リュハンシク”が、そして東部にはノヴォシア地方の都市、”マズコフ・ラ・ドヌー”がある。


 ニコライの報告では、血盟旅団はアレーサ方面からやってきたという。であれば、行き先はこのままノヴォシア地方入りするか、リュハンシク方面に向かうかの二択となる。


「同志スターリン、リュハンシクにも連絡し装甲列車の手配をしてもらうべきでは? そうすれば血盟旅団の頭を押さえられます」


「同志、君は自らの失敗を喧伝するつもりかね?」


 鋭い眼光を向けられ、ニコライは口をつぐんだ。


 今ここでリュハンシクに連絡すればどうなるか。


 団員僅か10名足らずの新興ギルドすら止められない無能、という烙印を押される事は免れないであろう。それも共産党の高官たるスターリンが視察に訪れている期間に、である。


 リュハンシクへの連絡を止めたのはスターリンなりの優しさなのだろうか、とニコライは考えたが、実際は違う。スターリンはそのような、部下を思いやるような男ではない。


 彼もまた、自分の視察中に起きた不祥事で生じる余波を受けたくなかった、というのが本音だ。地獄へ落ちるなら1人で落ちろ、というのがスターリンの本音である。


「で、では……」


「君の差し向けた装甲列車が、きちんと仕事を果たしてくれる事を祈るしかあるまい」


 腕を組み、地図を睨むスターリン。


 ニコライも同じように地図を見つめながら、久しく神に祈った。


 ああ神様、と。













「俺の見立てでは、リュハンシク方面からの列車は来ないだろうな」


 地図に描かれた、リュハンシク方面からの列車の線路を義手で指し示しながらパヴェルは言った。


「何故そう言い切れるのです?」


 問いかけたのはクラリスだった。


 確かに、今ここでリュハンシクにいるであろう共産党の仲間に連絡し、リュハンシク方面から増援部隊を派遣してもらう事が出来れば、ガリヴポリ方面からの追手と合わせて挟み撃ちにできるだろう。戦略的には大正解、と言うべきである。


 どんな間抜けでもそうするだろうが、しかしパヴェルはそれはありえない、と言う。


 それがクラリスには理解できないのだろう。


「―――共産党ってのはそういう連中なのさ。失敗で自分の権威が失墜するのを嫌がるあまり、横の連携が取れてない」


 そう言うと、クラリスは納得したような顔でこっちを見た。


 リュハンシクに増援部隊を要請する、というのは確かに間違った策ではない。むしろ追っている相手を挟撃する事が出来るのだから、大正解と言える。


 しかし、そうすればリュハンシクにいる共産党の仲間に自分たちのヘマが知れ渡る事になる。


 相手が百戦錬磨の冒険者ギルドであるというのであれば、まだ相手が悪かったという話で済むであろう。しかし、あいにく俺たち血盟旅団は結成から1年程度の新興ギルド。それも構成員は10名足らずという極めて小規模なギルドである。


 そんな新興ギルド1つを抑え込む事すらできない守備隊、というレッテルを張られればどうなるか―――今後の共産党内部での権力闘争に、間違いなくマイナスに作用する事は疑いようもない。下手をすれば粛清、あるいは炭鉱送りにされるのがオチである。


 それを知られたくない、揉み消したいという思惑が、何となくだが滲んでいるように見える。


「とはいえ、ノーガードでいるのも危険だ。イルゼ、リーファ。警戒車で2kmほど進出して、待避所でリュハンシク方面を見張って欲しい」


「分かりました」


「了解ネ」


「念のため30分毎に定時連絡を。それと5時間経過したら戻ってきてくれ」


「了解です。参りましょうリーファさん」


 そう言い、シスター・イルゼはステンMk-Ⅱを背負いながらリーファと一緒に機関車の方へと歩いていった。


 警戒車はオプロートのパワーパックと同じものを動力源としており、機関車とは独立した動力で稼働する事から、分離しての単独行動が可能なのだ。パヴェルの改修によりヤタハーンの砲塔を移植された警戒車は、機甲鎧パワードメイル1機の搭載能力もあり、重歩兵戦闘車のような立ち回りができるのである。


 また、列車に何かあった時の緊急脱出用車両としても運用できる。もちろん、そんな事態に陥って欲しくはないのだが。


 さて……前方の守りを2人に任せたところで、俺たちは後方の守りを固めなければ。


 やるか、とパヴェルの方を見て頷くと、彼はどこから取り出したのか、赤いベレー帽をかぶりながら告げた。


「クラリス、ミカと一緒にキラーエッグで上空から見晴れ。何かあったら逐次連絡を」


「了解ですわ」


「俺とモニカは第四格納庫へ。BTMP-84-120で後ろからやってくるストーカーをぶっ飛ばす用意をする」


「某は?」


「範三は……待機!!」


「えぇ!?」


「いや、だってお前戦車とかヘリとか動かせるか?」


「うぐ、それは……」


「それに列車を手薄にするのも問題だ。お前には最後の砦になってもらう」


「うむ……致し方ないか」


 ちょっと寂しそうにする範三だったが、まあ……妥当な人選だとは思う。


 範三は剣術に特化しすぎるあまり、兵器の操縦は苦手としているのだ。戦車の操縦や砲撃のノウハウが全くと言っていいほど無く、代わりに刀剣を用いた白兵戦で真価を発揮する。血盟旅団の団員の中で得意不得意が一番はっきりしている奴なのである。


 心得た、と武器庫に向かう範三の後ろ姿を見つめていると、クラリスがぽん、と肩に手を置いた。


「さあご主人様」


「……ぴゃい」


 何だろう、とてつもない圧を感じるのは俺だけか。


 格納庫へと向かうパヴェルが俺に向かって十字を切る。おいやめろ、そんな事するなお前。


 第三格納庫へと向かい、勝手知ったるかつての愛機へ意気揚々と乗り込むクラリス。俺はというと、また三半規管死ぬんだろうなぁ、と遠い目で乗り込んだ。彼女の隣にある副操縦士の座席には吐きそうになった時のための袋が備え付けてある。


 マニュアル片手に計器類をチェックしていく俺の隣で、クラリスはパチパチと素早くスイッチを操作していく。やはり航空免許を取ったというのは本当なのだろう。操縦の方は別として……。


 準備を終えたクラリスが親指を立てると、制御室にいたルカが合図を返しレバーを引いた。格納庫の中に警報が鳴り響き、赤い警報灯が点灯を開始。それと同時に格納庫の天井が上へと開いていくや、するすると縦にスライドして収容されていった。


 ゴウン、と床がせり上がり始める。格納庫の床はエレベーターを兼ねており、ヘリの発進の際はエレベーターが天井まで持ち上がってから発進、あるいは着陸を行うのである。


 エレベーターが停止したのを確認してから、クラリスと一緒に一旦ヘリから降りた。折り畳まれているメインローターを展開してから再びコクピットへと戻り、シートベルトを締めてからクラリスに向かって頷く。


「キラーエッグ、出撃します」


 無線機に向かってそう告げるや、クラリスはキラーエッグを天空へと舞い上がらせた。


 ふわり、とウッドランド迷彩に塗装された卵のような形状のヘリが宙を舞う。


 機体から突き出たスタブウイングにはミニガンとロケットポッドが装備されている。クラリス曰く「テンプル騎士団で最もポピュラーで人気のあった装備」だそうだ。これ以外にも12.7mmガトリング機銃や25mmチェーンガンなどの武装も搭載可能で、汎用性には優れている。


 クラリスの操縦があまりよろしくないのか、それともこいつが操縦の難しい機体なのかは定かではないが、離陸して10秒足らずで右へ左へとぐわんぐわん揺れ始めた。早くも三半規管が滅亡の危機に瀕し、二頭身ミカエル君ズが我慢できなくなってモザイク必須な状態になってる。


 下を見下ろすと、待避所に入った俺たちの列車の最後尾にある第四格納庫のハッチが開き、現代の戦車にしてはあまりにも大き過ぎる化け物のような何かが出撃しているところだった。


 BTMP-84―――ウクライナで開発された、試作重歩兵戦闘車(※戦車ではありません)。それの車体を延長しヤタハーンの120mm滑腔砲を砲塔ごと移植した、”BTMP-84-120”とも言うべき怪物だ。


 ”コサック”というコールサインを与えられたそれが、モニカとパヴェルを乗せ、線路をゆっくりと進み始める。


 列車は待避所に入っているので、後ろからやってきた別の列車に追突される心配はない。共産党の装甲列車が来た場合はその限りではないが。


「ご主人様」


「来たか」


 コクピットを覆う防弾ガラスの向こう。真っ赤に染まった森の向こうから、黒煙を発しながら接近してくる列車の姿が見える。


 ここからでは蒸気機関車の吐き出す黒煙しか見えないが……どうやらクラリスには、その全貌がはっきりと見えているのだろう。ヘッドセットから伸びるマイクに向かって「キラーエッグよりコサック、敵装甲列車を確認」と素早く報告する。


 やはり、追手を差し向けてきたか。


 さて……わからせてやりますかね。













「わからせよーい」


 なんとも間の抜けた号令だが、今はとりあえずめんどくさいのでそれでいい。


 キラーエッグから敵接近の報告を受けるや、素早く自動装填装置を操作する。砲弾の種類の中から対戦車ミサイル”レフレークスM”を選択すると、砲塔後部にぬらりひょんの頭の如く増設された弾薬庫の中から、ウクライナが120mm砲仕様に改造したレフレークスMが砲身へと装填されていった。


 本来であればミサイルの中に炸薬と殺意がたっぷり入っており、敵戦車にとっては一撃必殺と言ってもいい破壊力を秘めているのだが、今装填したレフレークスには炸薬の代わりにコンクリートが詰め込んである。しかもただのコンクリートではない、石灰石の採掘から粉砕、加熱に至るまで全てをこのパヴェルさんが担当した安心安定のクオリティである。


 炸薬が搭載されていない関係で、ミサイルではあるが単なる質量弾と化したレフレークスM。しかし後方から迫ってくる機関車を潰すには、そして周辺への危害を最小限に抑えつつ相手を殺さないよう無力化するにはうってつけである。


 照準器の向こうには真っ直ぐに伸びた線路が見える。2kmほど離れた先で右へとカーブしていたそれの向こうから、黒煙を濛々と吐き出しながら迫ってくる装甲列車の機関車が見える。前方には火砲車と警戒車が連結されているようだが、搭載されているのはせいぜい37mm砲や水冷式機関銃程度。クソほどの脅威にもなりゃあしない。


『2kmも離れてるけど当てられる?』


「一撃でキメてやる、賭けてもいい」


『じゃあ外したらいちごパフェね』


「OK、当たろうが外れようが作ってやるさ」


 息を吐いた。


 思い出すねぇ、このヒリつく空気。現役の頃はいつもこうだった。敵の砲撃が降り注ぐ中でラジオを聞いたり、ウォッカを飲んだりしたっけ。


 そういう逆境の中に楽しみを見出している時点で、自分はつくづく平和な世界に向いてない人種なのだと意識させられる。俺が生きていくには戦場が必要で、そこでしか生きられない。火薬と血肉と鉄の臭い、そこかしこに鉄屑と死体が散乱した戦場こそが俺の”魂の場所”なのだ、と。


 ここだ、というタイミングで発射スイッチを踏み込んだ。


 バオン、と対戦車ミサイルが放たれる。高速で放たれたそれはロケットモーターに点火してさらに加速するや、先頭に連結された警戒車と火砲車の頭上を飛び越え、ミサイルの弾頭が煙室扉をノックした頃にやっと、火砲車から身を乗り出していた砲手がこちらの攻撃に気付いたようだった。


 しかし今更気付いたところで何になるというのか。煙室扉をぶち破ったコンクリート弾頭のレフレークスMは煙突をへし折り、それでもなお有り余る運動エネルギーを過熱管へと叩きつけた。噴射する蒸気すら遥か後方に置き去りにして、石炭を燃焼させる火室にまで達したミサイルはそこでやっと停止するが、しかし心臓部を徹底的に破壊された機関車に走行能力が残されている筈もない。


 照準器のレティクルの向こうで停車した装甲列車。被弾した破孔から濛々と黒煙を吹き上げるそれに、ここぞとばかりにキラーエッグが急降下で襲い掛かる。


『お見事』


「どうだ見たか」


 俺もまだ捨てたもんじゃあないね。


 一発ありゃあ十分なのさ。














 一撃で機関車を破壊され、共産党の装甲列車が足を止めたタイミングをクラリスは見逃さなかった。


 操縦桿を倒して機体を傾け急降下するや、未だ総員退避命令が出ていないと思われる装甲列車(とはいっても逃げ出している乗員は見受けられる)に向かってミニガンの掃射をかけ始めた。


 この世界では空から襲ってくる敵と言えば飛竜程度。しかしその飛竜ですらない、”空飛ぶ未知の兵器”が襲ってきたものだから、機銃の銃座についていた兵士たちはかなり驚いているようだった。


 慌てて水冷式の機関銃を旋回させるが、それよりも先に放たれたミニガンが着弾の火花を散らせる。機関銃の銃身を覆う冷却水タンクが破壊され射撃不能になるや、機銃の射手たちは大慌てで銃座を放棄、装甲列車から飛び降りてガリヴポリの方へと走って逃げ始める。


 中には果敢に射撃してくる銃座もあったが、急旋回と急上昇、急降下を繰り返すクラリスのキラーエッグを捉えられず、一発も命中弾どころか至近弾を出す事すら許されない。


 そうやっている間にミニガンでの逆襲を受け、射手たちは高精度の射撃に怯えて逃げ出すばかりだった。


 ミニガンの短間隔での掃射を繰り返され、やがて敵の装甲列車が無人と化したのはそれから15分後の事だった。




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