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襲来、世紀末トラック

豆知識

二頭身ミカエル君ズは少なくとも5匹いる。


「びぇくち!!」


「ほい、ティッシュ」


「ずびー」


 ハンドルを握りながら盛大なくしゃみをかましたモニカにティッシュを渡し、スマホの画面をタップ。ミカからは十数分前に「面倒な事になった」という短いメールが送られてきたが、それ以降は何も連絡がない。


 アイツ大丈夫かな、とちょっと心配になったが、ミカの奴が死んだわけじゃないというのは分かる。


 俺たち転生者は……というか、少なくとも俺やミカ、それとこの前エンカウントしたセロやしゃもじといった転生者は武器や軍事兵器を自由に召喚し使う事が出来る能力を持つが、それには『転生者が死亡した場合、その転生者が召喚した兵器は消失する』というルールがあるのだ。


 だから仮にミカが死んだ場合、列車にあるアイツの兵器は召喚が解除され消滅する。俺が死んだ場合もまた然りだ。


 そうならないため―――あるいはそうなってしまった事を早期に察知するため、ルカの坊主に武器庫を見張らせている。今のところルカから武器が消失した、という報告が上がっていない事を鑑みると、少なくともミカはまだ生きているという事だ。


 とはいっても、奴の言う『面倒な事』が何を意味するのか、何となくだが察しが付く。


 ガリヴポリを初めて訪問した際に絡んできた共産主義者共ボリシェヴィキ……奴らに目を付けられた可能性が高いのだ。


 俺みたいな30代突入が秒読みに入ったピチピチの28歳既婚者で妻と別居中のナイスガイと比較すると、ミカは話題性に事欠かない。ガノンバルド討伐にマガツノヅチ討伐、アルミヤ半島解放……もちろんこれらはアイツ1人の戦果ではなく仲間たちの助力あってこその戦果、つまりはみんなの手柄だが、その噂話はギルド団長のミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフの名と共に語られていく。


 特に、上位ランク勢は大して変動せず、新興ギルドが彗星の如く現れては流れ星の如く消えていく冒険者業界において、ここまでの破竹の勢いで戦果を次々に打ち立て、中堅層へ食い込もうとしているギルドは近年例を見ない。


 長い間変化のなかった冒険者業界の中を、破竹の勢いで、それこそ鯉が黄河を泳いで登り龍になるかのような勢いで突き進んでいく新興ギルドがいる、という話は、既に業界内部だけでなく外部でも出回っている。


 いずれも尾びれが大なり小なりついて回っているが、そういった情報をノヴォシア共産党の連中が把握していてもおかしくはない。


 今やミカはちょっとした有名人だ。それを共産党の”広告塔”として取り込む事ができれば、イライナ地方内部での共産党の”布教”は勢いを増すだろう。もし俺が共産党の党員であればそうする。


 そしてミカの事だから、きっとそれを断る筈だ。アイツはああ見えて気が強い。自分が納得できないような理不尽には毅然とした態度で立ち向かう、そういう男……あれ、女だっけ? まあいい、そういう奴である(ごめんミカ)。


 「面倒な事」とはまさにそういう事である筈だ。


「こりゃあ一戦交える事になるかもなぁ」


 葉巻を取り出しながら言うと、モニカがこっちを見た。


「一戦交えるって、何と?」


「共産党の連中さ。アイツら多分ミカに目を付けてるぞ」


「え、何それ……ってパヴェル、煙草なら(銃座)で吸ってくれる?」


「あー、わりーわりー」


 さすがに乙女の隣で葉巻に火をつけるのはデリカシーが無さすぎたか。これはこれは、申し訳ない。


 平謝りしながら後部座席に移動し、そこから足をかけて天井にある銃座に移動した。


 モニカが運転しているのはピックアップトラック―――ではなく、よりデカい乗り物だ。ロシア製トラックの『ウラル-4320』。軍用から民間用に至るまで、さまざまな派生型が存在する乗り物である。


 マガツノヅチの一件でも、アハトアハトの牽引に使ったのは記憶に新しい。


 今後はこれを軽車両格納庫に収納し、日用品や食料の買い出しから補給物資の運搬に至るまで、幅広い用途で使っていく予定である。


 既に改造済みで、車体を延長してキャビンを拡張、3人乗りの後部座席を設けてある。場合によってはここを仮眠スペースとして転用可能なので、長期間の作戦行動もそれなりには対応可能だ。


 そして後部座席の天井をぶち抜き、ターレットリングと防盾、それからみんな大好きブローニングM2重機関銃を連装で搭載してある。車体も簡易的ではあるが装甲化しているので、砲弾の破片程度には耐える事が出来る筈だ。


 あとは敵勢力の車両に体当たりしたり、道中の魔物を轢き殺す事も想定し、ミートハンマーみたいなスパイク付きの大型グリルガードを装備している。頭の上に機関銃を乗せ、クソデカグリルガードで武装した爆走トラックとかいう世紀末カスタマイズは随分と目立つようで、さっきなんか路上でパトロールをしていたと思われる共産党の兵士に二度見された。


 銃座で葉巻に火をつけ、早く早くと急かしてくる肺にニコチンを味わわせてやる。やっぱりだが、酒と煙草は人生を豊かにする良き隣人だと常々思う。今日や明日が命日になるかも分からん、兵士や冒険者という刹那的な人種であれば特にそうだろう。


「んぉ」


 遠くの大通りを、見慣れたオリーブドラブのケッテンクラートが走っていくのをパヴェルさんは見逃さなかった。運転しているのは胸も身長タッパもクソデカなメイドことクラリス。そして後部座席に座り、80年代のアクション映画みたくハードボーラーを構えている姿が俺の義眼にははっきりと見えたのだ。


 そしてそんな2人を追うのは、黒塗りのセダンたちだ。1、2、3……4、5台もミカの後を追っている。


 アイツらいったい何したんじゃ、と思いながらトラックの屋根をバンバン叩いた。


「ちょっと何よもー!」


「ミカだ、ミカ達が追われてる!」


「え、ミカ!?」


「次の信号を左折だ、2ブロック先で右折すれば追い付くぞ!」


「りょーかい!」


 ぐいん、とハンドルを切るモニカ。何でウチのギルドはこういう危険運転をするやつばっかりなんだろうか。危険運転筆頭はクラリスだが、モニカもなかなかのものである。


 ジャッキン、とブローニングのコッキングレバーを引き、初弾を装填。装填されているのは徹甲弾、狙うべきはエンジンブロックかタイヤ。運転手をぶち殺すのが手っ取り早いし昔の俺ならそうしているが、それはミカが許さないだろう。


 さあて……何となく予想通りの展開だが、ひと暴れしますかね。


 やっぱりミカ―――お前と居ると退屈しねえわ。













 さて、連中はどう出るか。


 ちょっと鎌をかけてみるか、とクラリスに視線で訴えるや、クラリスはアクセルを思い切り捻ってケッテンクラートを急加速させた。


 法定速度と交通機関関係者に中指を立てる勢いで急加速するケッテンクラート。大通りにはガソリン不足で車が殆ど走っておらず、いたとしても痩せ細った馬が引く荷馬車ばかりという有様だったから、対向車にぶつかったりとかそういう心配をしなくていいのが幸いだった。


 案の定、後続車両もそれに合わせて速度を上げてきた。こっちに追い付こうとするというか、あからさまに追突を狙っているような急加速だ。


 しかも、そればかりではない。


 後続車両が共産党の追手だと断ずるに足る証拠が、そこにあった。


 車内の左側にある運転席でハンドルを握る運転手と、助手席から身を乗り出し、銃身を切り詰めた水平二連型のマスケットで射撃しようとする男―――どちらも顔に見覚えがある。さっきスターリンの元を訪れた際、施設内を警備していた警備兵だ。


 服装こそ私服で共産党の部外者を装っているが……何もかもを人民の平等の名の下に”徴収”され、誰も彼もが痩せ細ったこの街にそんな体格の良い人がいるってんだ?


 ミカエル君の記憶力を舐めるな。体格には恵まれなかったが、頭の出来は違うのだ……たぶん。


 兎にも角にも、これで敵である事は分かった。


 右手に持ったハードボーラー(黒塗装カッコいいなコレ)に左手を添え、ゴーストリングサイトを覗き込み引き金を引いた。9×19mmパラベラム弾の慣れ親しんだ反動リコイルと共に、スライドが後退し薬莢が躍り出る。


 タイヤを狙った一撃はフロントバンパーに弾かれ、石畳で舗装された車道の表面を穿つのみだった。先制攻撃を許してしまった共産党の追手も反撃を始めるが、お互い揺れる車上からの射撃だ。命中精度も何もあったものではない。


 ただ幸いなのは、周囲に通行人がいないから巻き込む心配が無い事だ。これなら思い切り暴れられる。


 続けてもう一発。バズン、と何か分厚いものに穴が開くような音がしたかと思いきや、空気が抜けひょろひょろになったタイヤをホイールに巻き込む音を奏でながら、先頭のセダンがよろよろと進路を変更。そのまま歩道に乗り上げるや、街灯を薙ぎ倒し電信柱に突っ込んで、ボンネットを大きく損傷させて停車してしまう。


 まず1両。


 早くも仲間が脱落した事に驚いたのか、残る4台のセダン(いや多いわアホか???)が及び腰になる。


 さーて、どこまで追ってくるか。


 とはいえこちらもこのまま列車に戻るわけにはいかない。冬を乗り切るための物資は何一つとして手に入っていないので「何の成果も得られませんでした!!」状態だし、それ以上に共産党の追手を列車まで連れ込むわけにもいかない。


 でも駅に列車がある事はもうバレてるんだよな……だったら最速で駅まで行くのが得策か、とクラリスに目配せする。こくり、と頷いたクラリスを見て俺はちょっと感激した。彼女との付き合いは長いが、ついに視線だけで簡単な意思の疎通ができるようになったのか、と。


 漫画とかで強キャラがやってるアレだよアレ。ミカエル君もついにその領域に至ったのかとアニオタが勝手に喜んでいる間にも、小癪なセダン共は距離を詰めてきた。意を決して数で押し潰そうというのだろう。


 距離を詰めてくるならばこっちのもんだ。


 来るなら来い、とハードボーラーを構えた次の瞬間だった。


 十字路の右側(保守的な方角)からやってきたトラックが、見間違えじゃあなきゃいかにも世紀末な感じの、スパイク付きのグリルガードを装着した状態で飛び出してくるや、ミカエル君たちを追っていたセダンの横腹に激突したまま爆走。十字路を右から左へと直進し、共産党のセダン1台を拉致していったのである。


「「……ゑ???」」


 変な声が出た。


 キキーッ、というブレーキ音と、ぐしゃあっ、と車体が潰れる音。はるか後方からそんな物騒な効果音が聞こえ、何だったんだ今のは、と脳内の二頭身ミカエル君ズが愕然とする。


 しかし唐突な奇襲はそれだけでは終わらない。


 今度は大通りの脇にあったプロパガンダ用の看板(レーニンと思われる人物が人民を導く姿が描かれている)が勢いよく吹き飛んだかと思いきや、さっきの世紀末なグリルガードを装着し、あろうことかルーフに連装型のブローニングM2重機関銃を乗せたトラックが突如として出現。石畳の上でどんくせぇドリフトをキメると、ドッグファイト中の戦闘機よろしくセダンたちの後ろに張り付き、最後尾の車両を撥ね飛ばしてしまう。


 下から上へとすくい上げられたセダンが激しく回転しながら俺たちの頭上を通過。何の恨みがあるのかは分からんが、またしてもレーニンと思われる人物が描かれたプロパガンダ看板へと勢いよく突っ込んだ。


 慌てて脇へと退避するセダンを追い抜いて姿を現したのは、ロシアのウラル-4320。運転席でハンドルを握っているのはすっげえ楽しそうな笑みを浮かべ、既に冒険者を1人撥ね飛ばした実績(※161部『リビコフ貯蔵庫』参照)を持つミス・トリガーハッピーことモニカ氏だった。


「助けに来たわよ!!!!!!」


 今の声は300dB。お前の声帯はどーなってんだマジで。


 だが、この救援はありがたい。


 助かったよ、と親指を立てると、ルーフに設置された連装機銃についていたパヴェルが2連装のブローニングM2をぐるりと急旋回。まだ背後から追って来ようとするセダンへと容赦のない射撃を加えた。


 短間隔の射撃で的確にエンジンブロックを射抜き、セダンの片割れを走行不能に追い込むパヴェル。残る1両はなおも追ってくるが、しかしすぐにグリルに2つの風穴をプレゼントされ、加速できなくなりながらはるか後方へと置き去りにされていった。


 援護してくれたパヴェルにも手を振り、共に進路を変更して駅へ。


 さて……共産党と真っ向からやり合う事になってしまったのは大変遺憾ではあるが……いずれにせよ、この街にはもう居られないな。


 しかし物資も必要だ。より共産党の影響力が強いリュハンシクでの補給も絶望的であろう。


 ならば、ここで手を打っておく必要がありそうだ。


 共産党の支配を打ち破り、住民たちも安心して冬を越せ、尚且つ俺たちも食料を手に入れられるような、そんな計画を考えなければならない。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん…やっぱり傍目から見たら、クソデカメイドとミニマム幼女を追いかけ回すチンピラなのよ。 世が世なら社会的にキッツい制裁をもらうところですが、考えてみればそのほうがまだ良かったのかも… ト…
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