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冬になる前に


 窓から差し込む光と列車がレールを踏み締める音。


 この旅を始めてから何度も目にし、そして耳にしてきたものだ。


 もう朝か……起床時間が近付いている事を悟って起き上がろうとするけれど、しかしミカエル君のミニマムボディはがっちりとホールドされていて、どれだけ力を入れても動かない。


 金縛りというやつか、と思ったが、どうやら違うようだ。


「……」


「でゅふふ……でゅふ」


 原因はもちろん、同じベッドで寝ているメイドのクラリス。


 結局、珍しく二段目のベッドを使ったのはヴァシリーを失い悲しみに暮れていたあの一夜だけで、それ以降はいつも通り、二段ベッドの一段目で2人で寝るようになった。そりゃあベッドがミカエル君にとって一人で使うには大き過ぎるサイズだったのでまあ悪くは無いんだが、しかしそこに身長183㎝のでっかいメイドさんが潜り込んでくれば、否が応でも密着せざるを得ないわけで……。


 だからミカエル君のすぐ目の前には、クラリスの寝顔があった。


 なんか幸せそうな顔で、口の端からはよだれを垂らし、そのGカップのOPPAIを押し付けながら眠るクラリス。しかもコイツ本当に眠っているのかと疑いたくなるほどの腕力でがっちりとホールドしているので、逃げたくても逃げられない。


 いや、しかしいつからコイツこんな欲望剥き出しになったんだろう……?


 最初の頃はというと、無表情でクールで何でもできるメイドさんかなー、って思ってたしいつかデレてくれたらうれしいな、なんて考えてたんだけど、まあね、その正体は戦闘特化で欲望剥き出し、軽度のケモナーとショタorロリ好きを併発したとんでもなくやべー奴だったというね……。


 いやまあ、彼女には何度も助けられているんだけども。


 ぱち、とクラリスの目が開いた。どうやら目を覚ましたようで、爬虫類を思わせる形状の、紅い瞳がミカエル君を直視している。


「……おはよ」


「おはようございますご主人様」


 よだれを拭い去り、やっと放してくれる……かと思いきや腕にさらに力を込め、ぎゅっとミカエル君を抱き寄せるクラリス。


 人間とはまた違う竜人(クラリスは”キメラ”と呼んでいたが……)だからなのだろう、常人よりも彼女の体温は高い。本人の申告では38℃が平熱なのだそうだ。あれだけの身体能力を維持するためにそうなるのだろうけど、おかげで寒くなってくると彼女の体温の高さが本当にありがたくなる。


 部屋にも備え付けの小さな薪ストーブがあるけれど、こうして抱きしめてもらえると風邪をひく心配もない。


 目覚ましが鳴るまであと10分くらい。


 その間、俺も彼女の背中に小さな手を回して、その温もりを堪能する事にした。













 凄まじい速度でホームの光景が後方へと去っていく。


 今通過したのはエルソン市。アルミヤ半島の付け根、例の”生まれ変わりの泉”の付近に位置するイライナ地方の都市の一つだ。ここには大きな冒険者管理局があるらしい。


 本来ならば立ち寄って仕事をしていくところではあるが、冬が近づいている以上、降雪が本格化する前にノヴォシア地方に突入したいところである。


 降雪が始まり、積雪がヤバくなってくると、鉄道管理会社から運航禁止の通達が出る。これが出てしまったらもう列車での移動は全面禁止だ。来春の雪解けまで待たなければ、列車での移動は出来なくなる。


 実に6ヵ月も足止めを喰らう事になる上、その間を自分たちの蓄えでなんとかやりくりしなければならなくなるので、本当にこの国の冬は苛酷である。祖先たちは何を思ってこんな場所に定住しようと思ったのか、叶う事ならば問い詰めてみたいものだ。


 客車の屋根に上がり、煙突から出る煙のすすで黒く汚れた機銃と防盾を雑巾で綺麗に拭き取っていく。あっという間に真っ黒になった雑巾をお湯の入ったバケツに突っ込んで洗浄、ついでに暖も取りながらそれを何度か繰り返して、とりあえず1号車から3号車までの機銃の清掃を完了する。


 エルソンを通過したという事は、ガリヴポリに到着するのは明後日くらいか。


 凄まじい速度でエルソン駅を通過した列車のスピードから逆算し予測を立てながら、とりあえずバケツを抱えて車内へと引っ込む。雑巾を洗って干し、バケツのお湯も捨ててから食堂車の1階にある倉庫にバケツを返却。とりあえず仕事は終わったので、射撃訓練場に寄ってから部屋に戻るとするか。


 射撃訓練場の防音扉の向こうからは既に銃声が聞こえてくる。ああ、誰かいるな、と思いながらドアを開けると、射撃訓練場にある4つ並んだレーンには既に範三とシスター・イルゼ、クラリスの3人がいて、それぞれ射撃訓練に精を出しているところだった。


 迷彩模様のイヤーマフを装着してから、パヴェルに作ってもらった特注のナイロン製ホルスターからハードボーラーを引き抜く。


 左上にある安全装置セーフティを解除、グリップをしっかりと握り込む。M1911系統の銃にはグリップ後部の付け根に”グリップセーフティ”と呼ばれる装置が存在する。これはグリップをしっかりと握る事によって動作する装置で、これが動作していなければ発砲できない。


 引き金を引いた。


 範三の九九式小銃にシスター・イルゼのステンMk-Ⅱ、クラリスのQBZ-97の銃声に、新たにハードボーラーの銃声が加わった。


 スライドが大きく後退、ハードボーラーのバリエーションの中には本来存在しない9mmパラベラム弾の空薬莢が勢いよく飛び出し、弾丸がレーンの奥の的を直撃。さすがにど真ん中とはいかなかったけれど、まあ納得できる範囲内だった。


 あとは俺の腕次第か。


 とりあえずマガジンが空になるまで撃ち、マガジンを交換。スライドストップを解除し、後退したままだったスライドを前進させた。


 このミカエル君仕様のハードボーラーにはかなり手が加えられている。


 使用弾薬の.45ACP弾から9mmパラベラム弾への変更、照準器にゴーストリングサイトを採用、シルバーだった外見を艶のない黒に塗装など、そんなもんだろうか。


 弾数は9+1発。現代の拳銃と比較すると弾数が少なく心許ないように思えるが、そこは命中精度でカバーする事としている。


 ダブルカラム化も考えたけど、そうするとやっぱりグリップが太くなってしまい、ミニマムサイズのミカエル君の手では握りにくくなってしまうので見送った。


 今まではストック付きのピストルカービンを使っていたけれど、そろそろ普通の拳銃にも慣れなければ。


 その入門用にM1911系列の銃を選んだのは、やっぱり正解だったらしい。


 とにかく手持ちのマガジンを全部使い果たすまで、俺は射撃を続けた。













「ええと? ヴォジャノーイの缶詰は450個であってる?」


「あってる」


「じゃあラスト、イワシの油漬けの缶詰は260個」


「待って……OKOK」


 鉛筆で記録をつけながら息を吐いた。


 倉庫の中にはアレーサで仕入れた”商品”がずらりと並んでいる。目的地はノヴォシア地方最西端の都市『マズコフ・ラ・ドヌー』。アルミヤ半島の反対側、”マルゾフ海”に面する都市で、ここも海産物に恵まれている。


 イワシの缶詰はともかく、では何でヴォジャノーイの缶詰をこんなに大量に仕入れたのかというと、理由は至って単純明快。ノヴォシア地方は寒冷であり過ぎ、ヴォジャノーイの個体数はイライナのそれと比べると圧倒的に少ないのである。


 イライナに生息しているヴォジャノーイの方が比較的肥えている事もあって、肉の味はイライナ産の方がはるかに上。その味を求めて遥か北方へと肉を取り寄せたり、中には巨額の旅費を支払ってまでイライナを訪れる貴族もいるというのだから驚きである。


 さて、問題です。そんな珍味としての需要があり、イライナ、特にアレーサ近辺では安価に手に入るヴォジャノーイの缶詰をノヴォシア地方に持って行ったらどれだけの値段に跳ね上がるでしょうか?


 まあ、そういう事である。ノヴォシア地方に入った時点で値段は跳ね上がるし、それが北方に行けば行くほど高値で売り捌ける。それで得られる巨額の利益を見込んで、パヴェルはアレーサ産の海産物の缶詰と一緒に、大量のヴォジャノーイの缶詰を仕入れたというわけだ。


 他にもヴォジャノーイの塩漬けにジャーキー、燻製まである。保存食が大半だったけれど、それも仕方のない事だ。列車には大型の冷凍庫なんて備え付けてないし、生鮮食品は文字通り鮮度が命なのだから、こういう品ばかりになるのも仕方がないというものだ。


 ちなみにヴォジャノーイの可食部は主に足で、他はあまり食べる事はない。中には目玉とかキモを食べるツワモノもいるらしいが、あまり食べる気にはならない……特に夏場はキモに大量の寄生虫がいるらしいから、腹を壊したくないなら手を出すべきではない。


 とりあえず今はガリヴポリで補給してリュハンシクを目指すのが先決だ。そしてマズコフ・ラ・ドヌーで冬を越すのが理想だが……。


 商品のチェックを終え、ルカと一緒に倉庫を後にした。


 格納庫へと向かうために火砲車を通過する。既に火砲車の前後に1基ずつ搭載されている砲塔は、125mm砲搭載のオプロート砲塔から、西側規格の120mmを搭載したヤタハーン砲塔への換装が済んでおり、弾薬庫や自動装填装置といったメカニズムは砲塔内部にまとめられている。


 戦闘時は砲手1名のみが砲塔に乗り込み、艦橋を兼ねる1号車1階のブリーフィングルームからの指示で砲撃を行う事になる。まあ、そうならない事が一番ではあるのだが。


 そして格納庫だけど、ヘリ格納庫も追加された事で、第一格納庫が軽車両、第二格納庫に機甲鎧パワードメイル、第三格納庫をヘリ格納庫とし、戦車の格納庫は第四格納庫となった。


 格納庫を次々通り過ぎ、第三格納庫へ。


 静かな格納庫内にはリトルバードとキラーエッグが仲良く並んでおり、どちらもウッドランド迷彩で塗装されている。2機同時に出撃させても良いし、片方を整備、もう片方を作戦投入といった感じでローテーションさせてもいい。更に嬉しい事に、パーツの換装だけでリトルバードをキラーエッグに仕様変更できる。もちろんその逆も可能なので、かなーり柔軟な運用ができる。


 まあ、さすがに軽ヘリなので本格的な攻撃ヘリと比較すると見劣りする部分はあるが……列車でも運用できるお手軽さとこの柔軟な運用を可能にする汎用性の高さには嬉し涙が止まらなくなる想いだ。


 そして第四格納庫。支援用に改造されたIT-1と一緒に、魔改造を受けたBTMP-84がそこには収納されている。


 車体は延長され全長11mに、そして延長された車体の上には120mm砲を搭載したヤタハーン砲塔がある。砲塔後部から突き出た弾薬庫のせいなのだろう、今までのお椀型の砲塔に追加装甲をペタペタと張り付けたような、東側戦車とはまた違った雰囲気がある。


 試しに車体後部の左側にあるハッチを開けてみた。砲塔の弾薬庫に干渉することなくすんなりと開いたハッチの向こうには、車体の延長に伴ってスペースが拡張され、よりゆったりとした兵員室がある。


 本来のBTMP-84であれば5名の完全武装の兵士が乗り込めるそれは、乗り込む人員を2名までに削減(5人も乗せられる人員が血盟旅団にはそもそもいないので妥当である)され、その分のキャパシティを居住性に割り振った、ちょっとした客室みたいな兵員室に生まれ変わっていた。


 冷蔵庫があるし、武器を収めておくロッカーもある。救急キットに食糧庫、紅茶沸かし器にラジオ、漫画雑誌、毛布と簡易ベッドまで完備されている。いいな俺ここで寝泊まりしたい、とちょっと真面目に考えてしまうような、男の子だったら憧れるような空間がそこにはある。


 まあ、長期の作戦行動となった際に羽を休めるスペースという扱いなのだろう。場合によっては車両の操縦要員とローテーションで休めるし、人員の疲労も考慮すればなかなかに合理的ではある。


 改造に伴って再塗装された『BTMP-84-120』。血盟旅団で一般的なウッドランド迷彩に、砲身にはイライナ語で『Козак(コサック)』と白いペンキで書かれている。コイツのコールサインだ。


「はぇー、パヴェルの奴仕事速いなぁ」


「凄いよねぇ、たったの3日で仕上げたんだよこれ全部」


 アイツがいつか過労死しないか心配だ……つっても、彼にとってはこういう機械いじりが趣味の一つなのだろう。


 ちなみに、火砲車とBTMP-84-120の改造に伴い、警戒車も同様にヤタハーン砲塔に換装されている。こっちも後でチェックしておこう。


 さて……そろそろガリヴポリが見えてくる頃だが……。


 そう思っていると、ちょうど車内に搭載されたスピーカーからカリンカをアレンジしたチャイムが聴こえてきた。


《間もなくガリヴポリ、ガリヴポリです。キリウ行きはお乗り換えです。ガリヴポリの次はリュハンシクへ停車いたします》


「だって」


 ガリヴポリで日用品の補充を終えたら、すぐにリュハンシク行きだ。


 冬になる前にノヴォシア地方に入るため―――これからの旅は、少々駆け足になる。




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