テイクオフ!!
「あの短時間で殲滅するなんて……」
信号弾の代わりに焚いた発煙筒を目印にやってきた管理局の職員は、グルジョフ燃料基地の防油堤の中に積み上げられたゴブリンの死骸の山を見ながらそう呟いた。
傍らでは同行した二名の職員が、展開した三脚の上にでっかいストロボのついたカメラをセットしているところだった。想定外のゴブリン殲滅の証拠を撮影するためだ。そうしないと、管理局本部から報奨金はもらえない。
強烈なフラッシュにちょっとびっくりしながら待っていると、撮影を終えた職員の1人がこっちに駆け寄ってきた。
「確認しました。記録は本部に送ります。報奨金は明日の12時頃にアレーサ支部へ送金されますので、こちらのカードを持ってお受け取りをお願いします」
「わかりました」
本人確認用なのだろう、渡されたのは双頭の竜が描かれた黒いカードだった。ノヴォシア帝国の国旗にも描かれている国家の象徴的なアレである。
受け取ったそれを財布の中に仕舞うと、職員は俺の後ろに停車しているⅠ号戦車をまじまじと見つめた。
この世界における地上戦は、砲兵の支援を受けた歩兵たちがライフルを撃ち合い、銃剣突撃で雌雄を決するパターンが殆どだ。あるいは苛烈な戦列歩兵の射撃で敵の陣形を崩し、騎兵隊が最後の攻撃を敢行し敵に止めを刺すパターンもあるが、それは騎兵用の馬をしっかりと飼育し数をそろえられるような、資金に余裕のある大国の特権と言っていい。
何が言いたいかというと、この世界の戦場はまだヒトが主役であって、こういった機械の兵器は未だ姿を現していないケースが殆どなのだ。最近ではフリスチェンコ博士が遺跡から発掘し、解析・量産に成功した戦闘人形も数を増やしつつあるが、それもまだごく一部に過ぎない。
「これ……トラクターですか?」
「まあ……トラクターですね。なんか機銃ついてますが」
「機銃」
間違いではないだろう。第一次世界大戦で敗北し、多くの兵器の製造を禁じられたドイツはこの戦車を”トラクター”等の名称で秘匿し、海外の試験場を借りてテストを繰り返していたのだから。
Ⅰ号戦車はトラクター、いいね? なんか機銃ついてるけど。
「全部持ってくわよリーファ! 資材は多い方が良いわ! 余ったら売れるわよ!」
「これも空飛ぶ為ヨ!」
んで、一緒についてきた”弾幕の変態”と”爆発の変態”はというと、でっかいパイプレンチを担いで燃料タンクの配管を強引に外したり、その辺に転がっているスクラップをなりふり構わず拾い集めたりして、次から次へとⅠ号戦車の後ろに連結した空のカーゴへと放り込んでいる。
ダンジョン内に残る旧人類の痕跡を全て消し去らんばかりの勢いだが、2人のやる気が凄すぎて、もう既にカーゴは半分が埋まっている。回収した資材も燃料のバルブや配管、破損した燃料タンクの外殻など使い道に富んだものばかりで、底の方にはまだ使えそうなボルトやらナットがちらついている。
さて、クラリスさんはというと……。
「大漁ですわ!!」
なーんかさっきからメキメキミシミシ、まるで圧壊寸前の潜水艦みたいな音が聞こえてくるなー、何でだろうなー、と思いながら現実から目を背けていたミカエル君だけど、ここで勇気を出して現実を直視してみようと思う。
クラリスは何をしていたかというと、燃料貯蔵庫にあったと思われる太い配管を素手で叩き折り、引き千切り、使われなくなったタンクを素手で破壊して外壁を引き剥がしては、それを抱えて戦車のところに戻ってくるのである。
なんかこう、1人だけ違う。
やってる仕事が明らかに重機のそれなのだ。
優雅に水筒の中に入れてきたアイスティー(砂糖マシマシ)を飲んでいるミカエル君の前では、管理局から派遣されてきた職員ズがあんぐりと口を開け、目を丸くしながら、明らかに重機が必要なレベルのスクラップを抱えて戻ってきてはカーゴに放り込み、また燃料貯蔵庫の方へと戻っていくクラリスを見つめている。
「え、ええと……な、なかなか個性的な仲間ですね」
「ウチのメイドです」
「ウチのメイド」
身長183㎝、体重85㎏、メガネでGカップなメイドさんです。
「……と、とりあえず我々はこれで。この度はゴブリン掃討、お疲れ様でした」
脱力したような感じで敬礼をしてから、3人の職員は踵を返した、撮影に使った機材を抱えてセダンのトラックに収容し、3人は管理局のエンブレムが描かれたセダンで走り去っていった。
手を振って見送り、こっちも仕事に戻る。
カーゴの中をチェックしたらもう既に満杯になりつつあった。これ以上スクラップを積み込んだら上部のハッチが閉まらなくなるのでやめてと言いたいところだが、しかし一度火のついた3人は止まらない。許容量なんぞ知った事かと言わんばかりにスクラップをカーゴへと押し込むものだから、今度はカーゴの方が悲鳴を上げている。
ガゴ、ゴゴッ、と嫌な音を立てながらカーゴの表面が歪んでいるように見えるのは気のせいか。いや、気のせいではあるまい。
「ストップ、ストップ! これ以上はヤバい、カーゴ壊れる!」
「まだまだいけますわぁ!!」
ドゴン、と燃料タンクの緊急閉鎖弁をカーゴにぶち込むクラリス。これ、帰り大丈夫? 運搬中に壊れたりしない?
というか、Ⅰ号戦車のエンジンが壊れないか心配なんだが……まあ、何とかなるか。
などと諦めつつ、ゴブリンの死体の処理に向かう。
油がタンクから流出した際に外へと広がらないよう、タンクの周囲を取り囲むように用意されたコンクリート製の防油堤。その中に、原形を留めぬほど破壊されたゴブリンたちの死体が敷き詰められている。
さっきの戦闘で仕留めたゴブリンたちの残骸だ。
いつの間にかスクラップ回収から離脱していたリーファが、その死体の山へと油をぶちまけていた。燃料タンクの中に微かに残っていた燃料なのだろう。透明で、しかしガソリンのような悪臭がする。
「ダンチョさん」
「ああ」
火をつけろ、燃え残った全てに。
リーファが離れたのを確認してから、ポーチの中から火炎瓶を取り出す。タンプルソーダの空き瓶を流用して作成されたそれの中には、オレンジ色に着色されたガソリンが充填されている。口のところに詰め込まれた布切れに火をつけ、火炎瓶を死体で一杯の防油堤の中へと放り込んだ。
ごう、と一気に炎が燃え広がる。瞬く間に赤く染まった視界の中、地獄のような熱風の中で、原形を留めぬほど破壊されたゴブリンたちが急激に焼け焦げていった。
時折、炎の中でゴブリンの死体が動いた。腕を振り上げたり、背中を曲げたりと、さながらまだ生きていたのか、あるいは生き返ったかのような動きを見せる時がある。自分たちを皆殺しに、あまつさえ焼き尽くそうとする人類に対する怨嗟で蘇ったのかと最初の頃は思ったが、そうではない。
身体を焼かれ、筋肉が収縮する事でああやって動き、さながら生き返ったように見えるのだ。
残酷だが、二次被害を防ぐためにも必要な処置である。
死体の処理を怠ると、血の臭いに刺激された他の魔物がやってきたり、そうでなくとも疫病蔓延の原因になる。最悪なケースは死体がゾンビとして蘇る事だ……死んだ魔物の怨念が死体に宿り、ゾンビと化して蘇る事が本当にあるのだという。
実際、魔物の死体処理を怠った結果、ゾンビ化した魔物が近隣の村を襲い住民もゾンビ化、その一帯は”汚染地域”として封鎖され、徹底的な殲滅が行われたという事例もある。
だから魔物だろうとヒトだろうと獣人だろうと、死体の処理は火葬が鉄則なのだ。
防油堤内に残っていた小型タンクの中にも少し燃料が残っていたのだろう、それにも炎は燃え移り、勢いはさらに強くなっていった。
周囲に立ち込める肉の焼ける臭いの中、俺は炎が消えるまで、それを見つめていた。
クラリスがギッチギチにスクラップを詰め込んだせいで今にも壊れそうなカーゴを、悲鳴を上げるⅠ号戦車で牽引してアレーサに戻ったのは2時間後の事だった。
「どうよ?」
「「「「「「おお~!!」」」」」」
資材を持ち帰ってから2日後。
パヴェルから「ヘリ用の格納庫が完成した」という連絡を受け、まだレンタルホームの片隅に置かれていたヘリ用格納車両へと足を踏み入れた俺たちは、まだ塗料の臭いが色濃く残る格納庫の中で感嘆の声を上げていた。
全長30m、全幅4m、全高7mの車両の中に設けられた格納庫。その中に佇んでいたのは、2機の”空飛ぶ秘密兵器”だった。
傍から見ると、迷彩模様のオタマジャクシのようにも見える。片方にはスタブウイングと武装が、もう片方にはスタブウイングの代わりに人員輸送用のベンチが外付けされており、頭の上のメインローターは折り畳まれていた。
機体正面はガラス張りのコクピットになっていて、パイロット用の座席が2つ並んでいるのがここからでも見える。
格納庫に並んでいた2機のヘリ。その正体はアメリカで製造された軽汎用ヘリコプター『MH-6 リトルバード』、そしてその武装仕様『AH-6 キラーエッグ』だった。
どちらも血盟旅団では標準となる、オリーブドラブ、モスグリーン、ブラウンの3色を用いたウッドランド迷彩に塗装されている。
「懐かしい……これでミニガンぶっ放すの気持ち良かったですわ」
「今なんて?」
「これでミニガンぶっ放すの気持ち良かったですわ」
航空免許取って何やってんだお前。
え、ミニガンって……え?
何? テンプル騎士団時代に乗ってたのってまさかキラーエッグだったのか? キラーエッグでミニガンぶっ放してヒャッハーしてたのかクラリス。そうなのかクラリス。
えー、紳士淑女の皆様。テンプル騎士団時代のクラリスの愛機がAH-6 キラーエッグであったことを、彼女の主人としてここにご報告させていただきます。
「お、操縦経験あるのかクラリス」
「ええ、テンプル騎士団時代に航空免許を取ったのですが、当時乗っていたのもこの子でしたわ」
「よーし、ならパイロットは決まりだな。じゃあリトルバードは俺が操縦しよう。早速だがギルドの宣伝も兼ねてテスト飛行と洒落込もうか」
「「「「「「おー!!」」」」」」
ついに飛ぶのか、異世界でヘリが。
感激していると、パヴェルは格納庫の隅にある制御室に入った。中でスイッチをパチパチ弄り、レバーを倒すパヴェル。すると警報と共に床が振動し、警報灯が赤く照らす格納庫の中、床が振動したかと思いきや、俺たちと2機のヘリを乗せたままゆっくりと上にせり上がり始めた。
どうやらこの格納庫の床はエレベーターを兼ねているらしい。
天井が左右へと展開し、そのまま下へとスライドして収納されていく。がごん、と停止した床の上でメインローターが折り畳まれたヘリたちを眺めていると、タラップを上がってパヴェルがやってきた。
そのままヘリに向かうや、「クラリス、ちょっと手伝ってくれ」と言ってクラリスを呼ぶパヴェル。何をするのかと思いきや、手動でメインローターを展開し始めた。ああ、あれって手動なのか……なーんて思いながら待っているうちに、2機のヘリの頭上に展開された状態のメインローターが姿を現し、これで飛行可能な状態となった。
「え、何アレ。頭の上に風車ついてるんだけど」
「あんなので飛べるんでしょうか……?」
本当に飛ぶのか、と疑いの目で見るモニカとシスター・イルゼ。2人は一体どんなのを想像してたんだろうか。
「さあ乗れ。リトルバードは俺、キラーエッグはクラリスが操縦だ」
そう言いながらリトルバードのコクピットに乗り込むパヴェル。それを聞いてなのだろう、クラリスの操縦がどれだけ荒いかをよく知っている仲間たちは我先にと安定のパヴェルの方へと集まってしまい、ミカエル君は見事に取り残される事となった。
さ、さーて俺もリトルバードに乗りますかね、と歩き出そうとするが、ミカエル君の肩にがっしりと大きな手が降りてきて、何だろう……すごく圧を感じる。
「さあご主人様、共に遊覧飛行と洒落込みましょう」
「は……はいぃ……」
ごめんなさいお母さん。
俺、たぶん今日死にます。
涙目になりながらキラーエッグに乗り込むと、クラリスは手慣れた手つきでエンジンをスタートさせた。テンプル騎士団時代に航空免許を取ったというのは本当らしい。運転の方は別として。
ババババババ、とメインローターの回転する爆音が響き、駅のホームにいた乗客たちがなんだなんだとこっちに視線を向ける。パヴェルの奴、そんな乗客たちに手を振ってみせると、『お先ぃ!』と言いながらリトルバードを上昇させた。
オタマジャクシみたいなヘリがふわりと浮かび、ホームでそれを眺めていた聴衆から歓声が上がる。
この世界で初めて空を飛んだ人間は、どうやらパヴェルになったようだ。
「こちらも行きますわよ!」
「お、お願いだから安全運転でおn」
「 テ イ ク オ フ ! ! ! ! ! 」
「にょぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ふわりと、それはそれはもう妖精が舞うような、あるいは小鳥の如く軽やかに、そして静かに離陸したリトルバードの後を、初手からフルスロットルで追うキラーエッグ。そのあまりにも強引な、お前マジで航空免許取ってんのか免許返して来なさいと言いたくなるような離陸に、駅のホームで見守っていた聴衆も『おぉ……ぉおおおお!? お、おう……』となっている。
なんだろ、三途の川が見えた。川の向こうでコピペ遺伝子の提供元ことアンドリーおぢいちゃんが『オーイ孫~♪』的なノリで手を振ってるのが見える。
おぢいちゃん、手ぇ降ってないで助けておぢいちゃん。孫が死にかけてるのよ孫が。
そしてそんなミカエル君の鼓膜に、生まれて初めて空を飛ぶモニカの叫びが追い討ちをかける。
『んおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? 飛んでりゅ! あたし飛んでりゅぅぅぅぅぅぅ!?』
女の子が出していい声じゃないと思うの。
『え、本当に飛んで……!』
『我得驚愕、之真飛翔……?(嘘でしょ、これ本当に飛んでる……?)』
『おぉぉぉぉ!? あ、あれーさの町がもうあんなに小さく見える!!』
普通に驚愕するシスター・イルゼに驚きの余りつい母語になるリーファ。そして思いのほか普通のリアクションだった範三の声も聞こえてくるが、生まれて初めて空を飛ぶ異世界人ズのリアクションにニヤニヤしている余裕なんてミカエル君には無かった。
ものすごく安定した姿勢で飛ぶリトルバードの後ろを、クラリスが操縦するキラーエッグが猛追するわけだが、飛行が安定している模範的な飛行を見せるパヴェルに対し、クラリスの操縦するヘリはというととにかく揺れている。そんな飛行に影響が出るような気流なんて無い筈なのに、なぜ?
下手をすれば外に弾き出されそうなほどの揺れに、ミカエル君の三半規管は死んだ。
ミ カ エ ル の 火




