グルジョフ燃料基地
ダンジョンにもランクがある。
危険度に応じてEランク、Dランク、Cランク……といった感じにランク付けがされており、それらはダンジョン内の状況、例えば環境が最悪だったり、旧人類の遺したセキュリティシステムが1世紀を経て未だに稼働していたり、危険な魔物の巣と化していたりといった危険度を総合的に判断し、管理局がランクを決定、冒険者の立ち入りを制限している。
そして、原則としてそういったダンジョンには自分の冒険者ランクと同じダンジョンまでしか立ち入れない。例えば俺たちの場合、飛び級でBランクに達したわけだけど、この場合はBランクまでのダンジョンにしか立ち入る事が出来ず、Aランクダンジョンへの立ち入りは許可されない、というわけだ。
こういったランクダンジョンの入り口には管理局の職員が、安全圏に検問所を設けて24時間体制で常駐、ダンジョンへの立ち入りの監視と冒険者ランクの確認を行っている。
入場条件を満たしていない場合は大概そこで追い返されるが、ごく稀に強引にダンジョン内へと突入してしまう血の気の多い馬鹿がいるわけだが、そういう背伸びをする大馬鹿野郎には命で代償を支払うか、あるいは連れ戻されて懲役30年以上、あるいは3000万ライブル以上の罰金、またはその両方が科せられる。
管理局もランク付けしているダンジョンは本腰を入れて警戒しているのだ。
しかしその一方で、ランク付けの対象外となっているダンジョンも存在する。
脅威となっていた魔物の排除やセキュリティシステムの停止、あるいはその他危険と判断されていた要因が何らかの形で取り除かれ、危険ではないと判断されたダンジョンは”フリーダンジョン”に格下げされる。
フリーダンジョンはランク付けされておらず、ランクに関係なく立ち入る事が可能だ。もちろん冒険者見習いがいる場合は、実務経験3年以上のベテラン冒険者が同伴しなければならないが。
え、何で3年でベテランかって?
そりゃあ、冒険者は危険な仕事だからだ。薬草採取とかそういう危険度の低い仕事をメインでやってる人はその限りじゃあないけど、魔物討伐などを専門としている冒険者の平均寿命は概ね1.2~1.5年とされている。3年も第一線で戦っていれば、ソイツはもう立派なベテランを名乗っていい、という事だ。
話が脱線したが、まあつまりフリーダンジョンはどのランクの冒険者でも自由に立ち入って探索するなり廃品を持ち帰るなりしていいよ、という、ゆる~い感じのダンジョンなのだ。
制限もないので管理局の職員の監視もなく、更には危険も取り除かれているのでピクニック気分で訪れても問題ない……本当に何もなければ、の話だけど。
そんな認識だったもんだから、Ⅰ号戦車の前方―――段々と見えてきたフリーダンジョン『グルジョフ燃料基地』の前に、紺色を基調とした制服に身を包んだ管理局の職員が、使い古したマスケット(騎士団から払い下げられたものだろう。一世代前の旧式だ)を背負い、ダンジョンへと接近するⅠ号戦車の前に立ちはだかるなり、大きく手を振って制止を試みてきた。
「クラリス、停車」
『了解ですわ』
急ブレーキ……ではなく、運転が荒い事に定評のあるクラリス氏にしては珍しく優しい、ゆっくりとした戦車の停車。おかげでタンクデサントしているモニカとリーファの2人を遥か彼方まで吹き飛ばす事はなかったが、出来ればそれを毎回、というより毎秒やって欲しいものである。ホント、これから一生のお願いを使ってもいいからマジで。
銃塔のハッチを開けて身を乗り出すと、管理局の職員が手を振りつつもⅠ号戦車という未知の兵器に目を丸くしつつ、こっちに向かって駆け寄ってきた。
「どうも」
「いやーどうも、すごいのに乗ってますねぇ、あはは……」
「何かあったんですか?」
愛想笑いを返しつつ用件を尋ねると、職員の人も真面目な顔に戻った。
「実はですね、中でゴブリンが大繁殖してたみたいで……」
「は、はあ、ゴブリンが」
「ええ、そうなんです。アイツらここで冬を越すつもりみたいなんですが、ここアレーサにも近いし、フリーダンジョンだから駆け出しの冒険者も来るんで危ないんですよ……とりあえず、キリウ本部の指示でフリー指定を解除、暫定的にDランクダンジョンとして扱っています」
なるほど、こういう事もあるのか。
危険の取り除かれたフリーダンジョンに魔物が新たに住み着き、フリーダンジョン指定を解除、臨時的にランク付けされたダンジョンとして扱う……今までになかったケースだ。
顎に手を当てて考えていると、管理局の職員は続けた。
「もしダンジョンに入るのでしたら、冒険者バッジの提示をお願いします」
「分かりました」
言われた通り、冒険者バッジを職員に提示。続けて運転席から顔を出したクラリス、車体に乗っていたリーファとモニカも言われた通りにバッジを提示し、全員がBランク冒険者である事を確認してから、若い職員の男性はバッジを返却してくれた。
「確認が取れました。まさかあの血盟旅団の方がいらっしゃるとは」
「いやー、ちょっと資材が足りなくなってきましてね……あはは」
さすがにね、ここで「え、俺らってそんなに有名人なんですか?」的な事を言ってしまうのはアレである。ミカエル君でもその辺はアンテナを張り巡らしているので、今の自分たちがどれくらいの知名度なのか、どういう評判なのかという事くらいはだいたい……うん、5割くらいは把握している。
過度な鈍感はただの嫌な奴にしかならない。
「俺らが掃討すればランク付けの指定は解除されます?」
「はい。それとDランク相当ではありますが、管理局本部より報奨金も支払われますよ。行かれますか?」
「ええ」
―――ゴブリンなんぞに、行く手を塞がれてなるものか。
それだけじゃあない。ここはアレーサ郊外とはいえ、こんなところに巣を作られたらいずれ近郊のアレーサにも被害が及ぶ。サリーや母さんにお祖母ちゃん、やっと海賊共の脅威から解放された人々の安寧を、ゴブリンなんぞに破壊させるわけにはいかない。
災いの芽は、俺たちがここで摘み取る。
「……アレーサには、年老いた私の母もいるんです」
ぽつり、とその若い職員は言った。
それから顔をあげると、両脚をそろえ、立派な敬礼で見送ってくれた。
「どうか、ご武運を」
「ありがとうございます。行って来ます」
見様見真似で敬礼を返し、銃塔の中へと頭を引っ込める。
ヘッドセットを片手で押さえながら、マイクに向かって言った。
「―――みんな、聞いての通りだ。ピクニックの予定だったが、どうやら邪魔者がいるらしい。でも作戦計画に変更はない。目の前に障害があるならば、こっちは団結して火力を叩き込み、踏み潰し、進撃する。それが俺たち血盟旅団だ」
今までだって、そうだった。
結局、対話だけで終わるならば闘争なんてこの世界に生まれる事はなかったのだ。平和や安寧を望んでいても、結局は武力が必要で、それが無ければ当たり前の毎日すら守れやしない。
だから戦うのだ。
仲間とバカやって、美味い飯を食って、ふかふかのベッドで眠る当たり前の毎日を守るために。
「―――さあ征くぞ、愉快な遠足の始まりだ!」
その言葉を合図に、Ⅰ号戦車のエンジンが唸りをあげた。
車体に乗っていたリーファとモニカが降車したところで、クラリスに減速を指示。歩兵の歩行速度に合わせ、じりじりと前進するⅠ号戦車。その後ろにぴったりとつき、戦車を盾にする形でモニカとリーファが続く。
毎度の事ながら、モニカは重装備だった。メインアームはMG42をベースに、スペインが改良を施した派生型の分隊支援火器『セトメ・アメリ』。5.56mmNATO弾仕様のMG42と言ってもいい代物で、小口径となってもなお”ヒトラーの電動ノコギリ”は健在である。
サイドアームを見る限り、彼女が携行しているのはグロック18C。それにロングマガジンを装着、とにかく撃ちまくる事に重点を置いた、モニカらしい装備選択と言える。
んでリーファの方は堅実……かと思いきや、こっちもなかなかぶっ飛んでおりました。
メインアームはJS9mm、中国製アサルトライフル『QBZ-95』をサブマシンガン化し、それの使用弾薬を9mmパラベラム弾に変更した輸出仕様だ。それにサイドアームはグロック17L、グロックシリーズの中でも長い部類に入るタイプである。
それはいい。メインアームとサイドアームは堅実なのだが、問題は背中に背負っている代物だ。
ゴルフバッグみたいなバックパックからは、つくしの如く5本の対戦車兵器『パンツァーファウスト』の弾頭がコンニチワしているのである。
第二次世界大戦終盤、簡易的ながら戦車を撃破しうる威力がある兵器として大量生産、何両もの戦車をスクラップに変えてきたドイツの傑作兵器だ。結果的にゴブリン殲滅戦になったとはいえ、当初の目的だったフリーダンジョン調査にそれを5本も持ち込むなんて正気の沙汰じゃない。
モニカはトリガーハッピー、リーファは爆発物愛好家……何なの? ウチのギルド変態しかおらへんの?
しかもどこかの誰かさんは勝手にミカエル君をフリー素材扱いして薄い本やら抱き枕やら作り始めるし、これまたどこかの誰かさんはそんなグッズを買い漁ってはデュフデュフ笑ってるし、何なんだコレは。まともなのはシスター・イルゼだけか。そうなのか。
困惑しつつもハッチから身を乗り出し、周囲の確認を怠らない。戦車は視界が極端に狭く、時折こうやって車外に顔を出して周囲を確認する事は非常に重要なのだ。さもなくば敵の待ち伏せ攻撃によって、その戦車が自らの棺桶と化してしまう。
グルジョフ燃料基地の中は、随分とまあ静かだった。他の誰かがいる気配はない。今のところは、という話ではあるが。
事前に管理局でもらってきたパンフレットによると、ここに地下はなく、燃料貯蔵庫施設の跡地が残るのみだ。ここからでも燃料となる重油とか、そういう油を満載していたと思われる大きなタンクがクソデカメロンの如く聳え立っていて、その表面には苔とか蔦が伸びている。
音は何も聞こえないが……しかし、ハクビシンの嗅覚はしっかりと、ゴブリンの”臭い”を捉えていた。
血肉の臭い、アイツらのよだれの臭い。
目を凝らして見てみると、正面にある小型タンクの近くに鹿の死体があった。頭に角はなく、メスの個体である事が分かる。その腹の辺りにオリーブドラブの肌で覆われた小柄な影が群がっていて、避けた腹から肉やら内臓やらを引っ張り出しては、一生懸命口へと運んだり、木の棒に突き刺しては何やらバーベキューの準備をしている姿が見えた。
ゴブリンだ。
「前方11時方向、小型タンク付近にゴブリンを確認。エルダー個体は確認できず」
『了解、やる?』
「……リーファ、奴らを星にしてやれ」
『是!』
ジョンファ語の返事と共に、バックパックからパンツァーファウストを引き抜いたリーファが戦車の陰から出た。照準器を立て、つくしのような形状のランチャーを肩に担ぐ。
後ろに何もない事を確認した彼女は、発射機上部にある発射スイッチを押し込んだ。
ボシュ、とバックブラストが噴射され、火薬の炸裂音を高らかに響かせたパンツァーファウストの弾頭は、風を切る音を響かせながら山なりに飛翔。鹿の肉にありつく事に余念がなかったゴブリンの1頭が異変に気付いたようだが、しかしそれはあまりにも遅すぎた。
ズンッ、と重々しい爆音が、傍らに設置されていた小型タンクもろともゴブリンの群れを吹き飛ばす。爆風に腕を千切られ、破片で頭を射抜かれた小柄なゴブリン共の残骸が周囲に飛び散った。
やっぱり開戦の狼煙はこれくらい派手でなければ。
発射機を投げ捨て、間髪入れずに第二射を叩き込むリーファ。コンクリート製の防油堤の中に着弾したそれは、さっきの攻撃で破損した小型タンクの中に僅かに残っていた重油に火をつけ、結果として隠れ潜んでいたゴブリンたちを炙り出す結果となった。
ごう、と炎の壁が立ち上り、その向こうから火達磨になったゴブリンたちが悲鳴を上げながら飛び出してくる。
ああ、戦争映画で散々目にした光景だ―――火炎放射器で焼かれ、悲鳴を上げながら飛び出してくる兵士の姿。テレビでやっていた戦争映画の一幕を目の前の光景に重ねながら、銃塔の中に潜り込んだ。
相手を嬲り愉しむ趣味は、ミカエル君には無い。
楽にしてやろう―――そう思いながら、Ⅰ号戦車に搭載された74式車載機関銃の発射スイッチを押し込んだ。
ガガガガ、と2門の機銃が吼え、延長された銃身から7.62×51mmNATO弾が凄まじい勢いで飛び出していく。照準器のレティクルの向こうでは火達磨になったゴブリンの頭が吹き飛び、肩が千切れ、脇腹が抉れる凄惨な光景が何度も繰り返されていた。
機銃掃射にモニカも参戦。セトメ・アメリに搭載した、左斜め下に伸びる形で装備されたフォアグリップを握り、スリングを肩にかけた状態でセトメ・アメリをぶっ放す。
モニカの参戦で一層濃密になった弾幕だが、ゴブリンたちも馬鹿ではない。燃え盛る炎を迂回する形で、ゴブリンの一団がこっちに殺到してきたのに気付いた俺は、銃塔を旋回させながら機銃を掃射、戦闘のゴブリンたちを次々に挽肉へと変えていった。
先端に石器のついた木製の槍とか、弓矢で果敢に反撃してくるゴブリンたちもいたけれど、現代的な銃に戦車の機銃を相手にするには、何もかもが足りていなかった。威力も射程も、そしてそれを扱う側の練度もだ。
「クラリス、進路変更。2時方向へ前進」
『了解ですわ!』
5㎞/hくらいの速度でじりじりと前進していくⅠ号戦車。機銃しか装備がなく火力不足ではないかとは思ったが、こういう用途―――対人戦に使うのであれば、格段に効果的な兵器に思えてくる。
ダメ押しと言わんばかりに本日3発目のパンツァーファウストがぶっ放され、燃料貯蔵庫の入り口へと殺到していたゴブリンの一団がものの見事に吹き飛んだ。
傷口に塩を擦り込むが如く、モニカの弾幕とⅠ号戦車の機銃が次々に撃ち込まれるせいで、ゴブリンたちもなかなか施設の中から出てこれない状況まで押し込まれてしまう。
そうしている間に無慈悲にもパンツァーファウストされ、ゴブリンたちの抵抗はすっかり静かになってしまった。
掃討戦が終わったのは、その20分後だった。




