城郭都市リーネ
城郭都市リーネ。
元々、ここは要塞だった。かつてはリーネ要塞と呼ばれたそれはノヴォシア防衛の要衝であり、南方の外敵からの侵略を迎え撃つ重要拠点として位置づけられていたとされる。
だからなのか、要塞を改造して城郭都市となった後も物騒な雰囲気は抜けていない。かつての人類が1世紀以上も前に建造した高い防壁によって丸く切り取られた空は狭苦しく、幾分か風の通りも悪い街の中には鉄とオイルの臭いが充満している。
かつての祖国を思い出す―――そんな事を考えながら、人目につかない路地で葉巻を取り出した。ライターで火をつけ、ニコチンを寄越せ寄越せと声高に叫ぶ身体に望み通りの事をしてやる。
煙草は身体に悪いだとか、そんな事はどうでもいいのだ。こちとらいつ死ぬか分からない戦場に身を置く立場の人間、次の瞬間には砲弾の破片に引き裂かれたり、銃弾に撃ち抜かれたりして戦死していてもおかしくないのだ。健康への悪影響よりもそっちのほうがよっぽど怖い。
ポケットの中から、スマホに似た機械の端末を取り出す。前世の世界で普及していたスマホよりもちょっとばかり大型で、ポケットの中に収めるにはギリギリのサイズのそれ。側面にあるスイッチを押してスリープモードを解除、画面を指で操作し、画像保存フォルダを開く。
妻との思い出の写真とか戦場で撮った戦友との集合写真とか、えっちな画像がたくさん入った人には見せられないフォルダとか色々出てくるが、その中から最近撮影した写真の入っているファイルを選択する。
ミカたちに報告する前に、新たに得た情報をもう一度チェックしておくとしよう。
ミカたちの目の前に現れたモニカとかいう娘の正体は、やはりレオノフ家の娘―――クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァで間違いないらしい。レオノフ家では半年前に、別の貴族へ嫁ぐ予定だった娘が失踪し騒ぎになっていたようだが、軽く調べたところによると娘が連れ戻され、母親は随分と安心しているようだ……政略結婚の話も進み始めたらしい。
あーやだやだ、貴族の闇を覗いているようだ。
まあ、こりゃあ現代人の価値観になるんだろうけどよ、やっぱり自分の伴侶くらい自分の意志で決めたいよなぁ。他人になんでもかんでも決められる人生なんかクソだ、そんなの操り人形と何が違う?
だから俺はあの決断に後悔はしていない。お前はどうだ、エミリア?
……いかんいかん、昔の事を思い出しちまった。仕事に戻ろう。
不鮮明だが、撮影に成功した写真には白髪の少女が写っている。白猫の獣人、クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァとされる人物。少なくとも身体的特徴はミカの言っていた”モニカ”とかいう少女と一致するので間違いはないと踏んでいるが、やはり確証が欲しい。
情報とは正確さが命だ。ほんのちょっとの不確定要素で情報の精度が覆される可能性があるし、その不確実さが仲間を死に追いやる事もあるのだ。だから情報収集において”かもしれない”はご法度、やるならキッチリやらなければ。
ダッフルバッグを下ろし、中からドローンを引っ張り出す。四方に伸びたアームの先に小型のプロペラを備え、機体下部に簡易的なランディングギアを備えた偵察用ドローン。もちろん、パヴェルさんがスクラップから自作した代物だ。こう見えて、軍用のドローンにも匹敵する性能があるという自負がある。
本体のスイッチを入れ、そっと空へ放り投げた。途端にドローンが目を覚まし、プロペラを高速回転させてホバリングを開始する。
システムが正常に立ち上がったのを確認し、俺は目を閉じた。
この自作ドローンにコントローラーは無い。こうして目を瞑って意識をドローンに集中する事で、脳波を使って自分の意思通りに動かす事が出来るのである。SFっぽいだろコレ、俺の自信作。
葉巻の火を消し、路地に座り込んだ。傍から見ればこんなところで居眠りしているようにしか見えない筈だ。怪しまれることも無い。
さて、再び操縦に集中するとしよう。
視界が切り替わり、空から街を見下ろすかのような映像が目の前に広がった。飛行中のドローンからの映像だ。
こうして見ると、城郭都市リーネはかなり警備が厳重な街に思える。街中を巡回する戦列歩兵たちの姿はまあ、他の街でも目にする光景だから良いとして、防壁の上にはガトリング砲やら大砲やらがずらりと並んでいる。ガトリング砲はもちろんミニガン的なアレではなく、ハンドルを手で回すタイプのやつ。本当に初期の機関銃とも言える代物だ。
警備隊は御覧の通り重武装。
さて、レオノフ家の屋敷はそのリーネの中心部にある高級住宅街の一角にある。
塀を悠々と飛び越えたところで、指向性マイクを動作させる。周囲の雑音―――客を呼び込もうとするパン屋の主人の大声や買い物客の他愛もない話、今年の野菜の収穫量だとか冬の備えがどうとかいう話がシャットアウトされ、屋敷から聴こえる物音だけが耳に入ってくる。
窓の向こうではせっせと掃除に精を出すメイドさんが見える。いいよねメイドさん、ミカが羨ましい。そういや妻が昔、何度かメイド服着てくれた事あったっけ……。
やっぱりミニスカメイドも良いがメイドはロングスカートだよなどというどうでもいい思考を断ち切り、屋敷の周囲を旋回。いくら屋敷から逃げ出した娘とはいえ、窓も何もない部屋に幽閉するという暴挙には出ない筈だ。
―――ビンゴ。
屋敷の上層、5階の一角にある窓の向こうに、真っ白なドレスに身を包んだ白髪の少女が見えた。カメラをズームアップして確認するが、あの時見た少女で間違いないらしい。
『―――クリスチーナ、冒険者だなんて野蛮な仕事よりも、貴女はこうして私の言う通りにしているだけでいいの。これが貴女の幸福なのよ』
『幸福? お母様の操り人形に成り下がる事が幸福ですって?』
『クリスチーナ……いつまでも子供でいるのは止めなさい、もう大人になる歳でしょう? これは貴女のためでもあるの。貴女に他の悪い虫がつかないように、高貴な相手との婚約を―――』
『そんなものクソ喰らえよ』
『汚い言葉を使うんじゃありません。貴族らしい振る舞いを―――』
『操り人形でいる事が貴族らしさだっていうなら、私は貴族じゃなくていいわ』
屋敷の中で言い争う2人。何とかして他の貴族の所に嫁がせたい母親と、結婚相手くらい自分で決めたい、というか自分の人生なのだから自由に生きたいという娘の主張が正面衝突、全面戦争に突入している。それこそナチス・ドイツとソ連の全面戦争みたいに。
娘のために、というのは単なる親のエゴ、その押し付けだ。娘のためにだとか娘の事を思ってと言いながら、実際は権力強化や一族の復権のために利用しようとしているに過ぎない。
何が言いたいかと言うと、あのクリスチーナの母親はどこからどう見ても毒親って事だ。
ありゃあミカが全力で救いの手を差し伸べたくなる理由も分かる……。
『セルゲイから聞きました。貴女、ミカとかいう女の冒険者と行動を共にしていたそうですね? モニカという偽りの名前まで使って』
『それは……』
『彼女の事は忘れなさい。貴女はレオノフ家の娘として貴族に嫁ぐの。女らしく、男の伴侶を得て幸せに暮らすの。それが貴女の幸せなのよ、クリスチーナ』
これでクリスチーナ=モニカ、という事実は確定した。まさかここでミカの名前を聞く事になるとは……。
まあいい、これはミカに報告だな。
それにしても、ミカの奴もしかしてこいつらに女として認識されてるのではないか。そう思うとなかなかに草生える。
いや、俺の知り合いにも居たのだ。女っぽい容姿のせいで散々女に間違われた男、いわゆる”男の娘”が。おかげで最終的に性別が曖昧になり、性別という概念を根本から吹き飛ばした伝説の男の娘。ミカもそいつと同類になりつつあるのかもしれない。
まあ、分からんでもない。男の俺から見てもミカは可愛い。何かの間違いで押し倒しかねない程に。
……冗談? さあ、どっちだろうな?
さてさて、クリスチーナがミカの探しているモニカだという確証を得たところで、情報収集は次のステップへ。屋敷への侵入経路と警備体制のチェックである。
ドローンを旋回させて別の場所へ移動、屋敷の中を巡回する警備兵たちを確認する。
基本的に警備兵は二人一組で行動していて、武装はフリントロック式のピストルとサーベルのようだ……いや待て、あの拳銃はただの拳銃じゃねえな。
近寄ってズームアップ、銃身の違和感の正体を探ろうとし―――確信する。
あれは連発式拳銃か。
昔、一時期流行ったスタイルの拳銃だ。複数の銃身を束ね、一発撃ったらそれを旋回させて次の弾丸をぶっ放すという、単純だが信頼性の高い黎明期の連発拳銃。想像できないという人はアレだ、リボルバーの弾倉をそのまま延長して弾倉兼銃身にした拳銃でも思い浮かべてくれ。そうじゃなきゃ画像検索しろ、そっちにはインターネットがあるだろ?
さてさて、これで敵の脅威度は上がった。こっちの世界じゃあ単発式のマスケットが主流で、銃撃戦となれば速射性、命中精度、威力の点でこっちが有利と高を括っていたのだが……。
それだけじゃあない。
屋敷のベランダには長大なマスケットを抱えた紺色の制服姿の兵士が立っている。そいつが持っているのは普通のマスケットのようだが、銃身の上にはかなーり長いスコープが搭載されているのが分かる。
機関部上部から銃口付近まで達するそれ。こちらも黎明期のスコープを思わせる。命中精度の悪いマスケットにスコープってどうなんだと思うが、あの長さでそこまでの倍率はないものと思われる。
装備品が騎士団や憲兵隊よりも進んでいる……。
金に物を言わせて購入したか、それとも工業都市ザリンツィクとの交易でリーネにはそういった先進的な装備品が入って来やすいのか。
その辺は色々と事情があるのだろうが……。
さて、侵入経路だが、はっきり言って良さげな侵入経路は見つからん。まあそれが当たり前、侵入を許すような甘い警備体制でもない。守りは盤石、これは迂闊には入れないな。
しかもミカの方針で『敵は殺さない』という縛りもある。つまりは対人戦に限り、非殺傷・未発見を強いられるというわけだ。後者は多少はバレてもいいだろうが、非殺傷前提となるのでいろいろと厳しくなる。
やっぱり甘いんじゃないかと頭の中で兵士としてのパヴェル氏が告げるが、そこはまあミカのやり方だ。郷に入っては郷に従え、そういうもんだと思い片付けておく。
善人だろうと悪人だろうと、自分の信念を貫く奴は美しいもんだ。
空からの侵入は……ダメか。庭に植えられている木が邪魔だし、降下できる場所も見当たらない。一応俺はヘリの操縦ができる―――つってもMi-24系列の機体だけだが―――からその気になれば飛ばせるが、これは駄目だな。空路は除外だ。
では穴を掘ってはどうか……却下だ。屋敷に侵入経路を穿つ頃には、モニカちゃんはとっくにウエディングドレス姿で貴族の男と誓いのキスを済ませているだろう。これも駄目。
過去の作戦の記憶を引っ張り出し、それも参考にしてアプローチを考えてみるが、結論が出る前に有益な情報がもたらされる事になる。
『聞いたか、お嬢様の結婚の話』
『ああ』
「ん」
呑気にタバコを吸いながら休憩する警備兵の話を、偶然ドローンの指向性マイクが拾ったのだ。
そっちに意識を向け、盗聴開始。盗聴は共産主義国家のお家芸だと思ったら大間違い、諜報関係者なら誰でも経験する通過儀礼なのだ。浮気話から軍事機密まで、盗み聞きの幅は広い。
壁に耳あり障子に目あり、空にドローンあり……嫌な時代になったもんだ、まったく。
『盛大にやるらしいな』
『それはそうだろ、相手はあのスレンコフ家だぞ。ペレノフ教会で派手に挙式するんだ』
『そうやってレオノフ家とスレンコフ家の繋がりをアピールするってか』
ペレノフ教会……。
なるほど、挙式はそこでやるのか。
屋敷への侵入は難しいが、教会ならばその限りではない。そっちを調べてみても良いだろう。
結婚式をぶち壊し、花嫁を盗んでいく―――ミカが好きそうなシチュエーションだ。
ペレノフ教会もまた、リーネの高級住宅街の一角に存在する。槍みたいに尖った屋根の先端部に燦然と輝く黄金の十字架が素敵な、貴族御用達の教会らしい。
祀られているのは『太陽の神、ホルス』。属性は光属性。魔術師に要求される素質のハードルが高く、あそこで洗礼を受けた魔術師の数はそれほど多くは無いらしいが、信者の数は多いという。
まあ、それはどうでもいい。
「こんにちワー。害虫駆除に来まシタ、海星公司のヤン・ハオランと申しマス、本日はよロしくオ願いシマス」
偽装した名刺を差し出しながら、偽名を名乗る。元日本人だが中国人みたいな名前を名乗った理由は、こっちの世界に存在するジョンファ人ならばどこに居てもおかしくないからだ。あの国の人口は極めて多く、尚且つ世界中に散らばっている。
というわけでジョンファからやってきた獣人を装い、教会にやってきたわけだが……対応をしてくれた神父は、その嘘にあっさりと騙された。ジョンファ訛りのノヴォシア語が効いたのかもしれない。
「ああ、今日はよろしく。最近はすっかり寒くなったのに、蜂やら何やらが多くてね……巣がどこかにあるのかも」
「分かりマシタ、きっちり駆除シマス」
頼むよ、と言ってから踵を返す神父。彼が見えなくなり、付き添いのシスターもこの場を離れたのを確認してから、こっちも”仕事”に取り掛かる。
しゃがみ込み、ダッフルバッグの中からスモークグレネードを取り出す。この中に入っているのは視界を遮るためのスモークではない。イライナハーブやジギタリスなどを俺が独自に調合した睡眠ガスだ。
リモコンを使い遠隔で起爆できるように改造したそれを、礼拝堂の椅子の下や装飾の影などにそっと仕掛けておく。作戦の決行は結婚式当日、日時は10月1日の午前9時30分。当日は礼拝堂の中に警備兵やら招待された客やらが居るだろうが、こいつを使えばイチコロよ。
さてさて、”仕込み”もしながら侵入経路を探すとしよう。
楽しくなってきたぞ、ミカ。




