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母の実家にて


「あうー、あうー」


「ほーらたかいたかーい」


「きゃっきゃっ♪」


 楽しそうに笑うサリーを抱き上げ、優しく頭を撫でた。どうやらまだ小さいケモミミの裏側を撫でられるのが好きみたいで、指が離れそうになると「もっとやって」と言わんばかりに俺の手を掴み、ケモミミの方へとぐいぐい引っ張っていくサリー。


 可愛いじゃねえかこんにゃろう、と思わず笑みを浮かべ、ケモミミを優しくわしわし撫で続けること20分。飽きたのか、まだ1歳と9ヵ月のサリーは大きく口を開けてあくびをする。


 口の中にはもう既に、立派な牙があった。


 獣人の発育は人間の赤子と比較すると非常に早い。サリーも例外ではなく、生後5ヵ月の時点で自力で人の身体をよじ登るくらいの身体能力があったし、その時点で歯も生えていたというのだから驚きだ。昔の俺もそうだったのだろうか。


 さすがに1年経ち、サリーもちょっとだけ大きくなっていた。母であるレギーナに似たのだろう、目元なんか特にそっくりだ。ちょっとタレ気味で、優しそうな印象を受ける。


 きっと大きくなったらおっとりしててみんなに愛される子になるんじゃないかな、なーんて思いながら前髪の白くなってるところを撫でていると、サリーに甘噛みされた。


 やっぱりなのか、動いているものに興味を持つらしい。ならばと持参した猫じゃらしのおもちゃ(ザリンツィクの売店で買ってきた)を振ってみると、サリーの丸くてくりくりした可愛らしい瞳はそっちに釘付けになった。


 まだ小さく丸い手を必死に伸ばして、猫じゃらしのおもちゃを追うサリー。やっとの思いで猫じゃらしを捕まえたサリーは肉球のある手のひらでそれを弄んでから、再び俺の指を甘噛みし始める。


 反対の手でサリーの前髪のところを撫でていると、近くにやってきたクラリスの気配を感じ取ったサリーが目を見開いた。甘噛みしていた俺の指を離すや、牙を剥き出しにしながら、まだ1歳とは思えぬ唸り声を発しながら威嚇し始める。


「うぅー……がうっ」


「……」


 サリー、お前なんでクラリスの事嫌いなの? いい人なのよ彼女、献身的に接してくれるし優しいし綺麗だし胸は大きいし……まあ勝手に人の薄い本読んだりしてるみたいだけど。


 唸り声を発しながら俺の陰に隠れるサリー。クラリスがショックを受けて離れていくのを見ていた母さんは、苦笑いしながらテーブルの上にマグカップとジャムの乗った小皿をそっと置いた。


「こらこら、ダメでしょサリー。人に威嚇しちゃダメよ」


「がうっ」


 うぅー、とまだ唸り声を発するサリー。昨年からの疑問なんだが、何でサリーはこのレベルでクラリスを嫌っているのだろうか。以前にこの家を訪れた際、クラリスにもぜひ可愛い妹を抱っこしてもらおうとしたら、転生前に実家で飼ってた猫を風呂に入れようとした時並みに抵抗されたものである。


 何なんだろうね、小さい子って分からん。可愛いけど。


 抱っこして頭をわしわし撫でていると、サリーはやっと威嚇をやめた。俺の尻尾でサリーの顔をもふもふしている隣では、羨ましそうな顔でこっちを見下ろすクラリスの姿が。


 いや、すまんクラリス。本当にすまん……こればっかりはどうしようもないのだ。


「それにしてもミカ、身長伸びてないみたいだけど……」


「う゛っ」


 ぐさり、とどこからか効果音が聴こえてきた。胸元を見てみると、実の母の放った何気ない一言がミカエル君の胸をぐっさりと串刺しにしている。それはもう、銛で串刺しにされる魚さながらに、だ。


 ミカエル君の成長期が止まったのはたぶん15歳くらいの頃。身長が150cmでぴたりと止まり、どれだけ牛乳を飲んでも、レギーナに頼んで買ってきてもらった小魚を食べてカルシウムを摂取しても、毎晩流れ星に「身長伸びますように」とお願いしても駄目。サンタさんにも身長伸ばしてってお手紙出したけど1ミクロンたりとも伸びなかった。何故だ、ミカエル君いい子にしてたのに。


 これも祖父の遺伝なのかなあ、と暖炉の上にある写真立てに飾られている祖父の写真をちらりと見る。白黒の写真の中では水兵の格好をした背の小さいハクビシンの獣人が、同じくハクビシンの獣人の女性と一緒に写っている。


 背の小さい方が母方の祖父、アンドレイ。名前の読み方的にノヴォシア地方出身だったのだろう(イライナだとアンドレイではなく『アンドリー』と読むからだ)。


 んでそのアンドレイお祖父ちゃん、ミカエル君と見事に瓜二つである。ハクビシンの獣人である事も、身長が150cmくらいである事も、そしてパッと見た感じ女の子にしか見えない事も、だ。ここまで条件が一致していると、もはや遺伝子のコピペを疑いたくなるレベルである。


 ママの遺伝子どこ……?


 しばらくしていると、台所の方からバターと蜂蜜の美味しそうな香りが漂ってきた。お祖母ちゃんが何か作ってるんだろうかと思いながら、サリーの遊び相手をして待つこと10分。両手にホットケーキの乗った皿を手にしたカタリナお祖母ちゃんがやってきて、それをテーブルの上に置いた。


 豪華な事にホットケーキは3枚も乗ってるし、溶けかけのバターと蜂蜜が混ざり合ってもう、今すぐ食らい付きたくなるほどの甘い香りを放っている。傍らに添えてあるのはブルーベリーだろうか。


「はーい、おやつですよー」


「おお、美味しそう」


「ありがとうございますおばあ様、クラリスの分まで……」


「うふふ、いいのよ。いつもウチのミカがお世話になってるみたいだし。ああ、そうそう。ミカったらね、手紙にクラリスちゃんの事たくさん書いてるのよ?」


「ちょっとお祖母ちゃん……!」


「あら、ごめんなさいね♪」


 なに暴露してんのさ。


 恥ずかしくなりながらもクラリスの方をちらりと見上げると、彼女も顔を赤くしながらこっちを見下ろしていた。


 お、おう……あはは、元気?


 ナイフとフォークに手を伸ばしていると、母さんは壁にある時計に視線を向けるなり、ちょっと慌てたような様子で立ち上がった。


「あらやだ、もうこんな時間?」


「ん、どこか行ってくるの?」


「ちょっと射撃訓練にね」


「ん? 射撃訓練?」


 そういや母さん、今何の仕事してるんだろうか。前回来た時は清掃員だったり、復興の手伝いをしていたって聞いたけれど……。


 冒険者ノマドは各地を転々としながら仕事をするので、定まった住所が無いのだ。だからこっちから一方的に手紙を出しても、返信で出した手紙が届く事はない。一応追加料金を出せばその冒険者ノマドの居場所を追跡して手紙を渡してくれるサービスがあるそうだが、価格設定が懐に優しくないのであまり普及していないのだそうだ……。


 そういう事もあって、こっちの事情は母さんに手紙で伝えていたけれど、アレーサの状況は全く分からなかった。だから俺は、母さんが今何の仕事をしているのかも把握できていない。


 ばたばたと、ちょっと急いだ様子で部屋に向かう母さん。しばらくして、紺色を基調に、赤いアクセントを散りばめた軍服っぽいデザインの制服に身を包んだ母さんが部屋から出てきて、俺は目を疑った。


 そう、冒険者管理局の受付嬢が身に纏っている制服だったのである。


 しかもそれだけじゃない―――腰にはイライナ地方伝統の短剣『キンジャール』が、そしてその隣には銃弾と火薬を収めておくための革製のポーチがあって、反対側にはスパイク型の銃剣を収めておくための鞘がある。


 そして母の背中には、スリングで背負われた状態のマスケットがあった。


 イライナ・マスケット―――広大なノヴォシア全土の軍事組織で採用されていた、イライナ地方で設計・生産された傑作小銃。80口径の圧倒的破壊力は比肩する者が無いが、その重量とサイズから取り回しに難を抱える、使用者を選ぶ銃としても知られる。


 騎士団か憲兵隊から払い下げられた個体なのだろう、機関部レシーバー銃身バレルを覆う木製のハンドガードには細かな傷や擦り切れた痕が幾重にも残っていて、シリアルナンバーが刻まれた金属製のプレートには微かに錆が浮かんでいる。


 年季の入った銃だなぁ、と思いながら眺めていると、母さんはちょっと恥ずかしそうな顔をした。


「受付嬢になったの?」


「ええ。最初はちょっとしたお手伝いのつもりだったんだけど、人手不足だったし、なんか私が受付嬢になってから冒険者の数が増えたみたいで……」


 あー、でしょうね……。


 女性の年齢の話をするのは失礼だけど、一応言っておく。


 母さんの実年齢は今年で36歳だ。ミカエル君が18歳なので、母さんは18歳でミカエル君を産んだ事になる。あのクソ親父なんつー事を。


 まあいい、あのクソ親父の事は今はどうでもいい。


 んでそんなレギーナママなんだが、どういうわけか見た目は20代半ばくらいに見える。色々と経験してきて落ち着いた、いかにも大人の女性といった感じだ。タレ目っぽい感じの目つきもあって、落ち着いていて優しそうな女の人に見える。


 冒険者の数が増えた、という事だが、その理由も納得だ。冒険者の中には特定の管理局に努めている受付嬢目当ての者も多いと聞く。


 つまりはそういう事だろう。結婚指輪をはめていないのも、わざわざアレーサで仕事を受けていく冒険者の数が増えた一因に違いない。


 母さんだってちゃんと結婚して子供を産んだわけではないので、もし誰かと結婚する気があるなら俺は応援するつもりではある……でも、これはあくまでもミカエル君の偏見だけど、子連れの女性と男性が結婚すると、だいたい子供が酷い目に遭うイメージがある。


 自立している俺はともかく、サリーが心配だ。この子まだ1歳だぞ?


 まあ、まだ母さんが誰かと結婚すると決まったわけじゃないし、考え過ぎではあるのだが。


「それじゃ、行ってくるわね」


「ん、行ってらっしゃい」


「お気をつけて、レギーナさん」


 マスケットを背負って家を出ていく母さん。そんな母の姿を見て泣きそうになるサリーだったけど、そうなる前に彼女の顔を俺の尻尾でモフモフして再び笑顔にする。


 さて、管理局で冒険者を笑顔で送り出す受付嬢が何で射撃訓練なんて物騒な事をするのかというと、理由は単純明快。人手不足の管理局では、受付嬢が魔物の討伐確認のために外に赴く事があるためである。


 本当だったら観測要員が別にいるんだけど、人出が少ない地域の管理局では受付嬢がそれを兼任する事があるのだ。そうなった際、魔物がうようよ徘徊している危険地域を車で突っ切って行くわけだから、自衛用の銃は必須になるしそれの使い方も把握していなければならない。


 なので、討伐確認に行く観測要員には射撃訓練が義務付けられている。その業務を兼任する受付嬢も例外ではないようで、一週間に一度(専門の観測要員なら3日に一度)の射撃訓練が義務付けられている。


 その日が今日なのだろう。


 ホットケーキを食べる前に、添えられたブルーベリーにはちみつとバターを塗りたくって、ミカエル君の胸の中でキャッキャしているサリーの口へと運んだ。発育の早い獣人の幼子は、離乳食を卒業するのも早い。立派な牙の生えたサリーの口にブルーベリーを近づけていくと、彼女は鼻をぴくぴくさせてから、ブルーベリーに食らい付いた。


 可愛いねぇ可愛いねぇ。サリーちゃんもう1個食べる?


 やたらと兄に懐いている妹にそうやって食べさせている間に、時間はどんどん過ぎていった。


 











 さて、俺も母さんに負けてはいられない。


 母の実家で夕食をご馳走になってから、列車に戻ってくるなり足を運んだのは射撃訓練場。窓を全て塞がれた客車の3号車の2階に上がっていくと、既に射撃訓練場には範三とパヴェルの2人が居た。


 パヴェルはなにやら、範三に銃の使い方を指導しているらしい。そしてそんな範三の傍らにあるのは、木製のハンドガードと銃床で機関部レシーバー銃身バレルを覆った、何ともレトロな見た目のボルトアクション小銃だった。


 あれは……日本軍の『九九式小銃』だろうか。


 7.7mm弾を使用する、日本製のボルトアクション小銃。太平洋戦争では前任の三八式歩兵銃と並んで、日本軍の小銃として活躍した傑作ライフルである。それと同時に、対空照準器と安定用の短脚モノポッドを標準装備した変わった銃でもある。


 日本軍の銃を持つお侍さん……うん、なかなかカオス。


 というか何であれを選んだんだろうか。パヴェルの趣味か、範三の趣味か、それとも彼の中の大和魂が九九式小銃の中に眠る大和魂と共鳴でもしたのか。謎は尽きない。


 さて、そんな謎を抱きながらミカエル君が召喚したのは、同じくボルトアクション小銃。


 ただし、範三の持ってる九九式小銃と比較すると遥かに先進的な代物だ。


 黒く塗装されたハンドガードに、通常のマウント位置よりも前方へ搭載された低倍率スコープ。この時点でこのライフルの目的が、超遠距離狙撃より中距離射撃に主眼を置いたものである事が窺い知れる。


 オーストリア、ステアー社で開発された『ステアー・スカウト』と呼ばれる代物だ。


 一応は狙撃銃だが、”スカウトライフル”と呼ばれる事もある。


 軽量で命中精度は優秀、信頼性も高く、狩猟の際にこれを使う人も多いのだそうだ。バリエーションもいくつかあり、対応している弾薬も多いが、あえてその中から5.56mm弾を選択した。


 10発入りのマガジンがしっかり装着されているのを確認してから安全装置セーフティを解除、ハンドガードを展開してバイポッドとし、射撃訓練場のレーンにつく。


 隣からパヴェルの「お、珍しい」って声が聞こえたのと、訓練開始のブザーが鳴ったのは同時だった。


 5.56mm弾のマイルドな反動が肩を穿ち、前方にある円形の的のど真ん中に弾痕が穿たれる。


 25mという至近距離での射撃なので、まず当たる。これがもっと距離が開いてきたら、多分もっと悲惨な事になるだろう。


 とりあえず今はこれに慣れよう、と考えながら、反動リコイルとボルトの操作が何も考えなくても出来るようになるまで、俺は射撃を繰り返した。


 



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― 新着の感想 ―
[一言] なんでサリーがクラリスを威嚇するかって、そりゃあ兄貴取られるからじゃね? にしても相変わらずのコピペ遺伝なミカエル君ですが、もしかしてその内どっちが姉だか妹だか分からなくなるのでは…?
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