出撃! おまんじゅう戦車IT-1
IT-1、実は前作(異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる)にも出す予定でした。対戦車ミサイルの代わりに対消滅ミサイルを放つ魔改造を施された決戦兵器で、テンプル騎士団団長の承認なしでは動かせないやべえ兵器として出す予定だったのですが最終的に没に……。
なので出せて満足です、作者は。
まさか冷戦中に退役したIT-1も、異世界で脚光を浴びる事になるとは思わなかっただろう。
軽車両用の倉庫から、主砲の砲身が無い変わった戦車が勢いよく躍り出る。おまんじゅうみたいな砲塔には追加装甲が色々と取り付けられ、いかにも最近の東側の戦車ですよ的な雰囲気を醸し出してはいるが、その変態的な設計からはどう頑張っても包み隠せない冷戦感が漏れ出ている。
クラリスの操縦で爆走するIT-1を、俺はL3の操縦席に座って追った。
今回のは依頼を受けての出撃ではなく、試験運用だ。パヴェルがアルコール漬けの脳味噌で弾き出した画期的な運用方法―――すなわちでっかくて扱いにくい対戦車ミサイルをぶっ放すのではなく、回復アイテムやら予備の弾薬が収まった補給物資をカーゴに乗せて発射、前線で戦う味方に補給支援を行うというものである。
ミサイルのサイズの大きさという欠点を逆手にとったというわけだ。デカいという事はそれだけ内部容積に余裕があり、多くの物資を搭載できる事を意味するからだ。
問題はミサイルを転用した輸送カーゴを発射して、中の物資が使用可能な状態で無事に味方の元に届くかどうかという検証が出来ていない事である。
だからそれをこれから確かめに行くのだ。
コレで物資が使用可能な状態で味方の手に届く事を確認できたら、本格的に戦闘支援用の車両として運用していく事になる。
IT-1に新しい活躍の場が与えられるか、否か。
それが今回のテストにかかっていた。
「こちらパヴェル、目標地点に到達」
無線機のマイクに向かって報告しながら、車長用のハッチから身を乗り出した。
本来、IT-1の砲塔はつるりとしている。ミカはおまんじゅうみたいな砲塔、と例えたけれど、まああながち間違いではない。確かにちょっと潰れたおまんじゅうにも見えるだろう……味は保証しないが。
それがいまではどうだ。砲塔の周囲や車体正面には追加装甲がぺたぺたとレンガの如く貼り付けられ、現役の東側の戦車みたいな姿になっている。もしIT-1が退役せず今なお現役だったら、きっとこんな姿になっていたのではないだろうか。そんな歴史のIFが形になったのを見てエモさを感じているパヴェルさんの耳に、ミカの声がASMRの如く届いた。
《こっちも準備完了だ。パヴェル、やってくれ》
「はいよ了解」
砲塔内部に引っ込み、砲手兼車長の席に腰を下ろした。
本来なら3名での運用を想定しているIT-1だが、この”血盟旅団仕様”のIT-1は乗員を2名に削減している。操縦手1名、砲手兼車長1名の計2名が運用要員だ。
装填は自動装填装置を用いて行う。
本当なら対戦車用の『ドラコーン対戦車ミサイル』、そして7.62mm機銃を持つIT-1だが、ドラコーン対戦車ミサイルはいくつか降ろされ、その代わりに補給品の入ったカーゴが自動装填装置に装填されている。
機銃も弾薬の互換性の観点から、みんな大好き自衛隊の74式車載機関銃に置き換えられた。やはり弾薬の互換性というのは大事である。
さて、やりますか……義手の指を鳴らしながら装填装置を操作。重々しい駆動音と共に自動装填装置が作動、砲塔内部に収納されたミサイルランチャーのアームに、予備の弾薬と回復アイテム、それからおやつのチョコレートが収まった補給カーゴが装着されるや、砲塔の天井にあるハッチが開き、アームがぐるりと180度旋回する形で砲塔の外へと躍り出た。
IT-1はいわゆるミサイル戦車ではあるが、肝心なミサイルは収納式なのだ。このように装填を車内で行うので、砲手がミサイルの再装填時に外に出なくていいという利点がある。一部の戦車や装甲車は、ミサイルの再装填を外で行わなければならない地獄のような仕様だったりするので、乗員の保護と迅速な移動および反撃のためにも、車内で再装填が完結するというのは重要な要素だったりする。
俺だって、さっきまで仲良く話をしていた戦友が目の前で死んだり置き去りにされたりするのを見たくはない……そんな事、もう充分経験してきた。
車外に出た補給カーゴ。後部に折り畳まれた状態で装備されていた安定翼が展開、発射態勢が整う。
本当ならそこに装填されているのは、カーゴではなく対戦車ミサイルのはずだった。
相手を殺すための兵器が、味方を救うための兵器として生まれ変わる……発案者は俺だが、なんだか俺もミカの奴に染まってきたらしい。
アイツはちょいちょい甘すぎるところがあるが……まあ、そういうヤツが居てもいいのではないだろうか、という思いはある。
とはいえ、いつかは”壁”にぶち当たるだろうが。
さて、今回のテストは補給カーゴを実際に発射し、遠方の味方に届ける事が出来るか、そして届いた物資は実際に使用できる状態であるのかどうかを検証する事が目的だ。
着弾予定地点の近くにいるミカ達の元へ物資が無事に届けばテストは成功、このIT-1カスタムは晴れて血盟旅団のサポート用兵器として戦力の一翼を担う事になる。もし物資が滅茶苦茶で使えたもんじゃなかったら……まあ、その時は何か別の手段を考えるさ。
「発射5秒前……4、3、2、1、発射」
発射スイッチを押し込んだ。
バシュ、とロケットモーターに点火して、おまんじゅうみたいな砲塔から展開したミサイルランチャーのアームから、角張った、いかにも空気抵抗がエグそうな形状の補給カーゴが発射される。
照準器を覗き込み、最大望遠で拡大。平原のはるか向こう、小高い丘の上にミカとモニカの乗ったL3の小ぢんまりとした姿が見えたので、その近くにある丘の地面に照準用のレーザーを照射し続ける。
仰角45度で発射されたカーゴは、空へ空へと舞い上がっていった。
さて、果たしてテストの結果はどうなるか……。
空気抵抗を受けやすい形状も影響しているからなのだろう、上昇していく補給カーゴの姿は地上からでも良く見えた。
発見しやすいようオレンジ色に塗装された、角張った乾電池みたいな形状の補給カーゴ。ロケットモーターの噴射音と風を切る音を響かせながら飛翔していたそれの後端部から、唐突に何かがぽろりと零れ落ちる。
後端部に外付けされていたロケットモーターだ。内蔵されていた燃料を使い切ったのだろう(燃料を使い切ったら自動で切り離される仕組みだと説明を受けていた)。
やがて後端部から白いパラシュートが展開、猛烈な空気抵抗を受けて急減速したカーゴが、まるでタンポポの綿毛のようにゆっくりと地面に降りてくる。どうやらIT-1に搭載されたレーザー照準器で照準している場所に落ちるような仕組みになっているようで、カーゴに搭載された小型の安定翼が小刻みに角度を変えているのがここからでも良く見えた。
こっちよー、と隣で手を振るモニカ。補給カーゴの動作はパヴェルの設計通りにいったが、しかし問題はここからだ……ロケットモーターで急加速して撃ち出されている以上、内部にある物資にも相当なGがかかっている筈。一応は内部に衝撃吸収材が用意されているが、加速時のGで回復アイテムやら予備の弾薬やらが破損していなければいいのだが……。
しかし、あの状態でカーゴから大量の小型爆弾を投下されたらとんでもない事になりそうだ。ちょっとしたクラスター爆弾でも作れそうな気がする……後でパヴェルに意見具申してみるか。歩兵の火力支援に使えそうな気もするし。
などと考えているうちに、カーゴはふわりと俺たちの傍らへと降り立った。
モニカと2人で駆け寄って、カーゴのハッチを操作。開けてみると、衝撃吸収材と一緒に回復アイテム一式とAK用のマガジン、そして缶詰とチョコレート、タンプルソーダの瓶まで入っていた。
一通り中身を取り出して細部をチェックしてみるが、特に破損している様子は見受けられない。回復アイテムの入った容器やガラス瓶には傷一つないし、タンプルソーダの瓶は割れていない。食料品も問題なさそうだ。
隣でもっちゃもっちゃと口いっぱいにチョコレートを詰め込み頬張るモニカも幸せそうな顔をしているので、まあ大丈夫なんだろう。
マガジンの動作をチェックするため、背負ってきたAK-19のマガジンを外し、カーゴの中に入っていたプラスチック製マガジンと交換。試し撃ちする旨を無線で連絡し、誰もいない方向に向かって何度か引き金を引いた。
ストック越しに返ってくる、5.56mm弾のマイルドな反動。2発、3発、4発……セレクターレバーを中段に入れ、間隔を開けつつフルオート射撃を試してみる。
破損もしていないプラスチック製のマガジンは正常に動作、スプリングにも破損は無いようで、薬室の中までしっかりと弾薬を押し上げてくれていた。
入っていたマガジン3つを撃ち尽くしてから、マガジンを取り外し薬室内部を確認。弾切れを確認したが念のため何度か空撃ちし、弾丸が出てこない事を確認してから安全装置をかけた。
安全管理は銃器運用の第一歩だ。これが出来ない奴は使い物にならない、というのはパヴェルの言葉だが、まさしくその通りである。これすらできず銃を単なる暴力装置と思っている輩は、その辺の粗末な民兵やテロリストと何も変わらない。
さて、射撃の結果も問題は無し。回復アイテム、食料品共に異常は見られなかった。テストは成功……と宣言してもいいのではないだろうか。
中にあったアイテムをポーチに詰め込んでからカーゴの中にあったオレンジ色のレバーを引いた。パリン、と何かが割れるような音がしたかと思いきや、オレンジ色に塗装されていたカーゴが凄まじい勢いで錆び始め、あっという間に錆色の粉末へと姿を変えていった。
さっきのレバーは内部に搭載されているメタルイーター活性化用のスイッチだ。あれを引く事によって内蔵されたメタルイーター入りのアンプルが割れ、活性化したメタルイーターが空になったカーゴを食い尽くし錆びた粉末にしてしまう、というわけだ。
補給するのは良いが、俺たちがそこにいたという痕跡を残す事になってしまうので、ちゃんと処分しておく必要がある。その観点から見ると、テンプル騎士団から接収し実用化に成功したメタルイーターは証拠隠滅用の良い装備であると言えるだろう。
これ、砲弾に詰め込んで敵に放てば相手の武器を無力化するとんでもねえ兵器と化すのではないだろうか。パヴェルもそれくらい思いついてるかもしれないが、多分アップデートで修正されるのを嫌っているのだろう(何の話だ)。
ともあれ、テストは大成功。これで前線で戦う仲間の元に、新鮮な補給物資を届ける事が出来るようになる。
今後の更なる改良にも期待できそうだ。
「問題点を挙げるとすると、やっぱり物資の量が少ない事だな」
テスト後の反省会。1号車の1階に設けられたブリーフィングルームで意見を言うと、パヴェルは熱心に手帳にそれをメモしていった。
ミサイル戦車を流用した、歩兵支援用兵器への転用。なかなか画期的なアイデアで、実用化にも問題は無いという結論は出ているが、しかし欠点が無いというわけではない。
ミサイルランチャーが許容する範囲でしかカーゴの大型化が出来ない……というより、ミサイルランチャーに対応できるサイズに合わせてカーゴを設計しなければならなかった都合上、内部容積はそれなりにあったとしても、積載できる物資は装備一式と仮定してもおよそ1.5人分。四人一組で行動する事が多い血盟旅団のパーティーに完全な補給を行うためには、少なくとも3発……ペイロードをガン無視しても2発発射しなければならない。
それだけじゃない。あくまでもミサイルランチャーを転用したものだから、補給可能な射程距離は限られてくる。輸送機から物資を投下するのと比較するとずっと非効率的なのだ(これは血盟旅団が航空機を持たないから仕方のない事ではあるのだが)。
「なるほど、他には?」
「あのカーゴ、クラスター弾とかに改造できないかな? 目標上空でパラシュートを開いて、敵の頭の上に小型爆弾を散布する感じの……」
「面白そうだな、今度やってみるか……」
「それと」
「ん」
「あのミサイルランチャー、パヴェルお手製のUAVのカタパルトとしても使えそうな気がする」
「お、その手があったか。前線で無人機を展開して上空から偵察……か。すげえな、色々アイデアが出てくる。さすがミカ」
前線でUAVが運用できるようになるのはなかなかの強みだと思う。特に、飛行機が未だ実用化に至っていないこの世界では。
……それにしても、航空機か。
運用してみたいという思いはあるが、しかし制約は多い。
列車を運用している以上、仮に航空機を運用する場合は列車からの発進になるわけだが……全幅4mの貨物列車から発進できる飛行機なんてあるのだろうか。
この世界で走っている列車は、前世の世界の列車と比較すると一回り巨大だ。
俺たちの列車だって、車体の全幅は4mに達している(格納庫にBTMP-84とIS-7を前後に並べて収容できるサイズである)。牽引する機関車だって、この世界の列車の規格に合わせてパヴェルが自作したAA20。馬力もサイズも別物だ。
そこから発進できるヘリなんて……コブラとかハインドとか、あの辺を運用できたら最高なんだがいくら何でも大き過ぎる。
「……?」
そんな時、頭の中にとある戦闘ヘリの姿が浮かぶ。
小ぢんまりとしていてコンパクト、それでいて軽量で航空支援も出来る米軍の戦闘ヘリ。
思わずにんまりしてしまう。
コレ……もしかして、ヘリの運用できるんじゃねーか、と。




