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ザリンツィクからの出発


「さすが血盟旅団ね。負けたら『ざーこざーこ☆』って煽り倒してやろうと思ってたけど」


 テストエリアから出てきた血盟旅団のメンバーたちにそう言いながら腕を組むと、以前に一度会ったミカエルとクラリスの2人はとにかく、初めて見る2人(ジョンファ人とサムライ?)は少しムッとしたような顔で睨んできた。


 きゃはー、沸点低いのね。沸点ヘリウムかしら? ざーこざーこ。


 ともあれ、暴走してた戦闘人形オートマタたちは何とか制圧してもらったし、こっちとしては貴重なデータも採集できて一石二鳥。今夜はきっと美味しいご飯が食べられそうだわ。


「それにしても、随分と新装備の普及が進んでるようだな、博士?」


 真っ黒な銃を背負いながら、ミカエルが感心したように言った。


「何言ってるのよミカ、アタシを誰だと思ってんの?」


「……戦闘人形オートマタをワンパンされてわからせられたメスガキ博士?」


「ちょっ!?」


「ざーこざーこ☆」


「ぐぬぬ……!」


 こ、このメスガキハクビシン、昨年の事まだ覚えて……くっ。


 アタシの後ろでは、腕のブレードをマニピュレータに換装された戦闘人形オートマタたちが、テストエリア内で撃破された戦闘人形オートマタの残骸をせっせと運び出しているところだった。


 修復できるものは修復、そうじゃないものは破棄する予定になってるわ。いくらザリンツィクが工業都市とはいえ、無尽蔵に兵器が作れるというわけではないもの。帝国議会から予算は割り当てられているし、資源も同様。限りあるリソースの中で何とかやりくりしていかなければならないから、撃破された残骸も無駄には出来ないわ。


 幸い、血盟旅団の戦い方はプロのそれだった。


 制御ユニットのみを狙って攻撃していたから、破損した制御ユニットさえ交換すれば再稼働できそうな個体が多い。もちろん大きく損傷した個体も何体かいるみたいだから、それは使えそうな部品を繋ぎ合わせて1体の戦闘人形オートマタとして修復すれば良さそうね。


 ここでちょっと、アタシの功績を教えてあげようと思うの。


 それはね……この国の工業製品に”規格”を初めて導入した事よ。


 小銃だって大砲だって、多くは職人の手作りだった。例えばマスケットや大砲はこういった工場で作られているけれど、今までは部品の製造から組み立てまで職人の手作業だったの。部品の寸法も大まかなもので、微妙に撃鉄ハンマーが大きかったり銃身の長さが違ったり、ネジの形やネジの切ってある方向が逆だったり……そう言うのが当たり前だったのよ。


 だから万一、戦場で小銃が破損したら予備の部品を持ってきて修理、なんて事が出来なかったの。ネジの形やサイズが違ったり、細かい部品の寸法が異なってればそうもなるわよね。


 それを防ぐために、アタシは規格を導入して部品の寸法や形状などの管理を徹底したのよ。


 おかげでザリンツィクとマルキウ工廠の兵器に関しては、万一破損した場合でも予備の部品があれば即座に修理して復帰できるっていう優れものなのよ! アタシはこの功績で皇帝陛下ツァーリから表彰されてるわ!


 ……まあ、元はと言えば戦闘人形オートマタの部品を使い回しできるように全部寸法管理したら楽なんじゃないのってウォッカキメながら思いついただけなんだけども。


 というわけで、部品に規格を導入してるから戦闘人形オートマタも大破した個体から使えそうな部品を取ってきて新しい個体を組みなおす、なんてこともできるってワケ。


 貴重な改良型の戦闘人形オートマタは大破しちゃったけど、おかげでブリスカウカの実戦データも採れたし、何より血盟旅団が使ってる銃器に関するデータも採取できたから儲けものよ。


 これであの連発できる小銃の謎を解き明かしてやれるわ。


 やっぱりね、科学者やるからには一番を目指さないとね。くふふ。


「ま、まあ、これでアンタらも依頼達成ね。アタシも厄介な暴れん坊たちが大人しくなったし、そっちも大金が手に入って懐も暖かくなるでしょう?」


「まあね」


「ところで、ミカたちはまだ旅を続けてるの?」


「ああ。これからアレーサに行って、それからノヴォシア地方に行こうと思う」


「そう……冬も近付いてるし、気を付けるのよ」


「ありがとう、博士も元気で」


「ええ。たまには手紙、よこしなさいよね」


 手を差し出すと、ミカも握手に応じてくれた。ハクビシンの肉球がある小さな手と握手を交わし、彼らは駐車場の方へと歩いていく。


 血盟旅団のメンバーを乗せた装甲車が立ち去っていくのを見送り、アタシも踵を返した。


 付き添いの戦闘人形オートマタを引き連れ、自分に割り当てられた研究室の中へと入る。


 さて、これから忙しくなるわ。彼らの使っていた武器の解析を行わなければならないし、今回の戦闘で判明した戦闘人形オートマタたちの問題点の改善と検証、有効性の立証とロールアウト済みの全機へのアップデート。やる事が山積みで、しばらくはカフェインと末永いお付き合いをする事になりそうね。


「さて、それじゃあレコードを見せてもらおうかしら」


『博士 ソレガ』


「どうしたのよ」


 助手としてこき使っている戦闘人形オートマタが、手に持ったレコードをそっと差し出す。


 血盟旅団との戦闘データが収められていた筈のそれは―――どういうわけか、焼き切れていた。


「……ふぇっ?」


 これも、これも、これも。


 全部、まるでガスバーナーで炙られたような痕がある。これではデータの読み込みどころか再生すらできない。


 頭の中が真っ白になる感覚ってこの事かしら。


『全テ 焼キ切レテ イマス』


「―――ふえぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 水の泡、とはまさにこの事。


 何でこうなったのかは分からないけれど―――今夜もウォッカのヤケ呑みが確定した瞬間だった。












「いやーお疲れ様、早かったな」


「まあな」


 武器庫にAK-308を返却して階段を降りてくると、工房で何かを弄っていたパヴェルに声をかけられた。ツナギ姿で作業台と向き合う彼は、精密ドライバーを使って何やら小さなドローンを弄っているようだ。


 超小型の、それこそ意識して探さなければ見つからない程の小さなドローン。どうせあれもパヴェルのお手製なのだろうが、あんなもの何に使うのだろうか。まさか盗撮か、盗撮なのか? シャワールームに潜入させてこっそりムフフな映像を撮影するつもりなのか、そうなのかパヴェル。


 一通り整備を終わらせた彼は、超小型ドローンを手のひらの上で起動させた。まるで飼い主の手の上を走り回るハムスターのように、超小型ドローンはパヴェルの手のひらから飛び立つや、彼の周囲をくるくると飛び回り始めた。


「そっちの方は?」


「燃料の積み込みは終わった。日用品の補充も済んだし出発はいつでもいける。今は特急の通過待ちだ」


 冒険者ノマドの列車の運行も楽ではない。


 基本的に線路は在来線をそのまま使わせてもらっている。冒険者ノマド向けの路線と言う者は残念ながら存在しないので、冒険者ノマドの列車を運行する機関士は駅に到着してから機関車の整備に加え、駅から最新の時刻表を購入(無料で配布している駅もある)し、他の列車の運行の邪魔にならないよう細心の注意を払って列車を運行しなければならない。


 ダイヤの合間を縫って運行する必要があるので、駅から出発するのも一苦労なのだ。もたもたしていると後ろから来た特急に追突されてしまう。


 一時期はそういう在来線の運航の邪魔になる冒険者ノマドが多く、帝国議会で冒険者による列車の運行を禁止する法律も真面目に議論されたりしたのだそうだ。結局は冒険者協会が陳情出しまくったり貴族に賄賂を送ったり圧力をかけたり、あの手この手で阻止したって逸話があるが……嘘だよね、そんな黒いことしてないよね?


 外から何やらチャイムが聞こえたかと思いきや、ごう、とホームを凄まじい速度でやってきた列車が通過していった。アレーサに行く特急列車なのだろう。なんとベラシア地方からキリウを経由してきた列車らしく、車体の側面には豪華な装飾と共に『ベラシアエクスプレス』の表記がある。


 立ち昇る黒煙も薄れ始めたところで、パヴェルはドローンをどこかへとしまい込み、機関車の方へと歩いていった。


 そういや今日の銃座の掃除当番俺だったな、と思い出し、掃除用具入れのロッカーからバケツと雑巾を用意し、洗面所でバケツに水を入れてから、客車の階段のところにあるタラップを駆け上がって屋根の上へと上がった。


 ででんと鎮座する、連装型のブローニングM2重機関銃。防盾とセットで装備されているそれは、煙突から出る煤でうっすらと黒ずんでいる。


 濡らした雑巾で煤を拭き取っている間に、レンタルホームにホイッスルの音が響き渡った。見張り台にいる駅員が手旗信号を送りつつ、ホイッスルで発車許可を出してくれたのだろう。


 それに返答するかのように、機関車から重々しい汽笛の音が発せられた。


 清掃の手をいったん止め、俺も駅員さんに大きく手を振った。


 列車がゆっくりと動き出す。客車3両と武装した火砲車、格納庫に貨物車両まで牽引した列車が動き出し始め、レンタルホームの風景とザリンツィク駅の喧騒が、ゆっくりと後ろへ流れ始めた。


 目指すはイライナ地方最南端の街、アレーサ。


 1年ぶりに戻ったら、母さんはどんな顔をするだろうか。妹のサリーとお婆ちゃんは元気だろうか。


 母の故郷に帰るのが、今から楽しみだった。













 時代が移り変わる時、兵器もまた移り変わる。


 そして多くの場合、そういう時に限って試行錯誤がなされるわけだ。色んな設計案が提出され、試作まで漕ぎ着けては多大な問題点を暴かれ、廃れ、そして後の時代になってネットでネタにされたりおもちゃにされたりする……そういうものである。


 第一次世界大戦の辺りが凄かったりするのは有名な話だが、冷戦もカオスである。核ミサイルを核ミサイルで迎撃するとか、頭のネジ全部外れているとしか思えんプランもあったりするからもう、ホントもう……。


 それはさておき、頭のネジが外れている人が在籍しているのは血盟旅団も例外ではなかったらしい。


 軽車両用の第一格納庫の片隅。旧ソ連製の装甲車とかヴェロキラプター6×6とか、軽車両とは何かと深く考えてしまいそうなラインナップが並ぶ中に、また新たな鉄の塊が追加されている。


 ずっしりとした車体に武骨な履帯。いかにも東側の戦車ですよ、労働者が汗水たらしながら設計した尊い労働の結晶ですよと言わんばかりの風格を放っているそれは、もしかしなくてもソ連製の駆逐戦車だった。


 『IT-1』と呼ばれる兵器である。


 ベースになっているのは同じくソ連製戦車のT-62。まるでそれから砲塔を取り外し、代わりにおまんじゅうみたいな丸い砲塔を乗せたような外見が特徴的である……おまんじゅうって言ったけど食べられないし、食べようとしたらソ連のお兄さんたちのお世話になるから絶対やめよう、同志スターリンとの約束だ。


 というわけでまあ、これは何のための兵器なのかというと、対戦車ミサイルの発射に特化した『ミサイル戦車』である。これででっかいミサイルを発射し、敵の戦車を遠距離から一方的に撃破する事を期待された”戦車殺し”なのだ。


 しかし、より軽量で扱いやすい対戦車ミサイルが普及した事を受け、『いつまでもデカくて扱い辛いミサイルをわざわざ駆逐戦車から発射する必要なくね?』という効率の悪さを受け、最終的には退役してしまった悲劇の兵器である。


 じゃあ何でそんな退役した兵器を採用したのかというと、そこで頭のネジがぶっ飛んだパヴェル氏が出てくる。


 昨日の夕飯の時間、モニカがぽろりとこう漏らしたのだ。「戦闘中、空から弾薬が降ってきたら便利なのになぁ」と。


 しかし当然、血盟旅団は航空機なんか運用していないし専門のパイロットもいない。第一運用するための設備もノウハウもない(パヴェルならやりそうだが)ので、未だに二次元的な戦闘に縛られているのが実情である。


 空から補給物資を投下するのは確かに便利だが、そのための輸送機もないじゃねーか……という反論を喰らうのは当然の事だ。


 そこでウォッカをおキメになられた我らが同志パヴェルが仰ったのです。


 「ミサイルの代わりに輸送カーゴ飛ばせばいいんじゃね?」と。


 そんなアルコール漬けの脳味噌が弾き出した返答がこれだった……でっかいミサイルが不評で退役した駆逐戦車、そのミサイルのサイズを逆手にとり、弾薬や回復アイテムを詰め込んだ輸送カーゴに改造、前線の味方を無線でサポートしつつ後方から補給物資を届けるというアイデアである。


 ウッドランド迷彩に塗装され、追加装甲まで搭載されたIT-1。退役せず今でも現役だったらロシアとかウクライナ辺りでこんな感じの姿になっていたのかな、と思える外見に生まれ変わったそれの隣では、分解された輸送カーゴをパヴェルとモニカ、シスター・イルゼの3人が仲良く組み立てている。


 さすがにちゃんとした輸送コンテナと比べると容積が少なく量は限られるが、現状ではなかなか画期的な兵器だとは思う。


 もちろん対戦車ミサイルも積み込んで、いざという時の火力支援は行えるようにするらしいが……。


「ふー、できた!」


 額の汗を拭い去り、満足げに言うモニカ。


 対戦車ミサイルと比較すると空気抵抗を受けそうな、やや角張った形状の輸送カーゴがそこにはあった。空気抵抗を受けそうな形状なのは、過剰に加速しないための配慮なのだろうか。


「後で試験運用やろうぜ」


「お、おう」


 なんだろうか。


 段々、血盟旅団も変態組織になりつつあるのは気のせいか。


 コラそこ、「元からだろ」とか言うな。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ミカ君へ 実際変態であるだろう。だってバニーのR18本盗んでたやんけ(遠い過去の記憶) [気になる点] 銃のリクエスト失礼します。 PMー63 RAK ボーランド製のサブマシンガンです。ス…
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