さついのかたまり
戦いになると、クラリスが生み出された意義を嫌でも意識させられます。
同志団長は、クラリスたちホムンクルスを人間として扱ってくださいました。母親の子宮を介さず、機械から生まれてくる”造られた生命”、ホムンクルス。クラリスたちのいた世界においては多くの国でそれらに人権はなく、人間に使役される人形として、物言わぬ奴隷として、そしてあるいは欲望の捌け口として利用されてきました。
ホムンクルスたちを、クラリスの同胞を人間として扱ってくれたのは同志団長率いるテンプル騎士団くらいのものだったのです。
しかしテンプル騎士団においても、ホムンクルスに何を期待しているのか、当事者たるクラリスたちも薄々感じてはいました。
ホムンクルスには人間同様の自我が、自由意思があります。ベースとなった遺伝子は同一でも、個人差は依然として大きい。だから穏やかな性格の子がいれば好戦的な性格の子もいたりと、随分と多様性に富んだ姉妹たちでした。
そういう事もあって、ホムンクルスにも職業選択の自由がありました。普通の子供と同じように教育を受け、高等教育を受けてから進学するか、就職するかを選択できます。進学して研究に没頭する子もいれば就職したいという子もいて、そういうところは人間と変わりませんでした。
けれども、そんな数ある選択肢の中から「テンプル騎士団の兵士になる」という選択をした子を見るテンプル騎士団の将官の目は、明らかに違いました。兵隊が手に入った、駒が歩いてやってきた……そんな感じでした。
もちろん、クラリスに他者の心を覗くような能力はないですし、超能力者の類でもないので本心は分かりません。ただ、お花屋さんになると言ったホムンクルスへの態度と入隊を志願したホムンクルスへの態度には、あからさまな違いがあるように思えてなりませんでした。
結局のところ、テンプル騎士団への入隊を志願するのは全体の7割……多くのホムンクルス兵が、戦いを求めていたのです。
クラリスもそうだったのかもしれません。口では世界平和とか安寧とか、そういった聞いていて心地の良い言葉を発しておきながら、身体は戦いを求めていたのでしょう。
それがクラリスたちホムンクルス兵の、生み出された本当の理由だから。
テンプル騎士団が製造するタクヤ・ハヤカワのホムンクルスは、戦うために生み出された存在なのです。
ただ―――クラリスはそんな自身の出生を、呪おうと思った事はありません。
だって、戦う事に向いたホムンクルス兵でなければ―――ご主人様をこうしてお守りする事も出来なかったでしょうから。
引き金を引いた途端、肩にそれなりにマイルドな反動が襲ってきました。ボーイズ対戦車ライフルが火を抜き、.55ボーイズ弾が解き放たれた瞬間でした。
戦車の装甲を穿ち、エンジンを破壊する、あるいは乗員を殺傷する事を期待して製造されたその一撃は、必殺の矛と化し戦闘人形の頭を易々とぶち抜きました。1体仕留めるつもりで放った一撃ですが、戦闘人形の追加装甲装備の頭部を貫通してもなお運動エネルギーに余力を残していた弾丸は、ひしゃげた弾頭部のせいで複雑な回転を続けながら直進すると、後方に控えていた別の1体の胸部にめり込んで、その内部構造を大きく損傷させました。
ギギギ、と装甲板が軋む音を奏でながら、2体の戦闘人形が崩れ落ちていきます。
彼らもまた、クラリスと同じなのでしょう。
戦うための駒として生み出された存在。造られた機械の兵士たち。そういう意味では、クラリスと戦闘人形は同じ仲間と言えるのかもしれません。
……いや、そんな事はありません。
断言します。クラリスはあんなのとは違います。
だって戦闘人形たちに自我はないし、クラリスみたいな筋力もないざこざこ戦闘兵器ですし、ご主人様を誘惑できる大きなおっぱいもありませんから。
だからクラリスの方が優れています。アイツらはみんなクラリスの下位互換なのです。やーいやーい。
などと小馬鹿にしながらボルトハンドルを引きました。熱々の焼き立ての薬莢が外に躍り出るや、発砲時の熱で一気に活性化したメタルイーターの作用を受け、急激に錆びていきました。
薬莢の1つすらフリスチェンコ博士には渡さない……パヴェルさんのそんな意図が見えました。
きっとこの戦闘記録も、博士は見ているでしょう。記録をとって、後になってからそれを参考に兵器開発を行うつもりに違いありません。
そんな魂胆が丸見えだったので、きっと今頃パヴェルさんも動いている頃でしょう。作戦開始前、スマホを使って彼に短くではありますがメールを送っておきましたから。
有能メイド? 当たり前です、クラリスはご主人様の有能なメイドなのです。むふー。
ご 主 人 様 の 敵 は ク ラ リ ス の 敵 。
さ、というわけでとっとと仕事を済ませて報酬を頂きましょう。クラリスの分け前は多分食費に消えるでしょうけど。
「!」
チェーンソーをコンクリートに押し当てるような、あるいは工作機械で鉄板を切り刻むような甲高い音が聞こえたかと思うと、アパートの壁をブレードでぶち破った戦闘人形が襲い掛かってきました。
頭部に装備した追加装甲、そこにある複眼状のセンサーがいやらしい光を放ちます。
スリングで肩に下げていたボーイズ対戦車ライフルから手を放ち、背負ってたパイルバンカーに武器を持ち替えます。ずっしりと重いそれをしっかりと保持し、グリップにあるスイッチを中指で操作して安全装置を解除。機関部内部でエリコン35mm機関砲の砲弾を流用した特性の空砲が、撃発位置へと前進する音が聞こえました。
初弾装填、安全装置解除―――グリップを握り締め、飛びかかってくる戦闘人形へと照準を合わせ、引き金を引きました。
ドムン、と重々しい砲声が轟きました。炸裂した空砲の発射ガスを受け、勢いよく撃ち出されたのは口径35mm、短く切り詰められた砲身内部のライフリングと噛み合うように螺旋状の溝を掘られた、パヴェルさん特性の対飛竜パイルバンカー【天穿ち】。
飛竜の外殻を撃ち抜く事を想定したのでしょう……というか、それ以外に想定していないのでしょう。目標を達成する事だけを考慮し、それを運用する側の人間の事を一切考慮していません。
使用者を武器に合わせない限り、まともに運用できない大味な兵器……軍事的に見れば欠陥品以外の何物でもありませんが、戦闘に向いたホムンクルスとして生まれたこのクラリスの身体は、常人にも耐えられない程の負荷にも余裕で耐えてくれました。
35mm機関砲の反動を、パイルバンカーに搭載された3基の油圧式ショックアブソーバーが申し訳程度に吸収してくれます。残りの分はクラリスの身体で受け止めました。
撃ち出された杭はというと、まるで綿を錐で刺し穿つかのように、あっさりと装甲をぶち抜きました。追加装甲を穿ち、頭部にある制御ユニットを刺し貫いて、脊髄型ユニットまでぶち抜いた鉄杭が、鮮血さながらに機械油にまみれた状態でその切っ先を覗かせました。
ぐっ、と力を込めて強引に引き抜くと、機関部下部から35mm機関砲の空砲、その空薬莢が落下しました。がらん、と音を立てて落下したそれは、メタルイーターの浸食を受けて瞬く間に錆び付き、崩壊していきます。
動かなくなった戦闘人形を尻目に、ポーチから取り出した空砲を装填。コッキングレバーを引いて撃発位置へと送り込んだ次の瞬間でした。
こう見えてクラリスも戦場での生活が長いので、何となくですが危機を察知する事は出来ます。理屈ではうまく説明できないけれど、何となくこのままではまずい、とか、危ないから移動しようと考える事があるのです。
その感覚は、次元の壁を超えた今となってもなお健在でした。
慌ててその場を飛び退いた直後、崩壊しかけのアパートが一気に崩れました。濛々と立ち昇る土煙の中から現れたのは、紅く焼けた刃の連なり。互い違いに搭載された、巨大なチェーンソーの束だったのです。
制御ユニットを完全破壊され、動く事の無くなった戦闘人形の残骸を履帯で踏み潰しながら姿を現した巨躯。それは従来の戦闘人形よりも大きくて、より攻撃的な、尚且つ異なった設計思想の元に生み出されたものである事を声高に告げていました。
フリスチェンコ博士が生み出した新型戦闘人形、『ブリスカウカ』。
イライナ語で『稲妻』を意味するそれが、建物を豪快に破壊し、押し潰しながら目の前に現れたのです。
レールに乗った眼球状のセンサーがこっちを睨み、真っ赤な光を発しました。標的を発見したと認識し、戦闘モードに入ったのでしょう。
さて、大暴れしますか……そう思ったところで、近くの建物の壁をぶち破って、戦闘人形が吹っ飛んできました。機体の装甲各所には焦げ目がついていて、表面には微かに蒼いスパークが漂っています。
空気の焦げる臭いと共に、今しがた戦闘人形がぶち破った大穴から小柄な人影が姿を現しました。
腰に剣を下げ、肩に大きなライフルを背負った可愛らしい獣人―――前髪は白く、それ以外は闇のように黒い、ハクビシンの獣人でした。
そう、ご主人様です。
「無事か、クラリス」
「ええ」
ご主人様もお怪我が無いようで何よりですわ。
AK-308を構えたご主人様は、こちらを睨んだまま水冷式機関銃の束を向けてくるブリスカウカを睨むと、交戦的な笑みを浮かべました。
ハクビシンは臆病な小動物……けれども外敵に対しては、これ以上なく獰猛になると聞いた事があります。
どれだけ小さくとも、牙を持つ獣なのです。
「行くぞクラリス、とっとと終わらせよう」
「はい、ご主人様」
ご主人様の声でクラリスの体力も回復しましたし、何ならステータスも何から何までカンストしました。
今のスーパークラリスなら負けません、絶対に。
静止した世界の中を駆けながら、引き金を引いた。
7.62×51mmNATO弾―――西側諸国で運用されている、大口径のフルサイズライフル弾。スナイパーライフルや汎用機関銃、大口径のバトルライフルの弾薬として採用されているそれは、反動の大きさに目を瞑れば圧倒的な威力と射程、弾速で使用者の要求に応えてくれる。
時間停止が解除されると共に、弾丸たちが再び動き出した世界の中を泳ぎ出した。弾速を取り戻した彼らは真っ直ぐに疾駆するや、今まさに機関銃の束から弾丸をぶちまけようとしていたブリスカウカの左腕に命中、火花を散らす。
その内の何発かが水冷式機関銃の冷却水タンクに破孔を穿ったらしい。真っ黒に塗装された機関銃の表面が濡れたような光沢を発したけれど、しかし重機関銃はお構いなしに火を噴いた。
機関銃、というよりは機関砲(口径20mm以上は機関銃ではなく機関砲と呼称するのが一般的である)と呼ぶべきだろうか。小刻みに発動と解除を繰り返す時間停止の中、静止した世界の中で一緒になって氷漬けにされている機関砲の砲弾は、明らかに20mmはあった。
黒色火薬は、今の軍隊で使われている無煙火薬と比較するとパワーが無い。だからその分、飛ばす弾丸の質量を大きくして威力を稼ごうというのが昔のやり方だった。だからイギリスが昔使っていたマスケットのブラウンベスなんか、口径が75口径もある。ブローニングM2だって50口径、12.7mmなのに。
当たりたくねえな、と思いながらスライディング。左右に1基ずつ配置されている履帯の間に滑り込む。やっぱり読み通りだった、ここには装甲が無い。さすがにこんな真下からの攻撃なんて、フリスチェンコ博士は想定していなかったのだろうか。それとも冷却上の問題とか重量制限の関係で妥協したのか。
まあいい、博士に製品の問題点を教えてやるさ。
スライディングしながらストックを脇に挟み、フルオートで7.62×51mmNATO弾をぶちまけた。おかげで強烈な反動で銃が踊り、上へ上へと銃口が上がっていくが、これだけの至近距離ともなれば命中精度なんか関係なかった。撃てば当たる距離に標的が居るのだから。
ガガガッ、とまともに装甲も用意されていない下半身の底部へと、7.62×51mmNATO弾が次々に、面白いくらいに食い込んでいく。機械油が溢れ、加熱された金属が焼けつくような悪臭が漂う中、ミカエル君は無事にブリスカウカの真下を潜って後方へと抜けた。
ぐる~、とレールに乗った眼球状センサーのうちの一つが、憎たらしそうにミカエル君の姿を睨みつける。良くもやってくれたな、なーんて恨み節が聞こえてきそうだったが、しかしそんな余裕なんかあるのだろうか。
ごしゃあっ、と金属が潰れるような音。見てみると、右手にマウントされたチェーンソーの束が派手にぶち壊され、その残骸が宙を舞っているようだった。
クラリスだ。至近距離で放ったパイルバンカーの一撃が、ブリスカウカの左腕を破壊したのだ。
俺よりもクラリスを脅威と認識したのか、左手の重機関銃をクラリスへと向け掃射するブリスカウカ。しかし冷却用の水が入ったタンクに生じた破孔から水が漏れた状態で、満足な射撃など出来るわけがない。
あっという間に真っ赤になった銃身が沈黙、あるいは爆発したり、制御ユニットの命令を無視して撃発を繰り返す。暴発だ。撃ち過ぎて高温になった機関銃に起こる現象だ。
暴発のせいで左腕の武器まで封じられたブリスカウカ。このまま死ねるかと前進、クラリスを押し潰そうとするが、しかしこっちは素手で金庫の扉をぶち抜く馬鹿力のクラリス。こんなロボットの突進で吹っ飛ばされるわけがない。
案の定、ブリスカウカの決死の突撃は、まるで回転する機械に石でも噛み込んだかのようにあっさりと止まった。押し潰そうと迫るブリスカウカの機体正面、ちょうど流用したトラクターの車体正面にあたる部分を、クラリスががっちりと押さえつけているのだ。
今です、と声が聞こえた気がした。
言われるまでもない。時間停止を小刻みに、尚且つ連続で発動しながら時間を稼ぎつつ、ブリスカウカの背中をよじ登っていった。
つるりとした頭を撃ち抜いてやりたいところだが、あそこは装甲が厚そうだ。7.62×51mm弾での貫通は見込めないが、しかし脆弱そうな部位ならもう見つけてある。
人間で言ううなじの部分だ。そこは何故か装甲に覆われておらず、ケーブルのようなものが剥き出しになっているし、更にその奥には人間の背骨みたいなパーツも見て取れる。
おそらくは頭部の制御ユニットから、機体各所へ命令を伝達するためのユニットなのだろう。さて問題です、そんなところにお腹いっぱい弾丸を叩き込まれたらどうなるでしょうか。
ぐり、とAK-308の銃口を押し付けながら、ミカエル君はマガジンが空になるまで引き金を引いた。
先ほどのフルオート射撃ですぐに弾切れしてしまったが、ジャングルスタイルにしていたことが功を奏し、マガジンの交換はすぐに終わった。上下逆に、金具を使って左右に連結していたマガジンをくるりとひっくり返して装着、コッキングレバーを引いただけである。
「負けちゃえ、負けちゃえ!!☆」
何故かメスガキミカエル君が出てきたが、それはさておき。
弾丸を撃ち込まれる度に、ブリスカウカは苦しそうに頭部のセンサーを何度も点滅させた。上半身を揺らして俺を振り落とそうとするが、しかし振り落とされるよりも先に、うなじの部分に集中配置されていたケーブルが完全に断線する方が先だった。
バチュン、と太いケーブルが断たれるような音と共に、コンセントを引き抜かれた機械さながらにブリスカウカの全ての機能がシャットダウン。センサーから光が消え、ギギギ、と装甲の軋む音を断末魔に、やがてブリスカウカは動かなくなった。
静止したそれから飛び降り、どこかで俺たちの戦いぶりを見ているであろうフリスチェンコ博士に向かって言ってやった。
出直して来な、と。




