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仲間たちの戦い


「データ、しっかり採っておきなさいよ?」


 機械油で汚れた白衣を身に纏い、腕を組みながらそう命じるのはフリスチェンコ博士だ。相手が年上だろうと権力者だろうと、”イライナの技術水準を半世紀引き上げた女”という実績を盾に煽り倒すメスガキ博士―――そう言われる彼女も、今ばかりは科学者としての冷静な顔になっている。


 主人の命令を聞いた戦闘人形オートマタたちが、戦闘用のブレードではなく、汎用性を重視した五本指のマニピュレータに換装された腕を器用に動かして、タイプライターを思わせるキーボードを素早く叩いていく。


 カタカタとタイピングする音に包まれた分析室の壁面、そこに用意されたスクリーンの中には、テストエリアの中で戦う血盟旅団のメンバーたちが戦う様子が、さながら白黒映画の如く表示されていた。


 音声までは拾えないが、映像は拾える。


 暴走した戦闘人形オートマタを隔離するために閉鎖しているとはいえ、E-731は数あるテストエリアの1つだ。組み立てが完了した戦闘人形オートマタや試作型の機体をテストし、基準を満たした品質に仕上がっているか、あるいは実際に動作させてデータを採取するための場所として、様々な環境を模したテストエリアがこの第七技術研究所には存在する。


 その機能を使い、フリスチェンコ博士はデータを採っていた。


 暴走した戦闘人形オートマタのデータもそうだが……彼女にとって重要なのは、血盟旅団のメンバーの戦闘データである。


「……」


 顎に手を当てながら、博士は映像の中で戦うミカエルの持つ銃に注目していた。


 黒く、角張っていて、それでいて現代の銃と比較するとあまりにも銃身が短い。


 そこまではいいのだ。外見など、いくらでも真似できるものだから。


 最大の問題は、そこではない。”中身”だ。


(一体どうやってあんなに連射を……?)


 ここはマルキウと並ぶイライナの工業都市”ザリンツィク”。イライナどころか、ノヴォシア帝国の工業を支える中心地であり、技術開発の最先端をひた走る彼女にとっては、まさにこここそが”世界の中心”である。


 そんなザリンツィクで後装式の単発小銃と金属薬莢が実用化されたのが、1年と2ヵ月前の事だ。


 既存のフリントロック式よりも撃発が確実で、装填も素早いそれは小銃の在り方を変える革命的な新兵器として、皇帝陛下ツァーリから直々に増産命令が下されるほどのものだった。元はと言えばダンジョンから発掘された旧人類の技術を博士が解析し、獣人たちの低い技術でも再現できるよう再設計したものなのだが、しかしそれでも素早い装填が行える後装式の小銃は、まさに”戦争の形を変える”新兵器と言えた。


 水冷式の重機関銃と合わせて、赤化病を払い除けたザリンツィクではこれらの兵器が凄まじい勢いで増産され、広大なノヴォシア全土へと出荷されていく。やがてフリントロック式の銃は過去のものとなるだろうが、しかし帝国の軍事力たる騎士団の規模は極めて大きく、その完全更新には時間がかかるであろう、と博士や軍事関係者は見積もっている。


 現在でも精鋭部隊への優先配備が進んだ程度だ。


 そんな最先端の兵器ですら、遥かに時代遅れのものに思えてしまう―――そんな銃を、血盟旅団は手にしている。


(連射は速く、命中精度も高い……そして戦闘人形オートマタの装甲すら撃ち抜く威力……アイツらの装甲は20~30mmよ? それを撃ち抜くなんて……)


 いや、よく見ると彼らは戦闘人形オートマタの装甲が薄い部位、あるいは装甲の繋ぎ目を撃ち抜いている事が分かる。


 ならば驚くべきなのは威力もだが、その命中精度にも驚くべきだろう。狙った部位へ思い通りに命中させられる精度。前線で戦うライフルマンたちからすれば、素早く連射ができ、威力も高く、更に命中精度も高い銃などまさに夢のような兵器と言えるだろう。


 それを機関銃の如く連射するその謎の銃に、博士は釘付けだった。


 昨年、ここで試作機のテストをした時から目を付けていたものだ。血盟旅団は活動開始から僅か1年で名を馳せた新興ギルドであり、今では既に中堅にまで上り詰めている注目の冒険者ギルドとされている。


 アルミヤ半島の開放やガノンバルドの討伐、そして未知のエンシェントドラゴン”マガツノヅチ”の討伐……その偉業は、明らかに新興ギルドが打ち立てられる範疇を超えている。


 メンバーの練度もそうだが、それほどまでの結果を短期間で残す事が出来た最大の要因は、彼らが運用するその先進的な兵器にある―――フリスチェンコ博士はそう見ていた。


 あれは一体誰が造り上げたものなのか。あるいはどこで手に入れたものなのか。


 どこかのダンジョンに埋まっていたものを発掘して使っているのか、それともギルド内にそう言った兵器を容易く製造してしまう天才技術者でも在籍しているのか。


 フリスチェンコ博士の科学者としての興味は、その未知の技術へとのみ向けられていた。


 科学者として最先端技術に触れる彼女のさがなのだろう―――未知の存在を目にすると、解き明かしたい、自分の技術にしたい、という探求心に駆られる。


 それは食欲にも似た、底が無い欲のようなものだ。


 今の彼女は、己の欲望に忠実だった。









 ―――だから博士は、気付かなかった。







 ―――技術の漏洩を恐れたパヴェルが放った超小型ドローンが、記録のレコードを片っ端から焼き切っている事に。













 正直言うと、私は身体を動かしている時が一番楽しいと感じる。


 身体を動かし、汗を流す。衛兵に守られた屋敷の中で大人しくしているなんて真っ平御免。そんなの、お人形さんと何も変わらないもの。


 だから私にとっての娯楽は中華ジョンファで学んだ拳法で、鍛錬がそのまま私の趣味になっていた。


 そして何よりも楽しいのは―――死力を尽くして、強敵と戦う事。


 ヒュン、と鋭く風を切り裂く音を奏でながら、私の右肩のすぐ脇を巨大な刃が通過していく。戦闘人形オートマタの両腕に搭載されたブレードだ。鎧どころか盾もろとも相手を叩き切ってしまう、切れ味と質量を併せ持った最強の矛。そんなものをヒトの身で受けてしまえばどうなるか、考えたくもないわ。


 けれども、そんな最強の矛を持っていても扱うのが木偶人形ならば、対処はそれほど難しくはない。


 だって、動きが単調だもの。


 近付いて、ブレードを振り下ろしたり、振り払ったりするだけ。熟練の格闘家のような捨て技(フェイント)で相手の反応を見たり、裏をかくという事がない。予めインプットされた情報だけに基づいて、それを忠実に実行するだけの人形なのだと、そういう動きを見る度に嫌でも意識させられる。


 振り下ろされたブレードを左の掌底で受け流す。手のひらにある肉球に走る、金属特有のひんやりとした感触。やはり彼らはどこまでいっても機械だ。ヒトのような温もりは彼らには無い。


 くるりと回転し、勢いを乗せた裏拳を戦闘人形オートマタの頭部に叩きつけた。まるで昆虫みたいな複眼状の機械の目が追加装甲ごと粉々になって、アリクイみたいな本来の顔が追加装備の下から顔を出す。


 怒り狂ったように爛々と目を光らせるけれど、もう遅かった。


 懐に入られた巨獣に、出来る事はない。強いて言うならば後ろに下がって距離をとるのが最善策と言えたけれど、与えられた命令の範囲内でしか行動出来ない機械にそんな芸当ができる筈もなく、あっさりと私の放ったトドメの一撃を受け入れる羽目になった。


 落下する勢いを乗せた右の拳が、制御用の中枢ユニットのある頭頂部に深々と突き刺さる。めきり、と何かが割れるような手応えを拳の先に感じた頃には、戦闘人形オートマタの目からは光が消えていた。


 拳を引き抜き、くるりと空中で回転してから着地。ズズン、と崩れ落ちた戦闘人形オートマタに向かって手のひらと拳を合わせながら一礼、戦ってくれた相手への礼を伝えておく。


 ありがとう、楽しかったわ。


 ……さて。


「……次、誰来るネ?」


 まだ不慣れなノヴォシア語で、そう問いかける。


 アパートを模した建物の壁面には、まだ3体くらいの戦闘人形オートマタが張り付いていて、飛びかかるべきタイミングを計っているようにも見えた。


 ふふっ、と小さく笑う。


 3人まとめて、というのが手っ取り早いかしら。


 おいで、と手招きすると、戦闘人形オートマタたちは望み通りと言わんばかりに一斉に飛びかかってきた。













 薩摩の道場でお世話になった師範はこう言った。「真の達人は鉄すら切り裂く」、と。


 残念ながら、某は未だにその境地に至っていない。


 龍の鱗を断つことは出来ても、鋼鉄を断つことは未だにできぬのだ。


 今しがた振り払った一撃が、”おーとまた”の装甲に阻まれた瞬間に、某は何となくそんな事を思い出していた。薩摩での血反吐を吐く思いで続けた鍛錬の日々、そんなある日に師範が仰った言葉。それはまだまだ青く復讐にばかり目が向いていた某に、はるかな高みの存在を思わせたものだ。


 復讐が終わった今、某に生きる理由はない―――ついこの前までは、そう思っていた。


 マガツノヅチを殺し、その後は何をすればいいのか。


 ミカエル殿との旅の中で、新しい目的が見つかるのではないか。そう思い、仲間と共にノヴォシアの地を巡る中で、某の中に新しい目的が芽生えつつある。


 ―――あの高みに至りたい。


 鋼鉄すら切り裂いてしまうほどの、剣術の極致に。


 魔術の適性はなく、学問もお世辞にも優れているとは言えぬ。某にはこの刀しかなく、剣術しか打ち込めるものはないのだ。


 ならばそれを極めてみせよう、いけるところまでいってみよう、というのはある意味で当然の答えではあるまいか。


 そんな簡単な事にすら気付けぬほど、某の目は曇っていたらしい。


 ふっ、と小さく笑い、両脚に力を込めながら跳躍した。


 すぐさま”おーとまた”が反応してくる。羽虫の如く飛び回る敵をさっさと切り刻んでしまおうとでも言うのか、さながらカマキリ(蟷螂)の如く両腕の刃をギラリと光らせ、某に向かって左右から挟み込むような軌道で振り抜いてくる。


 空中で身体を捻り、手にした刀―――しゃもじ殿が某に贈ってくれた満鉄刀を宙に躍らせた。


 ガギュ、と耳障りな金属の調べが鼓膜を打つ。手に返ってくるのは岩を叩いたかのような、何とも刃こぼれが心配になるような硬い感触。


 血の代わりに舞う機械油。蒼白い稲妻が、その断面で踊り狂う。


『―――』


 両腕を切断された”おーとまた”が、驚いたように見えた。


 こんなからくり人形に、そのような感情などあろう筈もない。ただの某の錯覚であろう。


 腕の仕返しと言わんばかりに、”おーとまた”の肩に取り付けられた武器が某を睨んだ。「すいれいしききかんじゅう」と説明で聞いた、例の連発鉄砲だ。あれ1丁で織田の鉄砲隊の如き速射ができる、とされている。


 それが火を噴いた。


 左肩の辺りに、小さくも鋭い痛みが走る。鉄砲玉が肩を掠めたのだ。袴が切れ、微かに血が飛び散ったが、それだけだ。肩を撃ち抜かれたわけでなければ、某が討ち死にしたわけでもない。


 まだ某は生きている。


 眉間に迫る鉄砲玉を満鉄刀で弾き、舞い散る火花すら置き去りにしながら、某は腹の奥底から声を絞り出した。


「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!!!!」


 あらん限りの力を込め、刀を振り下ろす。

 

 狙うは”おーとまた”の脳天。昆虫の複眼にも似た兜に守られた、脆弱な部位。


 しかし一太刀だけでは、そこには届かぬ。


 最初の一撃が、装甲の切れ間へと吸い込まれた。満鉄刀を通し、堅い感触が手元に戻ってくる。折れてくれるな、砕けてくれるなと祈りながら力いっぱい振り降ろすと、武骨な兜の下から蟷螂カマキリのような素顔が覗く。


 それに向かって、某は容赦なく切っ先を突き立てた。


 ガヅッ、と肉を断つのとはまた違った手応えが生じる。まるで全身が骨でできているような、さながらあやかしを斬ったかのような手ごたえを感じた。


 刀が折れるのではないか、という心配はない。


 代わりに胸中にあるのは、討ち取った、という確信だけだった。


 力を込めて刀を引き抜くや、人間で言うところの眉間を刺し穿たれた”おーとまた”の身体から力が抜けていった。鮮血の代わりにどろりとした機械油を垂れ流し、断面から火花を散らして崩れ落ちていく”おーとまた”。今の一撃で”死んだ”のだと理解するが、しかし戦いはまだ終わらない。


 大通りの向こうから、今しがた仕留めた”おーとまた”と同型のからくり人形たちが顔を出しては、複眼を紅く輝かせてこっちへとやって来るのである。


 博士の言っていた”ぶりすかうか”とかいう”おーとまた”は見当たらないが……まあ良い、某の相手になるというならば、その意気や良し。相手がからくりであろうと、某は全力で相手になろう。


 姿勢を低くし、両脚に力を込めて走り出す。


 迫りくる”おーとまた”の群れへと向かい、あらん限りの声で吼えた。




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― 新着の感想 ―
[一言] このメスガキ博士、何が恐ろしいって、このままいけば素で某モリ◯ンのフ◯オナ博士レベルの技術力を持ちかねないところですよね。 そりゃあパヴェルさんも警戒しますよ…
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