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第七技術研究所


 イライナ地方の強みは、世界一肥沃と言われている土壌以外にも高い工業力がある。


 今のノヴォシア帝国は、周辺諸国に後れを取るまいと工業化に躍起になっている。ドルツ諸国に聖イーランド帝国、神聖グラントリア帝国といった列強国に下に見られないようにと、農業重視だった政策を大幅転換、今では工業に力を入れ軍隊の近代化を図っているのだ。


 その強引な政策転換で多くの国民が苦しんでいるのだが、その話になると脱線どころか恨み節が止まらなくなるだろうからこの辺にしておく。


 それはさておき、そんなノヴォシア帝国の工業を支えているのがここ、ザリンツィクと北方のマルキウの2つの工業都市である。付近に豊富な鉄鉱石が採掘できる鉱山が複数存在する事から材料の調達も容易で、工場の稼働に欠かせない燃料や冷却水の供給も豊富である事から、工業の拠点にするには絶好の立地と言える。


 帝国中枢からの出資を受け発展したここで、騎士団に配備される兵器が続々と製造されている。定期的に工場の見学ツアーなんかもやってるらしくて、いつも大盛況なんだとか。


 1年で何が変わったのかなー、なんて軽い気持ちで駅を出たミカエル君の視界に飛び込んできたのは、赤化病という恐ろしい疫病を乗り越え、帝国の最新技術を生み出す工業の中心地として蘇ったザリンツィクの姿だった。


 道を走っているのは新型の自動車だが、他にも戦闘人形オートマタらしき四足歩行のロボットが、背中に人を乗せて車道を歩いている姿が見える。カマキリを思わせる特徴的なブレードはオミットされて完全に非武装化されたそれが、さながらインドの戦士を背に乗せて闊歩するゾウのように車道を歩いているのだ。


 背中に乗っているのは裕福層な身なりの客ばかりで、運転手や御者のような人員は見当たらない。完全に自立して行動できる戦闘人形オートマタ……なるほど、確かにあれは富裕層にはウケが良さそうだ。


 街中を行進する騎士たちが肩に抱えているのは、従来のイライナ・マスケットではない。後装式に改造された単発型のライフルのようだった。フリントロック式の銃によくある優美な機関部レシーバーは取り払われ、右側面にオフセットされた撃鉄ハンマーと雷管が良く見える。


 銃剣付きのそれを抱えた騎士団の兵士たちとすれ違い、街を歩いた。


 とりあえず、俺たちの列車は燃料の補充と機関車の点検のためにしばらく駅に停まる。こういう時に俺たちがやるべき事は、冒険者管理局で仕事を見つけて報酬を手に入れ、ギルドの財政面を支えることだ。


 というわけで冒険者管理局にやってきたのだが……疫病が去ったからなのか、中は随分と賑やかだった。


 冒険者たちの笑い声や大きな声、力自慢に興じる巨漢たちの怒声。向こうでは酔いが回った冒険者同士の喧嘩でも始まったのか、当事者たちの罵声やそれをはやし立てる聴衆の声が聞こえ、管理局職員が慌てて制止に入る姿も見えた。管理局の人はああいう酔っ払いの相手もしなければならないので、本当に大変である。


 冒険者管理局は、殆どの場合こうした冒険者向けの酒場や食堂が併設されている。仕事に行く前の食事や仕事終わりの打ち上げまで、ここで済ませることができるのだ。


 提供されるのは冒険者向けにカロリー割り増しに調整された料理の数々。激しい運動をした後に摂取する事を前提としているので、普通の人が毎日こんなところで飯を食ってたらあっという間に糖尿病が部屋のドアをノックしてきて、生活習慣病でハーレムが作れる。


「にぎやかですわねぇ」


「赤化病は去ったからな」


「む、赤化病?」


「ああ、範三は知らないのか。去年ここで蔓延してた疫病だよ」


 倭国では存在しなかったんだろうか、赤化病。


 とりあえず範三とクラリス、そして同行したリーファの3人を連れ、依頼書が掲示されている掲示板の方へ。


 疫病が去って賑わっているからなのだろう、掲示板に貼られている依頼書ももはや取り合いだ。より報酬金額が高い仕事を冒険者同士で奪い合う事になる。


 今だってほら、Bランクの依頼書のところで男性×2が胸倉を掴んで殴り合っている。「俺が先だろ」とか「横取りしやがって」なんて暴言が聞こえてくるが、まあいつもの事だ。


「賑やかネ」


「まあ、冒険者って荒くれ者の集まりだから……」


 紳士的な対応してるの血盟旅団ウチくらいのもんよ……ってのは言い過ぎか。


 まあいいや、とCランクの依頼書のコーナーに視線を向ける。とりあえずパパっと終わらせられるような仕事が良いなと思いながら依頼書を眺めるが、横から伸びてきた女性の手が目の前のゴブリン退治の依頼を持って行ってしまい、思わず舌打ちしそうになった。


 笑顔のまま、パキ、と指を鳴らすクラリス。ステイステイ、と狂犬にジョブチェンジしそうな彼女をなだめ、大人しく別の依頼書を見る事に。


 報酬金額もそれなりに高め、それでいてすぐ終わりそうな仕事はないものか……そう思いながら依頼書の羅列に視線を走らせていると、懐かしい依頼者の名前が視界に飛び込んできた。


「これは……フリスチェンコ博士の依頼か」


 リュドミラ・フリスチェンコ博士。


 ザリンツィクに居る天才博士で、戦闘人形オートマタの解析から改良、新規設計までもを一手に手掛けるイライナの頭脳。昨年、彼女が開発した新型戦闘人形のテストに付き合わされたことがあるが、クラリスはそれを平然とワンパンするわ、俺も瞬殺してしまうわで、あのメスガキ博士をわからせたのは良い思い出である。


 懐かしいなフリスチェンコ博士。元気かな、まだメスガキやってるかな……などと思いながら依頼書をチェックしてみる。


【暴走した戦闘人形オートマタの強制排除】


 お、おう……。


 待て、何があった。


 裏にある詳細情報をチェックしてみるが、どうやら起動試験中に制御不能に陥った個体がテストエリア内を徘徊しているのだそうだ。


 幸い研究員の退避は済んでいるし、テストエリアも隔離に成功したので完全な封じ込めを達成しているが、いつまでもテストエリア内で徘徊されていると新型機のテストも出来ず面倒なのでコロッと始末してきてほしい、というのがフリスチェンコ博士からの依頼らしい。


 あのメスガキ博士、文面は本当に丁寧だな……いや、当たり前か。さすがにこういう文書でも見ず知らずの相手の事を「ざぁーこ♪」なんて煽ってたら次の瞬間にはエロ同人確定である。俺もそうする……え、いや、嘘です。嘘ですって。


「これにするか」


「あら、この博士って例のメスガキ博士ですの?」


「みたいだね」


「メスガキ?」


「ミカエル殿、めすがきとはなんだ?」


「ええと……」


 ごほん、と咳払いしてから、声帯に住んでるCV担当二頭身ミカエル君にお願いしてロリボを準備してもらう。


「ざぁーこざぁーこ☆ 負けちゃえ、負けちゃえっ♪ ……こんな感じでひたすら煽り倒してくる生意気な女の子の事」


「お、おう……」


 範三よ、なぜ顔を赤くしているのだ?


 というか、周りにいる冒険者の人も何でみんなこっちを見て顔を赤くしているのか。仕事に戻れ仕事に。


「ね、ねえ、あの子可愛くない……?」


「煽って欲しい……ひたすら罵倒してほしい……」


「俺は搾り取って欲しい……」


「結婚しよ」


 聞かなかったことにしよう。


 依頼書を手に、そそくさと逃げるように受付へ。受付嬢に依頼書を手渡して契約してから、足早に冒険者管理局を後にした。













 軽車両格納庫に、レトロな装甲車が停車している。


 丸みを帯びた大型のライトに、装甲で覆われた角張ったグリルとボンネット。窓ガラスすら開閉式で覆われた金属製の覗き窓で塞がれていて、右側にある助手席に至っては銃座になっている。


 車体後部に乗っているのはまさかの45mm戦車砲。機銃や機関砲がメインになりがちな装甲車には随分と重装備が過ぎるように思えるかもしれない。


 留置所からの闘争の際に中破したヴェロキラプター6×6に代わって社用車として採用されたのが、このクッソ重装備の装甲車だった。


 『BA-10M』―――ソ連が第二次世界大戦前に開発し、日本軍やドイツ軍との戦闘にも投入した重装備の装甲車である。


 見ての通り火力は装甲車として見ると圧倒的ではあるが、装甲は薄く、オフロードでは機動性が大幅に低下してしまう事から無視できない損害を出した、とも言われている。


 既にパヴェルの手によって魔改造(特にエンジンと足回り)が施されており、機銃は74式車載機関銃に総とっかえ、エンジンをより馬力のあるものに換装したことにより機動性も更に向上。サスペンションとタイヤもオフロードカーを参考に改造したらしく、苦手だったオフロードですら涼しい顔で爆走できる(パヴェル談)のだとか。


 欠点はサスペンションとタイヤの改造で車高が改造前より上がっている事だが、そこは向上した機動性でカバーするか、そもそも戦車みたいな運用は回避し歩兵の火力支援、あるいは偵察に徹するのが一番だろう。


 あと、何故かグリルガードの如くドーザーブレードが装着されている……なんで?


 ねえ、何でウチの整備士はこんな世紀末みたいな改造を好むの?


 助手席に乗り込んだ。窓はなく装甲で塞がれているので、車内はかなり暗い。ミニマムサイズのミカエル君的には問題ないのだが、運転席に座るクラリスは狭そうだ。


 助手席のすぐ前にはででんと74式車載機関銃が、横には予備の弾薬箱があるし無線機もある。


 リーファと範三も後方の砲塔に乗り込んだところで、天井からするするとクレーンが降りてきた。クレーンアームがBA-10Mの車体を掴むや、蒸気を漏らしながら車体をぐいぐいと上へ持ち上げていく。


 やがて第一格納庫の側面にあったハッチが展開、装甲車をそのまま外へと運ぶや、ゆっくりと線路の上へと下ろしてくれた。


 警笛を鳴らして出発を告げるや、クラリスはBA-10Mのアクセルを踏み込んだ。破裂するような音を連鎖させてから、ソ連製の装甲車が重々しく加速。踏切から車道に入り、ザリンツィクにある第七技術研究所を目指す。


 以前にも触れたが、戦闘人形オートマタを運用する最大の利点はそのブレードの威力でも、信頼性の高さでもない。


 ―――『撃破されても人的損害が出ない』、これに尽きる。


 現代の戦争において、最も高価な部品は何かと答えれば、多くの軍事関係者は「人間」と答えるだろう。迷彩服に身を包み、小銃を抱えて戦う兵士こそが最も高価な”部品”なのである。


 小銃の撃ち方や格闘術、サバイバルの知識……兵科によっては砲術だったり戦車の操縦方法だったり、様々な専門知識を身につけさせてから戦場に送り出す。その兵士1人を育てるのには、戦車を余裕で買いそろえられるほどの莫大な金と時間がかかっているのだ。


 そして戦場に出れば、一発の砲弾、あるいは一発の銃弾がその命を一瞬で刈り取っていく。


 それでは割に合わないし、そんな軽いノリでポンポン兵士を戦死させては、国内世論は戦争反対に傾いていく。戦場で死ぬ兵士は誰かの父であり、兄であり、夫であり、息子でもあるからだ。


 少なくとも人命を尊重する国家ではそうなっている(テロ組織とか人命を軽視するような国家ではその限りではない)。


 だから人的損害を少しでも抑えるために無人機開発に走るのは、当然の結果と言えるだろう。


 色々考えている間にでっかい建物が見えてきた。雪のように白いレンガで造られている、力強くも透き通るような質感の建物。必要以上に装飾する事を好まず、しかし黄金にも劣らぬ美しさを生み出すイライナの伝統的な建築様式のその建物。正門には『第七技術研究所』と刻まれたプレートがあり、警備兵が単発小銃を背負って直立不動で警備している。


 正門のところで警備兵に呼び止められた。背中に戦車砲を背負った装甲車など、この世界では珍しいのだろう。警備兵たちも「なんかやべーのが来たぞ」といった感じで俺たちを呼び止めた。


「どのようなご用件で?」


「血盟旅団です。暴走した戦闘人形オートマタの件で依頼を受けてきました」


「ああ、血盟旅団の。なるほどそういう事ですか」


 念のため、冒険者バッジを提示。冒険者バッジは身分証明書としても機能するので、どこの何者か疑われたらとりあえずこれを提示しておけばいい。それだけで身分の証明になる。


 冒険者バッジを返してもらい、駐車場の場所を聞いてから門を開けてもらった。


 やはりマルキウと並ぶイライナ地方の技術の中心地ともなれば、ここに努めている技術者たちはみんな高給取りなのだろう。駐車場に並んでいるのはどれもこれも高級車ばかりで、うっかりぶつけたりしたら法外な修理費を請求されそうで怖い。


 ぶつけんなよ、ぶつけんなよ、と助手席で祈っている間にクラリスは無事に装甲車を停車させた。安堵しながらシートベルトを外して助手席から降り、持ってきたAK-19を背中に背負う。


 さて……仕事をしますか。


 

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