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盗品奪還


「な~にが『俺を楽しませてくれぇッ!!』だこの野郎。おらおら」


「おらおら~」


 プスプスと焼け焦げる音を微かに響かせる大型戦闘人形の頭部。ぎょろりとした眼球型のセンサーが増設されたそこに、パイロットが乗り込むためのコクピットが用意されていたらしい。


 IS-7の徹甲弾でワンパンされた大型戦闘人形、上半身への被弾で吹き飛ばされたその頭部から何とか這い出てきた盗賊団のリーダーと思われる男に56式自動歩槍のストックをぐりぐりと押し付けるパヴェル。その隣では何故かルカも56式自動歩槍のストックでガシガシと、盗賊のリーダーの尻を殴りつけている。


 死人に鞭を打つ……というか、敗者をボコす文字通り鬼畜の所業。まあ、だいぶイキってた相手だから仕方ないね。


「う、うげぇ……てめえら、ただで済むとお゛っ゛!゛?゛」


 ぐい、と一際強くストックを押し込むパヴェル。吹き飛ばされたコクピットから命からがら這い出てきてこの仕打ちなのだ、敗軍の将の末路とは悲惨なものである。


 まあ、悲惨なのはリーダーだけではないが……。


 リーダーの周囲には手足を縄で縛られた盗賊団の団員たちが集められているんだが、そのほとんどが顔面に青々とした痣を作っている。理由は言わなくても分かるだろう。


「ほら、とっとと乗れ!」


 遅れてやってきたキリウ憲兵隊の若い憲兵が、後装式の単発小銃を突きつけながら盗賊たちを大型の護送車へ乗せていく。中には隙を見て逃げ出そうとするならず者もいたけれど、憲兵の振るった小銃のストックで打ち据えられ呆気なくノックダウン、そのまま護送車へと担ぎ込まれていった。


 あらかた盗賊たちを護送車に押し込んだところで、屈強なグリズリーの獣人兄貴×2がやってくる。背中にはラッパのように銃口が大きく広がった銃、”ラッパ銃(ブランダー・バス)”が背負われていて、あんなもんぶっ放されたら原形を留めたままの死はありえないという確信がある。


 56式自動歩槍のストックでグリグリされていたリーダーをひょいっと掴み上げるや、大量の盗賊たちを押し込んでもうパンパンになっている護送車の荷台に無理矢理リーダーを押し込んでいくグリズリー兄貴ズ。通勤時間の満員電車の如くパンパンになっている護送車の荷台に力任せに押し込むものだから、車内はもう阿鼻叫喚。逮捕された盗賊たちの重みで、護送車のタイヤも土に沈み込んでしまっている。


「おい馬鹿押すな」


「もっとそっち行けないのか」


「誰だ今俺の〇〇〇触ったの」


 俺たちに敬礼してから、ぎゅうぎゅうに盗賊たちが詰め込まれた護送車の運転席と助手席に乗り込んでいくグリズリー兄貴たち。ブロロロ……と辛そうなエンジン音を響かせながら、大きく丸いライトが特徴的なレトロな感じの護送車が、ブリニスキー森林の外へと向かって走っていく。


 盗賊たちがいなくなった廃村の中では、騎士団から派遣された回収部隊が戦闘人形オートマタの回収を試みている。


 一部の個体は電撃榴弾の直撃でスクラップになってしまったが、鹵獲された個体の7割は電気回路が焼き切れた程度の損傷であるそうで、電気系統の交換で何とか再稼働させることはできる、との事だった。


「いやあ、助かりましたよ」


 騎士団から派遣された回収部隊の指揮官(名前は”エレメンコ中尉”だったか)が、よくやってくれたと言わんばかりの笑みを浮かべながら俺に敬礼してくれる。やがて差し出された大きな手に握手で応じると、傍らで待機していた副官に視線を送った。


 副官は頷くと、手にしていたダッフルバッグのジッパーを開けて中身を見せてくれる。中には奪還した戦闘人形オートマタ1機につき支払うと契約していた報酬―――ライブル紙幣の札束がある。


 確認しても、と視線を向けると、エレメンコ中尉は快諾するように頷いた。


 傍らで待機していたクラリスに視線を向け、彼女に札束を確認してもらう。


 管理局が仲介する依頼ではトラブルは殆どないが、管理局を通さない直接契約ではこれくらい用心深くなくてはならない。報酬が偽札だったり、依頼者クライアント側が報酬の支払いを渋ったり、踏み倒そうとしたり、そもそも依頼そのものが危険視された冒険者を消すための偽の依頼……という笑えない事も多いからだ。


 だがその分、管理局の仲介による手数料は取られないし、依頼主クライアントと直接顔を合わせてやり取りするから相手との距離も近くなり、冒険者としての知名度は上がりやすいというメリットもある。


 ハイリスク・ハイリターンなのが直接契約の特徴だ。


 とはいえ今回の場合は少々特殊……俺たちが盗まれた品の奪還と盗賊団への報復に動いたところに、騎士団から戦闘人形オートマタの奪還を直接契約で依頼されたという形になる。


 札束をチェックしていたクラリスが頷き、ダッフルバッグを受け取る。


「確かに確認しました」


「用心深いですな。さすがは冒険者」


「この業界、隙を見せたら死にますからね」


 実際、そういう冒険者は多い。


 特に専属のマネージャーや情報屋がいない、単独で活動する冒険者にそういうケースが多いのだ。突出した能力を持つ個人が他勢力に疎まれ、事故を装って消される……冒険者業界の闇は、たぶんみんなが思っている以上に深い。


「それにしても、あなたがあのリガロフ家の庶子だったとは。血筋の問題で色々と苦労されているとは思いますが……そんな事で疎まれているのが本当にもったいない」


「あはは……それはどうも」


 そういやここ地元だった。


 たぶん、今回の一件はすぐ実家にいる両親の耳にも届くだろう。母上は嫌そうな顔をするだろうが、父上はどうだろうか。どうせまた「ミカエルは使える」なんて判断されたら厄介だ、早々にキリウを離れた方が良さそうな気がする。


 というか今回の作戦、殆どウチの長女&長男の戦果なのが本当に笑える。あの2人で敵の戦力の8割を持っていったのだから本当に頭がおかしい、しかもその中の7割が殴る蹴る締めるという格闘技での撃破である。本当に頭おかしい……これが母上ブーストの威力ですか。


 まあいいや、姉上と兄上がやったって事にしてもらおう。


「では、血盟旅団のますますのご活躍を祈っていますよ」


 びしっとした敬礼を残し、エレメンコ中尉は副官と一緒にトラックに乗り込んだ。既に荷台には回収された戦闘人形オートマタたちやその残骸が乗せられていて、廃村の中は本来の静寂を取り戻しつつある。


 遠ざかっていく騎士団のトラックのエンジン音を聞きながら、俺は言った。


「俺らも帰ろうか」


「ええ」


 とりあえず、やるべき事はやった。


 後はとっとと列車に戻って、飯を食って寝よう。


 疲れた時はそれが一番だ。













《こちらはラジオ・キリウ、最新の流行曲から懐かしの名曲までを幅広くお届け! それでは次のリクエストに移りましょう。ラジオネーム”法務ライオン兄貴”さんからのリクエストで、オリガ・ブランチェンコをイライナ随一の歌手に昇華させた名曲【氷の女神】です。それではどうぞ!》


 キュラキュラキュラ、という履帯の音に混じって、腰に下げたイライナ国旗カラーの小型ラジオから静かな前奏が流れ始める。氷を思わせる透き通った前奏の後、オリガ・ブランチェンコ(イライナで最も有名な女性歌手だ)の優しい歌声が聴こえてくる。


 旅人よ眠りなさい、この冷たい大地の上で―――女神の慈悲なのか、それとも旅人を死へと誘う言葉なのか、どちらともつかないミステリアスな歌詞。しかしそれを掻き消すかのごとく、でっかい溜息が帰路につくIS-7の砲塔の上から聞こえてくる。


 それを発しているのは、我が家の長女アナスタシアと長男ジノヴィ。2人とも砲塔の上でうなだれながら、段々と近付いてくるキリウの街に視線を向ける度に溜息をついている。


 ああ、きっとこれから実家に帰る事になるから憂鬱になっているのだろう……結婚を急かされる上に好きな相手と結婚する事も許されない貴族というのは本当に大変である。


 俺? 俺は庶子だし家督継承権もないから……ほら、ね?


 リガロフ家で反乱が起こらない事を祈りつつ、視線をIS-7の車体後部に繋がれているカーゴへと向けた。


 輸送用のカーゴの中には、盗賊団に盗まれた香辛料の木箱が詰まっている。さすがに100%奪還できたわけではなく、いくらかは既に転売されてしまっていたようだったが……まあ、騎士団からの報酬で損失分は補填できるらしいし、こうなっているのもパヴェルは計算に入れていたのだろう、彼曰く「問題なし」だそうだ。


 ちなみに他にも盗品と思われる物資があったけれど、それは憲兵隊に引き取ってもらっている。過去の被害届から被害者を探し出し、届け出の内容と一致する物資を順次返却していくとの事だ。


 キリウ憲兵隊は汚職無し、腐敗無しのクリーンな部署である事に定評があるので、組織内で着服したりとかそういう事はないだろう。少なくともマカール兄貴の目が黒いうちはそういう不正は許されない筈だ。


 憲兵隊の腐敗は地域によっては深刻で、場所によっては賄賂を要求してきたり、裏で共産主義者ボリシェヴィキや反宗教組織『ウロボロス』と癒着しているせいで司法制度が機能していないなど、深刻な事態に陥っている地域も多いと聞く。


 アナスタシア姉さん曰く「そう言った連中の粛清は着々と進んでいる」との事だが……これも国土が広大な国家の中で組織の規模も肥大化した弊害なのだろう。一刻も早く腐敗が取り除かれる日を願うばかりだ。


「はぁ……」


「姉上……」


「やだ、おうち帰りたくない」


「いや、そんな事言われても……」


「わたし、ママきらい」


「それは分かります」


「ひえーん……」


 こんなにメンタル死んでる姉上見た事ない……。


 ライオンのケモミミはぺたんと倒れ、気のせいかライオンのたてがみの如く外側に跳ねた姉上の金髪も萎れているように思える。


 あんなに元気いっぱいに暴れ回っていた姉上は一体どこに行ったんだろうか。


 メンタルが死んでいるのは姉上だけではない。ジノヴィもマカール兄貴も、みんなアナスタシア姉さんの隣で膝を丸めて座りながらケモミミをぺたんと倒し、ライオンの尻尾を力なくゆらゆらと揺らしている。


 そんな3人を困ったように励ましているのはエカテリーナ姉さんだけだ……彼女は誰にでも優しく接するが、そういえばあんなに聖母のような笑みが素敵な姉上が、誰かへの敵意とか嫌悪感を露にした事は一度も見た事がない。


 彼女は実家の母上の事をどう思っているのだろうか……それだけは女神のような笑みに隠れ、分からない。


 とにかく、姉上&兄上ズには強く生きてほしいものである……。













「これを見ろ」


 夕食を終え、タンプルソーダを飲みながらリラックスしていたところでパヴェルに呼び出され、何事かと思っていたところに見せつけられたのは、一枚の手紙だった。


 手紙、というにはあまりにも粗末なものだ。殴り書かれたメモ書きのようなもの、というべきだろうか。


「これは?」


「例の盗賊団のアジトとなっていた廃村から回収したものだ」


 よくこんなものが残っていたものだ、と思う。憲兵隊が片っ端から押収し、逮捕した彼らを起訴するための証拠固めに使うものとばかり思っていた。


 憲兵隊に回収される前に、こっそり回収していたとでも言うのだろうか。


 パヴェルが義手の指で指し示すところには、物品の分類と定価がびっしりと列記されていた。おそらく盗品の、本来の市場価格なのだろう。その中には俺たちに届く筈だった香辛料の類も含まれている。


 しかしそれは、単なる盗品のリストではないらしい。


 メモ書きの一番下には、『ベリニフコフ海運』という記載が見られる。


「ベリニフコフ海運……盗品の送り先か?」


「そのようだ。んで、それが気になったからさっきまで軽く洗っていたんだが……」


 カタカタと器用にパソコンのキーボードを叩くパヴェル。あの短時間にかなり調査が進んでいたようで、パソコンの画面にはでかでかと『ベリニフコフ海運』という記載とそのロゴマーク、そしてその所在地が表示されている。


 それによると、ベリニフコフ海運とかいう海運会社の所在地は、ノヴォシア地方にある極東の玄関口『ウゴレオストク』。パソコンの画面にある記述によると、ベリニフコフ海運はその沿岸部の都市に港を保有している事になっている。


 極東、それもチョソンやジョンファ、倭国相手の貿易である。新たな市場にいち早く切り込んだ先駆者の端くれではあるのだろうが……。


「このベリニフコフ海運、きな臭いぞ」


「まあ、そりゃあ盗賊の盗品を受け取ってるわけだからな」


「そうじゃねえ」


 カタン、とPCのエンターキーを押すパヴェル。するとウゴレオストクにある港の一角の風景が拡大で表示される。


 港湾にあるクレーンには、どれも様々な企業のロゴがあるが……ベリニフコフ海運のロゴは、どこにも見当たらない。


 まさか、とパヴェルの方を見ると、彼は葉巻に火をつけながら言った。


「不審に思って住所を調べてみたんだが、書類上は事務所がある事になっているのは先月になって取り壊しが決まった廃墟の2階。ウゴレオストク港湾管理局にも問い合わせたが、現地にベリニフコフ海運なんて会社は存在しないそうだ」


「……ダミー会社(ペーパーカンパニー)か」


「そういう事だ」


 いったい何者がこんな事を、という疑問は、しかし浮かんでからすぐに消えた。


 盗賊団の拠点……やけに組織化された防衛網。それだけじゃない、既存の戦闘人形オートマタを改造して有人型に仕様変更できるほどの技術力。間違いなく、あれは盗賊団のものではない。


 そういった技術力や戦術を提供し、見返りに莫大な資金を得る―――そんなやり口で資金調達を続ける連中に、一つだけ心当たりがある。


 そこまで思い至ったところで、パヴェルは葉巻の灰を灰皿へと落とした。


「今回の盗賊連中……”テンプル騎士団”の子飼いだった可能性があるな」


「という事は、組織の連中が盗賊団を消しに来る可能性が?」


「ああ、そうだ。俺が組織の人間なら殺る」


 こうしてはいられない。


 パヴェルと顔を見合わせ、俺は駅のホームへと急いだ。


 ポケットの中から50ライブル硬貨を取り出し、電話ボックスの中へと駆け込む。硬貨をぶち込んでダイヤルを回すと、電話の交換手の声が聞こえてきた。


『はい、こちらキリウ電話局です。どちらまで?』


「リガロフ家まで。ミカエルという名前を出せばすぐです、急いでください」


 頼む、頼む。


 すぐ出てくれ、兄上……。




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― 新着の感想 ―
[一言] やるでしょうね。あのテンプル騎士団、その中でも恐らく軍縮を拒んだ過激派ともなれば、自分たちの技術や真相に迫った人間は確実に消しに来ます。 それこそパヴェル-同志大佐がスペツナズを率い、テン…
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