突撃 ~長女長男大暴れ~
なんか外から鈴の音が聞こえる。
鈴というか、何というか……ほら、アレだ。サンタクロースがソリに乗ってる時に聴こえてくる、あのシャンシャンうるさいアレの音だ。
なにこれ、と思いながら車長のハッチから身を乗り出した。履帯に踏み締められる小川の水音に混じり、遠くの方から決して自然環境ではありえない金属音が聴こえてくる。
それに遅れて銃声が聞こえてきて、俺は全てを悟った。
リガロフ姉弟、早くも発見されやがったw
今の音はおそらく早期警戒用のトラップ……鳴子の類だろう。ワイヤーと空いた缶詰、小さな鉄板、最悪の場合小さめの板でもありゃあ簡単に作成できるトラップの一種である。俺も現役の頃、これを使って敵の接近を察知しようとしたことがあった。造り方は今でも鮮明に覚えているし、何なら目を瞑ってでも作成できるだろう。
『パヴェルさん、今のはまさか……?』
エンジン音がうるさい車内で普通の会話は難しいので、基本は耳に装着したヘッドセットとマイクを使って行う。そのヘッドセットから聞こえてきたのは、IS-7の操縦手を担当するクラリスの声だ。
「ああ、大方見つかったんだろうよ……」
『侵攻ルートを変更、戦闘地域への急行を具申します』
「却下だ」
『何故です』
「奴らは見つかったが、俺たちはまだだ。敵は戦車の存在に気付いていない……ミカには悪いが、あの五姉弟を囮にして砲撃ポイントまで移動、そこから廃村を砲撃し敵主力を叩いた方が得策だ」
この小川を進んで行けば、やがて廃村が見えてくる。
森の中に村を作れば、飛竜という空からの脅威に晒される事はない……イライナ地方原産の飛竜、”ズミール”は小柄な部類の飛竜だが、しかし連中にとってこのブリニスキー森林は狭すぎるためだ。
自然環境を巧みに利用した先人の知恵とも言える立地に村を作ったはいいが、どうやら廃村の住民たちは”それ以外の脅威”を計算に入れていなかったらしい。
そしてその廃村は今、”未知の脅威”によって蹴散らされる……かつての歴史を再現するかの如く、だ。
『冷徹だけど正しい判断ヨ、クラリス』
『しかしリーファさん……!』
『こっち戦車、あっち歩兵。奇襲で優位立てるヨ。そのまま電撃的に攻めて本丸潰せば、ダンチョさんたちの敵の背中襲えるネ』
「そういう事だ」
前々から思っていたんだが、リーファはこういう作戦とかに対する理解が深い。
作戦だけではない、中華の拳法を下敷きにした格闘術もそうだ。本当に彼女は農村の娘なのだろうか?
農作業と拳法の稽古で”戦う身体”が出来上がっているにしても、やけに練度が高すぎる気がする。これはちょっと気になるが、まあ、それは後で良いだろう。ウォッカのウォッカ割でも飲みながらこっそり調べればいいだけだ。
「各員、作戦計画に変更はない。俺たちはやるべき事をやるぞ」
第一、ウチの小さなボスはあの程度でやられる女……うん、そんな弱い女じゃない。
そうだろ、ミカ?
「ボス、ボス!」
ただでさえ鳴子の音でうるさいというのに、部下の怒鳴り声が頭の中にガンガン響いてたまったもんじゃない。
昨日の俺は何をしていたか……床に転がる大量の空き瓶と、ベッドの隣で寝息を立てている金髪の女を見て、昨晩の事がフラッシュバックする。ああそうだ、久々に”大漁”だったもんだから、ウォッカをキメて女抱いて寝たんだっけ……?
ウォッカはどのくらい飲んだか……酒瓶が1つ、酒瓶が2つ……ああクソ、ダメだ。酒瓶が分身したり消えたりしたりを繰り返して数えられたもんじゃない。
とにかくいっぱい、もうコレでいいだろ。
だいたい、世の中なんでもかんでも細かすぎるんだ。もっと大雑把でいいだろ、どいつもこいつもうるせえな……田舎にいるかーちゃんのフライパンの音といい勝負だ。
汗ばんだ頭を掻きながら起き上がると、眼帯をつけた部下が部屋に転がり込んできた。
「ボスぅ、大変だ! 冒険者が攻めてきやがった!」
「悲鳴を上げるな、神経が苛立つ!!」
「あっ、すいやせん……」
「ったく、こっちは二日酔いだぞ……まあいい、テキトーに殺しとけ。あ、女いたら犯すから連れて来い」
「いやボスそれが……」
「何だよ?」
「その冒険者共、かなり腕が立つみたいなんだ。先遣隊がどんどんやられて村に迫ってきてるんだよ!」
「……ほほん?」
ベッドから起き上がり、上着の袖に腕を通してからマスケットを手に取った。古びたイライナ・マスケット。ストックにある銀のプレートには”イライナ駐留軍”の記載がある。以前、イライナに駐留していた騎士をぶち殺して鹵獲したものだ。
鞘に収まった銃剣を拾い上げ、銃を肩に担ぎながら部屋を後にした。
「何だ、そんなつえーのか」
「へ、へい……俺たちだけじゃあ荷が重いから、鹵獲した戦闘人形の起動許可を……!」
「いいだろう。そうだ、俺も”アレ”で出る。燃料入れとけ」
「わかりやした!」
こっちは二日酔いだというのに、耳元ででけえ声を発してからその部下は地下室へと駆け下りていった。
ほお、そうかそうか……そんなに強い奴らが攻めてきたのか。
こっちもキリウ郊外に引っ越してきてからまだ日は浅いが、この辺の騎士どもは雑兵ばかり。ちょっと火薬に火をつけてやるだけで狼狽える腑抜けばかりだ。
だが、久しぶりに楽しめるかもしれない。
こちとら退屈してたんだ……どこの馬の骨かは知らねえが、死を意識しちまうくらいの死闘を楽しもうぜ、冒険者さんよ。
ドパァンッ、と、本当に人間のパンチが発するのかと疑ってしまうような爆音が森の中に轟いた。
「 う げ ぇ 」
首を思い切り締められた鳩みたいな声を出し、アナスタシア姉さんの撃ち放った本気のボディブローを受ける羽目になった盗賊が上へと吹き飛んでいく。
イライナの栄養豊富な土壌で育った巨大な樹の枝に激突した彼は、そのまま地面に叩きつけられるや、苔で覆われた地面に人の形をした穴を穿つ羽目になってしまう。
ギャグマンガでしか見た事のないような吹っ飛び方だった。クラリスもそうだが、なぜミカエル君の身の回りにはそういう事を平然とやってのける人が自然と集まってくるのだろうか、謎は尽きない。
「このアマぁ!」
「!」
ろくに手入れもしていないのだろう、錆び付いた剣を振り上げた盗賊がアナスタシア姉さんに飛びかかる。
しかし次の瞬間には、一体いつの間に放ったのか、左のストレートがその顔面に深々とめり込んで、本日二度目のギャグマンガみたいな吹っ飛び方を目にする事になった。
「ふう」
「姉上、なぜ武器を使わないのです?」
ゴム弾で盗賊を打ち据えながら問いかけると、秘宝『イリヤーの大剣』を肩に担いだ姉上はまるで、証明写真に写っている時みたいな真顔のまま、さらりと答えてくれた。
「拳の方が感情が伝わりやすいからだ」
「それはどういう……?」
「母上がしつこい。私はな、その事に非常にストレスが溜まっている」
「死ねやァ―――ぶ!!!!!」
槍を構えて突っ込んできた盗賊の顔面に、飛び膝蹴りが綺麗にめり込んだ。
「毎日毎日結婚しろだのお見合いだの、しつこいのだ。私には私の人生があるし、結婚したい相手だって自分で探したい。それが一族のためになるというならばまあ、甘んじて受け入れてもいい。しかし、しかしな? 毎日毎日、毎時間毎分毎秒お見合いだの結婚だの言われて、しまいには勝手に私の夢の中にまで出演してきた時はもう駄目だと思った。私はこのままリガロフ家にいたら精神が壊れる、そう思った。おかげで最近はろくに眠れないし食事も喉を通らないし、いつかあのクソバb……クソ上の顔面に右ストレートをうっかり叩き込んでやりたいと思い筋トレに精を出すようになってな。一昨日はついに腕立て伏せ1000回を超えたのだ褒めろ、努力家の私を褒めろ」
「囲んで攻撃しろ!」
「もらったァ!!」
「 そ う か 褒 め て く れ る か ! 」
「「ぶっ!!!!!!」」
2人同時にかかってきた盗賊の顔面に、AN-94の2点バーストみたくおっそろしい速度のパンチが着弾。野球選手が放ったホームランの如く、食らった盗賊たちが空へと飛んでいき……あ、星になった。
「フハハハハハハハ!! 楽 し い 遠 足 の 始 ま り だ ! ! ! 」
うん、姉上が壊れた。
ついには大剣を背中の鞘に収め、魔術すら使わず素手で盗賊をひたすら殴り飛ばし、蹴り飛ばし、関節技をキめ、ついにはプロレス技まで披露する姉上。一体どこで学んだのだろうか……。
大暴れしているのは我らが長女だけではない。
「い゛っ」
ごん、と氷でできた棍棒が、盗賊の頭を殴打する。
大きな氷の塊を刃物で削りだしたような野蛮な棍棒を手にしているのは、法務官ジノヴィ……そう、クールでイケメンである筈のジノヴィおにーたまである。
「グオォォォォォォォォォォォンッ!!!」
てっきりピストルやら氷の魔術やらで優雅に戦うものと思っていたんだが、しかし母上の結婚の催促から解放された兄上の怨念もまた凄かった。ライオンの唸り声を発しながら盗賊に肉薄するや、殴る、蹴る、棍棒で殴る、関節技をキメる、しまいにはプロレス技(だからどこで学んだんだよ)まで披露するジノヴィおにーたま。怒りの余り人語すら発しなくなった我が家の長男、キャラ崩壊もいいとこである。
「く、くそ、撤退だ! 村まで撤た―――ウゲェ!?」
バキャッ、とアナスタシア姉さん&ジノヴィおにーたまのラリアットが、撤退を呼び掛けていた盗賊の首を挟み込むように見事にヒット。喰らった痩せ気味の盗賊はというと、白目を剥いてカニみたく泡を吹きながら、そのまま崩れ落ちていった。
武器を捨てれば平和になるってよく言うけど、多分そんな事は無いと思う。
怒りの余り徒手空拳で暴れ回る長女&長男を遠い目で見つめながら、ミカエル君はそう思った。
「ミカ~、こっちにおいで。お茶にしましょ?」
「何でそんなに呑気なんですか姉上?」
倒木の近くで、マットを敷いてその上に腰を下ろし、パンかごから取り出したパンにジャムを塗るエカテリーナ姉さん。その隣ではマカールおにーたまが、長女&長男の暴れっぷりを遠い目で見守りながら、過剰にジャムを塗ったクロワッサンをもぐもぐしているところだった。
戦場のど真ん中でピクニックとは場違いにも程がある。常に前線に居たアナスタシア姉さんとは違い、エカテリーナ姉さんは安全な屋敷の中。血生臭い戦場とは無縁の環境で、ピアノを習ったりバイオリンを習ったりバレエの練習に精を出したりと、そういう生活を送ってきた女性である。
だから世間知らずなのだろうか……そう思ったけど、姉上の頭の僅か数センチ脇のところをピストルの弾が通過していっても、すぐ後ろに兄上が殴り飛ばした盗賊が吹っ飛んできても、足元に飛んできたナイフがぶっ刺さっても笑顔を絶やさずパンを頬張るエカテリーナ姉さんを見て、世間知らずではないと確信する。
き、肝が据わってやがる……。
「姉上、兄上、がんばってー♪」
「呑気ですねぇ……」
「そうかしら? うふふ、だって私たちが参戦しても邪魔になるだけじゃなくて?」
「それは確かに」
下手したら巻き込まれてしまいそうだ。
ウチの長女と長男は人間ではない、もう怪獣である。巨大怪獣アナスタシアと超絶怪獣ジノヴィが森の中で暴れ回っているのだ。我々人類にできることは見ている事だけである。
しばらくして、森の中が静かになった。
草むらの上に転がる、顔面に拳の痕がくっきりと刻まれた盗賊たち。
木の枝には吹っ飛ばされたと思われる盗賊の男たちがぶら下がっていて、樹齢300年くらいの巨木の幹には殴り飛ばされた盗賊がめり込んで、手足を痙攣させているところだった。
いつから現実はギャグマンガになったのだろうか。
姉上から貰ったパンをもぐもぐしていると、アナスタシア姉さんが大きく手を振った。
「何をしている、行くぞ」
「はーい! さ、行きましょ♪」
てきぱきとマットを畳んでパンかごをどこかに仕舞い(アレどこから取り出したんだろう)、スキップしながら姉上や兄上たちの方へと向かうエカテリーナ姉さん。
長女&長男&次女の後ろ姿を見ながら、次男&庶子は顔を見合わせる。
「俺ら……」
「……いらなくね?」
あの2人いればよくね?
ウチの長女と長男に暴れてもらってれば何とでもなるんじゃね?
だってほら、見てよコレ。俺まだAKのマガジン1つも使い潰してない。ポーチは満タン、発砲したのは7発、持ってきた飲み水とかレーションには一切手をつけてない。
姉上と兄上の後についていくだけで、なんというか……ノックアウトされた盗賊さんたちが量産されていくという超絶ベリーイージーモードである。
なんというか、うん。
何なのさ、あの2人。




