進撃、ブリニスキー森林
IS-7は基本設計の古い戦車だ。
元はと言えば、第二次世界大戦でソ連軍の前に立ちはだかった戦車の王様、ティーガーⅡこと『キングタイガー』に対抗するべく生み出され、しかしその重量に起因する問題で採用には至らなかった重戦車である。
けれども魚雷艇のエンジンを流用した事による機動力は重戦車とは思えないレベルで、駆逐艦の主砲を改造した130mm戦車砲の火力は、当時の戦車の中でもトップクラスと言っていいレベルだったという。
そんな旧式の重戦車を、可能な限りアップデートしつつ異世界の戦闘に適応させるために、それなりに手間をかけた。その結果誕生したのが、この”血盟旅団仕様IS-7”とかいう化け物である。
主砲は変わらず130mm戦車砲(いつかラインメタル社製の130mm滑腔砲に換装を検討している)、機銃は14.5mm重機関銃を主砲同軸に1門、砲塔上のお椀型銃塔に連装の合計3門。更に主砲同軸に74式車載機関銃を2門、車体側面に2門、砲塔後部に2門、砲手及び車長用ハッチに防盾とセットで1門ずつ、合計8門という、まるで動く要塞のような火力となっている。
他にも発煙弾を装填した擲弾発射機を砲塔側面に1基ずつ装備している他、爆発反応装甲やスカートを追加し防御力を更に高めている。
エンジンは魚雷艇のエンジンから、ウクライナ製戦車の”オプロート”と同様のディーゼルエンジンに換装した。第二次世界大戦後の試作戦車に現代の戦車のエンジンを合わせるのには苦労したそうだが、おかげで装備の追加で増した重量を感じさせない程の軽快な機動力を発揮するに至っている。
それ以外の装備で特徴的なものと言えば、砲塔正面の左上に大きな”箱”のようなパーツが追加された事か。
これは『アクティブ式暗視装置』というもので、これから赤外線を照射することで夜間でも周囲を見通すことができるようになる。自衛隊の74式戦車が搭載していたのと同じものだ。
問題は、これから照射される赤外線を敵に探知されるとこちらの位置を晒す結果となる事だ。特に現代の戦闘においては致命的で、こんなもんを戦場で起動しようものならば四方八方から対戦車ミサイルでタコ殴りにされてしまう。
そういう旧式の装備だが、しかし敵にそういった装備を搭載している兵器が存在しない事を考慮し、敢えて搭載する事となった。
砲塔が丸いせいもあるのだろう、暗視装置を搭載したIS-7は若干だけど、自衛隊の74式戦車っぽさがある。
砲弾の搬入は既に済んでいる。装填補助装置の近くにある即応弾のラックには、徹甲弾と非殺傷型の”電撃榴弾”がそれぞれ6発ずつ収まっている。
IS-7の前に止まっていたBTMP-84に道を空けてもらい、クラリスの操縦でIS-7が線路へと降りる。操縦手のハッチから顔を出したシスター・イルゼがBTMP-84をバックで格納庫の中に戻していくのを見守っていると、無線機から車長のパヴェルの声が聞こえてきた。
『―――Танки вперед!!(戦車前へ!!)』
車長のパヴェルが発したロシア語の号令に、クラリスが前進で応えた。腹の奥底に響くようなディーゼルエンジンの唸り声。排気口から灰色の排気ガスが噴き出るや、スカートで守られた巨大な履帯が回転を開始して、重量71tの重戦車が線路の上を走り始める。
装填手用の大きなハッチから身を乗り出して後ろを振り向くと、列車でお留守番をする事になったシスター・イルゼと範三、それからノンナの3人が手を振っているのが見え、それに俺も手を振って応える。
IS-7が線路から車道に入った。線路をこんな超重量の重戦車で踏みつけていいものか心配だったが、ノヴォシアの線路はかなりの頑丈さを誇る事で有名だ。それこそ前世の世界において路線をぶっ壊す問題児だったAA20が全力で爆走しても傷一つつかない程に。
だからなのだろう、線路に目立った傷はなく、その心配は杞憂で終わった。
対向車や路駐している車を踏み潰さないよう細心の注意を払うクラリス。キュラキュラと音を立てながらキリウの大通りを進むIS-7に周囲の通行人やドライバーたちの視線が釘付けになる中、砲塔に乗っていたエカテリーナ姉さんが無邪気な声を発した。
「凄いトラクターねぇ、これ! 本当にこんな大きな車両が動いてる!」
「姉上、あまり身を乗り出してると落ちてしまいますよ!」
「うふふ、分かってるわよマカール!」
リガロフ姉弟はというと、砲塔の上でタンクデサント中だ。
今回、俺も含めたリガロフ姉弟が歩兵として作戦地域に展開、IS-7からの火力支援を受けつつ盗賊団を無力化、盗品を奪い返すという作戦になっている。
小細工は無し―――真っ向から火力を見せつけてやるのだ。
「面白い発想だな、ミカ」
俺のケモミミをモフモフしながら、ジノヴィおにーたまが言う。
「農業用トラクターを装甲化して大砲を乗せたのか……」
「ふむ……動きもなかなかだ。面白い兵器を持っているのだな貴様らは」
「それはどうも」
血盟旅団の戦力を冷静に分析する辺り、ジノヴィとアナスタシア姉さんはやっぱりリガロフ姉弟のツートップを名乗るだけある、と思う。思考回路が常に上を目指す者のそれなのだ。そういうストイックなところは見習うべきだとは思うが、たまには息抜きも必要ではないのだろうか。
そう思ったが、ジノヴィはともかくアナスタシア姉さんはミリオタなので多分その必要はないと思われる。
戦車の乗員は車長がパヴェル、砲手にモニカ、操縦手にクラリス、装填手はルカとリーファに担当してもらう。ミカエル君は兄姉たちと共に歩兵として展開、火力支援を受けつつ廃村制圧に参加する作戦計画となっている。
作戦展開地域は”ブリニスキー森林”、その中にあるという廃村だ。そこが盗賊団の拠点になっているようで、憲兵隊に問い合わせたところ確かにその近辺では輸送部隊や商人が襲撃を受けるなどの被害が続出しているようで、近々騎士団に討伐を要請するところだったそうだ。
『今回の件、当局に連絡して許可は取り付けてある。ミカの兄貴の計らいでブリニスキー森林周辺は封鎖、民間人の出入りは心配しなくていい。それともう一つ、鹵獲された騎士団の戦闘人形だが、捕獲して騎士団へ返却する事が出来た場合は1機につき20万ライブルの値段で買い取ってくれるそうだ。まあ、小遣い稼ぎにはちょうどいいんじゃないか?』
「ハッ、そいつは悪くない」
腕を組みながらハッチの上を見上げると、全く同じ姿勢で腕を組んでいたアナスタシア姉さんと目が合った。やっぱり姉弟なんだろう、俺たち姉弟仕草とか思考回路が結構似てる。
『これは報復攻撃だが、同時にデモンストレーションでもある。なあに、キリウ市民は多い。ここで派手に暴れれば俺たちの名はイライナ中に響き渡るだろう。血盟旅団の名を上げるチャンスだ同志諸君、派手にやろう』
―――そして同時に、今回みたいな喧嘩を吹っ掛けてくる連中への見せしめにもなる。
『俺たちに喧嘩を売るとこうなる』という、無言のメッセージ。
力があるから目立ちたくない……この業界じゃ、そういうのは通用しない。
力があるなら誇示すべし。そしてそれを抑止力とする事で、余計なゴタゴタは自ずと遠ざかっていくものである。
だから誇示するのだ、血盟旅団の力を。
血と鉄の力を。
《こちらはラジオ・キリウ、最新の流行曲から懐かしの名曲まで幅広くお届け! 本日のリクエストはこちらです。ラジオネーム【超絶鉄血ライオン将軍】より、レフ・ヴラシュキンの歌う軍歌『イライナの大地よ永遠なれ』です! それではどうぞ》
ん、これ姉上かな?
ちらりと上を見てみると、車内に持ち込んだイライナカラーのラジオから流れてくる軍歌にご満悦のアナスタシア姉さんと目が合った。
ラジオからは『イライナは滅びぬ、同胞たちの団結の限り』という堅苦しいイライナ語の歌詞が聴こえてくるが、軍歌というだけあってやはり士気は上がる。マカールおにーたまとジノヴィおにーたまも歌詞を知っているのか、砲塔の上で姉上と一緒に口ずさみ始めた。
戦車は既にガリエプル川に架かる橋を渡り、対岸に広がるキリウ市街地の東区を抜けて、一面に広がるヒマワリ畑の傍らにある道を走っていた。
ヒマワリはイライナ公国の国花でもある。
黄色く彩られた大地の向こう、うっすらと背の高い樹々が見え始め、全員の緊張感が高まっていくのが分かった。あれがブリニスキー森林……あの中にある廃村が、盗賊団のアジトと化しているのだそうだ。
持ってきたキャンディを口の中に放り込み、後ろで車内に持ち込んだスピーカーの準備をしていたリーファに「ルカの事頼んだよ」と言い残して、俺も砲塔の上に上がった。
森林と廃村、2つの異なる環境を進むことになるから、今回はメインアームを2つ用意してきた。
まずはいつものAK-19。ハンドガードをM-LOKハンドガードに換装、ハンドストップとシュアファイアM600を装備している。照準器はリューポルド製のLCOとD-EVO、近距離と中距離の交戦に瞬時に対応できる優れものだ。だが右手でハンドガードを支えた際にD-EVOの対物レンズを右腕が遮ってしまうため、ここは注意が必要か。
装填しているのは5.56mm弾、その非殺傷用のゴム弾である。
もう1つ用意してきたのは、ロシア製セミオートマチック式ショットガンの『ヴェープル12モロト』。分隊支援火器として名高いRPKをベースにしたショットガンであり、信頼性の高さもAK、RPK譲りとなっている。
こっちはハンドガードをM-LOKハンドガードに換装、ストックをAK-12のものに交換し、機関部上部にはロシア製ドットサイトのPK-120を装備。使用弾薬は通常の散弾ではなく、被弾した対象を電気で無力化する”XREP”を装填してある。
サイドアームはいつものMP17。やはりストックのあるピストルカービンは扱いやすく、命中精度も高い。更にこいつはコンパクトなので愛用している。
「えらい重装備だな」
砲塔の上にフル装備で上がってきたミカエル君を見て、マカールはちょっと驚いたように言った。
それもそのはず、他の兄姉たちの装備と言えば、マカールはペッパーボックス・ピストルに秘宝『イリヤーの斧』くらい。エカテリーナ姉さんは単発式のピストルとイライナ伝統の短剣であるキンジャール、英雄イリヤーの秘宝『イリヤーの魔導書』。ジノヴィもペッパーボックス・ピストルと秘宝『イリヤーの王笏』、アナスタシア姉さんもピストルと秘宝『イリヤーの大剣』のみ。
ガチの重装備なのはミカエル君だけである。
それだけではない。
「ミカ、ところで出発した時から思っていたのだが」
「なんです」
姉上に問われて振り向くと、姉上は組んだ腕に大きな胸を乗せながら言った。
「その斑模様の服、森林に溶け込むためのものか?」
「ご名答」
ミカエル君が今身に着けているのは、いつもの私服ではない。
自衛隊で採用されている『迷彩服3型』、それにフードを追加したものだ。その上にいつものチェストリグやらアイテムの入ったポーチやらを装備している。
廃村に入ってからは真っ向からの戦闘になるが、少なくとも森林を抜けるまでは発見されるのは避けたいところ。80年代のアクション映画みたく暴れるのは廃村に接近してからだと、脳内の二頭身ミカエル君ズが満場一致でそう叫んでいる。
「なるほど、考えたな。それなら森の中では発見されにくい……それは何という模様だ?」
「迷彩模様です」
「メーサイ……なるほど、うむ。実に面白い」
『ミカ、そろそろだ』
「了解……姉上方、そろそろお支度を」
「うむ」
ヒマワリ畑を抜け、森林に近付いたところでIS-7が停車した。
大きく丸い砲塔から降りるや、俺たちを下ろしたソ連の試作重戦車は方向転換。倒木を豪快に薙ぎ倒しながら、森林の中へと流れていく浅い川を上って廃村へと向かっていく。
戦車は別ルートで廃村へ接近、そこで火力支援を行う手筈になっている。
「さーて……ふふふ、腕が鳴るな」
「しかし姉上、有休をとってまで前線に出てくるとは。帝国騎士の鑑ですな」
「うふふ、姉上はそれだけ祖国を思ってらっしゃるのですよ兄上」
「いやそれ単なる戦闘狂では」
「……あっ俺はノーコメントで」
しかし今思うと、確かに有休とってまで盗賊の討伐にやって来るなんて姉上もなかなか……いや、こうしたのは母上のせいだろう。母上がしつこいからみんな嫌気がさして屋敷を出てきたのだ。
まあいいや……とりあえず、仕事をしよう。
「行くぞ貴様ら」
背負っていたイリヤーの大剣を引き抜き、意気揚々と森林に踏み込む姉上。
その彼女の足がワイヤーっぽい何かに引っかかったのを、ミカエル君は見逃さない。
遅れて森中に響き渡る鈴の音。ぴたりと止まった姉上が、まるで運転免許証の写真みたいな真顔でこっちを振り向くもんだから、俺ら4人は思わず吹き出しそうになった。
今のはいわゆる鳴子だ……何かが引っかかると音を発し、侵入者の襲来を知らせるトラップの一種である。
開幕10秒で綺麗に引っかかった姉上。これコメディ映画だったら大爆笑なのだが、しかし当事者となるとさすがに笑えない。
森の奥から溢れ出る殺気。盗賊連中もこっちの動きを察知し、戦闘態勢を整えつつあるらしい。
どーすんですかコレ、と姉上の方を見ていると、ゴホン、と咳払いした姉上は大剣を振り上げるなり、恥ずかしさを誤魔化すように叫んだ。
「と、とっ、突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
うん、結局こうなるのね。
苦笑いしながら両足に力を込め、ミカエル君も姉上の後を追って突撃する。
どうやらミカエル君の中にも、大和魂は残っていたようだ……。
大和魂とは




