リガロフ姉弟集結……?
「マカール、お見合いの話が」
「マカール、この女性はきっと素敵な方ですよ」
「マカール」
「マカール」
……ウチの母上、もしかしなくても『お見合い』って言葉しか頭にインストールされてないのではないだろうか。
はーやんなっちゃう、と涙目になりながら、お気に入りのクマさん模様のマグカップに角砂糖をぶち込んでいく。中に溜まっているコーヒーの中へ今度はミルクを大量に流し込み、ミルク入りのコーヒーというよりはコーヒー風味のホットミルクとも言うべき有様に変貌したそれを、ティースプーンでゴリゴリ掻き回してから口へと運んだ。
母上のお見合い攻勢に、脳内の二頭身マカール君ズもすっかり参っている。あまりにものストレスにみんなが糖分を求め始めているのだ。このままでは頭の中で二頭身マカール君ズが革命を起こしそうな雰囲気がある。誰だ扇動してるのは。マカール君怒らないから出てきなさい。
ずずずー、とクソ甘コーヒーで心の傷を癒していると、隣でマグカップを片手にブラックコーヒーを飲んでいた兄上が顔をしかめた。
「お前、そんなに砂糖とミルクを入れて……コーヒー本来の風味が」
「いいんですよ、こんくらい糖分なきゃボクやってられませんって兄上」
「まあ……辛いのは分かるが」
兄上はブラックコーヒーを嗜む。コーヒー豆の風味とあの苦みを何よりも愛しているので、敢えて砂糖やミルクといった類は入れずにそのまま楽しむのだそうだ。
コーヒーを愛するあまり、休日には世界中のコーヒーを取り寄せているのだとか。
「そういう兄上はどうなんです、結婚の件」
「……うん」
ライオンのケモミミをぺたんと倒し、力なくコーヒーを啜る兄上。具体的な返答は得られなかったけれども、何というか、憔悴しきった感じの横顔で何となく惨状を察する事は出来た。
冷徹な法務官である兄上ですら参っているのだ、ウチの両親が我が子にかけてくるストレスは相当なもんである。本当に親孝行が期待できないレベルで嫌いになりそうだよウチの両親。
家を出て自由になったミカエルが羨ましい。
そんな感じで兄弟でコーヒーを飲んでいると、部屋をノックする音が聞こえてきた。
「はい」
『マカール、ジノヴィ、居るのでしょう?』
うわぁ母上だ。
入って良いですよ、と言った覚えもないのに勝手にドアを開け、部屋の中に入ってくる母上。例のハンガリアの一件ですっかり心が折れてしまった父上に代わって一族の実権を握っているという自負があるからなのだろう、この屋敷は全て私のものとでも言いたげな顔で部屋に入ってくる母上と、その母上がよっぽど嫌いなのだろう、ライオンというよりはネコみたいな身のこなしで人の部屋のベッドの下に隠れる兄上。なんだこれ。
みんな想像してみてほしい、さっきまで窓際で優雅にブラックコーヒーを飲んでいた長身イケメンな金髪ライオン獣人の兄上が、母上の声を聞いた瞬間に弟のベッドの下に素早く隠れる様子を。思わず笑いそうになってしまった。
んで兄上はというと、ベッドの下から『黙ってろマカール、いいな?』とでも言うかのように爛々と目を光らせて、強烈な威圧感を放ってくる。兄上、仮にも同じ釜の飯を食った兄弟ですよ……兄上?
静かだけど、なんか唸り声が聞こえてくる。腹を空かせた猛獣の唸り声……兄上の眼光には、そんな迫力があった。
いや、それを実の弟に向けないでくれますかねマジで? 漏らしたらどーすんのさ……。
「あら、ジノヴィもここにいたと思いましたが」
「兄上でしたらさっきコーヒーを買いに街へ行きましたよ」
「そうでしたか……困ったものです、ジノヴィももう21歳だというのに……そろそろ伴侶となる女性を見つけなければ」
「あはは……そうですね」
「ところでマカール、お見合いの話があります」
「またですか」
本日これでお見合いの話7回目。
おかしい。お菓子をお腹いっぱい食べる夢を見て目覚めてからまだ3時間、3時間である。母上とエンカウントする度にお見合いの話だの結婚しろだの、とにかくごり押しである。
もう帰っていいですか……ってここ実家だったわ。
マカール氏逃げ場無くて草。
こんなんどーしろってんだ……とうんざりしていたそこに、”天使”が舞い降りる。
コンコン、と部屋をノックする音。誰だ、と問いかけると、返ってきたのはメイドの声だった。
『マカール様、お電話でございます』
「誰からだ」
『その……』
メイドが返答に困った時点で、マカール君はその電話の相手が何者かを一瞬で察した。
この屋敷の主、ステファンとオリガの間に生まれた子供の数は4人。両親や使用人たちは第5の子供、ミカエルをリガロフ家の一員と認めておらず、ゆえにメイドたちは口が裂けてもミカエルを『ミカエル様』だなんて呼ばないし、何ならばミカエルという名前を出すこと自体が禁忌のような扱いを受けている。
メイドが誰からの電話かと即答できなかった理由はそれだ。母上もいる場所で、ミカエルの名を出そうものならば母上はあっという間に不機嫌になる。
父上はミカエルを利用しようという意図があるが、母上にそれはない。全く血の繋がりがない不貞の証と見做しているからなのだろう、とにかくミカエルの事を『卑しい害獣』だの何だの罵っては毛嫌いしている。
お兄ちゃんとしてはまあ、あまり気分のいい話ではない。
メイドに案内され、応接室にある電話に出た。受話器を持っていたメイドから受話器を受け取り、背伸びしながら壁に寄り掛かる。
「もしもし、マカールだ」
『―――ああ、兄上。ミカエルです』
やっぱりそうだ、ミカからだ。
すまんが人払いを、とメイドたちに視線で訴え、周囲に誰もいなくなったのを確認してから言葉を続ける。
「……よくやったミカ」
『何がです?』
「いや、さっきちょうど母上が部屋に来ていてな。お見合いがどうとかうるさくてうんざりしていたところなんだ」
ミカエルってマジで天使だと思う。だって名前がもう大天使だし……。
脳内でくたくたになっている二頭身マカール君ズの頭上から、背中から翼を生やしたエンジェルな二頭身ミカエル君が降臨したところで、咳払いしてからアイツの用件を聞く事にした。
「で、すまん、用件はなんだ」
『実はウチのギルドで発注をかけていた荷物が、キリウ郊外で強盗団に盗まれまして』
「なに?」
『パヴェルの発案で、副業でまあ、色々売り始めたんですよ。次はアレーサで売るための香辛料を発注してたんですがね』
「ああ……そういう事か」
副業で行商人をやる冒険者は多い。
俺たち憲兵や法務官のような公務員とは違い、冒険者というのはとにかく収入が安定しない。仕事した分報酬がもらえ、成果が出なければ一文も懐には入ってこないのだ。そのうえ他のギルドとの競争もあり、弱者は淘汰されていく環境が出来上がってしまっている。
そういう状況の中で、少しでも安定した収入を得ようと副業を模索するギルドは多いのだ。俺の知っている冒険者ギルドでは、飲食店をプロデュースしたりしている変わり者もいる。
そうかそうか、ミカたちも副業に手を出したか……。
『それで今からそいつらぶちk……ちょっと話をつけに行って来ますので、逮捕の準備をおn』
「あーいい、いい! お兄ちゃんも行く!」
『……へっ?』
「いや、違うんだ。別に母上がしつこいとか家の外に出たいとか、そんな事情じゃなくてだな。ウチの可愛いミカちゃんをそんな危険には晒せないだろ? 半分は血の繋がった兄としてそれくらいの事はしてやりたいし、俺としてはミカがどれくらい強くなったのかこの目で見てみたい。べ、別に母上が本当にしつこいとかお見合いの話から逃れたいとか、そういう口実に同行を申し出てるんじゃないぞ。いいな、そういう下心は一切ないからな!?」
『は、はあ……構いませんが』
「ヨシ。で、出発はいつだ」
『13時にキリウを出ます。同行なさるならキリウ駅までお越しください、列車でお待ちしていますよ』
「了解だ。何か持ち物はあるか?」
『そうですねぇ……武器と回復アイテム一式、非常食の類はあった方が良いでしょう。それとおやつは300ライブルまでです。何か質問は』
「バナナはおやつに入るか?」
『兄上、最近ではバナナはおやつにカウントされない説が主流なんですよ』
「そうなのか」
『ええ、残念ながら』
何だそれ、残念。
憲兵隊の慰安旅行とかでバナナはおやつに入るって言ってごり押ししてきた俺はこれからどうすればいいんだ……? うーん、次はリンゴとか?
「ともあれ、了解だ。よろしく頼む」
『ええ、こちらこそ』
受話器を置いた。
ヨシ、ナイスだミカ。これで母上から逃れる口実が出来た。
第一、マカール君の好みは身長が高くて胸もデカくて包容力のあるお姉さんだ。そう、それこそウチの副官のナターシャみたいな―――。
と、ウチの優秀な副官の顔を思い浮かべていると、ぽん、とマカール君のスモールサイズな肩に大きな手が置かれた。
「―――ふぇ?」
「マカール、ミカの所に行くつもりだろう?」
「ヒエッ、おにーたま……」
後ろにいたのは、すっかり憔悴しきった感じのジノヴィおにーたまだった。母上に見つかって色々と話をされたようで、気のせいだろうか、ライオンの鬣を思わせるいつもの金髪はしおれているようにも見えてしまう。
ケモミミもぺたんと倒れていて、すっかりお疲れモードだ(獣人はケモミミに本音が現れるので実に感情豊かである)。
「俺も連れていけ」
「いやでもあの」
「もーやだこの家、何で母上の顔を見る度にお見合いお見合い言われなければならんのだ。今ほど貴族として生まれた事を呪った日はないぞ割とマジで」
「兄上、お気を確かに……」
「やだ、もーむり、もーむりぃー。あんなママに付き合ってらんない。ミカのところ行ってお兄ちゃんもモフモフする。ミカに膝枕でなでなでしてもらったり毛繕いしてもらったりして安眠したい。じゃないとやる気出ない」
「兄上、キャラ崩壊が」
「だからマカール、俺も連れていけ。後でいちごパフェ奢ってやるから」
「分かりました行きましょう兄上」
キャラ崩壊し残念なイケメンと化した兄上を背伸びしてよしよししながら、割とマジで母上の事を何とかしなければと思った。
「……で、結局みんなで来たと」
「う、うん」
13時、キリウ駅のレンタルホーム。
冒険者以外に利用する事のない駅のホームには、普段着の上に革の防具を身につけたマカールおにーたまと、さっきからミカエル君の肉球をぷにぷにしている招待した覚えのない長身イケメンのジノヴィおにーたま、それに加えて何故かエカテリーナ姉さんとアナスタシア姉さんがいる。
なんでも、マカールおにーたまに電話した内容が兄姉たちの間にあっという間に広まって、『ウチの可愛い妹(※弟です)のために助太刀しなければ!』という建前でみんな集まったようだ。
まあ、本音は母上のお見合いの話がしつこいからという理由なのだろう。全員顔に書いてある。
「で、兄上は分かりますが何故姉上たちまで?」
「うふふ、ミカが困ってるんですもの。放っておけないでしょう?」
「ぶっちゃけ暇だから来た!(100dB)」
「本音は」
「「母上がしつこい」の」
「Oh……」
早く世代交代しないとリガロフ家マジで危ないのでは? 子供が全員離反とか、一族再興どころの話じゃないとミカ思うの。
まあいいや。
とりあえず兄上ズ&姉上ズを列車の中に通し、食堂車へ。食堂車ではマカール兄貴の参戦を聞いていたパヴェルが、作戦を説明するべくキリウ近辺の地図を広げているところだった。
来客が予想外の人数だったことに困惑した様子だが、まあ、察しておくれとアイコンタクトを送ると何かを察したようで、ジノヴィおにーたまとアナスタシア姉さんの2人と握手をしてから作戦説明に入るパヴェル。
「盗賊団の襲撃を受けたという地点はここ。キリウ北東部、ガリエプル川の対岸だ。連中は”ブリニスキー森林”の中にある廃村を根城にしているらしい」
「連中の戦力は」
「不明だが1個中隊未満くらいだと見積もっている。武装は一世代前の旧式だそうだが、面倒な噂も聞いてな……戦闘人形を運搬中の騎士団輸送部隊が襲われ、何体か鹵獲されたんだそうだ」
「ああ、それなら聞いている……そうか、犯人はそいつらか。お灸を据えてやらねばな」
ポキ、と姉上が指の骨を鳴らした。
「で、作戦は?」
ジノヴィおにーたまが肉球をぷにぷにしながら問いかけると、パヴェルは待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑いながら答えた。
「小細工なし―――真っ向から行く」




