ノマドたちの日常
さすがにキリウ郊外となると治安が良い。
ゴブリンはどこにでも出てくるが、とにかくキリウ周辺では野党が出たとか盗賊団が人々を困らせている、といった話はあまり聞かない。公国時代から続く名門の貴族が数多く住んでいるからなのだろう、騎士団や憲兵隊の魔物掃討作戦がガチで行われているのでキリウ一帯はノヴォシアの中でも特に安全な地域として知られている。
指揮官のやる気次第でもあるが、魔物の目撃情報があればすぐに偵察部隊を派遣して巣や群れの休息地点を特定、戦列歩兵と騎兵隊の猛攻であっという間に殲滅するのがいつもの帝国騎士団キリウ駐留部隊なのだという。
という事は、今の指揮官はそんなにやる気のない人物なのだろう。
そうじゃなきゃ―――俺たち冒険者にゴブリン駆除の仕事なんて回ってくるわけがない。
《こちらはラジオ・キリウ、最新の流行曲から過去の名曲まで幅広くお届け! 本日のリクエストはラジオネーム”ミニマムハクビシン”さんのリクエスト、アンドリー・プレネスキーの名曲【冒険者の旅は終わらない】です!》
兵員室の中に響くエンジン音に混じり、ラジオから勇ましい曲調の前奏が流れてくる。漏れ込んでくるディーゼルエンジンの排気ガスの臭いに顔をしかめながら、外から聞こえてくる戦車砲の砲声に機銃の銃声を合図に、AK-19のセレクターレバーを弾いて安全装置を解除、セミオートに切り替える。
向かいの座席ではすぐ降りれるようシートベルトを外したルカが、金具を使ってジャングルスタイルにしたAK-102をチェックしていた。マガジンを外して中に納まっている弾丸を確認し、再びマガジンを装着するルカ。彼もまたセレクターレバーを弾き、安全装置を解除する。
そろそろか、と思ったその時、無線機からパヴェルの声が聞こえてきた。
『ジャコウネコブラザーズ、出番だぞ』
「了解、出撃する」
とはいっても、俺たちの仕事が果たして残っているかどうか。
行くぞ、とルカに言い、兵員室のドアを開けた。
BTMP-84の兵員室から飛び出すや、外からは嗅ぎ慣れた装薬の臭いがした。
進撃するBTMP-84が主砲同軸の7.62mm機銃を放ち、同時に砲塔上の銃塔からも機銃を放って弾幕を展開、射線上のゴブリンに機銃を浴びせかけている。
何というか、いじめのような展開だった。
こっちは最新鋭の装備に加え、歩兵戦闘車まで持ち出してゴブリンの群れの掃討を行っている。それに対しゴブリンたちの得物はというと、石を削って作った棍棒や、長い木の棒に研いだ石器を取り付けた槍、そして同じく木で作った弓矢など、原始人と変わらない武器で武装している。
中には動物の皮で作ったのだろう、投石器をブンブン回して石を投げてくるゴブリンもいる。飛んでくるのが石と侮るなかれ、遠心力をたっぷり受けて飛んでくる石の威力は凄まじく、生半可な防具ではぶち抜かれるのがオチである。弓矢より射程も長く、何よりその辺に落ちている適当なサイズの石がそのまま攻撃手段になるので侮りがたい。
BTMP-84から降りるなり、俺はまず投石器をぶん回しているゴブリンから狙った。短い間隔で引き金を二度引き、石を投擲しようとしているゴブリンを狙撃。リューポルド製のスコープ”D-EVO”のややオフセットされたレティクルの向こうで、胸板と眉間を撃ち抜かれたゴブリンが崩れ落ちていくのが見え、脅威の1つを取り除く事に成功する。
狙う標的にも、優先順位がある。
例えば最初に狙うべきは指揮官、その次が通信兵、機関銃手……といったように、こちらにとって脅威の度合いが大きい標的から優先的に始末していくことが、戦場においては望ましいとされている。
目についた敵をとにかく撃ち殺せばいい、というのは素人のやり方だ。ミカエル君もまあ、素人に毛が生えた程度、というか今では素人が剛毛になった程度(?)だという自負があるが、そういう標的に優先順位をつけて効率的に排除していく事が素人卒業の第一歩ではないかとも思う。
「右に1体!」
ガンガンッ、と当たりもしない弓矢を構えるゴブリンを撃ち殺しながら叫ぶと、AK-102を撃っていたルカが素早く反応した。ガガッ、と手慣れた連射で槍を投げようとしていたゴブリンを撃ち殺し、反撃を受ける前に2人そろってBTMP-84の陰に隠れた。
ポーチの中からタンプルソーダの瓶を取り出し、それの口の方をそっとBTMP-84の陰から突き出す。どうやら俺たちはまだ狙われていたようで、ひゅん、と投石器で投擲されたと思われる石が王冠を直撃、栓抜き代わりに王冠だけを弾いてくれた。
口から泡立つ炭酸飲料を迸らせる瓶をルカに渡すと、彼はこんな時に何をしているのかと言いたげな顔になりながらも、黙ってタンプルソーダの瓶を受け取った。
自分の分のタンプルソーダを取り出し、こっちは栓抜き……の代わりに自作のナイフで王冠を外す。
「あー、戦場で飲むタンプルソーダはうめえなぁ!」
「ミカ姉もなかなかイカれてきたね!」
「安心しろ、お前もそのうちこうなるさ!」
機銃掃射の中で叫びながら、飲み干して空になった瓶を回収。単なる空き瓶も燃料と布を詰め込むだけで簡単に火炎瓶に早変わりするので、血盟旅団では空き瓶も回収し再利用としている。
環境に優しいリサイクルってやつだ。ただ相手に対して優しくないだけの話で。
『撃つぞ』
「了解!」
銃の保持をスリングに任せ、ルカと一緒に両耳を塞ぎ口を開ける。その直後、ドムンッ、と腹の奥底までを押し潰さんとばかりに爆音が弾け、BTMP-84の誇る主砲、ウクライナ製の125mm滑腔砲が火を噴いていた。
ライフリングのない主砲から放たれた多目的対戦車榴弾が着弾、密集隊形を取りつつあったゴブリンの一群を爆風と破片、それと砲弾内部に封入されていたワイヤーで豪快に薙ぎ払う。
空き瓶をダンプポーチに詰め込んで、ルカにハンドサインを出した直後にBTMP-84の陰から飛び出した。
さっきの砲撃は見事に敵が密集しているところに着弾したようで、草原はプチ血の海と化していた。砲撃が穿った小さなクレーター、その破壊の痕跡の周囲に散らばっているのはバラバラになったゴブリンたち……その肉体の、様々なパーツだった。
千切れた手足に首、胴体、どこかの臓物。中には下半身を失ってもなお息のあるゴブリンがいたので、頭を撃ち抜いて楽にしてやった。
ゴブリン共の群れが全滅するのも、時間の問題だった。
「お前も良い面構えになったな、ルカ」
兵員室の中にある、収容可能な歩兵の人数を削ってまで設置した冷蔵庫。その中でキンッキンに冷えていたタンプルソーダを取り出してから差し出すと、タオルで汗を拭いていたルカは礼を言いながら受け取った。
傍らにあるロッカーの中からガリルを取り出し、器用に王冠を取り外すルカ。ごくごくと炭酸飲料にありつく彼は、まるで砂漠を放浪した末に気が済むまで水を飲む旅人のような表情で椅子に背中を預けた。
最初の頃と比べると、ルカもだいぶ戦闘に慣れてきたようだ。
ゴブリンを見ただけで怯え、戦闘になればフルオート射撃を多用してあっという間にマガジンの中をすっからかんにしていた頃のルカとは思えないほど、今の彼は戦いに慣れた。顔つきも温厚でマスコットみたいな感じのほんわかさが鳴りを潜め、今では戦うべき男の顔になっている。
「何匹やった?」
「7匹。でもちゃんと数えてないから確実に倒した数だけど」
「7匹? うそつけ、もっとやってたろ」
ざっと13匹は倒してたはずだ。明らかに7匹は少なすぎる。
こういう時は盛っていいんだぞルカ……まあいい、大人の狡賢さは後で教えておこう。
とりあえず管理局の職員にもゴブリン掃討完了を確認してもらったし、後は管理局に戻って報酬を貰うばかりだ。
「……にしても、今回はやたらと数多かったな。ここキリウ郊外だろ?」
『そう言うなミカ、噂じゃあ騎士団の指揮官殿は三連休だったそうだ。それも愛人と一緒に黒海でバカンスだとよ』
「そいつはおめでたい話だ」
それで発見が遅れてゴブリンが郊外に巣を作り、群れを形成していたと……発見が遅れていたらどうなっていたか。
ゴブリンの異常な繁殖力は今でも研究中だそうだが、生誕から僅か3年で繁殖が可能になるという点もその繁殖力の一因なのではないかとされている。
どれだけああやって殺しても、群れを潰しても、ゴブリンは目を離すとすぐに数を増やして人類に牙を剥く。本当に油断ならない相手で、仮にそれが赤子のゴブリンであっても見逃してはならないとされている。
だから奴らを侮ってはならない。Eランク冒険者でも交戦できる下級の魔物とはいえ、奴らを侮って捕獲され、そのままエロ同人でもそうそう無いレベルの、尊厳を踏み躙られる行為の果てに食料とされた冒険者は数多いのだ。
冷房の効いている兵員室のハッチを開けると、いつの間にか俺たちを乗せたBTMP-84はキリウの街中に入っていた。後続車両の運転手と目が合い、助手席に乗っていた子供がこっちに向かって大きく手を振ってくる。笑みを浮かべながら手を振り返すと、信号待ちしているBTMP-84をまじまじと見つめる通行人たちの話す声がほんの少しだけ聞こえてきた。
『なんだあれ、トラクターか?』
『大砲が乗ってるぞ』
『冒険者ギルドか?』
そりゃあ、技術水準が禁酒法時代のアメリカくらいの異世界に最新型の試作歩兵戦闘車が闊歩してりゃあそうもなるだろう。目立ちたくないわけじゃないが、しかしこうも注目されると恥ずかしくなる。
しかしパヴェルは、それすらも宣伝に利用していた。
このBTMP-84の車体側面には、これ見よがしに血盟旅団のエンブレムが描かれている。社用車に自分のギルドのエンブレムを描く冒険者ギルドは多いが、しかしこの注目度を利用すればその効果は何乗にも跳ね上がると言っていい。
注目されれば注目されるだけ、血盟旅団の知名度は上がっていくのだ。
知名度が上がるという事は冒険者ギルドとしての存在感を示す以外にも、管理局を介さずに直接仕事に関しての契約を行う”直接契約”という形で仕事を持ち込んでくるクライアントも増える、という事だ。
目立たず、何の実績もないギルドより、確かな実績があって注目度の高いギルドの方が仕事を頼みやすくなるものだ。クライアントが望んでいるのは確かな勝利なのだから。
踏切から線路に入り、キリウ駅のレンタルホームへと進入していく。事前にダイヤを調べておいたし、今の時間帯に列車が来ない事も確認済み。ダイヤの乱れは報告されていないので、少なくともベラシア方面からやってきた列車に追突されるなんて事はない筈だ。
レンタルホームの列車に近付いていくと、最後尾にある第三格納庫のハッチが開いた。制御室にはノンナがいて、ハッチの開閉レバーを操作してくれている。
格納庫を前にしてBTMP-84がターン。車体後部側からバックして、格納庫の中へと入っていく。
開けっ放しにした兵員室のハッチの向こうに、格納庫の中で出番を待つIS-7の姿がどんどん迫ってきた。
停車したのを確認してから、兵員室内にあるラジオ(キリウ市内の店で購入した私物だ)を手に取った。下半分が黄色、上半分が蒼で塗装されていて、後ろ側にはイライナ公国の国章である黄金の三又槍が描かれている。
帝国に併合されてもなお、イライナ人は誇りを捨てていない。それどころか虎視眈々と、独立の機会を伺っているようにすら思える。
兵員室からルカと一緒に降りると、ツナギ姿のノンナがこっちに向かって走ってきた。
「おかえりー!」
「おう、ノンナ」
「ただい―――ま゜ぁっ!?」
たたたっ、とジャコウネコ科特有の軽やかな足取りで迫ってきたノンナは、その勢いを乗せたままルカに向かってジャンプ。もふもふの彼に抱き着きながら、パームシベットの尻尾をぱたぱたと振った。
「むふー、お兄ちゃんお帰りなさいっ!」
「た、ただいま」
いきなり抱き着かれるとは思っていなかったようで、困惑気味のルカ君。助けてミカ姉、と視線で訴えてくる彼に暖かい視線を向けながら格納庫を後にした。
ノンナもそろそろ年齢的に生意気になってくる頃だとは思うんだが、しかし彼女はいつまで経っても純粋なままだ。可愛いもんである。
武器庫にライフルを返却してから首の骨を鳴らし、食堂車を通過……しようとしたところで、厨房で夕食の仕込みをするパヴェルと、カウンター席にいるリーファ、それからシスター・イルゼが何やら面倒事について話している現場に出くわした。
「おう、ミカ」
「……何かあったのか」
「ダンチョさん、メンドーな事なったヨ」
「?」
「いや、実はな……香辛料を発注してた業者なんだが」
「ああ」
「それが、キリウに到着する前に盗賊に襲われ、商品を盗まれてしまったそうなんです」
「……え?」
と、とーぞく?
今時? 今時とーぞく?
キリウの近くでとーぞく?
「……マジで?」
「マジで」
「どうします? 別の業者に依頼して香辛料を購入するという手も……」
イルゼがそう提案するが、リーファはすぐに首を横に振った。
「ワタシ泣き寝入りしないヨ。諦めたら負けネ」
「その通りだ、泣き寝入りはしない……なあ、ミカ?」
「……お、おう」
やっぱりこうなるのか。
まあいいさ……血盟旅団に喧嘩を売ったんだ、落とし前はきっちりつけさせてもらおうか。




