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騒音事件の顛末


「―――それでですね、原因はセミでした」


『セミ』


「ええ、新種です。針葉樹の森で3匹だけ確認できまして……捕獲したセミはギルドへ提出しております」


『ああ、そうでしたか』


「はい。念のため憲兵隊にもこの事を通告しましたので、森の調査を当局でも実施すると思いますが……いずれにせよ、もう列車の破損は起こらないと考えて良いかと」


『ありがとうございます、これでこちらも安心して列車の運行ができます』


「では、我々はこれで失礼いたします―――ふう」


 ガチャ、とレンタルホームにある電話ボックスの受話器を置き、外に出た。


 今話していたのは、騒音の調査を依頼してきたクライアント。何度か電話をかけてみたのだが、3回目で何とかつながった。とりあえずこちらの口で直接、針葉樹の森の騒音の原因を突き止めた事と、それの駆除……というか捕獲が済んだことは伝えておいた。


 普通、こういうのは管理局を通じて依頼の完了報告がクライアントの元へと届くようになっている。なので依頼を完了した冒険者が改めてクライアントに報告する義務はなく、多くの冒険者が報告を管理局任せにしているのだが、今回は直接伝えておく事にした。


 にしても騒音の正体がまさか、新種のセミだったとは。


 列車の中に戻ると、パヴェルの馬鹿笑いする声が聞こえてきた。ウォッカの酒瓶片手に笑い転げる彼のもう片方の手にはお手製のスマホがあって、少し大きめの画面には樹液を吸い上げながら300dBくらいの鳴き声を発する例の”モニカゼミ”の姿を収めた動画が映っている。


 音量が大き過ぎるからなのだろう、録画された動画の音声は見事に音割れしていて、音圧がとんでもねえことになっていた。あれ多分イヤホンとかで聴いたら鼓膜が真面目に逝くと思う。


「モwwwニwwwカwwwゼwwwミwww」


「笑いすぎだろお前」


 ちなみにモニカ本人のリアクションはというと、新種の虫に自分の名前がついたので割とご満悦のようだ。由来がこの爆音にある事も察しているようだが、モニカ本人は「あたしの名を名乗るには音圧が足りないわね!!!」と310dBくらいの声で断言している。おいばかやめろ窓割れる。


 とりあえず、モニカの声帯についてツッコむのは野暮なのでやめよう。ミカエル君との約束だ。


 既に報酬は管理局から受け取っていて、血盟旅団の規則通りに報酬のうち2割をギルドの運営資金として納金、残った金は参加メンバー全員で山分けという形にしておいた。


 捕獲した3匹のモニカゼミはどうなるかというと、確かに200~300dBという破格の音圧(300dBまでいくともう隕石の落下並みの爆音である)は騒音なんてもんじゃないし害虫に認定されてもおかしくはないが、平均的な体長5㎝程度の身体でどうやってそんな爆音を出すのか興味深いし、それに新種という事もあって研究施設に送られるとの事だ。


 おそらく、ノヴォシア地方にある『ボロシビルスク』の”学術都市アカデムゴロドク”に送られ、そこで色々と研究するのだろう。あそこには様々な分野の研究機関や学園が集まっており、その研究内容は非常にまあ、多様性に富んでいると聞いている。


 そして同時に、帝国最高クラスのド変態の集まりなんだとか。


 いつぞやのメスガキ博士いたじゃない? あの人もノヴォシア側から『ボロシビルスク来ない?』と何度も誘われ、その度に断っているのだそうだ……博士は生粋のイライナ人だから仕方がないか。


「ダハハハハハハッ、ほひー、ほひー! しっ、ししししししし死ぬwwwしぬぅwww」


「お前大丈夫か」


「たwwwすwwwけwwwてwww」


 モニカゼミ、パヴェルのツボにクリーンヒットしたらしい。


 まあそのうち飽きて笑うのもやめるだろ……たぶん。


 馬鹿笑いしてるのもアルコールが入ってるからだ、きっと。


 とりあえず笑い転げるパヴェルを放置して、暇潰しに射撃訓練でもするか、と3号車に向かう。特に今回の仕事は1発も発砲せずに終わった珍しい仕事だったので、何というかこう、身体が反動リコイルを求めているというか、物足りないというか。


 武器庫に置いてあった89式小銃と空のマガジン、それから訓練用の弾薬が入った箱を持って、3号車の2階にある射撃訓練場へ。


 既に先客がいるようで、扉の向こうからはパンパンと乾いた拳銃の銃声が聞こえてくる。”重さ”がないからこれは拳銃弾だな、と思いながら防音仕様のドアを開けると、換気扇が全力で回る射撃訓練場の中にいた意外な人物にちょっとびっくりする。


「む、ミカエル殿」


「範三……珍しいな」


「うむ。某も銃の扱いには少しばかり慣れておこうと思ってな」


 そう、射撃訓練場に居たのは範三だった。


 範三と言えば倭国の薩摩藩で鍛え上げた薩摩式剣術の使い手であって、魔術の素質も持ち合わせていなかった事から剣術のみを極めた生粋の剣豪、というイメージがあった。そんな刀と共に生きてきたような男が射撃訓練場で拳銃を手に射撃訓練に勤しんでいるのだから、驚きもするだろう。


 そんな彼の手の中にある拳銃もまた、意外なチョイスだった。


 クロアチアで製造され、アメリカのスプリングフィールドアーモリーが販売している『Hellcat Pro』。9×19mmパラベラム弾を使用する一般的な拳銃に見えるかもしれないが、カスタマイズパーツも豊富で汎用性に富み、拡張マガジンで弾数も増やせる。信頼性も申し分ない、プロ御用達の拳銃と言っていい。


 範三の事だからもっとでっかい拳銃を選択すると思っていたのだが、実用性を重視した意外なチョイスだった。未知の分野だから堅実に行こうという判断なのか、それともパヴェルのチョイスなのか。疑問は尽きない。


 さて、肝心な彼の射撃の腕はというと、まあ訓練を始めたばかりだからなのだろう、的には数えるくらいしか弾痕がなかった。


 マガジンを交換しスライドストップを操作、カチンッ、と小気味良い音を発しながらスライドが所定の位置へと戻っていった。初弾が装填されたのを確認した範三は、しっかりと両手で拳銃を保持しながら引き金を引く。


 パンッ、とHellcat Proが吼え、スライドが後退して空薬莢が飛び出す。けれども金属製の的に命中した音は聞こえてこなくて、今の一撃は外れたらしい。


 一般的に、拳銃はライフルよりも扱いが難しいと言われている。


 小型の拳銃弾を使用する関係上、射程距離は短く威力、貫通力においても小銃と比較すると大きく劣る。そして何より、小銃と違ってストックがない、という点が大きい。


 アサルトライフルなどはストックを肩にしっかりと押し当てて銃を安定させた状態で射撃できる。揺れを最小限に抑え、常に安定した射撃ができるので当てやすく、武器としては扱いやすいのだ。


 ストックがあるか否か―――その差は大きいといえよう。


 なのでミカエル君は、場合によってはピストルカービンであるMP17を携行する事も多い。あれには伸縮式のストックがあるし、サイズは大きくなるがサイドアームの範疇を出ない常識的なサイズで取り回しに優れ、カスタムも出来る。個人的には理想的なサイドアームだと考えている。


「範三さ」


「む?」


「その、ライフルとかマシンガンは使わないのか?」


「うむ、某は剣豪ゆえ刀こそが”めいんあーむ”なのだ。とはいえ飛び道具がないというのも問題としては捉えておってな……せめて拳銃くらいは持っておこう、と思い至りパヴェル殿に扱い方を教わったのだ」


「ああ、そういう事か」


 範三本人も、飛び道具がない(せいぜいクナイ程度である)というのは問題だという認識はあったらしい。


「しかし、銃という兵器は恐ろしいものだ。鉄砲と違って速射できる……個人で織田の鉄砲隊の如き射撃ができるというのは強みでござるな」


「その気になれば長篠の戦も再現できるよ」


「ふふっ、なるほど。これなら騎馬隊も怖くない……か」


 マガジンに5.56mm弾を装填しながらそんな冗談を言っていると、隣のレーンの奥から『カァンッ!』と的を9mm弾が殴りつける音が聞こえてきて、範三の射撃がやっと命中した事を悟る。


 俺も負けてられないな、と弾丸を装填したマガジンをずらりと並べ、薬莢が散らばらないように薬莢受けを装着してから最初のマガジンを89式小銃に装着。セレクターレバーを”タ”、つまり単発の位置に切り替え、コッキングレバーを引いて初弾を装填する。


 89式小銃はみんな大好き自衛隊で採用されている国産のアサルトライフルである。日本人の体格に合わせて製造されていて、全長もアメリカのM4カービン並みにコンパクト、命中精度にも優れるライフルである。


 武器庫にあったのは固定銃床式、伸縮も折り畳む事も出来ず取り回しに難があるが、しかししっかりと固定されているのでガタつきはなく、安定した射撃ができる。


 89式小銃の銃床は変わった形をしていて、少し右側へと曲がってから、また元の角度に戻るような形状になっている。上から見ると左右非対称になっているのだ。これは照準をしやすくするための工夫とされているんだが、左利きの人とかどうするんだろうか。


 そんな事をぼんやりと考えながら、引き金を引いた。


 ダァンッ、と拳銃弾よりも大きく重みのある銃声が響き、ヒトの姿をした金属製の的の右足を直撃。外したわけじゃない、わざとそこを狙ったのだ。


 続けて何度も射撃しつつ小銃の癖を把握。段々と狙い通りの場所にバカスカ当てられるようになってきたところで、用意していた分のマガジンが全部空になる。


 こんなところかな、とマガジンを外し、薬室の中をチェック。念のため空撃ちしてから安全装置をかけ、89式小銃を抱えて武器庫を目指す。


 範三も気が済んだのだろう、同じように薬室の中を確認して空撃ち、弾が出ない事を確認して空それをホルスターに突っ込んで、射撃訓練場を後にするミカエル君の後をついてくる。


「ところでミカエル殿、”きりう”の滞在はどのくらいなのだ?」


「あと3日くらいって聞いた」


「む、機関車の修理は終わっておるのだろう?」


「そうなんだけど、パヴェルが発注してた品がまだ届いてないらしい」


「品?」


「ああ。アレーサで売り捌こうって言ってた。何でも香辛料の類とかなんとか」


「ふむ……まあ、香辛料は高値で売り捌けるゆえ、利益は出るであろうな」


 それが届き次第出発、という事になりそうだ。


 武器庫にライフルを返却して食堂車に戻ると、今度は何やら言い争う声が聞こえてきた。ルカとノンナの声だ。兄妹喧嘩だろうか。


 範三と顔を見合わせてから食堂車に入ると、カウンターを挟んでノンナとルカが確かに言い争っているところだった。


「おいおいどうした」


「あっ、ミカ姉!」


「聞いてよミカ姉! お兄ちゃんがね、私も15歳になったら冒険者見習いになるって言ってるのにダメって言うの!」


 子供らしく頬を膨らませながら怒るノンナ。それに対してもふもふの髪とケモミミを揺らしながら反論するのは、血の繋がりはないが兄という事になっているルカだった。機関車の点検整備が終わったばかりなのだろう、ツナギにはまだ油汚れが目立っている。


「だって危ないぞ? 魔物って怖いんだぞ!?」


「知ってるもん! だから私も魔術を学んで、銃の使い方も教わって冒険者になるの! 魔物なんかボコボコにやっつけちゃうんだから!」


 うーん、これはまあ……どっちの言い分も分かる。


 ノンナとしては冒険者を目指すというのはきっとアレだろう、自分も外に出たいという思いが強いのだろう。彼女はまだ見習い登録できる年齢にも達しておらず、魔術も銃の撃ち方も習っていない。家事は得意分野になったそうなので、家事全般と機械の整備という面でギルドを支えてもらっている。


 けれどもいつも安全な列車にばかりいる事に、彼女なりに負い目も感じているのだろう。


 しかしルカの言い分にも一理ある。


 ルカも冒険者に憧れ見習いとなった、血気盛んな男の子だ。そんな彼でも実際に魔物を目にした時の怯えようは相当なもの(それでもよく錯乱したり恐慌状態にならずに済んだものだ)で、その恐怖を最愛の妹にだけは味わわせまい、彼女だけは守りたい、という強い決意がルカの目からは窺い知れる。


「ねえ、ミカ姉はどう思う?」


「うーん……俺は別に冒険者を目指してもいいと思うけどなぁ」


「やった♪」


「ちょっとミカ姉!?」


 自分に同意してくれると思っていたのだろう、ルカがはしごを外されたかのような顔で両肩に掴みかかってきた。


「な、何言ってるのさ!? ノンナにあんな危ない仕事をさせるわけには―――」


「ルカ、気持ちは分かるがな、倭国には”可愛い子には旅をさせよ”って諺があるんだ」


「何さそれ」


「はっはっは。ルカ殿、何事も経験でござるよ。ノンナ殿の事を大切に思っているのならば猶更、色々と経験させるに尽きる。何事も過保護にしてしまうとノンナ殿のためにならぬ」


「う、うーん……」


「まあ、見習い登録できるのはまだ先だし、その間に考えてみると良い」


「やったぁ!」


 複雑そうな表情をする不服そうなルカ。彼の肩に手を置き、そっと囁く。


「……心配ならお前が強くなれ。ノンナが見習いになる頃にはお前だって3年実務経験を積んでるだろうから、そしたら見習いになったノンナをお前が守ってやればいい。違うか?」


「……それもそうだね。うんわかった、俺強くなるよ! ちょっと射撃訓練してくる!」


 ビントロングのケモミミをピコピコ動かしながら、もふもふのルカ君はツナギ姿のまま射撃訓練場の方へと走っていった。


 にしても、あと3年か。


 3年後、俺たちはどうなってるんだろうな……ベテランとまではいかなくとも、せめて中堅くらいは名乗れるのではないだろうか。


 いつの間にか後ろにいたクラリスにケモミミを吸われながら、俺はそう思った。





 

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― 新着の感想 ―
[良い点] マニアックな武器が多くて飽きないです!面白過ぎる! [気になる点] 半蔵がサイドアームでハンドガンを使うならピストルカービンにしてみたらどうでしょう?ストックもついていて扱いやすいと思いま…
[一言] 多分3年後には美少女ジャコウネコシスターズなんて呼ばれてそうですね。 主にノンナとミカエル君が。 もちろん妹はミカエル君で。
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