表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

329/969

闇は光の中へ


 今となっては、すっかり銃声が馴染み深い音になってしまった。


 初めて銃を撃った時の事は今でも鮮明に覚えている。あれはそう、キリウの下水道の近くにあったメンテナンス用の通路―――ミカエル君の秘密の訓練場での事だ。


 AKMの反動の大きさにびっくりしながらも、日本に居た頃は決して手にする事のなかった銃の感触に大喜びしたり、飽きるまで分解結合を繰り返したり、射撃から再装填リロードまでの一連の動作を繰り返したりしたものだ。


 そんな事をほぼ毎日続けていたものだから、今となってはその非日常的な銃声は、すっかり日常の中へと埋没して、ごくありふれたいつもの音に成り下がってしまっている。


 M-LOKハンドガードを装着したAK-19を構え、左手の指をハンドストップに引っ掛ける。横からハンドガードを鷲掴みにする格好で構えた銃をしっかりと肩に押し付け、リューポルド社製ドットサイトのLCOを覗き込んだ。


 ブザーが鳴り響くと同時に引き金を引く。ダパンッ、と5.56mm弾の鋭い銃声が響き、金属製の的が硬質な音を響かせ着弾を教えてくれた。


 頭の中で思い浮かべていた残弾数のカウントが30から0になると同時にマガジンを外す。空になったマガジンをラジオポーチへ……はまだ放り込まず、金具を介してマガジンの隣に装着していたもう1つのマガジンを装着、コッキングレバーを引いて射撃を続行する。


 こういった金具(即席の場合はテープなどで固定する)で複数のマガジンを連結して固定することで再装填リロードの手間を省く改造を『ジャングルスタイル』という。


 複数のマガジンを連結しておくことで、『弾切れ→マガジン取り外し→マガジン投棄orダンプポーチへ→ポーチから予備のマガジン取り出し→マガジン装着→コッキングレバー操作、初弾装填』という手順を、『弾切れ→マガジン取り外し→マガジン取り付け→初弾装填』というようにかなーりショートカットできる優れものである。


 もちろん欠点もある。確かに再装填リロードは速くなるけれど、マガジン内の弾薬が外から丸見えの状態なので、そこに泥とか砂塵などの異物が入り込んだりする可能性がある。もちろんこれは装填不良の原因になる。


 他にも、戦闘中は激しい動きをすることになるんだけど、その際に壁とかに給弾部を激突させてしまい、破損させたり変形させたりして装填不良の原因を作ってしまう事もある。


 そういう事もあって、今まで敬遠していた類のカスタマイズだ。しかも俺たちは冒険者、その本業は野外での魔物との戦闘やダンジョンの調査であって、基本的に現場は泥だらけ。機械類への異物侵入には細心の注意を払わなければならず、パヴェルもこの改造はあまり推奨していない。


 しかし作戦行動時の周囲の環境によっては全然アリかもしれない。煩わしい再装填リロードの時間を劇的に短縮できるジャングルスタイルの利便性にうっとりしている間に、ブザーが鳴って訓練は終わった。


 マガジンを外し、コッキングレバーを引いて薬室チャンバー内の残弾を排出。念のため何度か空撃ちしてから安全装置セーフティをかけ、レーンから離れた。


 射撃訓練場の後ろには休憩用のスペースが新設されている。休憩用、といっても簡素なテーブルとパイプ椅子が置いてあるだけで、射撃訓練をしている仲間をそこで見守ったり、訓練の合間に持参した飲み物とかお菓子を食べたり、トランプでもやったり……まあ、そんなゆるーい感じのスペースだ。


 パイプ椅子に腰を下ろすと、ちょうどドアが開いてクラリスがやってきた。手には既に栓抜きで王冠を外した状態のタンプルソーダの瓶がある。


「お疲れ様ですわ、ご主人様」


「ああ、ありがと」


 受け取った瓶を口につけ、そのままグイっと呷った。


 喉の奥へと流れていく炭酸の刺激と、さわやかなイライナハーブの風味。それでいてべっとりとへばりつくようではなく、むしろ春の風のように駆け抜けていく甘みが丁度いい塩梅で、糖分が身体中に染み渡っていくのを感じる。


 テーブルを挟んで向かい側の席に座ったクラリスは、それを一口飲んでからL85A3を手に取った。安全装置セーフティを解除してレーンに立ったクラリスは、手慣れた様子で射撃訓練を始める。


 今思ってみれば、彼女があんな風に銃の扱いに習熟していたり、免許を持っていないのに車の運転ができたり(にしてはちょいと荒っぽいが)、何より戦いに慣れていたのはそういう事だったのだろう……クラリスはかつて所属していた組織、テンプル騎士団で色んな資格を取り、教育課程を終えていたのだそうだ。


 戦車兵に工兵、挙句の果てには空挺部隊まで。色んな現場を渡り歩いたベテランだが、そういえばクラリスの実年齢ってどのくらいなんだろうか。


 女性に年齢を聞くのはちょっと失礼な気もするが……気になる。


 的を全部ヘッドショット、パーフェクトというとんでもねえスコアを叩き出したクラリスが、ニコニコしながらこっちに戻ってきた。彼女はまたしても向かいの席に座ると、タンプルソーダを口につけながら後ろ髪を縛っていた髪留めを外す。


 クラリスの髪は海原のように蒼くて長く、ほんのちょっとだけどウェーブがかかっている。


「そういえばクラリスさ、記憶が戻ったわけだけど」


「はい」


「その……そういや年齢ってどのくらいなの? 17から19くらいって見積もってたんだけど」


「うふふ、実は20歳ですわ♪」


「うお、歳上か」


 道理で大人びてるわけだ……ちなみにミカエル君、来月で18歳である。合法的にエロ本を変える年齢に達するわけだ。やったね。脳内の二頭身ミカエル君ズもキャッキャウフフしながら誕生日を楽しみにしているようだ。


「そうかそうか歳上か……やっぱり敬語とか使った方が」


「クラリスはご主人様のメイドですわ。是非とも今まで通り接してくださいませ」


「う、うん」


 歳上か……そうか2つも歳上だったか。つまりミカエル君が高校に入学する頃には卒業する学年って事か(解説しよう、転生前ミカエル君は高卒なので大学行ってないのだ)。


 学生服姿のクラリス……うん似合いそう。いいね。


「……それにしても、何で組織の……テンプル騎士団の連中は俺たちを襲ってきたんだろうね」


 タンプルソーダを半分まで飲んだところで、ずっと抱いていた疑問を口にしてみる。


 クラリスも同じ疑問を抱いていたようで、視線がこちらを向く。


 俺たちがテンプル騎士団の痕跡を探ろうとしていたり、奴らが保有していた技術の回収に動こうとしてそれを阻止しようとしたというならば、まだ分かる。テンプル騎士団の実働部隊が動いてこちらを攻撃、技術の回収を阻止しようとしていたならば納得できる話だ。


 しかし、ウガンスカヤ山脈の時とは違って今回はあくまでもクラリスの過去に繋がる情報を探ろうとしていただけに過ぎない。テンプル騎士団の連中が、俺たちを消そうとする理由はない筈だ。


 まあ、あの地下施設にヤバい何かが保管されていて、それを発見される前に抹消するのが目的だったというならば分かるけれど。


 それともう一つ、不可解な事がある。





 ―――なぜ、テンプル騎士団の連中は毎回俺たちの前に現れるのか?





 ウガンスカヤ山脈の時も、そして今回もそうだ。山脈の調査も、地下施設の調査も、どちらも血盟旅団の仲間にのみ共有していた情報であって、決して外部には流していない。


 なのに、なぜテンプル騎士団はその情報をキャッチして俺たちの阻止に動いたのか?


 血盟旅団の中に裏切り者でもいるというのか。


 あまりそれは信じたくない話だが……。


「その件ですが、ご主人様」


「ん」


 くいっ、とメガネを指で押し上げながら、クラリスは冷静な声で言った。


「このタンプルソーダ……元々は、テンプル騎士団内部でのみ販売されていた炭酸飲料です」


「なんだって?」


「組織内で人気に火が付き、資金獲得の一環としてテンプル騎士団はタンプルソーダの製造、販売を行う部署を創設しました。のちにそれが子会社となって成長、タンプルソーダはクラリスのいた世界では最もポピュラーな炭酸飲料として人気を博しています」


「それがどうしてここに?」


「それは分かりませんが……ご主人様、このタンプルソーダを製造しているのは、この組織内では1人しかいませんよね?」


 真っ先に、信頼できる仲間の内の1人の顔が浮かんだ。


 いや、まさか……まさかそんな。


「……パヴェルがテンプル騎士団の関係者だっていうのか?」


「可能性は濃厚かと」


 アイツの正体は今まで謎に包まれていたが、しかし”前の職場”とやらが仮にテンプル騎士団であったというならば、信じたくはないが色々と辻褄は合う。


 というか、タンプルソーダの製造方法を知っているなんてほぼ答え合わせのようなものではないか。


「クラリス、パヴェルは信用できると思うか?」


 思っていた事をそのまま口にしたものだから、随分とアバウトな言い回しになってしまった。これでは俺の真意は伝わらないだろう、と思いながら訂正の言葉を思い浮かべるけれど、しかしクラリスはこちらの真意をちゃんと汲み取ってくれていたようで、返ってきたのは的確な返答だった。


「クラリス的には、あの人は信用していいと思います」


「その理由は?」


「仮にテンプル騎士団の関係者だったのならば、組織にとって不都合な行動を繰り返すクラリスたちを消すタイミングはいくらでもあった筈です。料理に毒を盛ったり、寝込みを襲ったり、あるいは作戦中に嘘の情報を流してこちらを謀殺したり……」


 確かにそれはそうだ。


 パヴェルが本当にテンプル騎士団の関係者だったとしたら、俺たちは敵だろう。早い段階でその芽を摘み取っておくことが望ましい。


 しかし、彼はそうしなかった。


 料理に毒を盛ったり、眠っている最中に暗殺したり、作戦中に嘘の情報をこちらに流して窮地に追い込み謀殺したり……そういうタイミングは今までいくらでもあった。


 けれどもパヴェルはそんな事はしなかった。むしろ的確な指示を出し、何度もこっちのピンチを救ってくれた。これは俺たちの味方であると判断できる材料になり得るのではないだろうか。


「それに、決め手はザリンツィクでの強盗です。ご主人様、主犯だったバザロフの役目が何だったか、覚えてらっしゃいますか?」


「テンプル騎士団への……資金提供?」


「そうです。あの男はテンプル騎士団にとっての操り人形の一つ、金を貢ぐ駒でしかなかった。組織からすれば資金源の1つを潰されるなど許される事ではないでしょう。もしパヴェルさんがテンプル騎士団の人間であれば、いずれかのタイミングで強盗の阻止に動いたはずです。あるいはバザロフの口封じか」


「……確かにそうだな」


 あの時も、パヴェルは俺たちの仲間であった。仲間で居続けてくれた。


 という事は、それほど疑う必要もないのではないだろうか。


「以上の事から、クラリスはパヴェルさんを信用できる仲間と判断しています。もっとも、一定の警戒は必要だと思いますが」


「……クラリス、変わったな」


「?」


 雰囲気が変わったというか、何というか。


 前までは滅茶苦茶強くて、無邪気で、未知の世界に対する初々しさがあった。大人びた容姿に対して仕草がちょっと子供っぽい無垢さがあって、どこかアンバランスな感じが愛らしかった。


 けれども今は、なんだか違う。


 過去の記憶と経験に基づき、冷静に状況を分析し結論を出す―――まるで頭にスーパーコンピューターでも搭載しているような、”完璧なメイド”のような感じになっている。


 それはそれで嬉しいのだが、なんだかちょっぴり寂しい感じもする。


「ああ、いや、何でもない」


「ふふっ。かしこまりました」


 きっと、こっちが素のクラリスなのだろう。


 前のままでいろ、と命令する権利なんて俺には無い。


 ヒトは、ありのままの姿で良いのだ―――多分、それが一番美しいだろうから。













 蓄音機から流れてくるショパンのノクターンOp.9-2の優しい旋律の中に、微かな足音が混じったのを”彼”は聞き逃さなかった。


 音楽以外に聴こえてくるものは全て雑音ノイズ―――純粋な音楽を破壊する余計な雑味でしかない。しかし、そういう認識だからこそ異物の混入には鋭敏で、シェリルが部屋を訪れたことにいち早く気付いた。


「何用だ」


 自分の口を使い、声を発したのはいつぶりだろうか。


 そう思い、彼―――”ボグダン”は口元に微かな苦い笑みを浮かべる。


 これまでは全て、魔力通信で事足りていた。話したい相手を脳内で指定、喋る内容を頭の中で思い浮かべることで、そのイメージが空気中の魔力を介し、相手の脳内へと直接送信される。


 こういった便利な機能もあり、昨今のテンプル騎士団の兵士は口を動かす機会がめっきり減った。食事や歯を磨く時以外に口を動かす事はなく、こうして肉声でやり取りするのは、テンプル騎士団の兵士の中でもボグダンのようなベテランばかりとなっている。


 ホムンクルス兵の1人として、タクヤ・ハヤカワと瓜二つの容姿―――それに加え、希少な”男性のホムンクルス”として生まれたボグダンは、支給品の缶コーヒーを1つ、シェリルに放り投げた。


 無言でそれを受け取り、軽く頭を下げてからシェリルは報告をする。


「……キリウで、例の”初期ロット個体”は記憶を取り戻したようです」


「ああ、それは先ほど”察知”した。にしても拙いな、獣人共にイコライザーの存在が知られたか」


 旧人類を滅亡に追いやり、その予想外の威力に当時のタクヤ政権が存在そのものを隠匿、記録から抹消した最終抹殺兵器―――『イコライザー』。


 在庫も、製法も、そして兵器として保有、運用した記録も全てが抹消された最凶最悪の大量殺戮兵器。ノヴォシア首都、モスコヴァでの殲滅戦に投入されたのが、その超兵器の最初で最後の晴れ舞台であった。


 だが―――データバンクの深層部よりサルベージした情報が正しければ、まだ残っているのだ。


 1発だけ―――不発で終わってしまった、イコライザーの弾頭が。


 それを手に入れ、祖国たるクレイデリア連邦へ返り咲く事こそが、ボグダンたちの宿願。そのために何人獣人が野垂れ死のうが、知った事ではない。


「イコライザーの在処は」


「絞り込めました。ノヴォシア地方のどこかに眠っていると……」


「……こればかりは、獣人たちの手に渡すわけにはいかん」


「分かっております」


「行け、シェリル。次こそは初期ロット個体なんぞに後れを取るな」


「はっ」


 敬礼してから踵を返し、自室を後にしていくシェリル。


 音楽の再生が終わっていた蓄音機のスイッチを切ったボグダンは、椅子にかけていた上着を羽織りながら立ち上がるや、ベッドの傍らにある写真立てに視線を向けた。


 そこに写っているのは、在りし日のテンプル騎士団の訓練兵たち。


 地獄のような訓練を終えた同期の兵士たちが、笑みを浮かべて写っている。


 その真ん中に居るのは、彼らに戦い方を教えた教官だった。


(またすぐに会えますよ、”同志大佐”)


 ベレー帽をかぶり、ボグダンは自室を後にした。






 第十六章『世界の真実』 完


 第十七章『故郷での日々』へ続く



ここまで読んでくださりありがとうございます!


作者の励みになりますので、ぜひブックマークと、下の方にある【☆☆☆☆☆】を押して評価していただけると非常に嬉しいです。


広告の下より、何卒よろしくお願いいたします……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] クラリスは前作から100年前、前前作の時代。将来滅亡の予想から野放図な軍拡を成し遂げ、最初の全盛期を迎えた頃の人物でしたか…あの頃からテンプル騎士団が変質したって、何度も描かれてましたね。…
[一言] うーん…確かにパヴェルさんの真意は謎ですね… なぜ血盟旅団をバックアップしてまでテンプル騎士団と対立するのか… それにしてもイコライザーはまだ残ってたのか… 意外とミカエル君の近くにあったり…
[良い点] 因みにそやつはテンプル騎士団でもとびきりヤッベェ奴でして。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ