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『懲罰作戦』


 タクヤ・ハヤカワが、亡き父から学んだことの中で最も意義のあった事は何かと問われれば、タクヤはこう答えるだろう。


 『戦争とはすなわち、物量こそが全てである』と。


 結局のところ、大国同士の戦争とは最終的に消耗戦の様相を呈するのが常である。資源、兵器、人民を総動員した国家間での全力の殴り合い。その負荷に耐えかねた方が負けるのだ。


 その点、クレイデリアという国家は戦争をするうえでこれ以上ないほどの条件を兼ね備えた優良物件と言えた。


 資源は十分で、他国からの輸入に頼る必要が全くない。国土も広大で食料自給率も高く、『他者から分け与えられる』のではなく、むしろ『他者に分け与える』側の存在であった。


 それに加え、タクヤ・ハヤカワという最強の兵士、その遺伝子をベースに製造されたホムンクルス兵たちは、法律による縛りはあるものの、彼女らはその気になればいくらでも生み出せる。


 豊富な資源と食料に加え、高い技術力、そして無尽蔵に製造されるホムンクルス兵―――揺り籠(クレイドル)を語源とする国家の名前とは裏腹に、まるで戦争をするために生まれて来たような、そんな国家こそがクレイデリア連邦である。


 そしてそのクレイデリアに本拠を置くテンプル騎士団こそが、世界最強の軍隊であった。














『お待ちください同志! あなたが前線に向かわなくとも、既に戦争の勝敗は決しているのですよ!?』


 必死に呼び止めようとする若いホムンクルス兵の声を、しかしタクヤは気にする様子もなく装備品を次々に身に着けていく。AK-15のマガジンに7.62×39mm弾を淡々とクリップで装填し、30発フルで装填したそれを、チェストリグに収めていった。


 武器庫から拝借したAK-15の機関部レシーバー上部にロシア製ドットサイトのPK-120を装着。続けてフォアグリップを装着して感触を確かめ、スリングを肩にかけてライフルを背負った。


 愛用の大型ナイフを2本、腰の後ろにある鞘の中に収め、数本の投げナイフを太腿のホルダーへと差し込んでいく。その動作に一切の躊躇いはなく、慣れ親しんだ装備品を淡々と身に着けていくその姿は、歴戦の兵士のそれであった。


 PL-15が収まったホルスターを胸元に装着し、ブーツの側面にブーツナイフを収めながら、タクヤは言う。


『前線で同志たちが身体を張っているんだ』


 手榴弾をポーチに収めたタクヤは、昔と変わらない親し気な笑みを浮かべた。


『俺だけエアコンの効いた本部でふんぞり返ってるわけにはいかないよ』


『しかし同志団長、あなたは最高司令官なのです。そんなにホイホイ司令部を離れられては……あなたに万が一の事があったらどうなさるおつもりです?』


『俺の代わりくらいいくらでもいるさ』


 さらりとそう言い、タクヤはなおも食い下がろうとするホムンクルス兵を連れて武器庫を出た。


 分厚い扉の向こうで、まだ幼い竜人―――”キメラ”の子供を抱き抱える赤毛の女性と目が合い、タクヤはそこでやっと、少しばかり戸惑ったような表情になる。


『―――タクヤの代わりなんて、どこにもいないわよ』


『ありゃ、聞こえてたか』


 妻の地獄耳には脱帽である。


 まるでいたずらを叱られる少年のように誤魔化す笑みを浮かべるタクヤ。いくつになっても、自分の妻―――腹違いの姉には、どうしても頭が上がらない。


 彼女の名は『ラウラ・ハヤカワ』。タクヤの妻であり、腹違いの姉である。


 燃える炎とも、禍々しい鮮血の色とも受け取れる紅色の瞳を見つめながら、タクヤはまいったな、と言わんばかりに頭を掻いた。


『まあ、ちゃんと帰って来るさ』


『それならいいけど……この子の事もあるんだから、絶対無事に帰ってきてね?』


『分かってるよ』


 ラウラの腕の中で、きょとんとした顔をしている息子―――ユウヤの頭を撫でながら、タクヤは言った。


『じゃあなユウヤ。パパ、ちょっとお仕事に行ってくるよ』


『ん、いってらっしゃーい』


 ニコニコしながら小さな手を振る息子と妻に見送られ、タクヤは笑みを浮かべたままエレベーターに乗り込んだ。


 タンプル塔の設備の大半は地下にある。地上に設備を建造しようものならば、これでもかというほど配備されている要塞砲の砲撃時の衝撃波を受け、瞬く間に設備が損壊してしまう。地下に主要設備があるのは損壊を防ぐためであると同時に、敵の空襲からの損害を回避するためだ。


 エレベーターに乗り込み、更に地底深くへと降りていくタクヤ。


 彼女の脳裏には、あの時垣間見た絶望の未来が過っていた。


 100年後―――絶望が、破滅が、全てを覆い尽くす。


 血と鉄と怨嗟に満ちた、戦禍の未来。


 そんな未来を子孫たちに押し付けるわけにはいかない―――今のタクヤを突き動かしているのは、テンプル騎士団の初代団長として、そしてハヤカワ家という一族を守らんとする使命感だった。


 そのためならば、子孫たちの安寧のためならばいかなる咎をも犯してみせようという覚悟が、今の彼にはあった。


 地底深くに建造された、空中戦艦専用のドック。


 イオ級原子力空中戦艦『イオ』、『エウロパ』、『カリスト』の3隻に加え、他の空中戦艦や巡洋艦が仲良く並んでいる広大な空間には、この”懲罰作戦”に参加するすべての将兵たちが集まっていた。


 体格差に個人差はあるが、概ね全員の顔は同じ―――ホムンクルス兵たちである。


『―――同志諸君、これは戦争ではない。我らテンプル騎士団による、敵対勢力への”懲罰”である』


 牙を剥いた敵への懲罰―――そのために集まった将兵たちに、タクヤは命じた。






『殲滅せよ、ただただ進撃し殲滅せよ』






 



 1758年 8月27日 午前8時30分


 テンプル騎士団 『懲罰作戦』発動


 ノヴォシア帝国への異世界侵攻を開始














『何たる事だ……奇襲攻撃が失敗するとは』


 大貴族たちの憤る声は、彼らの向かい側の席に座る帝国騎士団の上級将校たちへと向けられていた。


 無理もない事である。彼らの見立てでは、電撃的な奇襲でテンプル騎士団の駐留軍を撃滅しその装備品を接収、解析し帝国を更なる高みへと導くという計画であった。


 しかしそれを信じて発動した奇襲攻撃はあえなく失敗。良き隣人としてノヴォシアの発展に貢献してくれていたテンプル騎士団への明確な裏切り行為となったばかりか、駐留軍の撤退を許してしまう結果となったのである。


 既にこの一報は、テンプル騎士団の本体にも伝わっているだろう―――今から頭を下げて許してくれるほど、テンプル騎士団は寛大な組織ではないという事は、ここにいる全員が理解している事であった。


 こうなった以上は、全面戦争に突入する他ない。


 結局のところ、ノヴォシア帝国による奇襲は『不要なリスクを冒し強大な敵を呼び込んだ』だけだったのである。


『既に周辺諸国へも救援要請を出しております。ハンガリア王国に聖イーランド王国、ヴァルガリア王国にドルツ諸国も参戦を表明してくれました。列強国の兵力を結集すれば、テンプル騎士団など―――』


 苛立ちながら頬に手を当て、報告を受ける皇帝ツァーリ。彼の顔には「勝てる」と豪語しておきながら惨敗を喫した自国の軍隊への不信感が滲んでいたが、しかしノヴォシアのみならず列強国との連合軍が結成できるというならば、テンプル騎士団も怖い相手ではないかもしれない。


 今まで鎬を削り合ってきた列強国が仲間になるなど、これほど頼もしい展開はないだろう―――暗黒の絶望の中に光が差し込んだのも束の間、会議室を訪れた騎士団の士官の報告が、彼らを再び絶望のどん底へと叩き落した。


『失礼します! テンプル騎士団より開戦宣言あり! テンプル騎士団からの正式な宣戦布告です!!』













『総員、パラシュートの最終チェック!』


 空中戦艦『ガニメデ』の格納庫の中に、ジャンプマスター(これまたホムンクルス兵です)の声が響きました。


 ジャンプマスターの指示通りに、クラリスはメインとサブのパラシュートに異常がないかを素早くチェックします。


 え、クラリスはどうして工兵なのに空挺部隊と一緒にいるのかって?


 そりゃあ、クラリスはこう見えて色々と資格を持っていますし様々な訓練課程を終えています。破壊工作基礎課程や戦車操縦過程。この辺の過程を終えていれば、テンプル騎士団では工兵隊や機甲師団に配備されたりしますが、クラリスが終えた教育課程の中には、空挺降下課程も含まれているのです。


 そんな感じで色んな教育課程を終え、持っている資格の幅も広いとなれば色んな部署に引っ張りだこにされます。たまたま人手が足りていなかった工兵隊に引き抜かれていただけの事なのです。


 懐かしいですね、空挺降下。そういえば訓練中にメインもサブもパラシュートが開かなくなって、高度5000mからそのまま五点着地をキメた同期がいましたっけ。確かその同期は北方方面軍の第八空挺師団に配属されたそうですが……。


『ハッチ開放、ハッチ開放』


 ジャンプマスターの声と共に、空中戦艦下部にあるハッチがひっくりと開いていきました。機械油の臭いが充満していた格納庫の中が、高度8000mに吹き荒れる暴風を受けて、全ての臭いが洗い流されていきます。


 流れ込んでくる猛烈な外気の中、酸素マスクを装着している兵士は1人もいません。


 ここにいるホムンクルス兵たちの肺は、人間のそれよりも強靭です。どれだけ酸素濃度が薄くても行動出来ますし、一酸化炭素を吸い込んでも15分未満であれば意識を失う事はありません。そして何より、最長で半日は呼吸を止めていても難なく活動可能という優れものなのです。


 しばらくして、純白の雲海の中に紅い光が生まれました。無数の幾何学模様を撒き散らしながら閃光が煌めいてから少しして、白い海面を黒い空中戦艦の舳先が突き破り、空中戦艦ガニメデと同じ高度まで上昇してくるのが見えました。


 味方の空中戦艦です。艦籍番号LQ-663、ガニメデの同型艦『イオ』でしょう。その隣から同じく同型艦のエウロパ、カリストも上昇してくるや、船体下部後方にある格納庫のハッチを解放しました。


 他の空中戦艦も続々と紅い光を発しながら、雲海の上に姿を現しました。


 次元転移です。次元の壁を越え、異世界へと転移する技術―――おそらくタンプル塔を出撃し、そのままここへとやってきたのでしょう。


『戦車隊、降下開始。降下開始』


 ジャンプマスターの声と共に、格納庫の天井にあったシグナルが電子音と共に青に変わりました。それを合図に、空挺降下用のパレットに乗せられたテンプル騎士団の戦車―――『T-90M』が続々と格納庫の中で落下傘を開き、その空気抵抗を受けて船外へと引きずり出されていきました。


 それに遅れて、物資を乗せたコンテナも続々と降下。オリーブドラブのコンテナが雲海へと沈んでいきます。


 他の艦からも火花を発しながら外へと吸い出されていく降下用パレットと戦車たち。彼らが雲海へと姿を消したのを確認したジャンプマスターが、両手を広げて降下用意の合図をします。


『降下30秒前! 勇敢なる同志諸君に、神のご加護があらんことを!』


 神よ我を守り給え―――信仰深い兵士の1人が、胸に下げた十字架にキスをしてからそう呟くのが聞こえました。


 果たして神は、この戦争をどう思っているのでしょうか。もし本当に存在しているというならば、一度意見を伺ってみたいものです。


『―――降下開始!!』


 ジャンプマスターの号令を受け、先頭の兵士が果敢に空へとその身を躍らせました。


 後続の兵士も続々と後に続き、躊躇する様子もなく高度8000mの空へと飛び込んでいきます。


 お先しますね、とクラリスの前に居たアリシアがウインクを残し、勢いよく格納庫からジャンプしていきました。風の中で踊る蒼い髪と彼女の後ろ姿が雲海に呑まれ、クラリスも降下するべく移動を始めます。


 移動しながら素早く周囲をチェックしました。部下は全員降下し、格納庫に残っているのはジャンプマスターのみ。全員降下したのを確認してから、ジャンプマスターの方を振り向き笑顔で敬礼、声を張り上げます。


『お世話になりました!!』


 彼女に敬礼を返してもらい、クラリスも雲海へと飛び降りました。


 綿菓子のような雲海を突き抜けると、既にノヴォシア帝国首都『モスコヴァ』を背景に、空に無数の白い花が咲いていました。落下傘パラシュートです。真っ先に降下した戦車部隊が落下傘を展開、更にはパレット各所に搭載されたロケットモーターを噴射して減速、そのまま地上に降下タッチダウンしているのです。


 既に首都の外周部では、火の手が上がっていました。


 先行した地上部隊の攻撃です。首都を守るべく展開した守備隊のど真ん中へ、クラリスたち空挺部隊は戦車と一緒に降下する事になります。


 目的は皇帝ツァーリの首、そして敵兵すべての殲滅。


 この作戦には同志団長も参加なさっていると聞きました。もしかしたら、世界を救った英雄の戦いぶりが見れるかもしれません。


 規定の高度に達し、パラシュートを開きました。ぐんっ、と身体が上へと引っ張られる感覚と共に、落下のスピードが一気に落ちます。


 地上の様子は、早くも地獄と言ってもいい状態でした。


 進撃する戦車を懸命に大砲が迎え撃ちますが、前装式の大砲ではどう頑張ってもT-90Mの装甲を貫通出来ません。ゴォンッ、と銅鑼どらを打ち鳴らすような金属音を響かせて砲弾は跳弾、逆に大砲は砲手諸共、戦車砲の反撃を受けて消し飛んでしまいます。


 敵兵の叫び声が聞こえましたが、しかし容赦をする兵士はどこにも居ません。クラリスたちを裏切った相手に、かける情けなどないのです。


 着地してからパラシュートを外し、コンテナの中からAK-15を引っ張り出しました。安全装置セーフティを解除して部下全員の着地を確認し、彼女たちにハンドサインを送ります。


 こうして、旧人類滅亡の序曲―――”懲罰作戦”は幕を開けました。





 

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