滅亡の理由
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作者の励みになっております。
それでは本編をどうぞ!
『真の戦争は、対話を捨てた瞬間に始まる』
ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ著【血と鉄の言葉】より
PL-15のスライドが後退すると共に、拳銃弾のマイルドな反動と、馴染みのあるマズルフラッシュが迸りました。そうして吐き出された9×19mmパラベラム弾は戦列歩兵の隊列、その先頭に立つ指揮官の眉間を無慈悲にも直撃します。
もちろん、即死でした。
当然です、殺すつもりで放った一撃でしたから。
がくんっ、と頭を大きく後ろに仰け反らせ、サーベル(”シャシュカ”という刀剣だそうです)を手にした指揮官は仰向けに崩れ落ちます。唐突な反撃に目を丸くしている副官にも9mm弾をプレゼント、彼も指揮官と同じ運命を辿りました。
相手はたった1人の女、それも戦闘を前提とした装備ではなく軽装―――そんな状態で戦列歩兵たちを前にすれば、いかに進んだ文明から派遣されてきた兵士といえども降伏するであろう、と彼らは踏んでいたに違いありません。
しかしそれは、竜の逆鱗に触れるに等しい行為でしかないのです。
『き、貴様―――』
我に返った戦列歩兵の1人が、クラリスに向けてマスケットを放ちました。火打石が取り付けられた撃鉄が引き金の動きに連動して稼働、点火用の黒色火薬が充填された火皿の中へと火花を落とします。
そういえば、クラリスの先輩でマスケットを愛用している変な人が居たのを思い出します。みんなAKを持っているのに1人だけマスケットと銃剣でCQBをしているド変態です。テンプル騎士団はそういう頭のネジの外れた人(失礼しました)の巣窟ですが、それは”結果を出せば何やってもOK”という寛大さの表れでもあります。
話が脱線しました。
さて、マスケットですが、こういうメカニズムである事もあって、引き金を引いてから実際に発射されるまでにタイムラグがあります。良質な黒色火薬を使っていればそのタイムラグも短くなるものですが、しかしノヴォシア兵のマスケットは、発砲されるまでに明らかに1秒ほどのタイムラグがありました。
粗悪品なのでしょう……農業重視の政策から工業重視への強引な転換は、様々な弊害を引き起こしています。火薬の品質低下もその1つなのでしょう。
そういう事もあって、避けるのは容易かったです。
くいっ、と頭を右に傾けた直後、そのすぐ脇を1発の鉛弾が突き抜けていきました。
『!?』
驚愕するライフルマンへと距離を詰めつつ、右手に持ったPL-15をホルスターに戻しました。弾薬の節約も目的ではありますが、乱戦に持ち込んでしまった方が有利になると考えたからです。
案の定、戦列歩兵たちは逃げていった部下よりも眼前の脅威を優先して排除する事にしたようで、その発砲を合図に多くの銃口がクラリスへと向けられました。
全身をドラゴンの外殻で覆い、握りしめた拳を戦列歩兵の1人、その顔面に叩き込みます。パキュッ、と湿った何かが潰れるような音がして、目の前で紅い飛沫とピンクの破片が飛び散りました。
脳の破片に飛び出す眼球、そんな無残な死に方をした味方の姿を目の前で見せつけられれば、どれだけ優秀な兵士でも士気をへし折られてしまいます。
実際に、クラリスを睨む兵士たちの目の中には、明らかな困惑と怯えの色がありました。
『う、撃て、撃て!』
『馬鹿、近すぎる! 味方に当たるぞ!』
まだ冷静さを保っていた兵士が発砲を咎めますが、しかし時既に遅し。
半狂乱状態に陥った兵士の1人が、恐怖に敗北し引き金を引いてしまったのです。ドパンッ、と弾けるような火薬の炸裂音に続いて、クラリスの左肩を鉛弾が殴りつけていきました。
ノヴォシア帝国軍が採用しているのは、『イライナ・マスケット』と呼ばれる代物だそうです。長銃身、大口径を特徴とする大型の小銃で、その口径は破格の80口径。メートル法に直すと約20mmもあります。
そんなのがクラリスに肩パンしてくるわけですから、痛くないわけがありません。被弾の衝撃で外殻が軋み、鈍い痛みが走りました。しかし貫通はしておらず、跳弾した弾丸が戦列歩兵の1人の眉間を直撃していました。
それを合図に、戦列歩兵たちは次々に発砲を始めました。目の前に化け物が迫っていて、撤退も出来ない―――そこまで追い込まれ、恐怖に呑まれてしまった人間に、どんな言葉も届く事はないのです。
『うわ、うわぁぁぁぁぁぁ!!』
『撃て、撃て!』
『何やってんだ、相手はたった1人だぞ!?』
やはり、戦列歩兵というのは脆いものです。
確かにその隊列から放たれる一斉射撃の威力は恐ろしく、行進曲を高らかに響かせながら迫って来るその姿には、現代の兵士には無い威圧感があります。しかし指揮官を失い、統率がとれなくなってしまった戦列歩兵など烏合の衆。相手になりません。
後に続く軍楽隊も混乱したように演奏を始めますが、しかし音がずれていたり、外していたりと散々なものです。彼らの混乱ぶりが見て取れます。
仕留めた敵兵からマスケットを奪い、目の前の兵士に発砲しました。相変わらず火薬の質は最悪でしたが、しかしその威力はさすがと言うべきでしょうか。被弾した兵士の頭の右半分が爆ぜ割れ、肉片や血飛沫、眼球に歯といった人体のパーツが飛び散りました。
クラリス1人の強襲に、戦列歩兵たちは完全に混乱していました。いたるところで同士討ちが多発し、クラリスではなく友軍の放った弾丸や銃剣の一撃で命を散らしていく兵士たちが続出します。
そのまま槍投げの要領で銃剣付きのマスケットを放り投げ、戦列歩兵2人をまとめて串刺しにしたところで、クラリスの聴覚が迫って来る蹄の音をキャッチしました。
茂みを踏み荒らしながら姿を現したのは、案の定騎兵でした。ノヴォシア帝国騎士団の旗を掲げ、手にバルディッシュを携えた騎兵たちです。
奇襲が失敗し、たまらず騎兵を出してきた……そんなところでしょうか。
騎兵が何かを叫びながら、馬を加速させました。バルディッシュの切っ先が地面に接触するほどスレスレに下げながら、獲物に群がるサメの如く、クラリスへと急迫してきます。
指を鳴らし、クラリスは逃げるどころか逆に騎兵へと向かっていきました。
その途中で手に取ったのは―――部下の誰かが地面に突き立てたまま置き去りにしていった、テンプル騎士団工兵隊のスコップです。
鋭利に研がれたそれを手に大きく跳躍。空中で一回転して勢いを乗せ、迫り来る騎兵の喉元にそれを突き立てました。
『―――!!』
目を見開き、息絶える騎兵。
馬に乗っていた兵士を蹴落とし、代わりにクラリスが手綱を握ります。唐突の騎手の交代に真っ黒な馬は困惑したようですが、優しく首筋を撫でてあげるだけで安心したようで、大人しくクラリスの指示に従ってくれました。
クラリスを追おうと追従してくる騎兵隊。その先頭の兵士にスコップを投げつけてヘッドショットをかまし、空中戦艦ガニメデが待機している方向へと馬を走らせます。
そろそろ部下たちも逃げ延びた頃でしょう。
工事現場には重機やらスコップやら、そういった装備品を置いて来る羽目になりましたが、しかしそれらは既にノヴォシア側に技術援助の一環として供与したものばかり。鹵獲されて困るものなど一つもありません。
ちらりと後ろを振り向きました。騎兵隊の連中は、小癪にもまだクラリスの事を追いかけてきます。
それは当然でしょう。どうせ、電撃的な奇襲で一気に決着をつけるつもりだったのでしょうが……奇襲は失敗、結果としてテンプル騎士団の逆鱗に触れることとなりました。今頃この事は異次元の遥か彼方に存在するタンプル塔へ、超次元通信を介して報告されている事でしょう。
次の瞬間でした。
ヒュン、と何かが頭上を通過していったと思った直後、後方で火の手が上がったのです。
それは後方に迫っていた騎兵たちを一撃で薙ぎ倒すと、派手な黒煙を吹き上げました。断末魔すら許さぬ爆音と黒煙―――それが、愚かにもテンプル騎士団へ喧嘩を売った者たちの墓標となったのです。
やがて、目の前の何もない空間から、漆黒の船体が姿を現しました。
全長280mにも達する長大な、葉巻型の船体。その左右には巨体を浮遊させるほどの出力のエンジンポッドが連なり、船体下部には艦橋のあるゴンドラと、主砲である152mm榴弾砲の砲塔が見えます。
テンプル騎士団が軍拡の最中に建造、実用化した空中戦艦―――『イオ級原子力空中戦艦』その3番艦”ガニメデ”です。
クラリスたちの母艦でした。
やがてガニメデはゆっくりと高度を落とし、カマキリの足を思わせるランディング・ギアを伸ばしながらクラリスの目の前にふわりと降り立ちます。
船体下部のハッチが開くと、AKで武装したホムンクルス兵と共に、先に退避していたアリシアたちが出迎えてくれました。
『隊長!』
『ご無事でしたかクラリスお姉様!』
『ええ……でも、ミーガンが』
彼女のドッグタグは、血に塗れていました。
『……ノヴォシア帝国騎士団は、我々を”帝国の産業を握り、骨抜きにしようとする侵略者と』
『そんな……そんなの言いがかりですよ!』
『そんな妄言のためにミーガンは死んだって言うんですか!?』
彼女たちのいう事はごもっともです。
クラリスたちテンプル騎士団に、侵略の意図など全くありません。こちらはただ、この世界で発見された超エネルギーである対消滅エネルギーを譲り渡してほしいだけ。もちろんそれをノヴォシアに使う事はありませんし、今後も互いに良きパートナーとして惜しみない援助を続ける……同志団長の署名付きで提出された提案書は確かに”皇帝陛下”の元に届きましたし、彼らもそれで納得してくれていた筈です。
それでも彼らは戦端を開き、あろうことかミーガンを……クラリスたちの姉妹を、手にかけました。
これは明確な、許されざる契約違反です。
部下たちの憤る声に耳を傾けていると、タラップからホムンクルスの艦長が降りてきました。
ウィリアム大佐……クラリスたちと同じホムンクルス兵でありながら、稀有な男性型の個体です(原形が女性である関係で、基本的にホムンクルス兵は女性ばかり生まれてくるのです)。
艦長は中性的な顔に悔しそうな表情を浮かべ、上官を敬礼で出迎えるクラリスに言いました。
『同志クラリス……今回の件、タンプル塔には報告したよ』
『……上層部は何と?』
『……可及的速やかに”懲罰作戦”を開始する、と』
テンプル騎士団が軍勢を派遣しているのは、この異世界だけに留まりません。
他の異世界にも、クラリスたちのようなホムンクルス兵を派遣して技術を供与し、未知の技術を譲るよう交渉しているのです。多くはその支援に大変喜んでくれ、”取引”も穏便に済んでいると聞いていますが……ごく一部には話が通じず、開戦を望む勢力も存在します。
そういった輩に対し取る行動はただ一つ……”懲罰作戦”です。
しかしそれは―――懲罰とは名ばかりの、実質的な『殲滅戦』でありました。
テンプル騎士団に歯向かった相手を、その存在を知る敵対勢力を残してはならない。全てを灰にするまで―――女子供、老人を含むすべての存在を根絶やしにする。それがテンプル騎士団のやり方でした。
笑顔で他人に手を差し伸べ、敵意を向けられれば徹底的な殲滅を行う。
”慈愛と報復”という二面性を持つクレイデリア人の性格が良く出た作戦と言えました。
話の通じない相手に向ける慈悲はない―――そういう事です。
『艦長、タンプル塔より入電です!』
艦長からの知らせにノヴォシアとの開戦が避けられなくなった事を悟っていると、艦の乗組員がタラップを駆け下りてきました。
『……読んでくれ』
『はっ! ……【誠に遺憾ながら、同志団長は”団長令第3333号”に署名。懲罰作戦の発令を宣言された】、以上です』
『……聞いての通りだ、同志諸君』
艦長は部下たちの顔を見渡しながら、苦々しい表情で最悪の未来を告げました。
『―――我々はこれより、ノヴォシア帝国と戦争に突入する』
「待ってよ、じゃあ……旧人類が滅んだってのは、その……クラリスが所属してた”テンプル騎士団”との戦争で滅んだってわけ?」
混乱しながらもモニカが言葉を絞り出すと、クラリスは重々しい顔で首を縦に振った。
以前から、旧人類を滅ぼしたのは”例の組織”ではないか、という仮説はあった。今回のクラリスの証言は答え合わせ……その仮説が正解だった、という裏付けに他ならない。
薄々分かっていても、しかしその事件の”当事者”にきっぱりと言われると、驚愕にも似た感覚が胸の中を瞬く間に埋め尽くしていくのが分かった。
結局、前文明は―――旧人類は、テンプル騎士団との戦争で滅んだのだ。
愚かにも、遥か格上の相手に戦争を挑んで。
何世紀も先を行く文明の使い手に、身の程知らずの戦争を挑んで。
何と愚かな事か。何と自業自得な理由であろうか。
これが、獣人たちが創造主と崇める旧人類の本当の姿なのだ。欲深く、傲慢で、相手との力量の差すら読み違える。自分たちが生み出した獣人たちの上に胡坐をかいて、その辺の感覚が鈍ったのだろうか。
自業自得だ、と滅亡の理由に感想を抱いていると、クラリスは話を続けた。
「”同志団長”は団長令第3333号に署名―――クラリスも作戦に参加する兵士として、戦場へ向かいました」




