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開戦



 1758年 ノヴォシア帝国


 首都モスコヴァ 帝国騎士団本部





『全部隊に次ぐ』

 


皇帝陛下ツァーリからのご命令が下った。これより我が騎士団は総力を挙げ、テンプル騎士団を襲撃する』



『奴らは金と食料、そして先進的な技術をちらつかせ、この偉大な帝国を骨抜きにしようと企んでいる事が判明した。そうなる前に偉大なる皇帝陛下ツァーリは連中との開戦を選択なされた』



『電撃的な奇襲で奴らを襲撃、一挙に壊滅させる。大丈夫だ、連中は数が少ない。我々には銃もある。帝国を突き崩さんとする外敵を滅ぼし、偉大なる帝国を守るのだ。帝国に奉仕するのは今である!』








 ノヴォシア帝国軍がクラリスたちとの開戦に踏み切ったのは、1758年8月26日、午前10時30分の事でした。


 彼らは私たちを帝国を骨抜きにしようと目論む外敵と断じましたが、もちろん実際は違います。


 彼らはただ、私たちが持つ技術が怖かったのです。


 もしそれらが、何世紀も先の技術で武装した軍隊が本気になったら滅ぼされるのは自分たちである、と。


 皇帝陛下ツァーリ以上の力がすぐそこにあるのが、怖かったのです。


 そして同時に、欲が出たのでしょう。


 あの技術が手に入ればどれだけ先進的な軍隊を造り上げる事が出来るのか、と。


 本当に……本当に、愚かな事でした。













 クラリスがテンプル騎士団に入隊して学んだことは、兵士の仕事の大半は銃を撃つことではない、という事でした。


 訓練して、訓練して、また訓練する。筋トレや銃の撃ち方、実戦を可能な限り再現した模擬戦―――そんなものは兵士としての仕事のごく一部でしかなく、そのほとんどは兎にも角にも”穴を掘る事”でした。


 塹壕だったり、陣地構築だったり、とにかく穴を掘ります。自分は土木建築関係の会社にでも入社したのか、と思わず疑ってしまうくらい、とにかく穴を掘りました。


 訓練の時もそうです。塹壕の掘り方を教官から教わって、陣地構築の時もとにかく穴を掘りました。土嚢袋の積み上げ方が乱雑で、教官に怒鳴り散らされたのはいい思い出です。『サムライの城の石垣みたいに綺麗に積み上げろ』と命じられ、クラリスの同期たちは何度泣きを見た事か。思い出すだけで肉刺まめが潰れる痛みが鮮明に蘇ります。


 話が脱線しましたが、つまり何が言いたいかというと、”穴を掘る仕事は異世界でも例外ではない”という事でした。


『え~、また掘るんですか隊長~?』


『仕方ないでしょう? 穴を掘らないと水道管を埋設できないし』


 文句を言いながら伸縮式スコップの柄を伸ばしつつ、不服そうな顔をするアリシアにそう言いながら、クラリスも穴を掘り始めます。とはいっても、既に現場に到着していた重機が良い感じに硬い地盤を砕いて掘り進めてくれているので、クラリスたち工兵の仕事は周りの土を退けたり、小回りが利かない重機の補助をする程度。


 作業用のヘルメットをかぶり、とにかく仕事に取り掛かります。


 あ、言い忘れていました。テンプル騎士団時代のクラリスは工兵でした。塹壕、陣地作成から川に橋を架けたり、邪魔な障害物をC4爆弾で吹き飛ばしたり……ああ、たまに戦車の野戦修理の手伝いに駆り出されたりもしました。


 全員銃の扱いを学んでいますが、あくまでも縁の下の力持ちなのです。


『?』


 水道管を埋設するための穴を掘り進め、邪魔な土をトラックに乗せる作業の補助をしていると、近くの村からやってきたのか、数名の子供たちが歩いているのが見えました。


 テンプル騎士団の本部がある国―――クラリスの祖国、『クレイデリア連邦』にいる子供たちと比べると、随分と痩せ細った、見ているだけでちゃんとご飯を食べているのかが心配になるような身体つきです。


 この国の台所事情については、クラリスも把握していました。


 元々、ノヴォシア帝国は農業大国。広大な国土に広大な畑をいくつも開墾かいこんし、家畜を飼育する農家が大半を占める国家です。ところが皇帝陛下ツァーリは次々に技術革新を起こし、急成長していく周辺諸国に遅れてはならぬと息巻いて、強引な工業化を推し進めていると聞いています。


 その弊害で苦しい思いをしているのは、何よりもノヴォシアの胃袋を支える農民たちなのです。


 服装からして、その農民の子供たちなのでしょう。重そうな荷馬車を牛に引かせ、これからどこかへと向かう途中のようです。農作物を売りに行くのでしょうか?


 笑顔で手を振りながら、一旦スコップを地面に突き刺して左耳に伸ばします。耳に装着した翻訳装置をオンにすると、子供たちがこっちに駆け寄ってきました。


 人間の子供たちではありません―――よく見るとその頭から、動物の耳が生えています。


 そう、この子たちは獣人なのです。


 この世界の人間たちに、遺伝子操作で生み出されたとされる種族。おそらくですが、目的は奴隷として労働力にするためなのでしょう。身分は人間よりも下で、随分と酷い待遇を受けている事が分かります。この子たちが獣人なら、痩せ細っているのも納得です。


『お腹空いてるでしょう? ごめんなさいね、お姉さんこれしか持ってないけど……』


 そう言いながら、ダンプポーチの中からお菓子を取り出しました。支給されたお菓子はどれも、クレイデリアで一般販売されているものではありません。これはカロリー消費が激しい兵士向けに、カロリーを増量した専用のもの。一般人が食べていたら、生活習慣病と末永い付き合いをする事になる代物です。


 けれども、お腹を空かせている栄養不足の子供たちにはちょうどいいものでした。


『こんなにくれるの……!?』


『お姉さんありがとう!!』


 ポーチに詰まっていたお菓子を両手いっぱいに抱え、子供たちはニコニコしながら荷馬車の方へと戻っていきました。


 あの子たちの腕には、痛々しい痣がありました。


 きっと、あの子たちの”ご主人様”から受けたものでしょう。生活のルールを破ったり、農作物の売り上げが悪いと食事を出してもらえなかったり、体罰を受けているに違いありません。


 せめて美味しいお菓子で辛い事を忘れられますように、と思いながら、次はもっとたくさんチョコレートやクッキーを持って来よう、と誓うクラリスでした。


 そんな事もありましたけど、今日も少し暑い日差しの中、工程表にある作業を淡々とこなすだけの一日になると、その時点では誰もがそう思っていました。


 




 ―――唐突の銃声が、鳴り響くまでは。






 ドパパパパンッ、と何かが弾けるような音がして、クラリスは反射的に身を屈めました。クラリスたちテンプル騎士団の兵士は、とにかく徹底した基本と応用、そして実戦にかなり近い形式の訓練を受けてから実戦部隊に配属されます。それこそ、目を瞑ってAKを分解結合したり、目隠しをしたままCQCの訓練をしたり……必要な技能が条件反射レベルで身体に染み込むまで、です。


 なので、銃声が聞こえたら伏せて被弾面積を極力小さくするという訓練で学んだ事も、頭で考えるよりも先に身体が動いていました。


『銃声……!?』


『隊長、ミーガンが!』


 アリシアの悲痛な叫びが聞こえ、ぎょっとしながらショベルカーの方を振り向きました。先ほどまで固い地面を掘り進め、邪魔な土をトラックに乗せる作業をしていたミーガンのショベルカー。その運転席には血糊がべっとりと張り付いていて、開け放たれた運転席のドアからは、ずるりと蜂の巣にされたミーガンの死体が滑り落ちていました。


 クラリスたちホムンクルスには、硬化能力があります。表皮を瞬時にドラゴンの外殻で覆い、身を守ることができるのです。その防御力は『歩兵サイズの戦車』とも評される程で、外殻をぶち抜くには対戦車ミサイルでも撃ち込むか、あるいは外殻の隙間を弾丸で正確に射抜かなければなりません。


 しかし―――襲撃を想定していない状況で一斉射撃を叩き込まれれば、いくらホムンクルス兵でもひとたまりもありません。


『敵襲、敵襲!』


 伏せながら、自衛用に携行していたPL-15を引き抜きました。テンプル騎士団で広く運用されているサイドアームです。クラリスも訓練中、死ぬほど撃ちました。


 伏せたままショベルカーの影まで這い、ミーガンの生死を確認しました。一応、ホムンクルス兵の身体は頑丈(骨格が人間と竜の中間なのだそうです)で、多少の被弾でも生存の可能性は捨てきれないからです。


 けれども、見開かれたミーガンの眉間に風穴が開いているのを見て、クラリスは彼女の死を確実に確認しました。


 せめて安らかに眠って、と祈りを込めながら、彼女の両目をそっと閉じさせました。首に下げてあるドッグタグを回収し、敵襲に備えます。


 しばらくすると、ガサッ、と茂みの方から音が聞こえてきました。


 工事現場の近くにある茂みから姿を現したのは、紺色の軍服に身を包み、銃剣付きのマスケットを手にした戦列歩兵たちでした。間違いありません、ノヴォシア帝国の兵士たちです。


 なんでマスケットの射程まで彼らの存在に気付けなかったのか、と思うかもしれませんが、クラリスの記憶が確かならばこの時はクラリスたちが風上で、嗅覚による索敵は封じられた状態でした。重機の騒音が鳴り響く工事現場での作業だったのも、索敵が出来なかった要因の一つでしょう。


 こちらの得物は拳銃とナイフのみ。予備のマガジンも2つしかなく、どう考えても弾が足りません。ミーガンの死体からマガジンと拳銃を拝借しましたが、それでも火力不足です。


 それにしても、なぜノヴォシア帝国軍が?


 彼らとは友好条約を結んでいますし、経済協力の点でもこちらの惜しみない支援に感謝する、と正式に声明を出している筈。テンプル騎士団とノヴォシアは、お互いに目的のために邁進するパートナーなのです。


 それを反故にし、あまつさえ部下を殺害するなんて……!


 今すぐにでも射殺してやりたい衝動に駆られます。しかし、何かの間違いでの誤射だった可能性も捨てきれません。


 銃をホルスターに収め、両手を上げながらクラリスは立ち上がりました。隊長、と後ろからアリシアたちの声が聞こえますが、大丈夫よ、と視線で彼女たちに言葉を投げかけます。


『ノヴォシア帝国騎士団とお見受けします。我々はテンプル騎士団陸軍第七工兵大隊、第八分隊です。こちらは現在、インフラ整備の一環として水道管の敷設作業中です。なにゆえ発砲されたのか、その訳をお聞かせ願いたい』


 大丈夫、翻訳装置は正常に動作しています。


 なぜこんな事になったのか―――何かの間違いだったのならば、まだ外交問題になる程度で済みます。援助の打ち切りや経済制裁などの手段です。


 ですが、これが明確な敵意に基づいた奇襲だったのだとすれば、話は変わります。


 もしそうであったならば、同志団長はすぐさま団長令第3333号―――すなわち、”殲滅戦の発令”に署名する事でしょう。


 一触即発の状態です。


 お願いです、クラリスたちは戦争に来たわけではない―――その銃を、どうか降ろして。


『―――貴様らテンプル騎士団には、我がノヴォシア帝国国家転覆容疑がかかっている』


『え……?』


 いきなり何を言い出すの、と困惑していると、副官らしき人物がクラリスにピストルを向けながら続けました。


『卑しい侵略者どもめ。こうやって産業を握り、帝国を骨抜きにする腹積もりだったのだろう!?』


『違います! クラリスたちは、そんなつもりは……我々はただ、あなた方の力になりたいと……』


『それで、我らの持つ対消滅エネルギーを欲した、と?』


『それは……』


『問答無用だ。我らが軍門に降るならば、偉大なる皇帝陛下ツァーリは寛大な処遇を約束されている。陛下の慈悲に感謝せよ』


 ―――ああ、話にならない。


 この短いやりとりで、クラリスは全てを察しました。


 結局、彼らの言う”皇帝陛下ツァーリ”は怖かったのでしょう。


 自らの権力も、武力も及ばない程の力を持つ勢力の一部隊が自国の領内に展開している事が。


 そしてクラリスたちの技術力が、羨ましかったのでしょう。


 こちらは二個中隊程度の人員しかおらず、後は拠点となっている空中戦艦『ガニメデ』があるのみ。ここで大戦力を投入し、電撃的に奇襲してしまえば、技術力の差が大きく開いた軍隊相手にでも勝てると踏んだのでしょう。


 テンプル騎士団における交戦規定はただ一つ。


 ―――【敵は全て殺せ】。


 そうなれば言葉は不要です。


 クラリスは左耳にある翻訳装置を地面に落とすと、それを踏み潰しました。


『―――Дa malce capёten au Claliя!! Oul baw нecetait лalshi гplaйt melghe bhalts ГАЙНМЁДЁ!!(クラリス大尉より各員へ!! 直ちに空中戦艦ガニメデまで退避せよ!!)』


『な、なんだ、女! 何を言っている!?』


 唐突の母語―――クレイデリア語に、ノヴォシア騎士団の隊長が驚きますが、そんな事は関係ありません。全ては部下たちに命令するため、そしてその内容を相手に知られないための処置です。


 ここはクラリスが何とかするしかありません。


 クラリスたちは工兵隊、それも戦闘を想定しない装備ですから、無線機なんて持ってきていません。今ここで何が起こっているのかは、古めかしい手ですが伝令に頼むほかないのです。


 生き残った同志たちが命令通りに、工事現場を離れていくのを見て、クラリスは頭を完全に戦闘モードに切り替えました。


 頭にかぶっていた邪魔なヘルメットを外すと、ノヴォシア兵たちがあからさまに怯えたのが分かりました。


 彼らの瞳に映るのは、紅い瞳をギラリと輝かせ、頭から生える角を限界まで伸ばした―――さながら、悪魔のような風貌の女兵士だったのですから。


 部下を殺した罪を、彼らに償ってもらいましょう。






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