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異世界からの来訪者



 130年前


 とある異世界 テンプル騎士団本部







『同志諸君、この世界の未来は諸君らの働きにかかっている』


 まるで大聖堂のような、広大な地下の空間の中で”あの人”は言いました。


 凛としていて力強い、未来を見据える者の声。けれどもクラリスたちホムンクルス兵の前に立つあの人の目には、これから旅立つ娘たちを見守る母親のような優しさがありました。


 無事に帰っておいで―――言葉には出さなくとも、クラリスたちにはそう言っているように思え、これから未知の世界に踏み出していくという不安が少しだけ和らいだような、そんな気がしたのを今でもよく覚えています。


 黒い制服を身に着け、整列したクラリスたち。ずらりと並ぶその顔は、どれもそっくりでした。身長や体格に個人差はありますが、その髪の色も、瞳の色もどれも同じ。まるで中隊全員が姉妹であるかのようにも思えます。


 それもそのはず、整列したホムンクルス兵たち全員が、同一の遺伝子をベースにして生み出された”造られた生命いのち”なのです。


 そしてクラリスたちの遺伝子のベースになった原形オリジナルこそが、クラリスたちの目の前に立つ”同志団長”でした。


 海原のような蒼い髪を真っ白なリボンでポニーテールにし、同じく黒い制服を身に纏っています。瞳の色は紅く、頭髪からは微かに竜の角が見えました。


 あの人の名は『タクヤ・ハヤカワ』。この世界を救った英雄の1人であり、クラリスたちホムンクルス兵の原型オリジナル。そしてこの組織、テンプル騎士団を指揮する最高司令官でもあります。


 その同志団長から言い渡された任務が、異世界への進出でした。


 ある日、同志団長は未来を見たのだそうです。それによると、100年後にはこの世界を大災厄が覆い尽くし、子孫たちが絶望の中でもがき苦しみ消えていくのだと……。


 それを回避するため、テンプル騎士団は積極的な軍拡を推し進めていきました。


 予算を増額、人員も増員し、兵器も大量生産に入っています。しかしそれだけでは不十分であり、100年後の未来には―――来たるべき”災厄”には到底間に合うものではない、というのがテンプル騎士団上層部の決定でした。


 そこで白羽の矢が立ったのが、世界の外―――すなわち、この世界の他にも存在するであろう異世界への進出だったのです。


 既にテンプル騎士団には、次元の壁を越える技術がありました。実験の過程で何人もの死刑囚を犠牲にしながらも実用化した、異世界へと繋がる扉を開く技術。それを用いて異世界へと向かい、テンプル騎士団には無い未知の技術を持ち帰る事。それが、クラリスたちに課せられた任務でありました。


 可能であれば穏便に。異世界の住民たちと交渉し、技術を譲り受ける。しかし止むを得ない場合に備え、武装する事が許可されていました。


『―――クラリス、頼んだぞ』


『お任せください、同志団長』


 クラリスの前にやってきた同志団長が、背伸びをしながら肩にそっと手を置いてくれました。団長の手は暖かくて、まるで母親に撫でられているかのような、そんな安心感がありました。


 そうやって、これから異世界へと渡るホムンクルス兵1人1人の名前を呼びながら、同志団長は激励して回ります。どの子も顔が同じなのに、同志団長にはその違いが分かるのでしょうか。噂では、あの人はテンプル騎士団に所属する兵士全員と、これまでの戦没者全員の顔と名前、家族構成を把握していると聞いていますが……。


 団長の激励が終わるや、整列していた軍楽隊が軍歌を奏で始めました。堅苦しく、しかし勇ましい音楽に背中を押され、クラリスたちは地下の格納庫で待機していた空中戦艦へと乗り込んでいきました。


 窓の外で、天井の巨大なハッチが開いていき、やがて三日月の浮かぶ夜空が見えました。白銀の月はまるで死神の鎌のように鋭くて、まるで次はどの命を狩るか迷っているようにも見えます。


 船体を固定していたアームが次々に外れるや、足元から鈍い振動が伝わってきました。クラリスたちを乗せた空中戦艦『ガニメデ』の機関部が始動し、巨大な飛行船を思わせる空中戦艦がふわりと夜空へ舞い上がっていきます。


 窓から下を見ました。


 テンプル騎士団本部『タンプル塔』の威容が、どんどん小さくなっていきます。天を睨む巨大な要塞砲や対空ミサイル、レーダーサイトも見えなくなると、やがて高度を上げていく空中戦艦ガニメデの輪郭が紅く光り始めました。


 船体に幾何学的な模様が浮かび、周囲に幾何学模様が浮かびます。


《艦長より各員、これより本艦は次元転移を行う。次元の壁を突破する際の衝撃に備えよ》


『隊長、こっちですよ』


 艦長からのアナウンスを聞いて自分の席を探していると、副官のアリシアがニコニコしながら空席をぽんぽんと叩きました。ありがたい事に、ちゃんとシートベルトも完備されています。


『ああ、ありがとうアリシア』


『えへへ~』


 彼女の隣に座ると、アリシアはまるで仔犬のように寄り掛かってきました。そんな彼女の頭を撫でている間に、ガニメデはついに次元の壁を突破し始めます。


 硬く閉じられた、普段では決して開く事のない別世界への扉。そこへと空中戦艦の舳先を強引に潜り込ませているかのようで、窓の向こうでは紅いスパークが飛び散っていました。


 ドン、という激しい衝撃。物理法則を無視し、別の世界へと入り込もうとする異物を何とか押し留めようとする世界の力に、ガニメデは純粋な推力と質量で抗います。


 これ、実は墜落するのではないでしょうか。船体が空中分解しているのではないか、と思ってしまうほどの激震に不安になりながらも、しばらく待つこと2分ほど。


 一際大きな振動と船体の軋む音が溢れ、やがて窓の外には雪の降り注ぐ真っ白な空がありました。


 シートベルトを外し、窓の外を覗き込みます。


 その向こうにあったのは―――真っ白な雪に閉ざされた、異世界がありました。





 そう、クラリスたちが転移した場所こそが、このノヴォシア帝国だったのです。














 信じられない、というような顔をしている仲間ばかりだった。


 モニカも、イルゼも、リーファも範三も、ルカもノンナも、そしてもちろんミカエル君も。


 ただパヴェルだけが、表情一つ変えずに腕を組んで話を聞いていた。


「つまり……クラリスはこの世界の人間じゃあないって事よね?」


「はい。クラリスは異世界で造られた人造人間、ホムンクルスです。そしてそのオリジナルとなったのが、”例の組織”―――テンプル騎士団創設者の1人、タクヤ・ハヤカワ」


 ピースが繋がる瞬間とはこの事か。


 クラリスも、そして”例の組織”に所属する女兵士のシェリルも、どちらもホムンクルスなのだ。


 そのオリジナルは、テンプル騎士団の創設者であり団長でもあるタクヤ・ハヤカワとかいう人物。名前からして東洋人なのだろうが……しかし何だろうか、シリアスな場面であるにもかかわらず、ミカエル君とそのタクヤが何だか同じ匂いがするのは。


 あまりにもぶっ飛んだ、さながらB級映画のような話に、既にほとんどの仲間がついていけてない状態だった。俺だって、はっきり言って混乱している。ある程度の情報から実はクラリスの正体はこうなのではないか、という予測はしていたけれど、彼女の口から話された真実は、その予測の斜め上を行っていた。


「そしてやってきたのがノヴォシア帝国……目的は技術交流、だったか」


「はい、ご主人様」


「何の技術が目的だった?」


「この世界の旧人類が保有していた”対消滅関連の技術”です」


「……対消滅?」


 これまた物騒な単語が出てきたものだ。


「触れた物質を消滅させる事が出来る超エネルギー……それを軍事転用し、爆弾や動力機関に転用するのが目的でした。仮に対消滅エネルギーをミサイルに搭載した場合、その威力は既存の核兵器を大きく上回ります。更に放射能のような汚染物質も放出しないため、抑止力だけではなく実際の使用も想定した戦略兵器としての価値が期待されていました」


 核兵器、放射能、抑止力……冷戦時代に何度も使われてきたであろう単語が飛び出すが、そんな事をクラリスが知っているという事は、彼女の目的と同時に、とんでもない事実を示している。


 ―――俺たちが相手にしているテンプル騎士団は、核兵器を保有している。


 おそらくだが、今まで戦ってきた”例の組織”はテンプル騎士団の末端、ほんの尖兵でしかないのだろう。そしてその本体は次元の壁の遥か彼方、異世界に存在する。


 ただの秘密結社じみた組織ではない、という事だ。


 喧嘩を売る相手を間違えたのではないか―――そんな情けない事を考えながらパヴェルの方を見るが、しかし彼は俺に一瞥もくれなかった。ただ黙ってクラリスの方を見据えている。


 重々しい沈黙の中、クラリスは話を続けた。


「旧人類との技術交流は、順調に進みました……しかしそんなある日、事件は起こったのです」













 ノヴォシア帝国の技術水準は、クラリスたちテンプル騎士団のそれを大きく下回っていました。


 皇帝に挨拶に行った時も思いましたが、警備にあたる衛兵たちの装備は前装式のマスケットやらピストルやら、それと古めかしい刀剣の組み合わせです。さすがに金属製の防具に身を包んだ騎士は出てきませんでしたが、クラリスたちテンプル騎士団との間には何世紀にも渡る技術格差がある、というのは確信しました。


 大量の食糧と、手土産として持って行った自動車は、ノヴォシア帝国の人々にはたいへん喜ばれました。ちょうど農業重視から工業重視へと政策を転換するタイミングだったのも功を奏したのでしょう、自動車はすぐに解析に回す事となり、この世界の技術革新に大きく貢献する事になるでしょう。


 クラリスたちは、そうやってノヴォシア人たちの信頼を勝ち取っていきました。


《なるほど……そうか、上手くいきそうか》


『はい、同志団長。ノヴォシアの人々も友好的ですし、我々の目的であった対消滅関連の技術もこの調子ならば……』


《しかしなクラリス、対消滅エネルギーは彼らにとっても切り札といえる存在だ。手土産と生半可な信頼では譲り渡してはくれないだろう》


『承知しております。ですのでこちらの世界でのインフラ整備などの事業に協力する予定です。我々はノヴォシアと共にある……信頼を勝ち取ることができれば、彼らも気を許してくれる筈です』


《分かった。こちらでは今、経済支援用の現金と食料を乗せた第二陣―――空中戦艦『カリスト』の出撃準備を進めている。そちらへの到着は来月になるだろう》


『度重なる支援、痛み入ります同志団長』


《可愛い愛娘たちのためだ、何だってするさ。……それにしても、もう1年か。早いものだ》


 次元の壁を越えた通信……超次元通信越しに話す同志団長の声は、組織の指導者というよりは子供の帰りを心配する父親のような、そんな感じがしました。


 クラリスたちホムンクルスは、母親のお腹から生まれてくるわけではありません。冷たい培養液が充填された装置の中で、へその緒ではなくケーブルに繋がれた状態で生まれてくるのです。


 だからなのでしょう、母親というものに、クラリスたちホムンクルスはみんな強い憧れがありますし、同時に疑問もあります。母親とは……そもそも”親”という概念はどのようなものなのだろう、と。


 でも、きっとこんな感じなのでしょう……まさに今、クラリスたちの事を案じてくれている同志団長のような、きっとこのような存在なのでしょう。暖かくて優しい、そこにいるだけで心が安らぐような、そんな存在なのでしょう。


《おとーさまー、だっこー》


《ん? ああこら、ユウヤ、ちょっと待ちなさい》


《やー!》


《まったくしょうがないな……ほーら》


《きゃっきゃっ♪》


『うふふっ。ユウヤ様、大きくなられましたね』


《あ、ああ……やんちゃ坊主だよ》


 出発前はまだ、副団長(奥様)に抱っこされていましたが、もうそんなに大きくなられたのですね。聞いた話では、同志団長のお父上に瓜二つなのだとか。


《とにかく、身体に気をつけてな。帰ってきたら全員分の勲章とケーキを用意して待ってる》


『ありがとうございます団長。ではまた』


 ノイズ交じりの声も聴こえなくなりました。


 今はまだ音声のみの通信ですが、技術が発達すればいつか相手の声がもっとクリアに、そして映像を見ながらの通信も可能になるでしょう。


 さて、クラリスも頑張らなければ。


 頑張って技術を持ち帰り、共に未来を守るのです。


 ユウヤ様のような、子供たちのためにも。













『テンプル騎士団の連中、我らに対消滅エネルギーをよこせと言ってきおった』


『対消滅エネルギーは我らの切り札。そう簡単には渡せませんぞ陛下』


『やはり奴らの本質は侵略者なのです。ああやって我らを経済的に支援し、インフラ整備までやってくれて隣人を装っていますが、狙っているのは対消滅エネルギーです。間違いありません』


『軍事力では奴らが上……あの空飛ぶ船だけではない、あれだけの数のホムンクルスを製造できる技術まで持っている。もしテンプル騎士団が我らに牙を剥けば、ノヴォシア帝国はひとたまりもありませぬ』


『このままでは奴らに骨抜きにされてしまいますぞ。やるなら今しか』


皇帝陛下ツァーリ、ご決断を!』


陛下ツァーリ!!』








『軍を集めよ。奴らは数も少ない、今こそが好機だ』





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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど…同志団長とはパ…リキヤさんの息子でリキヤさんの奥さんのご先祖様な男の娘だったわけですね(?)。 それにしても帝国のお偉方は、どこに勝ち目を見出したのやら… 軍事力で圧倒的に劣ってい…
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