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Q:夏といえば? A:重戦車! Q:は???

夏っつったら重戦車だろ(?)


 ベラシアの夏は暑い。


 とはいえ、どこぞの某極東の島国ほど湿度は高くないので、比較的過ごしやすい夏である。それにこっちの世界はまだそれほど地球温暖化の影響は出ていないようで、夏になったら家の窓を開けておきながら薄着で乗り切れる程度である。ふははは羨ましかろう?


 本日のベラシア地方マリスの気温は26℃。さすがに身体を動かすと汗が出るけれど、風もあるし空気も乾燥しているから、じっとりと身体にまとわりつくような不快感はない。


 転生前ミカエル君は、あのクッソ暑い夏になる度に「はー太陽〇ね」と思いながら過ごしていたものだ。いや、夏ってこんなに快適だったんだね。スイカ食べたい。


 などとあの緑と黒の縞々模様のね、美味しい野菜に思いを馳せながら、ヘッドギアをチェックして戦車の前に整列する。


 身に着けているのはいつもの私服ではなく、耐火性に優れた素材で作られたツナギだ。万一戦車が被弾して炎上した際に乗員の身を守ってくれる服装である。そりゃあ、砲弾が誘爆したら戦車兵×3(西側だと戦車兵×4)みんなで仲良くあの世行きだが、しかし火災で済んだ場合はその限りではない。軽い火傷で済むか、火達磨になって力尽き、戦車と運命を共にするか。この分かれ道で生を選べる確率が高い、というのは大きい。


 どんな装備にも必ず意味があるのだ。


「よーし、それじゃあこれより重戦車の試運転を開始する」


 同じくツナギ姿で前に立ったパヴェルが、事前に選抜(という名のジャンケンである)された4人の戦車兵たちに向かって言った。


 俺たちの後ろには、ででんと1両のでっけえ戦車が鎮座している。


 全長はBTMP-84と同じくらいだろうか。全体的に角張った形状のBTMP-84と比較すると、俺たちの後ろにいる重戦車の砲塔は丸みを帯びていて、まるでお椀を前後に伸ばして少しばかり潰したような、何とも可愛げのある形状をしている。


 正面装甲ばかりは鋭角的な形状をしているが、これは砲塔の形状も含めて、敵の砲弾を受け流す事を期待した設計となっている。こうやって装甲の配置に角度をつける事で敵の砲弾を跳弾させ、装甲貫通を防ぐのだ。


 このような設計思想は『避弾経始ひだんけいし』と呼ばれ、第二次世界大戦から冷戦中盤までの戦闘車両に多く見られた。


 とはいっても、特殊な事例を除きほぼ跳弾しないAPFSDSや、着弾した瞬間にメタルジェットで装甲をぶち抜いてくる成形炸薬(HEAT)弾、着弾すると弾頭が潰れて爆発し、装甲を内側から破壊する粘着榴弾といった新型砲弾が跋扈する現代の戦場では避弾経始は機能するとは言い難く、廃れてはいないけれどもそれほど重視する要素ではなくなりつつある。


 この時点でもう皆さんお気付きかもしれないが、BTMP-84と比較すると、この重戦車は随分と設計が古い代物だった。


 というか、MBT(主力戦車)の時代に”重戦車”という呼称の時点で、もう既に過去の遺物である事が分かるというものだ。


 血盟旅団が新たに運用する事にしたのは、ソ連が第二次世界大戦末期に計画、戦後に開発した試作重戦車『IS-7』である。


 全長11.48m、重量は破格の68t。魚雷艇のものを流用した当時としては強力なエンジンと、駆逐艦の主砲を改造し転用した130mm戦車砲、そしてドイツのティーガー戦車の88mm砲(アハトアハト)の直撃にも耐える重装甲を併せ持ち、その上機動性にも優れる動けるデブ(粛清)なのだ。


 事前に配布されたマニュアルはばっちり読んである。戦車兵の訓練としてはかなーり過程がすっ飛んでいるかもしれないが、今日は試しにマリスの街の郊外を実際にコイツで走ったり、遭遇した魔物を標的に射撃訓練を行う予定となっている。


「いいか、今回が最初の試運転になる。BTMP-84と比較するとコイツの出番は限られるかもしれないが、各員操縦方法をしっかり覚えて有事に備えてほしい。よし、乗車!」


 パヴェルの号令を受け、一斉に走り出した。でっかい履帯(こんなんで踏みつけられたら死ねる)を足場にしてよじ登り、でっかい砲塔の中へ。


 車体前方の左右には大きめのライトがあり、なかなか時代を感じさせる外見だった。


 装甲の表面は、血盟旅団でよく見るオリーブドラブ、ブラウン、デザートカラー3色によるウッドランド迷彩となっている。砲塔側面の赤い星はたぶん、パヴェルの趣味だろう。


 コイツの武装は、先ほども述べた通り130mm戦車砲。元々は駆逐艦の主砲だったものを、戦車に搭載するために改造した流用品だ。このIS-7には、ソ連海軍の技術も使われている。


 その他の武装は主砲同軸及び砲塔上の14.5mm重機関銃。ソ連製対戦車ライフルの『デグチャレフPTRD1941』の使用弾薬と同じものを連射できるという恐ろしい代物だ。軽装甲車両だったら、下手すりゃこれで事足りる。


 既にパヴェルの手により改造されていて、砲塔上の14.5mm重機関銃は小さなお椀型の銃塔に連装で収められており、車内から遠隔操作する事が出来るようになっている。


 さらには主砲の付け根に同軸機銃として7.62mm機銃を2門、車体側面の左右に前方を向いた状態で7.62mm機銃を2門、砲塔後部に後ろ向きに7.62mm機銃を2門の合計6門を搭載しており、とんでもない弾幕を張ることができるようになっている。現代の戦車ではまず見ない機銃の数といっていい。


 本来であればソ連製の7.62×54R弾を使用するんだが、あまり使用弾薬の種類が多岐に渡ると補給だったり整備だったりで大変な事になるため、こっちの7.62mm機銃は全て自衛官の皆さんにはお馴染み、日本製の74式車載機関銃に積み替えている。また、ウォッカをキメたパヴェルが車長用ハッチと砲手用ハッチの上に防盾とセットで74式車載機関銃を追加したので、7.62mm機銃は合計で8門とわけのわからない事になっている。要らんだろこんなに。


 さてさて、砲塔に乗り込んだミカエル君はルカと一緒にさっそく持ち場についた。


 ミカエル君の役目は何かって? 車長? かっこいいよね。砲手? 花形だよね。


 しかしミカエル君の役割はそのどちらでもない。


 縁の下の力持ち、装填手である。


「い゛っ」


 ゴッ、と乗り込んだ後に砲塔の天井に頭をぶつけるパヴェル。IS-7の砲塔内部はお世辞にも広いとは言い難く……というか狭く、180cmの長身であるパヴェルには少々窮屈かもしれない。


 砲塔には4人の乗員が乗り込む。車長、砲手、装填手2名だ。操縦手は車体正面に乗り込んで戦車の操縦を担当する。


 さて、何で装填手が2人も必要かというと、このIS-7の主砲は砲弾と装薬が別々になっているためである。オプロートみたいな自動装填装置があるわけでもない(一応装填補助装置はある)ので、砲撃の際は『閉鎖機解放→砲弾装填→装薬装填→閉鎖機閉鎖』というステップを踏まなければならない。


 俺の方には砲弾が、そして装填補助装置を挟んだ向かい側で配置につくルカの方には装薬が用意されている。砲弾は合計30発―――絶大な威力を誇る駆逐艦の主砲だが、やはり弾数が少なく息切れしやすいのがネックか。


 とはいえ、憧れのソ連戦車に乗れるのはミリオタとして嬉しい事ではある。


 車長は経験豊富なパヴェルが、砲手はモニカが務める。操縦手はクラリスが、そして装填手はミカエル君とルカのジャコウネコブラザーズが担当する。


 しかし、俺とルカが装填手に抜擢された理由が何か分かる気がする……どっちもミニマムサイズだからだ。


 俺で身長150cm、ルカで155cmである。どちらも小さく、狭いソ連戦車では動きやすいから抜擢されたのだろう。そんな感じがする。というか、俺の前にいるパヴェルの背中にそう書いてある。


「よーし、前進!」


『了解ですわ』


 重々しい魚雷艇のエンジンの唸り声を高らかに響かせ、試作で終わってしまったソ連の重戦車が目を覚ました。


 試運転の目的地はマリス郊外に広がる『クレスカ平原』。ここをぐるっと一周し、遭遇した魔物を砲撃の標的として実際に砲弾をぶち込む事になる。


 予想時間は30分―――物騒なドライブの始まりだ。













 風が気持ちいい。


 砲塔の上に出て、風を浴びながら周辺を警戒する。のどかな平原には今のところ魔物らしきものは見当たらず、意気揚々とマリスの街を出てきてから既に10分、試運転は単なるドライブと化しつつあった。


「ミカ、お菓子食べる?」


「たべりゅ」


 車長のハッチから身を乗り出したパヴェルからキャンディを受け取り、すぐに口の中へ。パイン味だった。ちょっと砂糖の味がしつこいが、これはこれで美味しい。


 いくら魔境ベラシアとはいえ、マリスの周辺は魔物の生息域と人間の生活圏がラップしていないので、冷静に考えればそんなに狂暴な魔物は出てこないのではないだろうか。一発も発砲せずに帰る事になりそうだが……その時はあれだ、その辺の岩とかをターゲットにして砲撃訓練でもするつもりだろ、パヴェルは。


 それにしても、IS-7の内部はやっぱり古臭い。


 第二次世界大戦がもし長引いていて、ソ連軍がコイツの欠点を妥協して正式配備の決定を下していたら、このIS-7ももしかしたら東部戦線でドイツのティーガーⅡと殴り合っていたかもしれない……そんな時代の兵器である。


 口の中で砂糖まみれのキャンディをコロコロと転がしながら索敵する事3分ほど。ミカエル君の覗いていた双眼鏡に、やけに大きなオリーブドラブの原始人が映った。


「オークがいる」


 短く報告すると、前にある車長用ハッチからパヴェルが出てきた。彼に双眼鏡を渡すと、パヴェルは素早く前方を確認して敵との距離をレンジファインダーで割り出す。


「戦闘用意!」


 号令がかかるや、俺はすぐに車内に引っ込んだ。


「初弾装填、弾種榴弾! 別命あるまで弾種同じ」


「了解!」


 即応弾が収まっているラックから130mm戦車砲の榴弾を抱えて装填補助装置の上に乗せる。コイツの砲弾と装薬の重量は30kg以上、そんなものをこんな狭い砲塔の中で装填しなければならないので、こいつが配備されていたら装填手は過酷な労働を強いられていた事だろう。


 装填補助装置のラックに榴弾を乗せると、装置が動作し砲弾を砲身内部へと押し込んでいった。続けてルカが重そうに抱えていた装薬を装填、装置を動作させて装填を終える。


 閉鎖機が閉鎖されたのを確認してから「装填ヨシ!」と報告。ここから先は車長と砲手の仕事だ。


『クラリス、一旦停止』


『了解』


『目標2時方向、距離1000』


 パヴェルからの指示で、モニカが砲塔を旋回させ始めた。砲塔内部の床も砲塔に合わせて旋回し、2時方向を130mm戦車砲の砲口が睨む。


発射アゴイ!!』


『発射!!』


 ガチッ、とモニカが発射ペダルを踏み込んだ。


 バオン、と130mm戦車砲が吼える。元々はソ連海軍の駆逐艦、その主砲として搭載されていた強烈な一撃が―――試作で終わってしまった戦車の一撃が、異世界の大地を盛大に揺るがす。


 ゴォンッ、と後退しつつ閉鎖機が解放され、大きな金属音を響かせながら装薬の入っていた薬莢を排出した。燃焼ガスの刺激臭に咳き込みそうになりながらも、今のは当たったかどうか、車長からの報告を待つ。


『外れだ。仰角下げちょい、右1度照準修正』


『それで当たるの?』


『俺を信じろ。ミカ、時限信管だ』


『はいよ』


 古参の兵士の言う事は信じるもんだぞ、モニカ。


 さて、ここで再びジャコウネコブラザーズのお仕事である。別命あるまで弾種同じ、という指示があったので、次も同じく榴弾を装填。装填補助装置の上に乗せて装填したのを確認してから、ルカが装薬を乗せて砲身内部へ装薬を送り込む。閉鎖機の閉鎖を確認し、パヴェルに報告。さっきとやる事は変わらない。


 違う事といえば、時限信管を搭載した榴弾を装填した事か。


撃て(アゴイ)!』


 エンジン音でやかましい戦車の中、無線機越しにパヴェルの号令(しかしなぜロシア語なのだろうか)が響いた。


 今度は当たるのか気になったので、装填手用ハッチを開けて双眼鏡を覗き込んだ。


 さすがにさっきの一撃が外れたことでオークもこちらに気付いたのだろう、石の棍棒を振り上げ、何やら威嚇するような素振りを見せている。


 そんなオークの手前の地面が、唐突に爆ぜた。


 さっき放った榴弾が、オークではなくその手前の地面を直撃したのだ。


 IS-7に火器管制システム(FCS)や暗視装置といった、現代の戦車に当たり前のように搭載されているような装備はない。何でこんな古い戦車を選んだのか、何となくだが理解できる。


 現代の戦車や戦闘機に限らず、現代の軍隊の装備は人工衛星を介したネットワークに接続する事を前提としている。が、この世界に人工衛星なんてものはなく、血盟旅団ももちろんそんなご立派なものを打ち上げた事もない。


 つまりはGPSやインターネットなどに頼らない、20世紀のローカルな戦い方をしなければならないという事だ。そういう事情もあって、この旧式の試作戦車の運用が決まったのだ。


 もちろんそれは砲撃の命中精度にも影響してくる。初弾から命中とはいかないのだ。


 しかし―――地面に激突してバウンドした砲弾を目視した瞬間、俺はパヴェルの考えていた事を理解する。


 バウンドした時限信管搭載型の榴弾が、ちょうどオークの頭上にあった。


 榴弾が炸裂したのは、その最高のタイミングだった。


 オークの頭上で炸裂した榴弾が、破片と爆風を盛大に眼下のオークへと叩きつけたのである。いくら屈強な肉体と強靭な筋力で立ち塞がる敵を全て薙ぎ倒してしまう力の化身、オークといえども、艦砲射撃に等しい破壊力のそれを頭上で炸裂させられてはたまったものではない。


 爆風に頭を抉られ、全身に破片を突き立てられ、オークは紅蓮の炎の中で崩れ落ちていった。


『命中……目標撃破!』


「パヴェル、あんた……今の狙って……?」


 榴弾を地面で一度バウンドさせ、相手の頭上で炸裂させることで疑似的な空中炸裂(エアバースト)弾として運用する―――そんな高等テクニックを、この場で実践して見せるとは。


 砲塔内に戻ると、俺の前に座っていたパヴェルが葉巻に火をつけながら得意気に言った。


「―――経験さ」


 経験、か。


 やっぱり場数って大事なんだな、という事を改めて痛感しながら、砲塔内に用意された簡易椅子に腰を下ろした。


 




 

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