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マリスの街


 ばしゃー、とホースで水をかけながら、任務を終えたBTMP-84の履帯から泥やら木屑やらを洗い落としていく。


 血盟旅団で運用している兵器は、基本的に俺の能力かパヴェルの持ってる端末で召喚、生産したものになる。だから必要な時、あるいは戦闘準備の時だけこうやって格納庫に配置して、作戦開始時に出撃、それ以外の時は召喚から解除しておく事となっている。


 何でかというと、当然ながら常に召喚していると、それを搭載した格納庫を連結し引っ張っていく機関車に多大な負荷がかかってしまうからである。


 ただでさえ足回り(と重量)に大問題を抱えているAA20。ノヴォシアの線路が異常に頑丈で、あのクラスの大型機関車が当たり前のように走り回っている魔境ではあるが、しかしだからといって機関車に過剰な負荷をかけていい理由にはならない。


 なのだが……しかし、ここにででんと居座るウクライナの試作車両、BTMP-84は扱いが異なる。


 コイツは俺やパヴェルが召喚した兵器ではなく、”例の組織”のものと思われる飛行船の内部で発見、鹵獲した兵器となる。つまり転生者の能力では召喚解除もできないので、コイツだけは常に格納庫でスタンバイさせておく必要があるのだ。


 それだけじゃない。面倒なのは整備面である。


「はぁ……」


 額の汗を拭いながら、息を吐いた。


 転生者が生産した武器や兵器は、召喚を解除した状態で12時間経過すると自動的にメンテナンスが実施され、消費した燃料や弾薬はフル充填、損傷したパーツも自動的に修復され、新品同然の状態に戻るという素敵な機能がある。


 しかしこのBTMP-84は召喚した兵器ではなく鹵獲したものなので、そういったステキ機能の適用外。整備からこういった清掃まで、手間暇かけて面倒を見てあげなければならない。


「ねえミカ姉、そっち側終わった?」


「まだ~。モニカの奴、派手にやりやがって……」


 今日の当番が俺とルカだって事を良い事に、アイツ色々と好き放題やりやがった。


 ほら見ろ、泥と木屑に混じって轢き殺したゴブリンの肉片とかも一緒についてる。ホースで水をかけるだけじゃなかなか落ちないので、ブラシを使って肉片を掃除しておく。


 敵を戦車で轢き殺すのは爽快かもしれないけど、後で整備担当者が泣きを見るので程々にしましょう。ミカエル君との約束だ。


 そんな感じでちょいちょい吐きそうになりながらも履帯の掃除を完了させる。後は装甲の表面とかを軽く掃除して泥を落とし、水のバルブを閉じた。


 床に残っていた泥水も車外に繋がっている排水溝へと流れていき、本日の清掃は終了。お疲れ様、とルカの肩を軽く叩きながらホースを元の場所に戻し、2人で格納庫を後にする。


 整備中も休むことなく、列車はキリウへと向けて走り続けていた。そろそろベラシア地方を流れる川、”カラピャチ川”の上流に位置する街『マリス』が見えてくる頃だけど……。


 ちなみにこのカラピャチ川はイライナ地方へと続いており、そのまま下っていくとバレスク運河(イライナの人は『ガリエプル川』と呼んでいる)に続いている。つまりはこの先の路線は川沿いというわけだ。


 キリウに向かう途中にも『キリウ湖』という大きな湖がある。


 さて、格納庫が増えてきた事で、呼称も変更になった。


 まず一番機関車側に連結されている、軽車両用の格納庫が『第一格納庫』。ここでは主にバイクやピックアップトラックなどの、戦車ほどの装甲を持っていない軽装の車両を格納しておくことになる。車両の出撃用ハッチは側面にあって、出撃の際は車体側面からの出撃となる。


 その後ろに連結されているのが『第二格納庫』。ここは機甲鎧パワードメイル専用の格納庫となっており、ミカエル君専用の初号機から作業用の4号機までが収容されている。


 そして最後尾が戦車用の『第三格納庫』。さすがにマウスやシャール2Cレベルの超重戦車は無理だが、冷戦中の重戦車や主力戦車(MBT)歩兵戦闘車(IFV)クラスならば2両まで収容できるくらいの容積がある。


 さて、俺たちが今いるのは第一格納庫。ウクライナ製バイクの『KMZドニエプル K750』や自転車、社用車であるヴェロキラプター6×6などが停車されているんだが……その中に1両だけ、異様な車両が置かれている。


 小ぶりな車体に小さな履帯、角張った車体は薄い装甲で覆われていて、車体の左前方からは2門の機銃が伸びている。


 イタリアが第二次世界大戦に投入した、『L3』と呼ばれる小型の戦車だ。


 いわゆる”豆戦車”と呼ばれる、軽戦車よりも小型、軽量の兵器だ。コストも低く、戦車の運用に合わせて国内の道路を舗装したりしなくても運用に影響はないという点が高く評価され、第二次世界大戦勃発前には流行りの戦車だったらしい。


 しかしまあ、これだけ武装が貧弱で装甲も薄ければ実戦でどうなるかは言うまでもないだろう。


 そんな兵器が何でこんなところにあるのかというと、血盟旅団が採用したからである。


 とはいってもガチの戦闘用ではない。あくまでも偵察用、あるいは車体後部に予備の燃料や弾薬、食料に飲み水を満載した各種カーゴを連結しての補給任務用だ。装甲は保険、武装はあくまでも敵に襲撃された時の反撃にのみ使用する事を想定している。


 機銃は本来のものから、みんな大好き自衛隊で採用されている74式車載機関銃に積み替えられている。74式を2門、車体の左側に搭載しているのだ。


 その弾幕は圧倒的だろうが、しかし装甲と武装を考慮すると積極的な攻勢に用いる兵器ではない。あくまでも縁の下の力持ちとしての運用が最適だろう。


 ちなみに本来、このL3は2人乗りだ。操縦手と砲手の2名で運用するんだが、上記の通り積極的な攻勢で運用しない事、あくまでも補給任務や偵察用であり、武装も自衛の範疇を出ない事から、操縦手のみでの運用を想定しているという。一応、機銃は操縦手の座席からも操作できるよう改造済みらしいが……?


 でも、前線まで補給に来てもらえるのは本当にありがたい。兵站は本当に大事である。


 オプロートの砲塔が乗った火砲車を通過して客車へ。2号車にある食堂車の窓から外を見ると、カラピャチ川が見えた。原生林を流れる支流を束ね、カラピャチ川は南下してイライナまで、そして最終的には黒海まで流れているのだ。


《間もなくマリス、マリス。お降り口は左側です》


 ロシア民謡のカリンカをアレンジした短いチャイムの後に、パヴェルの声が聞こえてきた。


 次の停車駅はカラピャチ川の近くに位置するベラシアの街、マリス。ここで物資の補給や機関車の点検を行ってからキリウへと向かう事になる。


 そしてそこで、クラリスの過去を知ることになる。













 マリスはカラピャチ川のすぐ近くにある。


 というか、カラピャチ川の支流が街のど真ん中を流れているのだ。ちょうど街を南北に分断する形で支流が流れており、その近くでは釣り人たちが、緩やかな流れの支流に釣り糸を垂らしている。


「のどかな街ですわねぇ」


「まあ、この辺は魔物の生活圏から離れてるらしいからなぁ」


 そんなのどかな街の中、物資を収めるためのカーゴを2つ牽引しながら、キュラキュラと音を立てて車道を進むL3。のどかな雰囲気の中を進む豆戦車に、通行人や対向車のドライバーたちの視線が集まる。


 魔境として知られるベラシア地方だけど、その全域が常に魔物の襲撃に脅かされているわけではない。あくまでも魔物と生活圏がラップしてしまっているだけで、領土全域が魔境というわけでもないのだ。


 ピャンスクの辺りなんかは特にひどいらしい。というか、実際に見てきた。建物はほとんどなく、大樹の中をくり抜いてその中に部屋を作って住む人々の姿。あれは定期的に襲ってくる飛竜からカモフラージュするためのものだそうだ。


 そこまでして魔物の襲来に備える様子は、このマリスには無い。周囲にはベージュ色の鮮やかなレンガで造られた建物が並び、露店からはドラニキの焼ける良い匂いが漂ってくる。ジャガイモが豊富に採れるベラシアでは、摩り下ろしたジャガイモを焼いて作るドラニキは名物なのだ。


 早速L3を停車させ、勝手に運転席から降りて露店の方に向かって歩き出したクラリス。やはりドラニキとサワークリームの誘惑には勝てなかったらしい。とりあえず財布を取り出して、ドラニキを焼いてるウサギの店主に「すいません、ドラニキ10人分お願いします」と注文すると、店主はすっごく驚いたような顔で10人分焼いてくれた。


 大人数で食べるんですよとはフォローしておいたけど、まあ嘘である。正確にはその10人分すべてが、ウチのメイドさんの胃袋に直行するんです信じてください。


 購入したばかりの熱々のドラニキを笑顔で頬張るクラリス(俺も1つもらった)と一緒にL3に乗りながら、とりあえず食料品店へ。購入するよう頼まれたものがあるので、それを買って帰らなければならない。


 各種缶詰と黒パンである。


 さて、ベラシアは散々魔境だの何だの言われている地域ではあるけれど、それを嫌でも意識させられる光景が目の前に飛び込んでくる。


「ハーイ安いよ安いよー! 今朝仕留めたばかりのゴブリンの丸焼きだよー!」


「お、おう……」


 ミカエル君が目にしたのは、口から股まで鉄の串でぐっさりと串刺しにされ、そのままぐるぐる回されながら丸焼きにされているゴブリン師匠のお姿でした。オリーブドラブ色の表皮は何とも香ばしそうな褐色に変色し、溢れ出る肉汁は真夏の汗の如し。そしてトドメに食欲をそそるスパイスの香りがここまで漂ってくるが、しかしビジュアルがちょっとアレでいまいち食べてみようという気にはならない。


 そう、ベラシアでは魔物の襲撃件数が多いのだが、その際に仕留めた魔物も食料にしてしまうという独自の風習……というか文化がある。悪く言えば野蛮、良く言えば豪快ともいえるそれは、ベラシアでは勝利の晩餐なのだ。


「ゴブリンって美味しいのでしょうか?」


「肉が硬いらしいし、見た目も人間に近いから忌避する人は多いらしいぞ」


 ちなみに世界広しといえど、ゴブリンを食用にしているのは、1888年現在でベラシアのみだそうだ。だから魔境って言われるんだぞ。


 そんなとんでもねえ光景を眺めつつ路肩にL3を停車させて近くの食料品店を訊ねると、黒猫の店主がひょっこりと顔を出した。


「いらっしゃいませ、どのようなご用件で?」


「缶詰が欲しいんですが。イワシの油漬けとニシンの缶詰あります?」


「ええ、こちらですよ」


 少々腰の曲がった黒猫の店主に案内してもらい、店の中を歩く。


 ベラシア地方だからなのだろうか、魔物の肉を加工した缶詰がとにかく多いような、そんな印象を受けた。棚にはハーピーの塩漬けやラミアの油漬け、ヴォジャノーイゼリーの缶詰がある。


「あの、ヴォジャノーイゼリーってなんです?」


 棚に並ぶ缶を見上げながら、店主に尋ねてみた。


 俺の話すノヴォシア語にイライナ訛りがあるのと、この辺ではポピュラーな食材を知らない事、そして缶詰を購入しようとしている事から俺たちがイライナ出身の冒険者だと見抜いたのだろう。店主はかけていたメガネをくいっと指で持ち上げながら説明してくれた。


「ヴォジャノーイの成体はですね、肉を皮ごと煮込むとゼラチンに似た物質が煮汁に溶け出すんですよ。それを冷やしておくとゼリー状に固まって、保存食になるんです」


「へぇー……」


 そういや、いつぞやのヴォジャノーイ幼体(あれは食えたもんじゃなかった)も煮込むとゼリー状に固まっていたっけ。それの名残なのだろうか。


「イライナではそんな食べ方はしないのですか?」


「ええ、基本は焼いたりスープの具材にしたり、そんな感じです。保存食にしたとしても干し肉(ジャーキー)にするのが一般的でしたから」


 ゼリーねぇ……美味いんだろうか。


 というか、この手のゼリーを見ると悪名高いイギリスのウナギゼリーを思い出すのはミカエル君だけではないだろう、きっと。知らない人はウナギゼリーで画像検索してみると良い。後悔するよ……悪い意味で。


 試しに缶を1つ手に取ってみた。表面にはデフォルメされたヴォジャノーイの背中に、フォークを持った子供のイラストが描かれている。なんともまあ微笑ましいイラストだが、しかしこれは被食者捕食者の関係。こういうサイコパスな見方をしてしまうのは本当に良くない、頭を空っぽにして楽しむべきだろう。


「味ってどんな感じなんです?」


「若干の塩味がありますよ」


 ニシンの缶詰の入った箱を棚から降ろしながら、店主は説明してくれた。


「大さじ一杯くらいの塩と、後は臭み消しにイライナハーブを入れて煮込むんです。そのままでも食べられますけど、物足りない時は追加で塩を振りかけたり、酢をかけたりします。中にはサワークリームと一緒に食べたりするツワモノもいますねぇ。あ、マッシュポテトも付け合わせには合いますよ」


「なるほど」


 興味深い話だが、しかしなぜここだけ大英帝国の影がちらついているのだろうか。


 目を瞑ると、ブリティッシュ・グレナディアーズを音割れしそうなほどの爆音で響かせて行進してくる大英帝国の戦列歩兵の姿が浮かぶ……やめてこっち来ないで。


「……すいません、こっちのゼリーも追加で。5缶ほど貰っても良いですか?」


「はい、まいどありがとうございます。代金は一緒で? 別々で?」


「そっちのニシンとは別々でお願いします」


「かしこまりました」


 さすがにこれまでギルドの資金で購入するわけにはいかない。こっちのヴォジャノーイゼリーは自腹で購入しよう。


 なぜこんなのを買ったかというと、答えは至って単純明快。隣にいるクラリスさんが目を輝かせながらよだれを垂らしているからである。


 でもこれ、美味いのか?


 イギリスのウナギゼリーといえば、見た目と生臭さで有名である……悪い意味で。


 缶の側面には作り方も書いてあるけど、それによるとどうやらちゃんと内臓やら骨やらは取り除いているようだ。ウナギゼリーは骨ごとぶつ切りにして調理するので、食べていると骨が普通に出てくるらしい。


 この点は食べやすそうではあると思う。あとイライナハーブも結構な量を入れてるので、臭み消しには十分だろう。


 まあ、あまり期待はしないでおこう……。


 

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