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マリスの森にて


 1888年 8月25日


 ベラシア地方 南部 マリスの森






 ドパパパンッ、と黒色火薬の弾ける音が、森の中で連鎖する。


 濛々と立ち込める白煙と、黒色火薬の臭い。その中で指揮官の号令が響き、射撃を終えたライフルマンたちは一斉に弾薬の再装填に入った。


「第二列前へ!」


 装填に入った前列の兵士たちに代わり、後方に控えていたライフルマンたちが前に出る。


 銃剣付きのマスケット―――”イライナマスケット”と呼ばれる80口径のそれが、森の奥から押し寄せてくる小人の群れを睨む。


 ゴブリンたちだ。オリーブドラブの表皮の上に仕留めた動物の毛皮、あるいは冒険者から鹵獲したのであろう、サイズの合っていない防具を纏い、手には錆び付いた剣や斧、あるいは石を削って作った棍棒がある。


 牙の生えた口からよだれを垂らし、獣のような唸り声を発しながら突っ込んでくる。


「狙え!」


 指揮官の号令で、ライフルマンたちが一斉にマスケットを構えた。


 イライナマスケットは大口径の80口径。その威力たるや、人間の兵士を容易く仕留めるばかりか、金属製の防具すら易々と貫通してしまう。その威力からノヴォシアと敵対する国家群からは『ノヴォシアの白い矛』と呼ばれ、恐れられている逸品だ。


 しかしながら、重い。口径は大きく、銃身も長く、更には白兵戦の際に銃そのものを棍棒として使用する事も想定し、意図的に重く設計されている。慣れていなければ構えの姿勢を維持する事すらできないだろう。


「―――放て(アゴイ)!」


 シャシュカを振り下ろしながら指揮官が命じるや、ライフルマン―――戦列歩兵の構えるイライナマスケットが、一斉に火を噴いた。


 引き金を引く動作から若干遅れ、火皿の中の点火用火薬が白煙を発する。こうなれば後は、薬室の中に詰め込まれている装薬に点火して、装填されている80口径の鉛弾を撃ち出すばかりだ。


 ダパパパパンッ、と銃声の連鎖と共に放たれた弾丸たちが、さながら真冬のブリザードの如くゴブリンたちを迎え撃った。


 身長1mと少々程度の、体格にはあまり恵まれていないゴブリンに、その一斉射撃はオーバーキルとも言えた。細い腕が80口径弾の一撃で容易く千切れ、緑色の頭がカボチャの如く砕け散る。腹を抉られ、頭を削がれ、弾雨の中でゴブリンたちは次々に、その矮小な生命いのちを散らしていった。


 普通の人間の兵士であったならば、その圧倒的威力の一斉射撃に恐怖し、士気を挫かれている事であろう。あんな化け物を相手にするのか、あんな相手に勝てるのか―――そんな恐怖を心に植え付けるには、戦列歩兵の一斉射撃は十分に過ぎた。


 しかし、それは相手が人間であればの話。


 本能で動くゴブリンに、そのような脅しじみた心理的な攻撃は通用しない。


 彼らの脳裏にあるのは、敵の排除―――そしてあわよくば、食料を確保する事である。


 ゴブリンたちにとって獣人たちは敵であり、食料であり、そして繁殖のための手段、更には己の性欲を満たすための玩具オモチャでしかない。男は食料に、女は次世代のゴブリンの繁殖に。それがゴブリンにとっての人類の認識であり、その関係は決して揺るがない。


 ゴブリンたちは一斉射撃を受けてもなお、止まらなかった。被弾し動けなくなっている仲間を捨て置き、我先にと戦列歩兵たちの元へ殺到してくる。


 第三列に発砲を命じるべきか悩んだ指揮官ではあったが、彼我の距離が既に射撃するには近すぎるまでに詰められている事を悟り、サーベル(シャシュカ)を振るいながら命じた。


「白兵戦用意!」


「白兵戦!」


「総員、白兵戦に備えよ!」


 銃剣の穂先が、迫り来るゴブリンたちを睨む。


『グアァァァァァァァァァァ!!』


 よだれを撒き散らしながら接近してくるゴブリンの喉元に、白銀の銃剣が突き入れられた。


 スパイク型の銃剣に脊髄を刺し貫かれ、ゴブリンの身体から力が抜ける。


 飛びかかろうとしたゴブリンの喉笛に、剣を振り回しながら接近してきたゴブリンの心臓に、次々に銃剣が突き入れられていった。


 ベラシア地方に駐留するノヴォシア帝国騎士団ベラシア方面群は、特に精強な部隊として知られている。


 太古の環境が数多く残り、魔物が生態系の頂点に君臨するが故に、他の地方からは『魔境』とも呼ばれるベラシア地方。ゆえに居住地を魔物が襲撃する件数は他の地方とは比較にならない程多く、必然的に憲兵から騎士団の兵士に至るまで、実戦経験が豊富になる。


 その中でも特に実戦経験が豊富な第3軍、それが彼らであった。


 飛びかかってきたゴブリンをシャシュカの流麗な剣戟で斬り捨てつつ、指揮官は部下たちの安否を確認する。


 魔物の中で知能は高い部類とはいえ、それは原始人レベルである。冒険者の武器や防具を鹵獲し、あるいは石器で武器を自作する程度の知識しかないゴブリンなど、統制の取れた軍隊の前では怖い相手ではない。


 これならばいける……そう確信した次の瞬間だった。


「!!」


 咄嗟に、自分の隣で銃弾の装填をしていた部下の頭を掴み、強引に下げさせた。上官の唐突な行動に驚いた部下が「何です!?」と抗議の声を上げるが、しかしその答えは頭上を通過していった巨岩が教えてくれた。


 人間の大人5人分はあるだろうか。うっすらと苔の生えた大きな岩が、戦列歩兵たちの頭上を通過していったのである。


 投石器で投じられた一撃にも思えたが、しかしゴブリンに投石器を使う知能など無いし、自作できる技術力もない。


 では今の一撃は何か―――岩石の飛来した方向に見えた巨大な影を見て、彼らは息を呑んだ。


「お、オークだ!」


 でっぷりと突き出た大きな腹に、腰に巻いた動物の毛皮。手には巨岩を削って自作したと思われる棍棒や、先端部に鋭利な磨製石器を取り付けた槍、あるいは石の斧を手にした、さながら巨大な原始人のような風貌の魔物たちが、戦列歩兵たちに迫っていた。


 身長3~5mほどのオークの群れ。ゴブリンだけならばまだしも、オークの群れまで参戦するとなると、マスケットと銃剣だけで対抗できる相手ではなくなってくる。


 撤退を命じるべきか、と考えた指揮官だったが、しかしここで撤退すれば近隣の村にも被害が及ぶ。ベラシアを魔物から守る騎士団として、村への被害は是が非でも防がなければならない。


 覚なる上はこの命を賭けても、と悲壮な決意を固めつつあった次の瞬間だった。


 群れの中央を進んでいたオークに、2つの光のようなものが激突したのである。小さな光のつぶてのようなそれはオークの表皮を穿ち、微かにダメージを与えるばかりであったが、しかしその次の瞬間にはオークの上半身が爆ぜ、腰から上が吹き飛んでいた。


 唐突に生じた爆発に、オークたちの足並みが乱れる。


 一体何が起きたのか―――驚愕する彼らの目の前で、立て続けにオークの上半身が吹き飛び、焦げた肉片が周囲に散乱していく。


「隊長、あれは……!?」


「何だアレは……トラクターか……?」


 エンジン音を高らかに響かせ、森の中へと強引に突っ込んできたのは―――泥まみれの履帯を回転させる、トラクターのような乗り物であった。


 畑を耕すため、ああいったトラクターを購入する農家は多い。しかし、ベラシアのジャガイモ畑でよく目にするタイプのトラクターと比較すると、その乱入者は異形としか言いようがなかった。


 まず履帯があるのは分かる。車体に塗装されている緑の斑模様も、そういう塗装なのだと思えば納得できるだろう(森の中での視認性はかなり悪いが)。


 しかし一番異質なのは、その車体の上に旋回式の砲塔に収められた大砲が搭載されている事だった。よく見ると車体も装甲で覆われており、トラクターをベースに戦闘車両に改造したものである事が分かる。


(なんだあの兵器は……我が騎士団の新兵器か……!?)


 ザリンツィクの変態技術者たちが造り上げた兵器かと思ったが、どうやら違うようだ。


 車体側面には、翼を広げ、口に剣を咥えたドラゴンのエンブレムがこれ見よがしに描かれている。


「あのエンブレム……血盟旅団か」


「血盟旅団だ!」


「援軍だ、援軍が来たぞ!!」


 最近、名を馳せている冒険者ギルド―――血盟旅団。


 第3軍支援の依頼でも受けて駆け付けたのだろう。


 冒険者ノマド共め、と指揮官は呟き、部下たちに向かって叫んだ。


冒険者ノマドの前でカッコ悪いところは見せられんぞ! 第3軍、反撃開始! 前進だ!!」














「久々の出番だ!!」


 最近兄上ばっかり活躍していたような気がするので、なんかこうして戦うの久しぶりなような気がするのは気のせいだろうか。


 そんな事より、森の中に戦車(※BTMP-84は戦車ではありません)で突っ込むなんて、控えめに言って正気の沙汰じゃないと思う。


 でっかい樹にぶつかったり、木の根に阻まれてスタックしたらどーすんだという意見はパヴェルに言ったんだが、アイツの意見はこうだった。『じゃあドーザーブレード付けて薙ぎ倒しながら行けばいいだろ!』である。


 いや、環境破壊……。


 そんなこんなで、マリスの森にドーザーブレード付きBTMP-84で突っ込む羽目になった血盟旅団一同。倒木を踏み潰し、邪魔な樹はぶち折って、なんともソビエト風な強引さでここまでやってきたわけでございます。


『あっはっはっはっは! 何コレ何コレ超楽しい!!!!(120dB)』


『モニカさん、車内で大声出さないでくださいまし』


『ごめんね』


『ええ』


 相変わらずの破壊神モニカである。ここに至るまでに薙ぎ倒した樹の本数とか調べたら、多分環境保護団体の人が卒倒するレベルだろう。これはまあ、内緒にしておこう。


 BTMP-84の兵員室を出て、砲塔のブローニングM2重機関銃についた。コッキングレバーを引いて初弾を装填、重機関銃でオークのだらしない腹にひたすら12.7mm弾の腹パンを喰らわせる。飛竜みたいな外殻とか、強靭な骨で守られているわけでもない腹はあっさりと12.7mm弾の弾雨で穿たれ、モザイクで修正しないとヤバい事になってしまう。


 次の瞬間、後方から2発の曳光弾が飛来し、オークの脇腹を直撃した。


 それは鋼鉄の死神からの、死の宣告。


 被弾したオークが呻き声を上げるが、それが最期の言葉になるとは彼らも思わなかっただろう。


 ヒュン、と風を切る音が消え去らぬうちに、飛来した2発の砲弾が、信じがたい事にそれぞれ2体のオークの脇腹を直撃。成形炸薬(HEAT)弾のメタルジェットに脇腹を穿ほじられ、いかにもゴブリンの親玉といった風貌のオークが2体、まとめて脇腹の右半分をごっそりと抉られ息絶える。


《ハッハァ! 見たか、連装砲ってのはこうやって使うんだァ!!》


 パヴェルさんは今日もご機嫌なようです。


 さて、後方で待機している彼がこの戦いに投入してきたのは、かつて自衛隊が対戦車戦闘用にと配備していた『60式自走無反動砲』である。旧日本軍の戦車を思わせる車体の右上に、2門の105mm無反動砲を2つ並べて搭載した自走無反動砲だ。


 現在ではより高性能な対戦車ミサイルに取って代わられ、退役している兵器である。


 装甲は薄く、無反動砲を主砲として搭載する関係上、バックブラストでどうしても射撃地点が露見しやすいため、確実な敵戦車の撃破を期待して主砲は斉射、そして射撃後は迅速に陣地転換を行う必要がある。


 そう、主砲は基本的に斉射が原則だが、それはあくまで敵戦車を確実に撃破するために同一の目標に撃ち込むのであって、2門の無反動砲を斉射して別々の標的を撃破するためのものではありません。


 ※良い子のみんなや自衛官の皆様は絶対に真似しないでください。


「出番だぞ範三!」


『承知!』


 ぱかっ、とBTMP-84の後部ハッチが開いたかと思いきや、中から刀を手にしたお侍さんがミサイルの如く飛び出してきた。


「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」


 森の中に、今日も範三さんの猿叫えんきょうが響き渡る。


 勢いよくジャンプした範三はそのまま空中でくるりと縦に回転。勢いを乗せた刀を力いっぱい振り下ろし、石の棍棒を振り回して応戦しようとしていたオークの顔面から股までを一太刀で両断してしまう。


 着地と同時にオークの身体が左右にずれ、血飛沫が噴き上がった。


 おおう、あんなのアニメでしか見た事ないや……マジでやるのか。


 ブローニングから手を放し、俺も武器を中国製アサルトライフルの56式自動歩槍に持ち替えた。折り畳んであったスパイク型銃剣を展開、白兵戦に備えながらBTMP-84から降車。セミオートに切り替えた56式自動歩槍でオークの眉間目掛けて7.62×39mm弾を撃ち込んでいく。


 56式自動歩槍はAKのコピーの中では粗悪品に分類されがちではあるが、それは当時の中国で実施されていた大躍進政策やら文化大革命の影響で素材の質が悪化、更には品質管理も不十分だったことが原因であって、それらの政策以前の個体は普通に優秀なアサルトライフルであると言える。


 俺が今、自分の能力で生産して使っているこの56式自動歩槍は、まさにその初期型だった。


 オークに7.62mm弾を射かけ、接近してくるゴブリンは銃剣で串刺しにし、オークの群れには範三が躊躇なく切り込んでいく。


 この調子なら5分くらいで終わりそうだと思いながら、ゴブリンの眉間に弾丸をお見舞いしてやった。






 魔物の群れを殲滅し、救援依頼の対象となっていた第3軍の指揮官から報酬を受け取ることができたのは、やっぱり5分後の事だった。






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