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ハクビ村滞在二日目


「まったく、無礼にも程がありますよ。ご主人様をいきなり”アンタ”呼ばわりなんて」


 ぷんすかと憤りながら、食堂車のカウンターの前に座りながら腕を組むクラリス。やっぱりそんな事だろうな、と思いながら苦笑いし、水の入ったコップを口へと運ぶ。


 クラリスの機嫌が悪そうなのは九分九厘モニカのせいだろうな、とは思っていた。そりゃあクラリスと俺は長い付き合いになるし、お互いに育んできた信頼も今では揺るぎないものだ。それ故に彼女は、初見なのにあんなにも馴れ馴れしく接してきたモニカに不快感を抱いているのだろう。


 とはいえ、仕方がない事だというのも分かる。こちらが庶子とはいえ貴族だと身分を明かしていれば、あんな接し方は無かっただろう。ごく普通の身分、つまりは平民の間ではあれくらいフランクなコミュニケーションが当たり前なのかもしれない。


 こっちにも非はあるんだろうよ、とさっきから言っているのだが、クラリスの機嫌はなかなか直らない。こりゃあ時間を置かないとダメかもな、なーんて考えながら夕飯が運ばれてくるのを待っていると、パヴェルがキッチンの方からカレーうどんの入ったどんぶりを2つ、目の前にそっと置いた。


「ほい、カレーうどん」


「おー」


「この前のカレーが残ってたから、ちょいと手を加えてカレーうどんにしやしたー」


「いただきまーす」


 前世の世界でそうしていたように、手を合わせてから箸を手に取るミカエル君。今まで自分の主人があまり見せる事の無かった仕草に困惑しつつも、同じようにぎこちなく手を合わせ、クラリスも箸を伸ばす。


 熱々のうどんを冷ましながらゆっくりと啜る。濃厚なカレーの味とうどんのもっちりとした食感が組み合わさって、口の中が今まさに天国ヘヴンと化している。


 こっちの世界に来てからというもの、食事の大半はロシアやウクライナで食べられているような伝統的な料理が多かった。いや、そっちの料理も大変美味だし、日本ではそういう専門店に行かない限り口にする事も出来なかった料理ばかりなので食べてて面白かったのだが、やっぱり前世の日本で慣れ親しんだ料理というのは良いものだ。転生前を思い出す。


 懐かしいなぁ。上司に怒られて落ち込んでた新人を連れて、うどん食べに行ったっけ……。


 さてさて、これも食べ慣れていないであろうクラリスはどんなリアクションをするのだろうか。なんか気になったのでちらりと隣を見てみたが、どういうわけか彼女の目の前にあるどんぶりは既に空っぽ。口の周りに付着したカレーを澄ました顔で拭き取っているクラリスの顔を見上げ、もう一度どんぶりを二度見する。


 え、もう食べたの?


「あのー、パヴェルさん」


「はいな」


「おかわり、あります?」


「あるよ」


 ズズズ、と自分の分のカレーうどんを食べていたパヴェルが、ちょっとびっくりしたような様子でクラリスのどんぶりを拾い上げた。おまけに俺の分のどんぶりまで持って行って、麺とカレーを豪快に追加しやがる。


「お、多くね?」


「馬鹿、あんだけ身体を動かしたんだから食わなきゃダメだろ。いっぱい動いていっぱい食う、これが健康の秘訣よ」


 そりゃあそうだろうな……冒険者という職業はまさに身体が資本、体調を簡単に崩しているようでは話にならない。それに、必然的に身体を激しく動かす事になるのだから、それに従ってカロリー消費も凄まじいものになる。


 知ってるか? 魔術を発動する時もカロリーを消費してるんだぜ、あれ。正確には体内で魔力を生成する時にカロリーを消費する事になっているのだが。だからなのか、魔術師の体脂肪率は驚くほど低く、引き締まった体格の者が多い。


 話が脱線したので元の話題に戻す。こういうカロリー消費の激しい仕事だから、管理局の食堂で出す料理はどれもカロリーの高いものばかり。冒険者向け食堂とまで言われているのはそのためだ。別に冒険者じゃない人が一食や二食くらい利用するのは問題ないが、毎日そんなところで食事を摂っていたら生活習慣病と末永くお幸せに、という事になってしまう。


 パヴェルが出している料理もそうなのだろう。カロリーが高かったり、量が多かったり。そうやって運動量とカロリーを調整してくれているのだから、彼には本当に感謝である。


「にしてもこれ美味いな」


「だろ。うどんは手作りだ」


「え、市販じゃないのか」


「ノヴォシアでうどんの麺なんか売ってねーよ。商人に頼めばワンチャンあるかもしれないが……イライナは小麦粉の名産地だから、そこまで手間をかけるより手作りした方が早いんだ」


「へぇ」


 手作りか……マジか、本格派だなコイツ。


 ただウォッカばかり飲んでる酔っぱらいというわけではないらしい。オペレーターもやれるし機関車の運転も出来るし、物資の管理に料理、家事全般に至るまで……現場には出ずサポートに徹してくれているのが本当にありがたい。


 後でお酒でも買ってきてやるか……少し高いやつを。


「あ、そうだ。2人に残念なお知らせがあります」


「え、何だよ急に」


 うどんを食べ終え、残ったカレーを口へと運んでいた時にパヴェルは言った。


「機関車の蒸気配管にいくつか破孔はこうが見つかってな、修理するから今夜はハクビ村で一泊していくことになる」


「マジか。手伝う?」


「いや、1人で十分だ。お前らは血盟旅団ウチの稼ぎ頭なんだ、しっかり休んでくれ」


 稼ぎ頭、ねえ。


 じゃあお言葉に甘えて、休ませてもらいますか。












「さあ、ご主人様。横になって力を抜いてくださいませ」


 寝室のベッドの下段に腰を下ろしながら、ぽんぽん、と自分の太腿を軽く叩くクラリス。シャワーを終えて髪を乾かしていた俺はちょっとばかり顔を赤くしながら、ドライヤーのスイッチを切り、言われた通りにクラリスの上へ。


 ベッドに横になり、頭を彼女の太腿に預けた。白いタイツ越しの彼女の太腿の感触にどきりとしながらも、とりあえず力を抜いてリラックス……できるか。


 そんな事をしている間にもクラリスの耳かきが始まった。左の耳に耳かき棒がそっと入ってくる感触にびくりとしながらも、別の事を考えて気を紛らわそうとする。


 別の事……モニカの事だ。


 彼女、誰かに追われているようだった。あの時、管理局の窓の向こうにいた大男。あの男を見てからモニカの顔色が変わったのははっきりと覚えている。


 モニカ、というノヴォシアでは珍しい名前とは裏腹に訛りの無いノヴォシア語、誰かに追われているという事実と彼女の言葉―――『圧倒的な力が欲しい』。


 何となくではあるが、彼女の状況が推察できる。


 もしかして彼女は、俺と同類なのではないか……そこまで思い至ったところで、左側の耳掃除が終わった。


「はい、次は反対です。ごろーんってこっちを向いてくださいませ」


「う、うん」


 ごろーん。目の前にクラリスのすらりとしたお腹が広がる。


 どちらかと言うと敏感な右耳に耳かき棒が入り込んできて、「ひぃんっ」って変な声が出た。男とは思えない程声が高いミカエル君なので、ただの喘ぎ声でしかありません。ごちそうさまです俺。


 知ってるか、クラリスの腹筋って割れてるんだぜ。アスリートみたいな体格と言えば伝わりやすいだろうか。


 背が高くておっぱいがデカいだけの女じゃないのさ、クラリスは。ちゃんと戦うための筋肉もあるスーパーメイドさんなのだ。がっはっは。


 今度は右耳に梵天が入ってきて、ミカエル君またしても喘ぐ。


「ふふっ、可愛い♪」


「……」


 コレわざとやってるんじゃないだろうな。ミカエル君を喘がせたくてやってるのか、と思いながら待つこと数分、仕上げの梵天も終わって右耳が寂しくなる。


「さあ、お次はケモミミの方を失礼しますわ」


「え、こっちもやるの?」


「ええ。むしろメインディッ―――こちらが重要ですもの」


 今なんつった?


 まあいい、やってもらおう。


「ではご主人様、クラリスの上に乗ってくださいな」


「え、対面で?」


「ええ、対面で」


 いや、確かにそうしないとケモミミの耳掃除はやり辛いけど。


 クラリスの太腿の上に座れって? しかも対面で?


「いや、でもさ……」


「ふふっ、恥ずかしがることなんてありませんわ。ここにはクラリスとご主人様の2人だけ。誰も見ていませんもの。さあ」


「……し、失礼します」


 重くないよね、と女子みたいな不安を抱きながらクラリスの太腿の上に腰を下ろした。もちろん、クラリスと対面する形で。


 さて、ここで座高の問題が出てきます。


 クラリス氏、身長183㎝でGカップのスーパーウルトラギガンティックわがままボディ。それに対してミカエル君は身長150㎝のミニマムサイズ。そりゃあもう戦艦と駆逐艦くらいのサイズ差があるわけで。


 クラリスと対面となると、その、彼女のね、見事なGカップのおっぱいが顔の高さに来るわけですよ、ハイ。だからちょっとね、距離を稼ごうとするんだけども……。


「ご主人様、そんなに離れられては耳かきが出来ませんわよ?」


「いや、でも……」


「うふふっ、クラリスはご主人様のものです。心も、この身体も。ですから何をしても構いませんわ」


 ぎゅう、と左腕で頭を抱き寄せるクラリス。おかげで柔らかいおっぱいを顔に押し付けられる形になってしまう。なんでこの人は童貞にこんなことするんですかね? 辛いんですが、色々と。


 無意識のうちに腰の後ろから伸びたハクビシンの尻尾が、ぴーん、と伸びる。それを見て微かに笑ったクラリスが、ケモミミの中へと耳かき棒を差し込んだ。やっぱり感度が人間としての耳よりも遥かに上なのか、身体がびくりと震えてしまう。


「あら、こちらのお耳は敏感なようですわね」


「ひゃ……ひゃい……」


 何と言えばいいのだろうか。脳を直接くすぐられているような感触が頭の中にじわりと広がって、思考がバグる。ケモミミは人間の耳と違ってデリケートだという事は分かってたけど、こんなにも感度が敏感だとは。


 自分で耳掃除をしていた時は別に何とも思わなかったんだが、何なんだこれは。


 ケモミミの耳掃除が終わるまで、俺は両手をクラリスの背中に回して耐えるしかなかった。


 











「ごめんなさい、修理遅延してます」


 食堂車のカウンターの向こうで申し訳なさそうに言うパヴェル。昨晩ぶっ通しの作業で終わらせるつもりだったのだろうか、彼の目の下にはクマがある。


「マジ?」


「うーん、昨晩で終わらせるつもりだったんだが……ちょっとブレーキにも異常が見られたんでな。ちょっと部分的に分解バラして修理するわ」


「おう……わかった」


 もうちょいハクビ村に滞在か。まあいい、それなら何か依頼でも受けて金を稼いでこよう。村の助けにもなるし、こっちの収入にもなるから一石二鳥だろ。


 ちなみに本日の朝食はご飯にわかめと豆腐の味噌汁、おかずはだし巻き卵。付け合わせに漬物までついている。久々の和食に感激するミカエル君の隣では、クラリス氏が目を輝かせながらだし巻き卵にかぶりついているところだった。クラリス餌付け計画は順調に進んでいるらしい。


「ごちそうさまー」


「はいよー」


「ごちそうさまでした」


「はいはいー。食器は置いといてねー」


 だし巻き卵定食を完食してから洗面所へ。クラリスと一緒に歯を磨いてから、列車を降りて冒険者管理局へと向かう。


 相変わらず、ハクビ村のホームは閑散としている。昨日時刻表を見たけど、列車が来るのは1日に1本か2本。だから目的の列車の時刻に遅れたら悲惨なことになる。その閑散としたホームに本日1本目の列車がやってきた……かと思いきや、黒煙を濛々と吹き上げながらまさかのスルー。車輪の音を響かせながら、ハクビ村の駅を通過していった。


 改札口で冒険者バッジを提示し、外へと出る。


 すぐ近くにある冒険者管理局へと入り、受付嬢や掃除中の用務員の人に挨拶しながら掲示板へ。何か依頼は増えてるかな、なーんて軽いノリで依頼をチェックしてみる。


 【ゴブリン討伐】


 【エルダーゴブリン撃破】


 【ハーピー迎撃】


 エルダーゴブリンの討伐依頼が追加されてる。しかも報酬はEランクの依頼のくせに9700ライブル、5桁まであと一歩で手が届く金額だった。


「これにするか」


「そうしましょう」


 エルダーゴブリン……キリウで1回戦っている相手だ。まあ、個体差とかもあるだろうから油断はできないが、勝てない相手ではないだろう。それで9700ライブルも貰えるのだからありがたい話である。


 掲示板から依頼書を剥がし、カウンターへ。昨日もラミア討伐の依頼を受け付けてくれたハクビシンの獣人の受付嬢がやってきて、依頼書を受け取ってくれた。


「はい、ではこちらが信号弾入りの拳銃になります」


「どうも」


「ええと、パーティーは2名でよろしいですね?」


 撃破後に使う信号弾の入ったフリントロック式ピストルを受け取っている間に、受付嬢が確認してくる。そりゃあ2人だろ、と思いつつ返答すると、後ろから響いた聞き慣れた声がそれを否定する。


「いいえ、3人よ」


 後ろに立っていたのは、やっぱり彼女だった。


 短めのスカートに学生服のような上着、その上から黒いマントを羽織った白猫の獣人。口元には笑みが浮かび、目つきはその強気な性格を反映してか、どんな相手にも負けないという自信と信念のようなものを感じさせる。


 腕を組みながらやってきたのは、やっぱりモニカだった。


「モニカ」


「あたしも同行させてもらうけど、いいわよね? 嫌とは言わせないわ」


 こんにゃろ、ここで依頼受けるのを待ち構えてやがったな。


 苦笑いを浮かべながらクラリスの顔を見上げ、肩をすくめた。


 仕方ない、人数を訂正しておくとしよう。




「すいません、3名でお願いします」




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― 新着の感想 ―
[良い点] クラリスにパフパフ、羨まけしからん!(昇○拳が出ない並感
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