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キリウの地底に眠るもの


「そうか……」


 次の目的地はキリウが良い、という事を彼に伝えると、連結したばかりの軽車両用格納庫でK750のパーツを弄っていたパヴェルは、半ば見越していたような表情を浮かべながら、顔に付着した機械油をツナギの袖で拭った。


 俺の隣に立つクラリスはというと、不安そうな顔を浮かべながらじっとパヴェルを見つめている。


「いや、薄々そんな感じはしてたよ」


 モンキーレンチを作業台の上に置き、タオルで顔を拭くパヴェル。チョコレートソースみたいな質感の機械油が汗と混じって、まるで自衛官が顔に塗るドーランみたいに黒く広がった。


 キリウ行きはクラリスの要望だ。


 彼女と初めて出会った場所―――キリウ地下に広がっていた、あのダンジョンをもう一度調べたい、というのがクラリスの希望だ。


 幸いあそこはまだ、誰にも知られていない未踏のダンジョンであろう。施設内の備品はそのままだったし、仮にあれが存在の知られたダンジョンであったならば、内部の機器という機器は冒険者たちに持ち去られていただろうし、クラリスだってあそこで眠り続けるような事はなかったはずだ。


 事前にイライナ方面のダンジョンについてのパンフレットを貰って目を通しているけれど、キリウの地下で新たなダンジョンが発見されたという情報は未だに上がっていない。おそらくまだ、誰もその存在に気付いていないのだろう。


 イライナ最大の都市、その地下に旧人類の遺伝子研究所が眠っているなどと。


 もしそうならば、そこで発見できるものは独占できる。それにクラリスの正体も―――彼女の過去に繋がる手がかりも、何か得られるだろう。


「頼めないだろうか」


「俺は構わん。だが……」


 ポケットから葉巻を取り出し、12.7mm弾の空薬莢を使って自作したトレンチライターを使って火をつけるパヴェル。ニコチンを摂取してから煙を吐いた彼は、自分のバイクに寄り掛かりながら続けた。


「―――自分の過去と向き合うんだ、後悔だけはするなよ」


 失われた自分の過去。


 果たしてそれが望んだものかどうかは、誰にも分からない。


 もしかしたら最悪の結果が明らかになるかもしれない。思い出したくない、無意識のうちに封印した過去と向き合う事になるかもしれない。


「失われた記憶……そのキリウの地下にあったっていう未踏のダンジョン、そこに眠っているであろう秘密は、言うなれば”パンドラの箱”だ。クラリス、それでも自分の過去と向き合う覚悟は本当にあるのか?」


 少しばかり、クラリスは戸惑う素振りを見せた。


 頭の奥底に眠る、断片的な記憶。


 ”例の組織”が放った女兵士―――シェリルと同じ遺伝子を持つという、自分の肉体。


 彼女が言う”初期ロット”―――これらから分かる事は、クラリスの正体はあの組織と何か関係がある事は確実、という事である。


 あの場所で待ち受けている真相は、きっと彼女の望むものではないのだろう。もしかしたら今のクラリスという存在を、根本から否定してしまうような恐ろしい真実が眠っているかもしれない。


 それを掘り起こしてしまうのが、きっと怖いのだ。


 できる事ならば、今のままでいたい―――過去を塗り固め、今のまま過ごしていたい。そういう思いが彼女の心の中に渦巻いているのが、はっきりと分かった。


 それでも、彼女の決意は固い。


「……覚悟は、できています」


「……ミカ、お前は」


 視線を向けられ、手のひらに汗が滲んだ。


「どんな真相が眠っていても……クラリスの正体が何であろうと、お前は彼女の主人でいられるか? クラリスを1人の女として扱ってやれるか?」


「当たり前だ」


 即答だった。


 そんな事、何度も考えた事だ。


 彼女の正体が何だろうと―――眠っている真実が、彼女の過去が何だろうと、俺がやる事は変わらない。ありのままを受け止め、今まで通りに彼女と接するだけだ。


 だからそんな質問をすること自体ナンセンスだぜ、パヴェルさんよ。


 ぎゅっ、とクラリスの手を握った。俺よりも大きくて、柔らかい手。彼女の子の手に俺は今まで何度支えられてきただろうか。何度救われていただろうか。


 今度は俺が支える番だ。


 クラリスも手を握り返してきたので、そっと彼女の顔を見上げた。


 嬉しそうな笑みが、クラリスの顔には浮かんでいた。


「……ハッ、それだけ覚悟が決まってるならば止めはしないさ。よし、んじゃあ次の目的地はキリウだな。里帰りだぞミカ」


「うへぇ、また屋敷に戻ることになるのか」


「さすがに親父さんも例の一件で懲りてるだろ」


「だといいけど」


 凝りてなかったらリガロフ砲を発射するだけだ。あるいはジャコウネコパンチ。社会的に殺されるか、それとも顔面に肉球押し付けられるか、好きな方を選ぶがいいニャ。


「さて、そうと決まれば物資の仕入れだな。ちなみにキリウに寄った後は?」


「アレーサにも寄りたいな、母さんと妹の顔が見たい。その後はエルソンとダリヴポリ、ゴレスクを経由してノヴォシア地方にも行ってみたい」


「いいね……となるとアレか、ジャガイモも仕入れておくか。アレーサの方じゃあまり手に入らないだろ」


「それは確かに」


 アレーサは黒海に面した港町だ。


 水産資源が豊富である半面、アレーサで買う野菜はちょっとばかり割高になっている。さすがに豊富な小麦粉に困った事はないけれど、キリウで安く買えるベラシア産のジャガイモも、アレーサでは少し値段が高くなっていたのは今でも覚えている。


 確かに向こうならばジャガイモは売れるかもしれない。


「それとこれ、ちょっと来てくれ」


「?」


 クラリスと手をつないだまま一緒に首を傾げ、軽車両専用倉庫と火砲車の間に連結されている貨車へ。


 倉庫の中を左右に隔てるように用意された大きな棚には、既にいくつも木箱が置かれていた。転落防止用の金具でしっかりと固定されたそれの中身を伺う事は出来ないけれど、木箱にはそれぞれ食料品だったり、酒だったり、回復アイテムといった品の名称と数量が記載されている。


「どうだ、これが俺たちの新しいビジネスだ」


「ほぇ~……こんな数の品をいつの間に」


「今朝集めてきた」


 仕事が早い。


 彼に案内された先には、一際大きな木箱があった。


 開けてもいいか、と問いかけるよりも先に、バールを手にしたパヴェルが木箱をこじ開ける。


 衝撃から品物を守るために敷き詰められたおが屑の上に、”それ”は安置されていた。


 剣の切っ先のように鋭く、表面は焼け焦げたかのような色合い。よく見ると表面には放射状に紅い模様が広がっていて、それはまるで消える事無く燻り続ける火種のよう。


 それは、巨大な竜の角だった。


「これ……ガノンバルドの角か?」


「ご名答」


「ま、まだ残ってたんですね」


「いやぁ、売ろう売ろうと思ってたんだが色々とゴタゴタしててな。売り損ねちまった……でもまあ、イライナにだって買い手はいるだろ。屋敷に飾る美術品目的で買う貴族だっているだろうし、冒険者にだって需要はある筈さ」


 どっちかというと冒険者の方が需要は大きい気がする。


 冒険者が使う武器の大半は管理局で購入したものや鍛冶職人に依頼したもの(中には自作したという猛者もいる)だが、特に鍛冶職人に依頼して武器を作成する際、魔物の素材も一緒に渡すことでそれを素材として使用した強力な武器を造ってもらう事も出来るのだそうだ。


 というか、冒険者ランク上位の冒険者たちの得物は殆どがそういう代物だそうで、中には伝説級の魔物の素材を使った剣を使うヤバいやつもいるのだとか。


 特にギルドランクのトップに長年君臨し続ける冒険者ギルド『グラウンド・ゼロ』のメンバーは化け物揃いと聞いている。


 まあ確かに、ガノンバルドは討伐例もそう多くないドラゴンなので、その角は買い手が誰であれ高値で売れるだろう。キリウには貴族連中がたくさんいるから、売りに出すならばキリウ訪問時がベストだと思う。


「あとは大量のジャガイモを仕入れないとな」


「くれぐれも法的にアウトなものは仕入れないでくれよ」


「おいおいミカ、俺を何だと思ってんだよ」


「やりかねないから言ってるんだよ」


 こくこくと隣で首を縦に振るクラリス。彼女も思いは同じらしい。


 そりゃあ、『強盗をビジネスにする』なんてとんでもない事を提案してしまう男だからなぁ……いや、実行したのは俺たちだけども。


 頼むから麻薬なんて仕入れて来ないでくれよ……ジノヴィお兄ちゃんに見つかったら殺される。


「とりあえず出発は明日の10時だ。それまでにやりたいこととか見たい場所があったら今のうちにな。俺はジャガイモを仕入れてくる」


「お、おう」


「ふふふ……金になるぞこれは……ふふ、ふふふふ……!」


 悪だくみをする悪役みたいな笑い声を発しながら車両の格納庫の方へスキップしていくパヴェル。木くずの臭いが充満する倉庫に置き去りされた俺とクラリスは、お互いに顔を見合わせながら肩をすくめるのだった。













 客車の2号車は1階がシャワールームと倉庫、2階が食堂車になっている。


 どちらかというと倉庫の方にスペースを割いた結果、シャワールームは手狭になっている。浴槽とかサウナを設置する計画もあったけれど、残念ながらそれはスペースの都合で断念する事となった。だからシャワールームには個室を仕切るアクリル板と防水カーテン、そしてシャワーくらいしか用意されていない。


 個室に入ってカーテンを閉め、少しぬるめのお湯を頭からかぶりながら、ふと俺も髪伸びたなぁ、とそんな事を考える。


 外側に跳ねた、癖のある黒髪。母さんは別に跳ねたりとかしてなかったけれど、これ誰の遺伝なんだろうか。アレか、お祖父ちゃんか。アンドレイ(アンドリー)お祖父ちゃんからのコピペ遺伝なのかこれも。


 いやまあ、別に髪型とかあまり気にした事はない(というかどうせどんな髪型にしても女に間違われるから半ば諦めている)んだが、髪が伸びるとやっぱり洗ったりとか乾かすのが大変だな、とは思う。


 そろそろ切ってもらおうかと思いながらシャンプーの入った容器を探していると、後ろから伸びてきた大きな手がわしゃわしゃと頭を洗い始めた。


「!?!?!?!?」


「ふふっ。力加減はいかがですか、ご主人様?」


 ん? クラリスさん?


 あれ、カーテンの開く音聞こえなかったけど何? 瞬間移動して入ってきたりしてない???


 1人用の個室だから、いくらミカエル君がミニマムサイズとはいえ2人も入れば当然狭い。必然的に密着する格好になるので、その……後頭部にね、なんか大きくて柔らかいものが2つも当たってるの。


 これなあに? 


 わしゃわしゃと成すがままにされていると、シャワーの流れる音に混じってクラリスがぽつりと言った。


「先ほどはありがとうございました、ご主人様」


「……クラリスの主人として当然の事だよ」


 彼女の正体が何であろうと、俺はありのままの現実を受け止める。


 その覚悟は、ずっと前から決めていた。彼女を俺の専属メイドとして旅に同行させたあの時から―――いや、それより前からだ。


 いつかはきっと、失った記憶と向き合う日がやってくる。彼女の過去が何であろうと、俺はクラリスの主人であり続ける―――覚悟は決めたし、そう誓っていた。だからきっとどんなに理不尽な運命が待ち受けていようとも、これだけは揺るがない。


 クラリスには今まで支えてもらった。だから今度は、俺が彼女を支える番だ。


 シャワーで泡まみれの髪を流してもらいながら、ふと上を見た。


 個室を隔てるアクリル板―――その上にちょっとした隙間があるんだけど、そこから見覚えのある白猫とパンダがこっちを見下ろして、それはそれはもう楽しそうな感じの笑みを浮かべている。


 見なかったことにしよう―――ミカエル君何も知らないの。


 とりあえず個室の中を覗く不届き者共を視界からシャットアウトするため、ピンクのシャンプーハットを頭にかぶる。


 うわぁ懐かしい、シャンプーハットなんて幼児の頃以来だ。しかも転生前。


 シャーッ、とカーテンの開く音。ぎょっとして後ろを振り向くと、モニカとリーファがニヤニヤしながら個室の中に突入してきやがった。


「ちょっ!?」


「モニカさん!? リーファさんまで何を!?」


「あたしもミカの髪洗うー!」


「じゃあワタシ背中流すネ!」


「バカバカバカ、1人用の個室に4人も入らな……むぐー!?」


 そりゃあ強引に4人も入ればねぇ、もみくちゃにされるよねぇ。


 タオル越しに胸やら太腿やらを押し付けてくる美少女3人にもみくちゃにされながら、ミカエル君は人生初の走馬灯を見た。


 排水溝に流れていくお湯に鼻血が混じったのは、そのすぐ後の事だった。













 豪快で重々しい汽笛の音が、レンタルホームを揺るがした。


 駅員が手旗信号で、発車許可を伝達してくる。今ならばミリアンスク駅にやってくる列車も、そして通過を試みる特急もないという合図だ。この街を旅立つならば今しかない。


 濛々と黒煙を吹き上げるAA20がゆっくりと動き出し、連結された車両たちもその後に続く。先ほどまでは静止していたレンタルホームの風景が左から右へと流れ始め、やがてそれはミリアンスクの街並みを写した巨大なスクロールと化した。


 新たに連結された2両の車両の重さすら意に介さず、機関車はどんどん加速していく。


 やがてミリアンスク駅が遠ざかり、防壁とグラスドームで覆われたベラシア地方最大の都市、ミリアンスクの防壁が迫ってきた。


 厚さにして10mくらいはあるであろう防壁の門を潜り、列車はついに防壁の外へ。


《―――えー、乗客の皆様にお知らせします。当列車はアレーサ行き、アレーサ行きでございます》


 相変わらず調子のいい男だ……。


 これから俺たちがまず最初に向かうのは、俺の生まれ故郷であり、クラリスと出会いを果たした街―――キリウ。


 目的は里帰りなどではない。そこでクラリスの秘密を探るためだ。


 あのダンジョンに眠っている彼女の秘密は、決して好ましいものではないだろう。クラリスと”例の組織”の繋がりは、前々から薄々勘付いていた事だ。その答え合わせのために、俺たちは再び過去と向き合う事になる。


 その後はアレーサを経由し、イライナ地方東部の大都市を通ってノヴォシア地方へ向かう。


 これが俺たちの、旅の第二章。


 きっとそれは、楽しい事ばかりではないだろうけど。


 でも―――今はもう、1人じゃない。


 仲間たちもいる。安心して背中を預け合い、助け合う事の出来る仲間たちが。


 だから……だからきっと。


 どんな苦難だって乗り越えられる筈だと―――そう信じている。


「さあ行こう、クラリス」


「はい、ご主人様」


 過去と向き合い―――それに打ち勝つための旅は、こうして始まった。






 第十四章『大都市、ミリアンスク』 完


 第十五章『マカール隊長の事件簿』へ続く



ここまで読んでくださりありがとうございます!

次回はマカール君主役の章になる……予定です、はい!


作者の励みになりますので、ぜひブックマークと、下の方にある【☆☆☆☆☆】を押して評価していただけると非常に嬉しいです。


広告の下より、何卒よろしくお願いいたします……!

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