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逃走 美術館強盗計画









 悪魔とは、強大な力を人間にもたらす代わりに大きな対価を要求してくるものである。













 四肢を切断した挙句、身体を機械化した人間を生体部品として兵器に組み込む。


 これほどまでに倫理観を度外視した冒涜的な行為はないだろう。


 閉じた瞼の裏に……というより、頭の中に直接伝わってくるのはミリアンスクの夜景だ。都市としての規模の割に建物が少ないからなのであろう、その光量は東京のそれと比較するとあまりにも少ない。


 城壁と共に空をも覆うグラスドームのすれすれを飛行しながら、意識を地上へと向けた。スカイゴースト―――X-36の腹に搭載した偵察用の複合ポッド、そこに搭載された複眼状のセンサーが、地上を走行し始める例のバンの姿を捉える。


 アイツら上手くいったんだな、と安堵すると同時に、彼らを追跡せんとするパトカーの車列へと意識を向ける。


 今、俺の意識とスカイゴーストは見事に繋がっていた。


 機械化した四肢に接続したケーブルと、うなじにあるコネクタに装着したプラグを介して、俺の意識はスカイゴーストと一体となっている。脳から発せられる電気信号をダイレクトに拾って、この小型無人機は変幻自在に動いてくれるのだ。


 翼は腕を動かす感覚で、エンジンは足を動かす感覚で。そしてセンサーは目を動かす感覚で、といった具合にだ。


 通常の無人航空機(UAV)とはかなり違った操縦方法だが、この方が合理的ではある。


 普通の航空機であれば、パイロットが『思考し』『操縦桿を動かして』やっと機体が操縦通りに動いてくれる。けれどもこのパイロットと機体を繋ぐ方式であれば、『思考する』だけで機体は動いてくれるのだ。過程を1つ省略できる、というのは迅速な行動を求められる空では特に大きなメリットとなる。


 問題は、これを実現するためにパイロットの身体機械化、および四肢切断が前提という事か。


 ”前の職場”では偶然俺が戦闘で四肢を失った達磨状態で都合が良かった、という事もあってテストヘッドにされた。”博士”からの依頼でデータを取っていた日々は今でも覚えている。


 それで性能が実証され、この技術は実用化された。


 こういう経緯もあって、”前の職場”では傷痍軍人は英雄視され、戦闘で手足を失った彼らも復帰カムバックには積極的だった。


 『大佐、あなたは我々傷痍軍人の希望です』『俺たちもまだ使い物になるという事を教えてくれました』―――手足のない同志が笑顔でそう言っていた姿は、今でも脳裏に焼き付いている。


 ……おっといかんいかん、昔の事を思い出してる場合じゃない。


 複合ポッドのセンサーを動かしてパトカーの台数をスキャン。早くもバンの後方を5台のパトカーがサイレンを鳴らしつつ追っているが、南方の拠点からも更にパトカーが出動したのを確認し、今度は追手ではなく逃走ルートをスキャン。交通量が少なく、先回りしているパトカーが”比較的少ない”ルートをハイライト表示してから、そのデータをシスター・イルゼの元へとアップロードする。


 できる事なら空爆とか機銃掃射で援護したいところだが、このスカイゴーストには武装が搭載されていない。


 それはそうだろう、元はと言えばこのスカイゴースト―――X-36はデータを取るために生産された実験機。サイズは約5.5mしかないのだ。そんな某ミカエル君の如きミニマムサイズの航空機にミサイルやら機銃やら搭載するというのはなかなか無理な話である。偵察用の複合ポッドと燃料タンクで、既にペイロードギリギリなのだ。


 指示が伝わったのだろう、バンが大通りの曲がり角をドリフトしながら曲がっていく。ミリアンスクの閑静な街並みに、パトカーのサイレンとタイヤの擦れるやかましい音が響き渡った。


 美術館への侵入が発覚してしまった以上、プランBで行くしかないだろう。


 プランB―――追手を躱しつつ、共産主義者ボリシェヴィキのアジトに逃げ込んで罪を

奴らに擦り付ける。


 共産主義者ボリシェヴィキも憲兵隊からすればテロリストたるウロボロスを支援し、暴力による変革も辞さない危険思想の持ち主たちだ。目の上のたん瘤だろうし、奴らが資金を調達するために美術館から盗みを働いた、という事にすれば辻褄も合う。


 おまけに俺らは”潜在的な敵”も蹴落とす事が出来て一石二鳥、というわけだ。


 というわけで、盗んだバンを乗り回すミカエル君一同は、その車をアジトに返却するべく彼らの拠点へ向かって爆走している。


 後はただ、空から監視しながら計画が上手くいく事を祈るばかりだ。


 











 なんでこういう時に限ってカーラジオからジャズが聞こえてくるのだろうか。


 演奏者の凄まじい指の動きで奏でられるハイテンポなピアノに激しいトランペットの攻撃的な旋律。時折それを呑み込み、掻き消し、しかし調和しているのは銃声だった。


 後部座席の窓越しに、モニカが弾薬をゴム弾から実弾に変更したLAD機関銃をぶっ放している。


 LAD機関銃の使用弾薬は7.62×25mmトカレフ弾。拳銃弾の中では比較的貫通力が高い部類に分類カテゴライズされていて、その威力は生半可なボディーアーマーですら貫通してしまうほどだ。


 とはいえ、貫通力に優れるといっても拳銃弾は拳銃弾。フルサイズのライフル弾と比較すれば子供のパンチのようなもので、運よくグリルの隙間にでも潜り込まない限り、車のエンジン破壊は期待できない。


 けれども、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」とはよく言ったものだ。モニカが狙っていたパトカーが唐突にグリルから煙を吹いたかと思いきや、急激に速度を落とし始めた。そのまま後続車両を巻き込んで人気のない歩道に乗り上げ、動かなくなってしまう。


「どんなもんよ!」


 ぐっ、とこっちに親指を立てるモニカ。ナイス、と彼女の戦果を称えながら、ミカエル君も負けじとMP5Kでパトカーのタイヤやらエンジンやらを狙う。


 伸縮式のストックを装着したMP5Kから放たれた弾丸が舗装された車道を穿つ。グリル周りから火花が見えるという事は当たっているのだろうが、何しろ(クラリスの暴走に近い乱暴な運転で)揺れる車の助手席から身を乗り出しての射撃だから、精密に狙えるわけがない。


 それに加えて、バンのサスペンションも随分と酷いものだった。よほど性能が悪いのだろう、ちょっとした段差に乗り上げる度に、まるでヘビー級ボクサーの本気のボディブローでも喰らったように下から激しく突き上げられてしまう。


 気を抜いたらそのまま車外に放り出されてしまいそうだ。


 コッキングレバーを引いてから弾切れになったマガジンを外してダンプポーチへと収め、チェストリグから予備のマガジンを引っ張り出す。膝を曲げて身体を車のピラーのところに引っ掛けて安定させつつ、マガジンを装着。コッキングレバーを上から叩き落すようにして前進させ射撃を再開する。


 その時だった。


「ご主人様、前方!」


「ぅぇ?」


 すっげえ間抜けな声と共に前を振り向くと、3台のパトカーが横っ腹をこっちに晒しながら、車体でバリケードを作っているところだった。


 こちらに敢えて車体をぶつけさせ、勢いを削ぐつもりなのだろう。車体の影からはマスケットを構えた憲兵たちが居て、銃口をこっちに向けながら何やら警告を発している。


『止まれ! 止まらないと撃つぞ!』


「あぁ゛!? やってみろよぉ!!」


 前方のパトカーのバリケードに向かって数発発砲―――しようと思ったところで、何を考えたかクラリスさんがアクセルを思い切り踏み込みました。


 ちょ、ちょ、クラリスさん?


 慌てて助手席に潜り込んだ次の瞬間だった。


 ゴシャアッ、と車の車体がひしゃげる音がして―――バリケードの真ん中にいたパトカーが、どういうわけかスピンしながら宙を舞っていた。


 バンのグリルガードやフロントバンパー周りを覆うように搭載された、廃品で造られたドーザーブレードだ。そんなものを搭載したバンに高速で突っ込まれたものだから、横っ腹を晒していたパトカーはあっさりと”すくい上げられて”しまったのだ。


 なんだろう……幼少の頃、捕まえたカブトムシ同士で相撲を取らせていた時の事を思い出す。やたらとでっかいカブトムシを捕まえたものだから、近所の友達が捕まえたカブトムシとの相撲でそいつは負け知らずだった。


 あれがスケール大きくなるとこんな感じになるのかな……などと考えている間に、スピンしていたパトカーは石畳の上に激しく打ち付けられ、廃車確定レベルに粉砕されてしまう。


 幸い憲兵さんたちは無事だ。激突する直前に何とかアクション映画級のダイブで躱していたらしい。


 更に前方から突っ込んでくるパトカーが2台。正面からぶつけてこちらを強引に停車させるつもりのようだが……しかしここで、またしてもバンのエンジンが甲高い唸りを上げる。


 まさかね、とクラリスの方を見た。


 クラリスさんは笑顔だった。


 それはそれはもう、無邪気な子供が面白い遊びを見つけた時のような、これからやろうとしている行為を楽しみにしているような……というか、新たな快楽に目覚めたような笑みでございました。


 なんか怖い、と思った次の瞬間には、真正面から突っ込んできたパトカーが宙を舞っていた。


 そりゃあジャンプ台みたいな絶妙な角度で設置されたドーザーブレード付きのバンに真正面からぶつかればそうもなるだろう。スピンしながらかッ飛んでいったパトカーが、サイドミラーの向こうで派手に着地。フロントバンパーとかグリルを滅茶苦茶にしながら外灯を2、3本くらいへし折って、広場にあった噴水の縁に激突してやっと止まった。


 しかしそんな彼女の楽しみも、目的地が見えてきた事で終わりを告げる。


 共産主義者ボリシェヴィキのアジトだ。スラムの近くにある、元々は自動車修理工場だったであろう建物。


 バンが盗まれすっかり寂しくなったそこに、パヴェル・タクヤノヴィッチ・リキノフ27歳既婚者の手によって魔改造されたバンがドリフトしながら突っ込んだ。正面入り口が格子状の門で塞がれていてもなんのその、速度の乗ったバンはもう止まらない。錆び付いた粗末な格子を吹き飛ばして停車してしまう。


 そのまま俺たちは車を降りた。騒ぎを聞きつけた共産主義者ボリシェヴィキたちが、何事かと建物から出てくる。


「ガサ入れだ、ガサ入れだ!!」


「みんな構えて、憲兵が来るわよ!」


 俺とモニカがそう叫ぶと、共産主義者ボリシェヴィキたちもやっと事態を悟った。もちろん、間違った方向に。


「同志諸君、憲兵が来るぞ!」


「くそ、もう俺たちを潰しに来やがった!」


「同志レーニンの理想実現のために!」


 ちょっと嘘をついただけでこれである。


 ヒートアップした共産主義者(左翼連中)がついに憲兵隊に発砲し始めた。追っていたバンがアジトに突入し、更にアジトに潜伏していた共産主義者ボリシェヴィキが憲兵隊に先制攻撃を仕掛けたものだから、憲兵たちもそっちに応戦し始める。


 瞬く間に後方からは怒声に罵声、銃声が轟き始めた。


 こうなれば、憲兵隊はこう考えるだろう。「懐事情の厳しい共産主義者ボリシェヴィキが、資金調達のため美術館を襲い絵画を奪った」と。


 これで容疑は彼らに完全に向いたわけだ。


 両陣営が銃撃戦を繰り広げている間に、俺たちはそそくさとアジトの裏手にある塀を飛び越えた。


 狭い路地を通り抜けた先に、でっかいピックアップトラックが停まっている。オリーブドラブ、ブラウン、デザートカラーの3色で塗装された、ウッドランド迷彩のヴェロキラプター6×6。


 荷台にはブローニングM2の代わりにスペアタイヤが積まれていて、傍から見れば単なるオフロードカーにしか見えない。


 運転席でハンドルを握っているのはリーファだった。


晩上好こんばんわ。お宝盗めたネ?」


「そりゃあもう、クラリスがばっちりやってくれたよ」


「ふんす!」


 誇らしげに胸を張るクラリス。コンバットシャツの上からでも分かるほど大きな胸がぶるん、と揺れ、モニカの目が虚ろになる。


 やめたげて、見せつけるのやめたげて。


 一応言っておくけど、モニカは貧乳ってわけではない。実際にスリーサイズ測った事あるから分かるけど、モニカはCカップ。全然貧乳ではないのだ。むしろFカップのリーファとかGカップのクラリスとかIカップのイルゼとか、巨乳山脈と比較されてしまうせいで相対的に貧乳扱いされているだけである。


 むしろモニカはお尻とか太腿とかそっちが……あ、いえ、何でもないです。


 助手席に座ってシートベルトを締めると、リーファはゆっくりとヴェロキラプター6×6を走らせ始めた。俺の記憶が正しければリーファも免許を持ってない筈だけど、しかしクラリスと比較するとかなーり安全運転なので安心できる。


 窓の外からは、まだドンパチやり合う憲兵と共産主義者ボリシェヴィキの銃声が聞こえてきた。


 とにかくこれで強盗は完了。後はクライアントからの入金を確認し、絵画をパヴェルが引き渡してくれるだろう。


 何気なく、カーラジオをつけた。


 さっきまで激しい曲調のジャズが流れていたそれは、いつの間にかラブソングに変わっていた。





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