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『飛竜の恵み』を求めて


 月が高く昇った。


 星を散りばめた夜空の中、満月が銀色の光を放っている。


 日本では『月には兎がいて餅をついている』なんて言い伝えがあったけれど、ノヴォシアでは違う。ノヴォシアでは『月には昔、地上で破壊の限りを尽くした大蛇が幽閉されていて、許しを請いながらああやって月を這い回っている』という言い伝えがあって、幼少期ミカエル君も母さんからそのお伽噺を聞かされたものだ。


 そんな蛇のような影(実際は表面を流れていた水の跡だそうだが)を抱いた月を見上げ、バンに乗り込んだ。共産主義者から奪ったバンには既に改造が施されていて、グリルガードの代わりに巨大なドーザーブレードが搭載されている。さすがに稼働は出来ないようだけど、こんなものと猛スピードで正面衝突しようものならば、パトカー程度ならば”すくい上げられて”しまうだろう。


 車道が少なく、パトカーに道を塞がれる事を想定した正面突破用の装備だ。


 車内に乗り込み、座席に用意してあった装備をチェックする。


 暗視ゴーグルのようなものが装着されたヘッドギアを装着し、その暗視ゴーグルを装着してみる。上部にあるスイッチを押してみると、キューン、と甲高い音と共に視界が灰色に染まった。


 魔力検出用の『魔導ゴーグル』だ。今回の強盗で結界を可視化するためにパヴェルが用意してくれた即席の装備品であるが、即席というよりはどこかのメーカーが高い金をかけて作った代物のように見えてならない。


 やはり潤沢な資金があると違うなと思いつつ、カーラジオをかけた。


 流れてくるのはジャズだった。パヴェルが好きそうな、激しい曲調のジャズ。静かに月を見上げていたいような夜には少々ミスマッチである。


 運転席に座ったクラリスがバンを走らせ始めた。


 逃走時、憲兵隊とドンパチやる羽目になった時のために、そして罪を共産主義者ボリシェヴィキに擦り付けるために、車の塗装もナンバープレートもそのままだ。


 暗くなり、街灯が静かに照らす夜道を走ること5分ほど。美術館の近くにある小さな建物の前でバンは停まり、俺はそこで車を降りた。


「それじゃ、ここでお別れだ。うまくやってくれよ」


「はい。ご主人様もお気をつけて」


 ぐっ、と親指を立て、建物の中へと入る。もちろん入り口のドアは施錠されていたので、工具ホルダーから取り出した道具を使ってピッキングで解錠。キリウの屋敷とかスラムの施錠された場所に入るために、幼少の頃から我流で学んだピッキング技術がこんなところで役に立つとは思わなかった。


 ピッキングに使った道具を、太腿に巻いている工具収納用のホルダーに収めて建物の中へ。


 さて、ここでベラシア地方にのみ存在する変わった法律を紹介しようと思う。


 自然保護法だかなんだかそんな感じの名前の第何条だっけかに、『自然の残る静かな景観を守るよう努力しなければならない』という条文がある。それの解釈によると、自然が豊富なベラシア地方の景観を乱すような建造物は極力建ててはいけない、という事になるようだ。


 建物だけではなく、それは電柱も例外ではない。


 ベラシアに来た時から感じていた違和感の正体の一つだ。この法律があるから、ベラシアには”電柱も電線もない”。


 ではどうやって各地に電気を送っているのかというと、答えは至って単純明快。地中に送電用のケーブルを埋没させ、地中を伝って各地に電力を送っているのである。


 そしてそれをメンテナンスするため、一定間隔でこうした地下へと続くメンテナンス用の通路とその入り口が用意されている。


 最初は美術館内部にある電源ボックスを狙う計画だったが、度重なる偵察と計画の修正でそれは難しいと判断され、美術館に最も近い送電ケーブルを狙う作戦に変更となった。


 地下へと続く階段を降り、施錠されたドアを再びピッキングでこじ開けて奥へ。


 整備用のキャットウォークの向こうに、大小さまざまなケーブルが並ぶ壁面が見えてくる。やがてそれは葉脈状に広がって、ベラシア各地に電力を供給しているようだった。


 その中から『Й-65』と記載されたケーブルを探し出し、呼吸を整える。


 これだ、この送電ケーブルが美術館へ電力を供給しているやつだ。


 仲間たちが突入の準備を整えたら、俺がこれに最大出力の電撃を流してケーブルを焼き切り、電気系統の異常を装ってやればいい。そうすれば近隣の警備兵が点検にやってくる筈だ。


 そして復旧までの間、美術館の内部は非常電源に切り替わり、余計な電力の消耗を防ぐため結界もノーマルモードからセーフモードに切り替わる。


 さて、復旧のための手順は割と簡単だ。一旦こっち側への送電を止めてもらい、その間に焼き切れた送電ケーブルを交換するだけである。


 という事はこの辺に予備のケーブルとか置いてあったりするのかなー、とか思いながら、工具の入ったロッカーを物色。案の定、交換用の部品だとか工具一式が収まっていて、異常発生時には迅速な交換ができるようになっていた。


 おいおい駄目じゃないか、と思いながら予備のケーブルと工具一式をダッフルバッグへ。これも売り払えば金になるし、復旧用の予備部品と工具がないとなれば他の場所から取ってくる必要もあるだろう。それで時間を稼げる。


 金になりそうなものをダッフルバッグに収め、仲間たちからの指示を待つ。


 そろそろ車が美術館に到着する頃だが……。













《いいか、お前らに持たせたダッフルバッグはケブラー繊維でできている。おまけに中にはセラミックプレートも挿入されている……まあ、要するに簡易的なボディアーマーみたいなもんだ》


 無線機越しにそう言うパヴェルさんの声を聴きながら、美術館のすぐ外に車を停めました。


 ライトを消し、エンジンも切ります。盗品を収めるためのダッフルバッグを抱えて外に出ると、夜の静寂が何とも不気味でした。


《仮に警備兵にバレて銃撃戦になっても、マスケットの銃弾くらいならそのダッフルバッグが防いでくれる。パヴェルさんお手製の防弾ダッフルバッグだからな》


「それは頼もしいですわね」


 JS9mmを手に、正門側へと回り込みます。装填されているのはパヴェルさんが用意してくれた特注の9mm麻酔弾。ライフル用の大型麻酔弾と比較して即効性には遅れが生じますが、それでも人間を眠りの世界へ誘うには十分な効果があるそうです。


 セレクターレバーをセミオート(貴重な麻酔弾とサプレッサーの消耗防止のためです)に切り替えて、クラリスはモニカさんと一緒に銃を構えます。アイコンタクトでタイミングを合わせて引き金を引くと、正門の前で直立不動で警備していた兵士の首筋にぶっ刺さった麻酔弾が血管へと麻酔薬を送り込んで、あっさりと彼らを眠らせてしまいました。


 素早く移動し、眠りに落ちた警備兵を最寄りのゴミ箱の中へ(ごめんなさい、中身は生ゴミですわ)。悪臭の中で寝息を立てる羽目になった彼らですが、この麻酔薬は少なくとも2時間は絶対に目を覚まさないそうです。


 さて、警備兵を排除したところで、ご主人様に頑張っていただきましょう。


「”バウンサー”より”グオツリー”、位置につきました」


『了解……待ってろ、今仕事にかかる』


 ご主人様の今回の役目は、クラリスたちが美術館へ容易に突入できるよう、セキュリティシステムを弱体化させる―――そのために送電ケーブルを焼き切り、美術館内の電力を非常電源に切り替えさせる事。そうする事で結界の数は一気に減少し、探知方法も『心拍数の急上昇』から『結界に触れた物を検出する』方式へと切り替わるのです。


 突入準備を整えつつ待つこと1分。


 パッ、と美術館内部についていた電気が消え、仄かに赤い光が燈りました。間違いありません、非常電源に切り替わった証拠です。


『よし、突入してくれ』


「了解ですわ」


「え、グオツリーの仕事これで終わり?」


『そんな事言うなよ”バレット”、こっちだってしんどいんだ』


 それはそうでしょう。


 電気部品には、想定している電流というものが決まっているそうです。それを超える電流が流れると回路やケーブルが焼き切れてしまいます。


 美術館へと電力を送るケーブルを焼き切るほどの電撃を発しなければならいわけですから、ご主人様がどれだけの魔力を消費したのかは想像に難くありません。


 ゆっくり休んでくださいませ、とご主人様にお伝えしてから、クラリスたちは美術館へと突入しました。


《”ララバイ”より各員へ。美術館内部の電源が予備電源に切り替わりました。残った結界に注意してください》


「了解ですわ」


『それと……予備のケーブルと工具を盗んでおいた。少しは時間が稼げる』


「やるじゃん。後でもふもふしてあげる」


「ゆっくり休まれよ、ミカ……ゲフン、グオツリー」


『ありがとよ”ブレイド”』


 強盗中、本名ではなく”タックネーム”で呼ぶのには重要な意味があります。


 万一通信を傍受された際に、身元が特定されてしまうのを防ぐためです。クラリスたちは悪人にのみ的を絞って強盗をしていますが、それでも法に触れている事に変わりはありません。だから当局の捜査から少しでも遠ざかるために、これは必要な事なのです。


 少し活動可能時間が伸びたとはいえ、時間が短い事に変わりはありません。一気に突入して絵画を盗み、離脱するのが一番です。


 もしそうならない場合は……正面突破しかないでしょう。


《フィクサーより各員、俺は偵察機を飛ばす準備に入る。以後の指示は”ララバイ”から受けるように》


「了解ですわ」


《ララバイより各員へ。非常電源に切り替わっている間、絵画に仕込まれているセンサーは機能しなくなります。この間に絵画の奪取を急いでください》


 あの絵画にも、仕掛けがあると聞いています。


 絵画の盗難を防ぐために額縁を覆っている金属製のフレーム。それは壁にボルトで留められているのですが、そのボルトの穴にもセンサーが用意されていて、ボルトが外れると警報を発する仕組みになっているというのです。


 それが、非常電源で稼働している間は機能しなくなる―――言い方を変えれば、非常電源から通常電源に切り替わった瞬間に作動、絵画の盗難が警備兵たちにも露見するという事。


 厄介ですが、それも想定内。とにかく絵画を盗む事が出来ればいいのです。発見されたらされたで、プランBに切り替えればいいだけの事ですから。


 真っ暗な正面玄関から堂々と内部へ進入。ランタンの灯りが見えたので、クラリスは咄嗟にそちらへ銃を向けました。


 ですがそうなるよりも先に―――『面頬めんぼお』と呼ばれる東洋のマスクで顔の鼻から下を覆い、闇に溶け込むかのような紺色の袴を身に纏った1人のサムライが、刀を翻し、その峰で警備兵を打ち据えてしまいました。


 がくんっ、と身体を揺らし、倒れていく警備兵。音を立てないようにそっと横たえさせたサムライ―――範三さん、タックネーム『ブレイド』は、気を失った警備兵に「安心せい、峰打ちでござる」と言いながら刀を収めます。


 なんとも素早い……。


「死んでないですわよね?」


「……うむ、生きておる」


 念のため脈をチェック。大丈夫、ちゃんと生きています。


 峰打ちとはいえ、金属の塊で相手を打ち据えるわけですから、当たり所が悪かったり加減を間違えたりすると普通に死人が出ます。相手を殺さずに無力化出来たあたり、範三さんの練度の高さが良く分かるというものです。


 さて……時間もありません、急ぎましょう。


 目的の絵画は2階にあるのですから。













 『X-36』という試作航空機がある。


 アメリカが冷戦の終結後に開発、テスト飛行を行った小型の機体だ。これで色々とデータを取ったりしていたらしい。


 転生者の端末(俺の場合はミカみたいにメニュー画面から召喚するのではなく、スマホみたいな端末を操作して召喚を行う方式だ)で生産したX-36をベースに、偵察用の機材を色々と搭載した無人機だ。


 操縦は俺の部屋に用意した操縦用の設備で行う。


 垂直尾翼はなく、主翼と尾翼のみ。機種の形状はアメリカの傑作ステルス機として名高いF-22に近い形状となっている。


 ヴェロキラプター6×6を一旦召喚している兵器のリストから削除して、空いたスペースに用意したそれを、格納庫のエレベーターに乗せて屋根の上へと送り出す。


 通常、こういう航空機の発進には長い滑走路が必要になるが、もちろん列車にそんな設備はない。周りの空き地を使おうにもでこぼこしていて、航空機の発進に使うにはいくらなんでも環境が悪すぎる。


 エレベーターが上がり始めたのを確認し、一旦自分の部屋に戻った。ベッドの反対側にある機械の椅子に腰を下ろし、椅子から突き出たプラグをうなじにあるソケットに差し込んだ。軽い痛みが頭に走ると同時に、視界が自分の目から伝達されるものではなく―――『X-36』のキャノピーに搭載されたカメラからの映像に切り替わる。


 以前に戦車を操縦した時にも使用した『Rシステム』の応用だ。無人機と俺の神経を直結し、思考で無人機を飛ばすというイカレた操縦機構。まあ、これを考えて形にしたのは俺ではなく”博士”なんだが。


 神経接続が正常である事を確認し、射出用のカタパルトの点火シークエンスを開始。カウントダウンがゼロになると同時に、無線機に向かって告げた。


「―――X-36、”スカイゴースト”出撃する!」


 炸薬が起爆し、X-36がカタパルトから異世界の空へと送り出された。


 



強盗時のタックネーム


ミカエル→グオツリー(中国語でハクビシンを意味する『果子狸』の中国語読み)

クラリス→バウンサー(用心棒)

モニカ→バレット(弾丸)

イルゼ→ララバイ(子守歌)

リーファ→ターシィオン(『大熊』の中国語読み)

範三→ブレイド(刃)



パヴェル→フィクサー(黒幕)

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