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車両調達 美術館強盗計画


 調べたところによると、ベラシアには様々な自然を保護する法律がありました。


 ベラシア地方は遥か昔から今なお残る原生林が多く残る地域。それ故に太古からの生態系も良好な状態で保存されていて、他の地域では絶滅してしまった動物や魔物がこの地域では生き延びている、という事例も非常に多く報告されているとの事です。


 そういった豊かな自然環境を後世に遺すため、特にベラシア地方には地域の開発及び再開発に関する厳しい制限が設けられているのだそうです。


 それが古い都市の再開発を妨げ、車の普及にブレーキをかけている要因なのではないでしょうか―――そう思いながら、数少ないミリアンスクの車道にヴェロキラプター6×6を走らせます。


 ミカエルさんの言っていた通り、対向車や後続車に乗っているのはどれも身なりの良い富裕層と思われる人々でした。道を歩く人々や、路地の入口で力なくぐったりと座り込んでいる人たちとは明らかに身に纏う服装が違うし、表情も笑みが多いように思えました。


 そんな彼らに視線を向けられるヴェロキラプター6×6。普及している他の車よりも明らかに大きく、4人乗れる上に荷台まであるこの要塞みたいな車両は、街を軽く走らせるだけで注目の的です。今のノヴォシアにこんな大きな車はトラックやバス以外にありませんから。


 ”ウッドランド”と呼ばれる迷彩に、血盟旅団のエンブレム。そんなに注目を集めてしまう車だからこそ、ギルドの宣伝には丁度いい―――パヴェルさんの読みは当たっているように思えます。


 けれども私たちの目的は、ギルドの宣伝ではありません。


 美術館から目的の絵画を奪った後、どうやって逃げるのか―――その逃走ルートの下見をしなければならないのです。


 助手席で地図を見ていた範三さんの案内に従って、とにかく安全運転で車道を走ります。


 ちなみに私、ちゃんと運転免許を持っています。村でシスターをやっていた頃、合間を見てザリンツィクの教習所に通って教習を受けていたのです。聞いた話だと、クラリスさんは免許を持っていないのだとか……無免許運転は非常に危険ですので、皆さんは絶対真似しないでくださいね。


「イルゼ殿、次の信号を左だ」


「わかりました」


「……しかし、ノヴォシアは進んでいるな。某の故郷に車なんてものはなかった」


「あら、範三さんの故郷は確か倭国の……」


「南部藩にござる」


 ナンブ藩は、倭国の東北地方に位置する場所だと聞きました。平穏で山が多く、農村が広がっている地域であると言います。範三さんの故郷もそんな農村の一つで、マガツノヅチに襲撃され壊滅するまでは平和な場所だったという事です。


「車がなかったという事は、やっぱり馬車ですか?」


「馬車というよりは馬だな。荷馬車は走っておったが、人を乗せて走る馬車はあまり見なかった……それ以前に、遠出をするのは武士ばかりで、農民はせいぜい隣村に行く程度でござった」


「そうだったんですね」


「うむ……車など、ノヴォシアに渡ってからしか見た事がござらん。一体どんな原理でこんな鋼鉄の箱が走っているのか見当もつかぬ……あ、イルゼ殿。次の信号を右だ」


「あっはい」


 赤信号だったので、ブレーキをかけて一旦止まりました。横断歩道を渡っていく子供たちに笑顔で手を振ると、これからどこかに遊びに行くところだったのか、ボールを抱えた子供たちも元気に手を振り返してくれます。


 ハンドルを握って待っていると、範三さんがぽつりと言いました。


「……ミカエル殿も、なかなか過酷な過去があったと聞いた」


「……」


「庶子として生まれ、存在そのものを”なかったもの”として扱われる……そんな仕打ちを受ければ、実家への恨みも募るであろう。人の道を踏み外し、畜生の道へ堕ちていてもおかしくない。されどミカエル殿があんなにも優しいのは、きっと周りの人々に支えられたからなのであろうな」


「どうしてそう思うのです?」


「目が綺麗だからだ」


 そう言っている間に、信号が青に変わりました。


 アクセルを踏み込んで、ウインカーを出しながらゆっくりと右へ。


 ダッシュボードの上に取り付けられたカメラがしっかりと動作している事は確認済み。録画した映像を後で検証し、このルートで本当に逃走に使えるかどうかを議論するためなのだそうです。


 ちなみに音声までは録音されないので、この話の内容が仲間の耳に入る事はありません。


「誠に心が荒んでおれば、目もまた濁る。そういうものだ」


「……東洋の方というのは、変わった見方をするのですね」


「はっはっはっ、それはそうであろう。住んでいる国が違えば文化も違い、抱く価値観もまた違う。そこまで違えば物事の見方もまた違ってくるものよ」


 やはり、そういうものなのでしょうか。


 綺麗な目……。


 私の村で、亡くなった人たちのためにミカエルさんが祈ってくれた時の事を思い出します。


 あの人は、他人の悲しみが分かる人なのでしょう。


 確かにあの時、祈ってくれている時のミカエルさんの目は綺麗でした。


 アクセルを踏み込み、前へ。


 あんなに遠かったミリアンスクの防壁は、もうすぐ近くまで迫っていました。













 共産主義者ボリシェヴィキがどういう連中なのか、あたしはよく知らない。


 今は亡きお父様は、「危険な連中だ」と言っていた……それだけは、よく覚えている。


 全ての人間に平等を―――彼らが掲げるスローガンは、確かに崇高な響きがある。全ての人間が平等に富を享受できるならば、それはきっと素晴らしい世界になる筈だから。


 富める者はいなくなるが、同時に貧しい者もいなくなる。


 けれどもそれは、今の帝国に大きな混乱をもたらす事になるのは、あたしの頭でも分かる。全ては皇帝陛下ツァーリが決める事で、帝国臣民はそれに従う。それが当たり前。


 全てを平等にするという事は、帝国の頂点に君臨する皇帝陛下ツァーリをも消し去るという事。


 それだけじゃない。


 平等を謳う彼らは、時に暴力的手段に訴える。反帝国組織や、ウロボロスみたいな連中を支援して帝国を混乱に陥れる。自分たちの理想を実現するために、暴力的手段を行使する事も厭わない。


 果たして、そんな連中にまともな国が作れるのかしらね?


 あたしには無理だと思うけど。


 パスッ、と空気が抜けるような音がして、アジトの外を巡回していた見張りの兵士が倒れた。ここは人目につかない貧民街スラムのすぐ近くだから、目撃者はいない。


 すぐに倒れた兵士に駆け寄って、そっと引き摺って行く。左肩に食い込んだ麻酔ダートはしっかり聞いているようで、被弾した兵士はすやすやと気持ち良さそうな寝息を立てている。


 イライナハーブと怪しげな薬品を調合してパヴェルが作った麻酔薬は、即効性がある。おまけに動物ですらすぐ眠りに落ちてしまうほどの効果があるけれど、今使ったのは希釈した対人用麻酔薬。さすがに動物や魔物に使う濃度で使ったら死者が出てしまうわ。


 引き摺った兵士をその辺のゴミ箱の中(ごめんなさい中身生ゴミだわ)に放り込んで、今しがた射撃に使ったウェルロッドのボルトを引いた。この鉄パイプにグリップと引き金を取り付けたような簡素極まりない拳銃は、一発撃つごとに手動でコッキングしなければならないところがめんどくさいなって思うけれど、これが本当に銃なのかと疑いたくなるほど静かな得物だった。


 銃と言えばうるさくて、真っ白な煙が出るイメージがあるけれど、これはその限りじゃない。どこまでも静かで、まるで東洋の”ニンジャ”を思わせる。


 共産主義者ボリシェヴィキの拠点には、赤い旗が掲げられていた。彼らはこれを”革命の色”と呼んでいるみたい。けれども私には血の色にしか見えない―――暴虐の色、血染めの色。禍々しい災厄の色にしか思えない。


 それとも革命というのはそういうものなのかしら。


 敷地内に入ると、2名の兵士が背中にマスケットを背負い、談笑しているところだった。軍隊みたいな規律がある組織というよりは、武器を持った民間人の集まりといった感じで、身に着けている服装も制服の類ではなく私服である事が分かる。


 背負っている銃も、よく見るとバラバラだった。騎士団から横流ししたか密造したと思われるイライナ・マスケットもあるし、外国製の小銃を背負っている兵士もいる。装備に統一感はなく、資金繰りに苦労している事が彼らの装備から垣間見えた。


 次の瞬間、談笑していた2人の警備兵の傍らに、ジョンファの民族衣装に身を包んだ1人の獣人が舞い降りる。白い頭髪の中から伸びる黒いケモミミ―――ジョンファに生息しているパンダを思わせる、というかパンダの獣人そのものだった。


 2人の警備兵が侵入者に気付くよりも先に、とん、と素早い手刀が2人の首筋に吸い込まれる。素早く、キレがあって、それでいて過剰な威力はない静かな一撃。それをまともに受けた警備兵はあっさりと昏倒して、地面の上に崩れ落ちてしまう。


 こっちに向かって親指を立てるリーファに同じく親指を立てて返答し、あたしはそっと建物の窓(開きっ放しだったんだけど防犯意識低すぎよね?)から建物の中に入り込んだ。車を盗むのは良いけれど、鍵がなければ話にならない。


 窓から入ると、中で本を読んでいた兵士と目が合った。


「うわぁ!?」


「にゃ、にゃーお♪」


 おじゃまするニャ。


 とりあえず可愛い声で挨拶すれば許してくれるかなと思ったけれど、そんな事はなかった。慌てた兵士が傍らにある棘付きの棍棒に手を伸ばす素振りを見せたから、あたしは半ば反射的にウェルロッドの引き金を引いて、麻酔ダートを彼の眉間に撃ち込んだ。


 トスッ、と食い込んだ麻酔ダートから麻酔薬が血管に入り込んで、被弾した兵士が崩れ落ちる。


 さーて鍵は……ああ、これね。


 壁にあったキーボックスから鍵を拝借して、再び窓から外に出た。


 まだ? とでも言いたげな顔で待っているリーファに苦笑いを返し、鍵を開けて車に乗り込む。黒く塗装されたバンの左右には赤い星が描かれていて、一目で共産主義者ボリシェヴィキの車である事が分かる秀逸な塗装だった。


 キーを差し込んで捻り、エンジンをかける。シフトレバーを操作して半クラの感触を思い出していると、エンジン音で気付いたのか、アジトの二階の窓から顔を出した警備兵がなにやら喚いているのが見えた。


 けれどももう遅い。バンはあたしがアクセルを踏み込むと同時に急発進して、アジトの敷地を飛び出していたのだから。


 後ろから銃声が聞こえてくるけれど、まあ当たらないでしょう。


「コレで逃走用の車用意できたネ」


「問題は美術館ねぇ……あ、リーファ。案内お願い」


「はいはい……次左ヨ」


 言われた通りにハンドルを切り、少し小さめの道路へ。まともに確認もせずに飛び出してきた対向車がクラクションを鳴らしてきたので、あたしはとびっきりの笑顔を浮かべながら思い切り中指を立ててやった。


 うん、パヴェルの言う通りね。イラっときたらとりあえず中指、これで何とかなるわ。


 踏切を渡って市街地の中心部に近付いていくと、やがて古びたガレージのようなものが見えてくる。シャッターのところには落書きがされていて、当局もこんなところまできて落書きを消すつもりがないところを見ると、本当に人目につかないところなんだという事が良く分かる。


 エンジンの音で気付いたのか、シャッターが開いた。


 中からオリーブドラブのコンバットパンツに黒いタンクトップ姿のパヴェルが出てきて、ここに停めろ、と手で合図している。


 言われた通りに車を停め、エンジンを切ってから降りた。


「おー、お疲れ」


「楽勝だったわ!」


「んじゃあ車はここに隠しておこう。俺が定期的に見張りに来る」


「お願い」


「さて、次はミカたちだな……まあいい、列車に戻ろう。乗れよ」


 彼の後についていくと、ガレージの反対側にバイクが停まっていた。オリーブドラブで、燃料タンクの左右に白い星が描かれている。


 それに跨ったパヴェルの後ろにあたしが、そして何故か機関銃が搭載されているサイドカーにリーファが乗るや、パヴェルはバイクのエンジンをかけ、列車に向かってバイクを走らせた。


 これでとりあえず、逃走用の車両は手に入った。逃走ルートもシスター・イルゼと範三のコンビが下見の最中……後は美術館に潜入しているミカとクラリスの2人が、有益な情報を持ち帰ってきてくれることに期待するしかない。


 頼んだわよ、ミカ、クラリス……。





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