ブリーフィング 美術館強盗計画
『強盗はビジネスになる』―――そんなとんでもない事を言い出したのは、他でもないパヴェル自身だった。
銃で人を脅し、金を奪っていく強盗たち。法治国家だろうが何だろうが決して許される行いではないが、しかし相手が悪人ならば話は別。少なくとも俺はそう思っているわけで、今までにも既に何度か強盗は経験している。
一番最近だとバートリー家の一件の時だろうか。
強盗をビジネスにするという前代未聞の計画が立ち上がったのは、それよりも少し前からだ。
クライアントからの依頼を受けて強盗を実行、盗品をクライアントに渡し、俺たちはクライアントの用意した金か、盗品の内のいくらかを分け前として頂く。そういう”裏稼業”をビジネスにしていこうという彼の発案には驚かされたが、まさか本当にクライアントからの依頼が舞い込んでくるとは思わなかった。
夕食を終え、デザートのプリンをみんなで食べ終えてから、”裏稼業”に直接関わるわけではないノンナとルカの2人を除いた血盟旅団の全メンバーがブリーフィングルームに集められた。
照明を落とした暗い部屋の中、中央にあるテーブルの中心、そこに埋め込まれたレンズから生じた蒼い光が、空中に立体映像を映し出す。血盟旅団のエンブレムである”剣を咥えたドラゴン”が翼を広げるアニメーションが再生された後、映像にある建物と、1枚の絵画が映し出された。
「さて、今回の裏稼業だが……依頼主は”テレシュコヴァ”とかいう没落貴族のお嬢様だ」
没落貴族、と聞くと実家を思い出す。かつては災厄の竜、”ズメイ”を打ち払いイライナを救った救国の英雄イリヤーの一族ではあったものの、時代の経過と共に権力を失っていったリガロフ家。ヒトは一度味わった権力の味を忘れる事が出来ず、再び過去の栄光を取り戻そうと躍起になる。
ウチのクソ親父が良い例だ。エカテリーナ姉さんの一件で、少しは懲りたのかもしれないが……。
立体映像に映っているのはおそらく、今回の目標となる盗品と、それが保管されている建物だろう。クライアントの名前はパヴェルから知らされたが、しかし顔までは知らされていない。
法を犯すのだから当たり前の事だ。依頼主も実行犯も、お互いに顔を知らない方が後々便利である。それにあくまでこれは今回限りの関係。お互いの事をそこまで詳しく知る必要はなく、盗む人間と金を払う人間、それだけの関係で良いのだ。
おそらくだが、この依頼もパヴェルと依頼主が直接接触したわけではないのだろう。第三者を経由しての依頼だったのか、それとも暗号のようなものを使ってやりとりをしていたのか、はたまたパヴェルの後ろ盾となっている人脈を駆使してのビジネスなのかは定かじゃあない。
ただ確実に言えるのは、パヴェルも、そして依頼主も、お互いの顔すら知らないという事だけだ。
「”ミリアンスク中央美術館”に展示されている絵画、【飛竜の恵み】を盗み出してほしいというのが今回の依頼だ。どうもこの絵画、貴族であり画家でもあった依頼主の祖先が描いた家宝だったそうでな、その見事な出来栄えから帝国中の貴族が喉から手が出るほど欲しがったのだそうだ」
立体映像に表示されていた絵画がズームアップされる。
そこには貴族の屋敷に立つ少女が、窓の外に佇む飛竜へと手を差し伸べる様子が精巧に描かれている。確かに色使いといい構図といい、素晴らしいというのは俺にも分かる。こういう絵画に興味がある人には確かに需要があるのかもしれない。
「で、依頼主の家宝がなんで美術館に?」
「依頼主の実家から政敵が騙し取っていったんだそうだ。んで、その政敵が美術館の経営者らしい……一応は俺たちの理念に合致した依頼だとは思うが、どうするね」
そう言いながら、パヴェルは仲間たちを見渡した。
血盟旅団の理念―――”強盗ではあれど義賊であれ”。
貧しい者、弱い者からは決して奪わない。奪う相手は常に悪党である。これが、仲間たちとの間で取り決めたギルドにおける”裏稼業”の理念だった。
そしてその事は、マガツノヅチの件で加入した範三にも説明してある。
一緒に旅をしないかと誘っておきながら、一緒に強盗しようぜというのはあまりにもアレな話だし、第一曲がった事を嫌う範三の理解も得られないだろう。だから加入してから少し落ち着いたところで、理念も含めて話は通してある。
ただの賊ではなく義賊であるという事で、気難しい性格の彼も納得してくれた。彼の掲げる誇りのためにも、道を極度に踏み外すような真似はしたくないものである。
ちらりと範三の方を見ると、彼は腕を組んだまま立体映像を睨みつけていた。
「家宝を騙し取るとは、なんと卑劣な……全員叩き斬ってくれようぞ」
「待て待て、俺たちの本業は”盗み”だ。”殺し”じゃない」
「むう……ミカエル殿がそう言うなら」
範三にはブレーキ役が必要なようだ。
で、どうする? とパヴェルが問いかけてくる。
あくまでも依頼されただけで、これを受けるか受けないかはまだ決めていないのだろう。あくまでもパヴェルは情報や依頼を集め、これならいいだろう、という案件を情報の山の中からピックアップしてくれているだけだ。
引き受けるか、否か。
それは仲間と話し合って然るべきだろう。
「この依頼、受けるかどうか―――ギルドメンバー全員の総意を聞きたい」
「俺は受けるべきだと思う」
「クラリスもそう思いますわ」
「あたしも」
「ええ、私も」
「ワタシも賛成ネ。お金いっぱい貰えるヨ」
「―――某も受けるべきだと思う」
「……即決だな。分かった、じゃあ依頼主には受けるという返事をしておく」
にやりと笑いながら葉巻を取り出し、12.7×99mmNATO弾の空薬莢を改造して作ったトレンチライターで火をつけるパヴェル。煙を吐き出してから、彼は立体映像を操作して映像を切り替えた。
「美術館の警備を担当しているのは憲兵ではなく、ここを経営する貴族”マクシム・アレクサンドロヴィッチ・ガルロフ”の私兵部隊だ。調べたところ、資産に物を言わせてなかなかいい装備をそろえているらしい」
一体どこから撮影したものなのか、美術館を警備する警備兵の姿が収められた写真に切り替わる。
紺色を基調とし、赤いラインがアクセントとして栄える制服に身を包んだ警備兵たちの姿が映し出された。腰にはノヴォシアの伝統的なサーベルの一種であるシャシュカを提げ、一緒にペッパーボックス・ピストルのホルスターも装備している。背中に背負っているのはマスケットだろうか。
中には棍棒やバルディッシュを装備した警備兵もいて、美術館を警備するにしては随分と重装備である印象を受けた。
「パヴェル、お前俺たちがこの依頼を受けると分かっててここまで調べたな?」
「はて、何の事かな」
とぼけながら携帯灰皿に葉巻の灰を落とすパヴェル。
やっぱりこいつにはお見通しってわけか。
まあいい……依頼を受けると決まったら、まずは下調べだ。
進行役のパヴェルに向かって頷くと、彼は「まあ、大まかな計画ならばもう立ててある」と言いながら映像を切り替えた。
おそらくだが、空中からドローンで撮影した映像なのだろう。美術館を中心とした空からの映像が立体映像に投影された。
「街を見てきた奴らは何となく察していると思うが、ベラシアは自動車の普及率がそんなに高くない。自動車の数も、そしてそのための車道も少ない……」
確かにそうだ。
こうして空からミリアンスクの街を見てみると、その異様さが一目瞭然である。車道が毛細血管の如く張り巡らされている他の大都市と異なり、ベラシアの都市はそれほど車道の数があるわけではないのだ。
「理由はな、環境保護のために再開発とかが厳しく規制されているからなんだそうだ。だから歩道とか建物を潰して車道を作る、なんて事も簡単には出来ず、法律に雁字搦めになっている間に他の地方の都市に近代化で後れを取った……その結果がこれだそうだ」
「なるほど……」
キリウやザリンツィクのように、高い建物が密集しているわけでもない。
アンカーシューターでの逃走も考えたし、出来ない事もないのだろうが、こうも建物の間の間隔が空いているとアンカーシューターでの逃走ルートも限られてきそうだ。幸い、歩道にも広い場所はあって頑張れば車で逃げられそうな感じではあるが……。
「逃げる時大変じゃない? どうするの、走って逃げる?」
「いや、車で走れそうな道はあるから大丈夫だ……作戦も考えてある」
「作戦?」
モニカがネコミミをぴょこんと立てながら問いかけると、立体映像がどんどんズームアップされていった。
防壁に囲まれたミリアンスクの市街地の北方、貧相な建物が連なるスラムと思われる地域だ。その一角に他とは違う、赤い旗が掲げられた建物がある。
もしかして―――そう思いながらパヴェルの方を見ると、彼はニヤリと笑いながら説明を始めた。
「なんともまあ都合の良い事に、スラム付近に共産主義者のアジトがあるんだなぁこれが」
「それと逃走手段の何が関係あるのよ?」
映像が更にズームアップされ、アジトの中庭に停車されているバンがハイライト表示された。
「はい、こちらに都合よく車が用意されております」
「「「「「あー」」」」」
いつもの手段。
親の顔より見た作戦である。
共産主義者から車を奪い、それを逃走車両とする。そうすればこっちは逃げるための”足”が用意できるうえに、強盗の容疑を共産主義者に被せる事が出来る。こっちは金が手に入り、ついでに邪魔な連中を潰す事も出来て一石二鳥というわけだ。
「逃走ルートとか車両を隠す場所については後で考えよう。とりあえず”足”はこれで目星がついたが、美術館内部の警備状況とか、その辺が良く分からん。ここはちょっと偵察が必要になるな……」
そう言い、パヴェルは立体映像のスイッチを切った。部屋の明かりをつけ、壁面に用意してあるホワイトボードに強盗実行前にやるべき事を次々に書き込んでいく。
「まずは車両の確保及び逃走ルートの下見、そして美術館の警備状況の偵察だ……優先順位としては美術館の内部の状況を優先してほしい。これによって逃走ルートも変わってくる」
セキュリティがガチガチで、侵入を検出するなりすぐ憲兵がすっ飛んでくるような仕組みであればスピード勝負になる。電撃的に攻め込んで目当ての絵画を奪い、電撃的に逃走する……もしセキュリティに穴があったり、相手に検知されずに盗めるならばもうちょっと余裕ができるとは思うのだが。
いずれにせよ、美術館内部にどういうセキュリティシステムがあるのか、そして目当ての絵画がどこに展示されているのか、これが分からなければ作戦の立てようがない。
「メンバーも増えてきたし、役割を分担して進めないか?」
「ああ、その方が早そうだな」
強盗に参加するのは俺、クラリス、モニカ、イルゼ、パヴェル、リーファ、範三の7人。この人数であれば2、3人を1組として3つのチームに分ける事が出来そうだ。
あるいは誰か1人を残し、列車で指揮を執ってもらうか。
「よーし……じゃあミカとクラリスが美術館の内部調査でモニカとリーファが逃走車両の調達、イルゼと範三は逃走ルートの下見を頼む。俺はここで指揮を執りながら、逃走車両の保管とか改造を請け負う。これでいいか」
「まあいいさ」
「あたしも」
「うむ、良かろう」
さて、と。
久しぶりの強盗だ。
腕が鳴る……というわけではないが、ちょっと緊張してきた。
「あのさ」
「ええと……サイズはぴったりですわね」
「そうじゃなくて」
「では次はコルセットを」
「話聞いて」
美術館への潜入となると、ハードル自体はそれほど高いわけではない。
屋敷への潜入とは違って一般開放された施設だから、とりあえず入場料(悪党に金を払うのは癪だが)さえ支払えば中に入ること自体は容易い。清掃員に変装したり、あるいはこっそり潜入したりといった苦労がない分気楽ですらある。
貴族が経営する美術館という事もあり、想定しているであろう客層は富裕層だ。だから裕福な家から来ましたよ的な感じの雰囲気を装っておくのは正しいと言える。
問題はそんな事ではなく、何で俺に用意されたのが男用の服ではなく女用の服なのか、という事だ。しかも子供用である。
白と黒を基調としたドレスに、真っ白なフリルで縁取られた黒いミニハットをちょこんと乗せた姿は、ハクビシンの獣人である事を除けばまあ、裕福な家で育った女の子というようにも見える。
うん顔が良い。さすがミカエル君―――いやいやそうじゃなくて。
「男用のは無かったのか」
「こちらの方が可愛いですわ」
「……ソーデスカ」
そう言いながら細かいところを手直ししていくクラリス。彼女が身に纏うのはいつものメイド服ではなく、白と蒼を基調としたドレス姿だ。竜人の特徴である角は、白い百合の華を飾った大きな帽子で上手い事隠している。
着替えが終わったところで外に出ると、スマホをパシャパシャと鳴らしながら写真を撮りまくるモニカの隣で、パヴェルがウォッカを飲みながらガハハと大声で笑った。
「いいねえ、似合ってるぞミカ」
「はいはいそーですね」
「そうだな……よし、【父親不在の間にこっそり美術館に来た親子】って設定にしよう。クラリス、お前は母親役だ。ミカを自分の娘だと思って可愛がってやれよ」
「わかりましたわ」
なんだろう、クラリスの笑みから欲望が溢れているように思えるのは気のせいではないと思う。
「ミカもちゃんとクラリスの事をママって呼ぶんだぞ」
「俺ら顔似てないだろ」
「パパに似たって事にすりゃあいいのさ。さあ行ってこい」
なんだかなぁ。
モニカがスマホで写真を撮りまくる音に見送られ、列車の外に出た。
それにしたって……ドレスって歩きづらいのねぇ……。




