探索、ゲレニア村跡地
冒険者管理局の役割は、冒険者への依頼の仲介やダンジョンの管理、および宿泊施設などの提供など多岐に渡る。
しかし冒険者の私物の管理などまでは行っておらず、貴重品は冒険者自身が守らなければならない―――少なくともノヴォシアの冒険者では、それが常識である。
盗んだ方が悪いのは言うまでもないが、ノヴォシアでは”盗まれる方も悪い”のだ。
通気用のダクトの金網から下を覗き込み、虎の獣人の男はにんまりと笑みを浮かべた。
ゲレニア村跡地付近に設けられた冒険者向けの車庫。車用の駐車場や列車用の簡易ホーム、そして簡易的な宿泊施設がセットとなった大きな建物の内部に、目当てのものは佇んでいる。
モスグリーン、ブラウン、ダークグリーンの3色で彩られた、奇妙な斑模様。おそらくは周囲の風景に溶け込むための塗装なのだろうが、そのような模様を列車に施すなど聞いた事がない。
それよりも異様なのが、その車体の上に乗っている砲塔だった。
武装した列車、というのは珍しいものではない。冒険者が保有する列車は当たり前のように武装しているし、民間の列車も道中で野盗や魔物に襲われた時のためにガトリング砲を搭載している姿はよく見かける。
しかし―――金網の向こうにある簡易ホームに停車しているその列車の武装はどうか。
装甲艦に搭載している主砲のように大きな単装砲が1門、ででんと上に乗っているではないか。
まるで他国でも占領しに行くかのような重装備のその列車は、この車庫へとやってきたその時から注目の的だった。あんな重装備の列車など騎士団の装甲列車でもなかなか存在しない……それも先進的な技術が使われているというのは、一目見るだけで分かる。
特に、ダンジョンでの前文明の遺産を発掘する作業が長ければ、その技術がより先進的なものであるか否か、ある程度自分で鑑定できるようになるというものだ。
血盟旅団のメンバーが全員、既に列車を留守にしているのも確認している。
(いくぞ)
小声で仲間に合図した虎の獣人は、金網を外して車庫の中へと静かに降り立った。
車庫のゲートは閉鎖されており、列車のハッチにも簡単だが施錠が施されているのが分かる。が、この程度の施錠を解除するなどお手の物だ。いったい今まで、どれだけの数の鍵穴が彼のピッキング技術の前に敗れ去っていったか数えきれない。
「こいつはすげえ」
「ああ。こいつは売れば大金になる」
血盟旅団の列車―――機関車の前に連結され、作戦行動時は分離しての単独行動が可能な警戒車を見上げながら、虎の獣人やその仲間たちはそう口にした。
これだけの大きな大砲だ、その威力も艦砲射撃に比肩するほどであろう。こういった火力を欲する冒険者もいるだろうし、貴族もコレクション目的に手を伸ばそうとするであろう。買い手はいくらでもいる。その中から一番高値を付けた買い手に売り渡せば、懐に入ってくるのは常軌を逸した額の札束たちだ。
こんな先進的な技術の塊を、こんなところに放置していく彼らが悪いのだ―――東洋には”出る杭は打たれる”という言葉もある。たかが東洋の龍とガノンバルドを倒した程度で調子に乗っている新参者には、これくらいお灸を据えて然るべきであろう。
(調子に乗り過ぎたのさ、血盟旅団は)
「にしても兄貴、なんだよこの装甲」
「綺麗な装甲だな……」
「変わった形の砲塔だ……上に乗ってるのはガトリング砲か?」
「いや、銃身が1つしかないぞ。どうなってるんだコレは」
「とりあえずとっとと奪っちまおう。鍵さえ開ければ―――」
針金を取り出し、ロックのかかったハッチに歩み寄ったその時だった。
コツ、コツ、コツ。
物音一つしなかった簡易ホームの中に響く足音に、虎の獣人とその仲間たちは一斉に警戒態勢に入る。針金をポケットの中に戻すや、すぐさまナイフを引き抜いて音の聞こえた方向へと意識を向けた虎の獣人たち。やがて彼らの前に姿を現したのは、漆黒のスーツに身を包み、雪のように白く長い頭髪が特徴的な、ホッキョクオオカミの獣人だった。
身に包んでいるスーツは男性用のもののようだ。しかし体格と顔つきから、その人物は女性である事が分かる。いわゆる男装の麗人、というやつなのであろう。男性用のスーツだろうと着こなしてしまう凛とした女性の手の中には、どういうわけか赤子がいた。
口におしゃぶりを咥え、すやすやと寝息を立てているハイイロオオカミの赤子。そんな赤子を見守る女性の口には、育児中の女性であれば自重するべき煙草がある。
「何だよお前、血盟旅団の仲間か?」
女性は何も応えない。
煙草を咥えたまま、すやすやと寝息を立てる赤子を静かに見守り続けるのみだ。相手にすらされていない―――そう思った途端、相手の異質さを疑う冷静な心は、あっという間に苛立ちの荒波に呑まれてしまった。
「この女……!」
「兄貴、やっちまいましょう」
「列車を頂くついでにこの女も貰っちまいましょうぜ。見た感じなかなかいい女じゃないですかい」
「ああ、今夜のオモチャにしてやるとするか」
生意気な女には”教育”が必要だ―――そう思いながら踏み込もうとした虎の獣人は、今になってやっと気付いた。
―――足が、動かない。
動け、とどれだけ頭で命じても、しかし足はいう事を聞く気配がないのだ。まるで自分の身体ではなくなってしまったかのように……力すら入らない。
動かないのは、足だけではなかった。
腕も、首も、全く動かない。
相手の威圧感に呑まれた、というわけではない。圧倒的な力を持つ相手と相対した時、その威圧感に呑まれればすぐに本能で理解するものだ。この相手には勝てない、と。
しかしこの女にはそれがない。威圧感もなければ、戦おうという意志すら感じない。
では、これは何なのか。
「たわけ」
あざ笑うかのように、ホッキョクオオカミの女は吐き捨てた。
「欲に釣られてやってくる者ほど、視野というものは狭くなる」
ついに立っている事も出来ず、虎の獣人は―――そして彼の仲間たちも皆、堅い床の上に倒れ伏す。
相手から戦う力を完全に奪ったと判断したホッキョクオオカミの女―――スミカは、やれやれといった表情で頭を掻いた。
(パヴェルの奴、この私を留守番代わりにするとは)
”教団”の序列3位たるスミカは、本来はこのような仕事をする女ではない。教団の最高戦力の一角として、もっと大物を狙うべく闇で暗躍して然るべきである。
しかしこれも、長い付き合いのパヴェルの頼みとあっては仕方がない。
「ぶー、あうーっ」
「ん、起こしてしまったか」
目を覚まし、小さな手を伸ばし始める赤子―――グレイル。
血の繋がりこそないが、それでも我が子と思って育ててきたグレイルに対しての愛着は、本当の母親にも引けを取らないという自負がある。
そろそろミルクの時間か、と思いながら、スミカは静かに左手の指を動かした。
(本来ならば殺しているところだが……パヴェルからは”殺すな”と言われているのでな)
休憩用のベンチに腰を下ろし、ポーチから哺乳瓶を取り出したスミカは思う。
あの男―――パヴェルも変わったものだ、と。
リューポルド社製のドットサイト、LCOのレティクルの向こうにゴブリンの姿が映る。引き金を引くと5.56mm弾に眉間を撃ち抜かれ、人間の子供よりちょっと小さな人影が倒れる。
ゴブリンは正直、発見次第殺すべき魔物だと思う。
別に人類と生活圏が重ならないならばそれでいい。山奥なりジャングルの奥地なり、辺境なり秘境なりでひっそりと暮らしてくれるならば別に何とも思わない。けれどもそうやっているのはゴブリンの約半数くらいのもので、残りの半数のゴブリンはというと、食用、あるいは種の繁殖用にと獣人を求めて人里に降りてきたり、こうして冒険者を待ち構えるためにダンジョンを徘徊したりしている。
意思疎通も出来ない以上、相手と対話する余地は無い。発見次第射殺、これしかない―――キュートで寛大なミカエル君がここまで割り切るのだからよっぽどの事だ。脳内でいつもお昼寝している二頭身ミカエル君ズも全会一致でゴブリン殲滅を可決している。
Eランクダンジョンというわけあって、魔物の数もそれほど多くない。
今のところ、群れからはぐれたと思われるゴブリンの散発的な襲撃があるのみ。大挙して押し寄せてくるとかそういう事もなく、しっかり索敵し確実に潰していけば、別に怖い相手でもない。
ルカの練習にはうってつけである。
パンッ、とルカのAK-102が吼えた。仕留めた動物の骨で作ったのだろう、粗末な棍棒を片手に、腰に毛皮を巻いた原始人のような風貌のゴブリンが、その銃声に驚いてこちらを睨む。
外した―――レティクル越しに目が合ったあのだろう、ルカの顔が怯えたような表情になる。
「大丈夫だ、落ち着け」
彼にそう言い聞かせ、ゴブリンの足を撃った。
命中したのは脛の辺りだ。バギャッ、と枝のように細い足が折れ、断面から紅い血とピンクの肉が覗く。足を切断されたゴブリンは激痛に喘ぐように鳴きながらじたばたと暴れ、それを見たルカが昼飯を吐き出しそうになっている。
何とか堪え、AK-102を構えるルカ。頭を狙え、と指示を出すと、ルカは訓練通りに引き金を引いた。
パッ、とレティクルの向こうで紅い華が咲く。紅い血の華にピンクの花弁。グロテスクなそれを見たルカが、ついに我慢できずに草むらの中へと昼食を思い切りぶちまけてしまう。
ハンカチを差し出し、水筒の水を少し飲むように言ってから、俺はとりあえず周辺を警戒し続ける。今の銃声やゴブリンの死体が発する血の臭いに引き寄せられて、予想外の大物が寄って来なければいいんだけど。
「ルカ君、大丈夫ですか?」
やっと嘔吐を終えたルカの背中をさすりながらしゃがみ、彼よりも少し低い目線で心配してくれるクラリス。大丈夫、と弱々しい声で応じたルカの視線がクラリスの谷間に釘付けになったのを、ミカエル君は見逃しませんでした。
言わなくても分かると思うけど、クラリスの胸はデカい。Gカップはあるらしい(本人が言ってた)。しかも今は夏場、気温に合わせてクラリスのメイド服も夏仕様となっていて、スカートの丈はちょっと短くなり、全体的に露出がちょっとだけ増えている。
通気性をよくするために胸の辺りが少し、ほんの少しだけ開いたデザインになっているのもあって、まだエロ本のエの字も知らん純粋なルカ君には刺激が強すぎたであろう事は想像に難くない。
まるでおねショタを題材にしたエロ同人の一幕のようだ。
「本当? お顔、赤いですわよ?」
「だ、大丈夫っ、大丈夫だからっ」
「?」
ぷいっ、と顔を背けるルカ。そして彼が逸らした目線の先に回り込んでは「お熱は……無いみたいですわね」とおでこをくっつけて確認するクラリス。そんな距離感がおかしいスキンシップを、しかも身長もおっぱいもでっかい年上のメイドさんにされては年頃のルカ君が平常心でいられるわけがない。
ちょっと泣きそうな顔で、俺に助けを求めるような視線を向けてきた。僕どうすればいいの、とその困ったような顔が訴えている。
気持ちは分かる、2人きりだったらそこからエロ同人みたいな展開を期待してしまう童貞の思考回路はよく分かる。何故ならばミカエル君も現在進行形で童貞、毎日が貞操の危機である。貞操が常にデフコンを発している冷戦状態なのである。
とりあえずルカに親指を立ててお茶を濁していると、廃屋の中を物色していたパヴェルとモニカが戻ってきた。
「どう?」
「いやぁ、やっぱEランクダンジョンだしなぁ……あらかた持って行かれてるわ」
『びっくりするくらい何もないわよ。収穫といえば部屋の隅に落ちてた釘1本だけ』
そう言いながら錆び付いた釘を機甲鎧の指でつまみながら見せてくるモニカ。言っておくが、機甲鎧の操縦、特にああやって物を持つ時の力加減はなかなか難しい……のだそうだ(この辺初号機とは操縦方法が違うので何とも言えない)。
機甲鎧に乗り慣れたモニカの熟練の技を見せつけられたところで、さてどうしようか、と脳内の会議室で二頭身ミカエル君ズの会議が始まる。
じっくり隅々まで探索するべきだという意見と、適当に魔物をルカに討伐させて帰ろうという意見が対立し、二頭身ミカエル君Aと二頭身ミカエル君Bがポコポコ音を立てながら殴り合いを始めてしまう。それをポップコーン片手に観戦する二頭身ミカエル君Cと、お昼寝中の二頭身ミカエル君D。今日もミカエル君の脳内は平和である。
バックパックからパンフレットを取り出して広げ、ゲレニア村跡地のマップを確認。廃村エリアから北上したところに採掘場の跡地があり、スライムの目撃報告はそこに集中している、とされている。
炭鉱の跡地だから、何かいい感じのスクラップくらいは残ってそうだが……。
「とりあえず、炭鉱跡地行く?」
「んー、もうちょいこの辺見てからそっちに行こう」
「分かった」
とりあえず方針を決め、再び警戒を再開。Eランクダンジョンとはいえ油断はできない。少しでも気を抜けば、ゴブリンの手に落ちエロ同人みたいな展開になってしまう。
そういうのは、本当に二次元の中だけにしてほしいもんだ……。




