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突入、ゲレニア村跡地


 この世界におけるダンジョンは、旧人類の遺構の事を差す。


 今から約120年前―――高度な文明を築き上げ、俺たち獣人を生み出した創造主たる旧人類は、突如としてこの世界から姿を消した。その原因は今となってもなお判明しておらず、ただこの世界に残された獣人たちは創造主たる旧人類の文明をそのまま受け継ぎ、今日まで生き延びてきた。


 旧人類が遺した遺構―――研究所や工場といった施設は、今でも世界中に残っている。


 獣人たちはその遺構から、高度な科学文明の一部を回収サルベージして解析、あるいは売却し、今の世界を築き上げた。これが俺たちの住むこの世界の全貌である。


 そして俺たちもまた、これからその旧人類の遺構へと向かっていた。


 ”ゲレニア村跡地”と呼ばれる、Eランクダンジョンである。


 ダンジョンには大きく分けて、ランク分けされた通常のダンジョンと、”フリーダンジョン”と呼ばれるダンジョンがある。ランク付けされているダンジョンは冒険者ランクに対応しており、自分の冒険者ランク以上のダンジョンには入る事は出来ない。


 フリーダンジョンは内部の危険がほぼ取り除かれた安全なダンジョンとされていて、冒険者の資格さえ持っていれば誰でも立ち入ることができる。ただし見習い冒険者は実務経験2年以上の冒険者と同伴である事が求められ、違反すると罰則がある。


 警戒車の運転席の後ろにある座席に座りながらラジオを弄っていると、堅苦しい軍歌やニュース番組の音声が消え、イライナ語で歌うロックが聞こえてきた。


 こんなところでも電波入るんだな、と思いながら、立ち上がって頭上のハッチから身を乗り出す。外に広がるのはベラシア名物の原生林。高層ビル……程ではないが、それに匹敵するサイズの巨大な樹が何本も屹立していて、中には地面から根を露出させているものもある。まるで小人にでもなった気分だ、と思いながら巨人の如き大木を見上げていると、樹の根元を狼たちが走っていくのが見えた。


 狩りの最中なのだろう。彼らの走る先には、食らい付かれまいと必死に逃げる鹿の姿がある。


 食物連鎖だなぁ、と他人事のように考えてしまうけれど、ひとたび居住地の外に出れば俺たち獣人も他人事ではいられない。この世界での食物連射の頂点は人類ではなく魔物、あるいは竜たちなのだ。


 俺たちが今走っているのはゲレニア村跡地へと伸びる線路だ。旧人類たちの時代、ゲレニア村は付近に良質な鉄鉱石を産出する鉱山が存在した事から、炭鉱夫たちの拠点として栄えた場所だと聞いている。


 そこで採掘した鉄鉱石を列車に乗せ、ミリアンスクに運ぶのだ。


 俺たちが今走っているこの線路も、大昔は鉄鉱石を満載した貨物列車が往来を繰り返していた専用の路線。しかし旧人類の消失と共に使われる事は無くなり、今ではダンジョンへと向かう冒険者たちが使用している。


 形式上は廃線となっている路線だけど、ベラシアの鉄道会社が帝国から委託されて保全管理を行っているらしい。だからなのだろう、レールを固定するボルトの中には真新しいものもあり、とても廃線となった線路とは思えない。


 そろそろかな、と地図を見ていると、警戒車が原生林を抜けた。


 錆び付いた鉄橋を渡り、対岸へと向かう。


 今通過した川はヨルマン川だ。この上流にあるダムの地下にもまた、危険なダンジョンが存在するという。しかしそっちはBランクダンジョンに指定されているそうで、ガノンバルド討伐で飛び級した俺たちはまだしも、見習いのルカにはかなりキツい。


 見習いが同伴する場合、冒険者には見習いの安全を守るという義務も発生するので、見習い同伴の場合は極力身の丈に合った仕事を選ぶのが鉄則である……いやこれ本当にマジの話だ。まだ冒険者始めて1年経つくらいだけど、この業界背伸びしても何も良い事がない。


 やがて、線路の向こうに看板が見えてきた。この先危険地帯、冒険者以外は引き返せ―――標準ノヴォシア語に加えベラシア語でも表記された看板には、血まみれになった髑髏のイラストが描かれている。


 看板の向こうには車両基地のようなものが見えた。廃村になったゲレニア村のものにしてはやけに真新しいが、それもそのはず、このダンジョンを訪れる冒険者向けの車庫として管理局が用意してくれたものだ。1階には列車や車を停めておくための簡易ホームや駐車場が、2階には食堂と簡単な宿泊施設があるらしい。


 ダンジョンに向かう冒険者の目的は、前文明の遺産を回収サルベージして一攫千金を目指す事。そういう事もあってダンジョン調査での廃品回収スカベンジングは長丁場になりやすく、中には一週間くらいダンジョンから返って来ないツワモノもいるのだとか。


 そういや前、雑誌で『衝撃! ダンジョンに住む冒険者!』という見出しで特集組んでたけど、ついにはダンジョンに住み始める冒険者まで現れたらしい。なんでも、その冒険者には妻と娘がいて、アレーサの郊外の家で帰りを待ってるのだとか。オイ頼むから帰ってやれ。


 とりあえず、俺たちは良い感じのところで引き上げる予定だ。今回は資材の回収とルカに経験を積ませることが目的で、そこまでガチで廃品回収スカベンジングしに来たわけではないのだから。


 誘導員の誘導に従って車庫に警戒車を進めていくと、突如として現れた重武装の列車の出現に、周囲に居た冒険者たちの視線がこっちへと向けられる。


 他の冒険者が所有する列車もあるけれど、武装はガトリング砲程度。中には貨車を改造して大砲を搭載している列車も見受けられるけれど、しかし巨大な滑腔砲を、しかも旋回可能な砲塔に搭載した装甲列車はどうやら俺たちだけらしい。注目されるのも頷ける。


「うお、何だアレ」


「でっか……」


「デッッッッッッッッッ」


「おい、あれどこのギルドの列車だ?」


「俺知ってるぞ、血盟旅団だ」


「血盟旅団?」


「知らないのか、ガノンバルドだけじゃなく東洋のエンシェントドラゴンまで討伐したっていう新興ギルドだよ」


「何だそりゃ、大物じゃねーか」


 そんな声が周囲から聞こえてきて恥ずかしくなる。


 あれはみんなの戦果だし、マガツノヅチを討伐できたのは範三やしゃもじたちの活躍があってこそだ。


 やがて警戒車が車庫の奥で停車するや、運転席側面にあるハッチを開けて外に出た。


「ようこそゲレニア村へ。冒険者の方ですね」


 簡易ホームには既に、紺色のズボンと灰色のワイシャツに身を包んだ管理局の職員が立っていた。自衛用なのだろうか、腰にはシャシュカと6連発のペッパーボックス・ピストルがある。


「ええ」


「お手数ですが、バッジを見せていただいても?」


「どうぞ」


 上着の襟にあったバッジを外して手渡すと、管理局の職員はそれを裏返す。白銀のバッジの裏には製造番号シリアルナンバーが刻まれていて、それを照会すればいつ発行されたバッジなのかが分かるのだそうだ。


「はい、結構でございます」


「どうも」


「では次はそちらの方、お願いします」


「はい」


 列車から続々と降りてきた仲間たちが次々に冒険者バッジを提示して、ゲレニア村というダンジョンに挑むに足る冒険者である事を証明していく。


 パヴェルのバッジを提示した時、管理局の職員は酷く驚いたような顔をしていた。それもそのはず、彼だけは血盟旅団のメンバーの中で唯一のSランク冒険者。明らかにこんなEランクダンジョンへとやってくる人物ではない。


 まあ、実務経験2年以上という条件を満たすのが彼以外に居なかったのでその……ね、その辺は勘弁していただきたい。


 最後はルカだ。


 発行されたばかりのブロンズカラーのバッジを確認した職員は、笑みを浮かべながらそれをルカへと返した。


「頑張ってね」


「は、はい!」


「ご協力ありがとうございます、確認が取れました。ダンジョンへの立ち入りを許可します」


「どうも」


「車庫の2階には簡易宿泊施設と食堂もございます。長期の調査の際はぜひご利用ください」


 そう言い残し、職員は踵を返して別のホームへと向かっていった。ああやってここを訪れた冒険者の身分を確認し、上にある施設の案内をするのが彼の仕事なのだろう。


 いつ魔物に襲われるかも分からないダンジョンの一歩前でそんな業務を年中無休でやるのだ。冒険者のサポートが業務内容とはいえ、管理局の職員たちには脱帽である。下手したら冒険者より肝が据わってるんじゃあないか、と思いながら後ろ姿を見送っている間に、モニカがそそくさと警戒車の格納庫へ入っていった。


 車のエンジン音にも似た音が響いて、格納庫のハッチから鋼鉄の歩兵が姿を現す。


 機甲鎧パワードメイル2号機だ。俺以外のメンバー全員が使えるように調整してあるが、実質的にはモニカ専用機となっている。ちなみにあれは2代目で、初代はガノンバルド戦で大破している。


 腰だめで構えているのはドイツの誇る汎用機関銃、MG3。機甲鎧パワードメイルの指が太く干渉するので、トリガーガードを切除してある専用モデルだ。


 背面にはガソリンと圧縮空気を満載したタンクが、そして肩のウェポンラックにはソ連のLPO-50火炎放射器がセットされている。


 何でそんな物騒なものを持ってきたんだ、と思うかもしれないが、答えは単純明快。『スライムが出現するから』である。


 ゲレニア村に出現する魔物はいたって普通の連中だが、その中にスライムの目撃例が多数確認されたのである。一応物理攻撃で対処可能な相手(”核”にあたる部位を破壊すれば死滅する)ではあるのだが、一番ベストなのは熱による攻撃であるとされている。


 武器の準備も終え、警戒車の施錠と車庫のゲートをロックしてから仲間たちと一緒に車庫の外に出た。


「なあパヴェル、列車を留守にしちゃっていいのか?」


「いいんだよ」


 ルカが言うと、パヴェルは警戒車の方を振り向いて手を振った。


 いつの間にか、俺たちの警戒車が停車している簡易ホームのベンチに、白髪の女性が座っていたのである。スーツ姿で頭からは狼のケモミミが伸びている。ホッキョクオオカミの獣人なのだろうか。


 よく見ると、腕に赤子を抱いているのが分かる。


「あの人は?」


「知り合いのベビーシッターさ」


 パヴェルには、俺たちの知り得ない豊富な人脈がある。


 強盗の時に行っていた資金洗浄マネーロンダリングも、そんな彼の決してシロとはいえない人脈を駆使したものだったのだろう。


 まあ確かに、俺たちが不在の間に勝手に列車を盗まれたり、解析でもされたら面倒な事になる。誰かが残って見張ってくれるのはありがたい事だ。


 いや、そんな事よりもさ……。


 なんか、周囲からめっちゃ見られてる。


 まあ、そりゃあ背中にエンジンを背負い、銃にしては巨大な重火器を満載した鎧を従えた俺たちはさぞ他の冒険者からしたら特異な存在に映った事だろう。周囲からはざわざわと、こっちを見ながら話をする冒険者たちの声が聞こえてくる。


「何だよアレ」


「背中にエンジン背負ってんのか」


「どんな技術使ってるんだ」


 機甲鎧パワードメイルの大本は、”例の組織”が運用していた技術だ。それをこの世界の技術水準に合わせてダウングレードしたものを鹵獲、解析し少数生産したのが、俺たちの運用する機甲鎧パワードメイルである。


 そりゃあオーバーテクノロジーとも言えるだろう。


 なんか目立ってしまうのもアレだが、こうして力を誇示しておくことも重要な事だ。俺たちにはこれだけの武力があるんだぞ、と力をちらつかせて威圧しておくことで、他のギルドから喧嘩を売られる可能性を減らせる―――まあつまりは抑止力になる。


 ダンジョン内は冒険者同士の成果の奪い合い。レアな廃品スクラップを巡って冒険者同士の血で血を洗う凄惨な争いが繰り広げられる事も珍しくなく、こちらが望んでいなくても相手から仕掛けてくる事も多い。


 そういうケースを未然に防止するためにも、力の誇示は必要なのである。


 だからミカエル君は”目立ちたくないから本気は隠しておく”という事はしない。まあ、時と場合にもよるけれど、こういう時はギルドの戦力を誇示しておくのが一番だろう。


 列車の守りをベビーシッターの人(あの人本当に誰なんだろう……?)に任せ、車庫を出た。


 看板の案内に従って歩くこと2分、ゲレニア村跡地のゲートが見えてくる。


 ゲートには、内側を向いた状態で設置されたガトリング砲が配置されている。前進せず、後退してくる冒険者を撃つためのガトリング砲……などという督戦隊のような運用のためではない。ダンジョン内から外へ出て来ようとしている魔物を射殺するためのものだ。


 警戒業務にあたる管理局職員に会釈し、息を吐いた。


「……各員、安全装置セーフティ解除」


 パヴェルの指示に従い、AK-19の機関部レシーバー右側面にあるレバーを最上段から下段、つまりはセミオートに切り替える。


 ちらりとルカの様子を見てみるけれど、やっぱり緊張しているようだった。AK-102を握る手は小さく震え、セレクターを切り替えようとする指が上手く動いていない。


 やはり怖いのだろう―――冒険者の活躍に憧れ、いつかは自分もと意気込んでいる時は楽しいかもしれないし、期待に胸を躍らせている間は幸せかもしれない。しかし冒険者は死と隣り合わせの過酷な仕事だ。期待と現実の乖離を認識した瞬間、ヒトはふるいにかけられる。


 大丈夫だ、と優しく言いながら、ルカの手を包み込んだ。


 彼に力を貸し、銃の安全装置を確かに解除する。


「……ルカ、俺たちから離れるな」


「う、うん」


 ルカの初陣。


 果たしてどうなる事か。




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