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いざダンジョンへ


「オーライ、オーライ」


 機甲鎧パワードメイル4号機に搭載された大型クレーンが稼働し、アームで吊るした巨大な装填装置をゆっくりと下ろしていく。やがてそれはゆっくりと警戒車に降ろされると、以前まではチハの57mm砲塔が搭載されていた場所へと組み込まれていった。


 パヴェルの手により装甲を切り取られた警戒車に今しがた組み込まれたのは、円形のフレームだ。実際はあのフレームの上に砲弾を敷き詰めて自動装填装置として運用するのだ。


 おそらくだが、ウクライナの主力戦車(MBT)『オプロート』の砲塔をあそこに搭載するつもりなのだろう。


 あのような円形に砲弾を敷き詰める方式の自動装填装置は、西側ではまず見られない。西側の戦車の砲弾は装薬と砲弾が一体になっているし、予備の砲弾は乗員の乗り込む区画と完全に隔離されているのだ。被弾したとしても爆風が乗員の乗る区画に及ばないよう、生存性を重視した設計となっている。


 それに対し、東側の戦車は足元に円形に砲弾を敷き詰める方式を選択している。装填の際は砲手が装填する砲弾をその中から選択し、砲弾、装薬の順番に装填するのだ。


 戦車にとって、可能な限り車高を低くするのは設計段階で優先しなければならない要素だ。車高が低ければ低いほど敵から発見される可能性は低くなるし、敵の攻撃に晒されても被弾する確率を抑えられるからである。


 だから西側の戦車が乗員の生存性を重視して多少の妥協を見せたのに対し、東側の戦車は車内のスペースと乗員の生存性に妥協を見せ、このような方式となっている。


 東西で設計思想の違いが見られるのはミリオタとしては面白い点だと言える。


 とはいえ、こんな感じで乗員の足元に砲弾がびっしりと設置されるわけだから、被弾して誘爆したらみんな仲良く吹き飛ぶ羽目になる……実際に湾岸戦争などで破壊されたソ連製の戦車は大破した際に砲塔が吹き飛んでおり、西側の戦車兵たちからは『びっくり箱』なんて揶揄されたのだそうだ。


 ソ連が崩壊し、呪縛から解き放たれて自由になったウクライナの戦車には、そういった東側のスタンダードからの変化が見られる。


 戦車に搭載する砲弾の一部を、西側にならって砲塔後部の弾薬庫に搭載するようになったのだ。とはいえ依然として足元にはびっしりと砲弾&装薬が敷き詰められていて、しばらくは砲弾とは末永いお付き合いになりそうであるが。


 装填装置のフレームが、警戒車の装甲を切り取った部分にしっかりと噛み合っているのを確認したパヴェル。彼が誘導灯を振ると、4号機のコクピットでクレーンアームを操作するシスター・イルゼが、クレーンで吊るしたオプロートの砲塔をゆっくりと降下させ始めた。


 半円形だったり円盤みたいだったりした東側の戦車の砲塔とは雰囲気の異なるウクライナの戦車たち。その中で最も優秀とされるオプロートの砲塔が、ゆっくりと下ろされていき、やがて警戒車の上にドッキングされた。


 既に砲塔の上にはブローニングM2重機関銃がある。


 警戒車の武装をなぜ更新しているかというと、理由は単純明快……火力不足である。


 57mm砲も確かに強力で、太平洋戦争序盤には敵陣地突破に大きく貢献している。が、それと125mm滑腔砲のどちらが優秀かと問われれば、答えは言わなくても分かるだろう。


 戦後70年の間に恐竜的進化を果たした戦車砲だ、破壊力が違う。


 数ある戦車砲の中からウクライナ製の戦車砲が選択された理由は、ウガンスカヤ山脈で鹵獲に成功したBTMP-84の主砲と同じものだからだ。有事の際には装薬と砲弾をそのまま使いまわせる、というのは大きな利点といえる。


 もちろんそれに合わせて、客車の後ろに連結している火砲車の主砲も57mm砲から125mm砲に換装予定だが、今は警戒車が最優先となっている。


 ダンジョンには、この警戒車で向かう予定だからだ。


 Eランクダンジョン―――最も低いランクのダンジョンで、駆け出しの冒険者にはうってつけの場所とされている。ルカの初陣には丁度いいだろう。


 砲塔の接続作業が終わったところで、警戒車側面にある乗り込み口から頭を突っ込んだ。やっぱり砲塔の大型化、そして自動装填装置の組み込みの影響をもろに受けているようで、居住スペースがだいぶ削られている。長期の作戦行動も考慮して仮眠用のベッドは死守されているけれど、居住区はそれでもう一杯だった。


 警戒車の自走用エンジンは自動車用のガソリンエンジンから、オプロートのパワーパックをそのまま流用した事でディーゼルエンジンに更新されているようだ。


 機甲鎧パワードメイル1機の格納スペースは堅持されていて、予備パーツや武装、予備弾薬に燃料の搭載も可能である点は変わらないらしい。


 早くも電気系統の接続作業を終えたらしいツナギ姿のパヴェルが、砲弾の搬入作業に入っているのを見て、俺も彼の手伝いを始めた。バチクソに重い装薬や砲弾を抱えては、砲塔上のハッチから砲塔内の彼に手渡していく。


 砲弾を受け取ったパヴェルが砲弾を自動装填装置にセット。その上に立て掛けるような形で、装薬の収まった筒もセットしていった。


 日本より湿度が低く、空気も乾燥しているとはいえ、今日のミリアンスクの気温は27度。元岩手県民のミカエル君にとっては十分な暑さだ。一応俺はハクビシンの獣人で、ハクビシンは東南アジアとか中国南部、台湾あたりに生息している事もあり暑い気候には慣れている動物の筈だけど、その動物が好む気候よりも前世の暑がりの方が勝ってるってどういう事なんだろうか。


 汗をかきながら砲弾と装薬の搬入作業を終えると、ツナギ姿でタオルを肩にかけたパヴェルが砲塔から出てきた。どうよ、と言わんばかりに笑みを浮かべながらオプロートの砲塔を見下ろす彼に、ぐっ、と親指を立ててみせる。


 元々が貨車(しかも戦車の運搬に使うような、台と車輪がついているだけの運搬車である)だったとは思えない程の威圧的な兵器に仕上がった警戒車。最初は貨車の上に装甲キャビンと運転席を設け、ガソリンエンジンをポン付けしただけの簡単なやつだったんだが、資材や資金に余裕ができた今ではもう軍用の列車と見分けがつかないレベルにまで強化されている。


 ちなみにこのオプロートの砲塔は俺が転生者の能力で召喚したオプロートから砲塔だけ取り外したものだ。車体の方は分解して、鹵獲したBTMP-84の修理用資材として流用する予定である。


「お疲れ様ですわご主人様。飲み物をお持ちしました」


「おお、ありがとうクラリス」


 冷蔵庫でキンキンに冷えたタンプルソーダの瓶を受け取り、片方をパヴェルに渡した。礼を言いながら受け取ったパヴェルは、車内に備え付けてあったガリル(なんでもう置いてあるんだろう)を使って王冠を外し、泡立つそれを口へと運んだ。


 俺は普通に栓抜きを使って王冠を外し、中に収まっている炭酸飲料を口に含んだ。やっぱり夏場は良く冷えた炭酸飲料に限る。特に一仕事終えた後のやつは格別だ。


「出発は午後だな」


 イリヤーの時計の蓋を開けて時刻を確認しながら言うと、パヴェルは頷いた。


 ダンジョンへ向かうメンバーは5名。


 俺、ルカ、パヴェル、クラリス、モニカの5名である。


 パヴェルは見習いのルカのためにも同伴必須だし、クラリスは置いてくと嫌がるので連れて行く事に。彼女の嗅覚や単純な戦闘力は重宝するし、ルカを守るための戦力は多いに越した事はないだろう、という判断から同行させることにした。


 モニカに関しては、機甲鎧パワードメイルの操縦に慣れている事と、たまには思い切り暴れたいという本人からの熱烈なリクエストを受けて同行させる事となった。


 出発前に機甲鎧パワードメイルの搬入もやらなきゃな、と思いながら、喉の奥へとタンプルソーダを流し込んだ。


 出撃の時刻は、着実に迫っていた。













 チェストリグにマガジンを押し込み、ホルスターにMP17を収めてから、廃品回収スカベンジング用のバックパックを背負う。腰の鞘に触媒である慈悲の剣と、作業用や剥ぎ取り用のハンティングナイフを収め、手榴弾を3つと障害物爆破用のC4を2つ、ポーチの中に突っ込んだ。


 部屋を出てルカの部屋を覗き込むと、彼もAK-102のマガジンをチェストリグに収めているところだった。


 緊張しているのだろうか、彼の手は微かに震えている。


「ルカ」


「ああ、ミカ姉」


「大丈夫か?」


「うん、俺は大丈夫」


 まあやっぱり緊張するよな、とは思う。


 キリウの地下で初めてゴブリンと戦った時もそうだった。一歩間違えば最初にやられていたかもしれない、と思った瞬間に襲ってきた身体の震えといったらもう……。


 準備を終えたルカとクラリスを連れ、客車からレンタルホームに降りた。そのまま機関車の前に連結されている警戒車へと向かう。既に警戒車にはパヴェルとモニカがいて、砲塔の上でこっちに向かって手を振っている。


 手を振り返して側面のハッチから乗り込むと、荷物を置いてからクラリスが運転席に座った。車体の左側にオフセットされた運転席のレイアウトは自動車を思わせる。違いはハンドルがなく、代わりにブレーキのレバーがある事くらいだろう。速度調整はアクセルの踏み込み具合とシフトレバーで行う方式になっている。


 砲塔から身を乗り出していたパヴェルが、ヘッドセットのマイクに向かって言った。


『進行方向異常なし。発車オーライ』


「了解、発車します」


 警笛を鳴らしてから、クラリスは運転席側面のレバーを引いた。ガゴン、と重々しい金属音が背後から聞こえてきて、機関車との連結が解除されたことを悟る。


 キーを捻るや、ディーゼルエンジンが目を覚ました。戦車のパワーパックをほぼそのまま流用したエンジンだ、馬力が違う。


 シフトを前進に入れ、アクセルを踏み込むクラリス。重々しい唸り声を発しながら、新たに生まれ変わった警戒車が前進し始める。


 事前に運転計画を立てていたんだけど、今の時間帯であればミリアンスクにやってくる特急は特にない。それに待避所も結構用意されているので、後方から列車が来たら無理をせず待避所でやり過ごす事になるだろう。


『ダンチョさん、聞こえるネ?』


「リーファか、どうした?」


『今日の夕飯、ワタシ作るヨ』


「マジで?」


『ガノンバルドの肉、まだ残ってるネ。牛肉麺ならぬ”竜肉麺”作るかラ楽しみにしてるネ』


 おお、いいねえ……本場の中華料理か。


 4000年の歴史と地層の如く積み上がった文化が詰まった中華料理である、美味さは約束されているのだ。


 今日の夕飯は期待だな、と思いながらクラリスの方を見ると、早くも彼女の口元からはよだれが溢れていた。


 ポケットからハンカチを取り出して口元のよだれを拭い去る。なんだろう、最近はクラリスのよだれを拭い去るのが俺の仕事になりつつある。おかげでポケットの中には最低5枚、ハンカチが入っている。もちろん全部クラリスのよだれ用だ。


 駅のホームがはるか後方に去り、ミリアンスクを囲む防壁の外に出る。運転席の上にあるハッチ(主に警戒車が大破した際の緊急脱出用だ)を開けて身を乗り出した。警戒車は偵察や戦闘用の車両なので、列車の客車みたいに外を眺めるための窓はない。快適性を二の次にした、いかにも軍用車両といった感じの兵器である。


 ハッチから身を乗り出して外を眺めてみると、周囲には広大なジャガイモ畑が広がっていた。ベラシア人にとっての主食とまで言われるジャガイモは、この広大な土地で生み出されている。


 ジャガイモ畑すら後方へ去ると、線路は針葉樹の森の中へと入っていった。


「ご主人様、間もなく列車との通信が途絶します」


「了解だ」


 前世の世界のように、人工衛星が存在するわけではないこの世界。人工衛星に通信を中継してもらう、なーんて芸当は出来ないので、俺たちが運用する兵器や技術も必然的にアナログなものになってしまう。


 無線機だってそうだ。電波を中継する基地もなければ人工衛星もない。だから大本の無線機が置かれている列車から離れると、列車との通信は不可能になる。


 通信可能範囲から抜ける。やはり、仲間に助けを求められなくなるというのには大きな不安が伴うものだ。


 車内へと引っ込んで居住区に行ってみると、ルカがダンジョンについてのパンフレットを読んでいるところだった。彼の手はまだ、少しだけ震えている。


「ルカ、肩の力抜きな」


「う、うん」


「大丈夫、クラリスとパヴェルも来てくれたんだ。怖いものなんてないさ」


「そ、そうだよね……」


 ウチのギルドが誇る最強戦力が2人も来てくれたのだ、戦力的には申し分ない……というか、こんなメンバーでEランクダンジョンに入っちゃって大丈夫なんだろうか、という不安すら覚える。


 まあ、何とかなるだろう。


 願わくば、変なフラグが立たない事を祈りたいものである。




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